「と言うわけで連絡先とかライン教えて」
「何がと言うわけだ。まぁいいけど」
喫茶店を出た二人は帰り道の中でそんな会話をする。
「……」
連絡先を交換してからの読はどこか気分が悪そうに玲奈からは見えた。
「ごめんね…なんかいきなり押し通しちゃって…」
先程はかなりボルテージが上がっていたが、少し時間が経ってから中々に熱烈かつ衝動的な行動であり、あまり相手の事を考えていなかったと思い返す。
「そうじゃなくてさ」
彼は玲奈からのアプローチがそこまで嫌ではないようで、違うところに引っかかっているようだった。
「視線」
彼が気になっているのは先程から歩行者達が玲奈に送る視線だった。
それは男も女も誰もが振り向く相貌は美しく、またスタイルも抜群で胸や足に不躾かつ劣情的な視線が送られている。
彼に送られたものではないが、心を読む力によって不躾な視線が送られている事実は感じ取れてしまう。
「ん?ああ、慣れた」
元々お願い云々以前に美人としての容姿は獲得していた為そういうのは慣れていた。
「ふーん」
「なによぅふーんって」
彼女は何やら読まれたのを感じてぷくーっと頬を膨らませてにらむ。
その仕草は男であれば鋼の心を持っていてもグラつかせるものだった。
しかしそれは読には通用しなかった。
「いやさ、誇らしそうだからさ、何でかなって」
「あーね」
玲奈のスタイルの維持は適度な運動とカロリーや栄養価を考えて日々を過ごしている賜物だ。
魔法使いのおかげでお前はモテていると思われるのは癪だったため美容に勉学など磨ける部分は死に物狂いで磨いている。
「悔しいからね」
彼女は端的にそう表現した。
魔法使いによって何から何までお前はこうなんだと決められるのは許せなかった。
願ったのは己の責任で、その代償を軽く見ていたのも己の甘さだ。
そんな事など分かっていてもやっぱり癪なのだ。
他愛もない話をしていると信号に差し掛かる。
「俺の家あっちだから」
「私はここを右だね」
二人はこの十字路で互いの帰り道が分かれる。
「じゃあまた明日」
「うん、バイバイ」
読の背中が小さくなるまで玲奈は手を振って眺めていた。
「えへへ…」
振っていた手をもう片方の手でそっと包むように手を合わせた。
また明日と言われて楽しみだと思ったのはいつぶりだろうと思う。
「あ、住所聞くの忘れた」
明日は朝早くから会って色々と話したいと思ったが家の場所が分からなくては話にならない。
サプライズ的なものを考えて驚かせようとふと思うが家の場所が分からなくてはどうにもならない。
(交換してすぐラインって割とどうなんだろ)
それはすっごくガッツいているように見えないだろうか。
これまで純粋な好意であれ、下心が見えているのであれ相手から話しかけられたり、メールなりが飛んでくる事の方が圧倒的多数だった。
正直言ってちょっと引く事もあった。
しかし今回初めて自分から行動を起こさなくてはいけなくなった。
相手から玲奈にアタックして来るのはまず無いだろう。
そんな消極的な態度でどうこう出来る相手でないのは喫茶店でのやり取りで身に染みた。
「……」
玲奈はスマホ画面から目当ての連絡先を見つけて連絡をする。
◎
読は家の前で一息吐いてから玄関扉を開けて中に入る。
「ただいまー…」
彼のその声を聞いてリビングの方からひょっこりとやってきたのは彼の母親である倉田清見だった。
「あらお帰りなさい…ん?疲れてる?」
かつて生死を彷徨っていた彼女も今ではすっかり回復していて、あの件が実は本当には無かったのでは疑うほどだ。
「疲れてるように見える?」
仮にそうだとしたらあの件のせいだなと少しだけ心の中で愚痴ってしまう。
「そうねぇ…」
それを受けてじーっと相手を見て何やら考えている様子。
「うーん、疲れてるけどでもどこか楽しそうかな」
「楽しそう?」
「うん、楽しそう」
読は母親の嬉しそうな雰囲気を感じとる。
本当に彼女の目からはそう見えているようだ。
二人はリビングに入る。読はコップにお茶を注いでソファーでそれを飲みながら、清見の方は夕食の準備をしながら会話を続けていた。
「良いことでもあったの?」
「どうだろうね?」
彼はそう言ってぐいっとコップの中のお茶を喉に流し込んだ。
良いことといえば、男としては何であれ告白されるのは悪い気がしないといえばそうだ。それが学校の人気者なら尚更。
「なによーその言い方、お母さん気になるな。もしかして告白でもされちゃった?」
カラカラと笑いながら言う。
それは何となく口にしただけのちょっとしたイジり程度のもの。
「え?」
しかし彼は心を読まれたと思ってしまいつい動揺してしまう。
「…え?」
「あ」
読は先程の玲奈とのやり取りから何も学ばない自分が情けなくなる。
「え?告白されたの?」
無視することの出来ない情報を前に手を止めてコンロの火を消してから息子の座るソファーの元へと向かう。
「愛の告白じゃないよ」
若干ウザそうにしながらぶっきらぼうに答えた。
本人は自身の表情すら把握出来ていない為気がついていないが割と顔に出る方である。
「じゃあどういう事なの?」
「……」
正直それを教えるかどうかはかなり躊躇われた。
かつて母親が奇跡的に意識を取り戻した時に息子、つまり読は既に人の顔を認識できなくなっていた。
対面した時に自分と上手く視線を合わせられないおかしくなった息子を見て、清見は大きく動揺した。
そしてその責任は母親である自分が倒れた事による過度なストレスだと思い相当に自分を責めた。
後に魔法使い云々や願いと代償についての説明をしたため落ち着きはしたが、それでも深いトラウマになったのは間違いない。
「心を読む力が同級生にバレた」
下手に黙っていても不安にさせるだけだと思い事実を一部伝える。
「それは…」
「ついうっかりカマをかけられてさ、色々あったんだよ。色々あって付き合って欲しいって言われた」
「その色々って何!?色々で一括りにしないで!」
ちなみにその色々の部分は玲奈の過去と与えられた代償についてだが、それを勝手に他人に言いふらすわけにもいかない。
「とにかくバレたのはその人だけだし、相手も周りに言いふらす人ではないから大丈夫だって」
「むぅ…」
息子は相手の心を読める為心配ないとはいえ親として案じてしまうのは致し方ない。
「……」
そこで清見は右拳を握ってグーを作る。
「なに?」
まるで今から一発行きそうな構えを取る母親に少しだけ警戒する。
しかし彼にはわかる、今の母には攻撃する意思など全くないことを。
「うりうり〜」
息子の頬に握った拳をぐりぐりと押し付ける、当然の勢いなど全く無く撫でるような威力しかない。
問題はそこではなく。
『もし困ってるんなら早めに言いなさい』
触れている拳から頬を伝って偽りなき親の思いが伝わって来る。
彼の力は特訓の末に強弱はある程度つけられるようになった。
しかし直接触れている場合は相手の心の声は否応なく聞こえてしまう。
「ありがとうお母さん」
彼は一言そう感謝を呟いた。
それを聞いた清見は手を離してからにこりと微笑んだ。
◎
「うーん…」
リビングに置いてあるソファーに寝転がりながら唸る。
既に夕食を済ませて、明日の予習と今日の復習は終わらせている。そして風呂から上がりあとは寝るだけの状況だ。
彼女はスマホの画面と睨めっこする。当然相手は読である。
「ううーん…」
既に相手の住所は分かっている。
明日あれこれ理由をつけて一緒に登校すればいい。
悩ましいのはラインを交換したはいいものの最初に何を送ればいいのか分からないのだ。
普通に考えれば「よろしく」のような当たり障りのない挨拶でいいはずだ。
経験上自分が挨拶を受ける時はそのケースが多かった。
しかしいざ自分から送るとなると話は変わる。思った以上に勇気がいる。
「ただいまー…」
疲れた様な声と共に彼女の母親の相羽日和がリビングに入って来る。
母親の姿を認めてからスマホから視線を一旦外してからチラリと見やる。
「お母さんおかえり、そこに夕飯置いてるからチンして」
「いつもありがとうね」
疲れが滲むが嬉しそうな表情でお礼を口にする。
しかしいつもよりもそのおかえりの挨拶が上の空の様に感じる。
「ん?どうしたの?何か良いことでもあった?」
「んー?べつにー?」
読と違って簡単に表情を崩したりしないが、母親からすればバレバレである。
娘の用意してくれた皿にラップをかけて電子レンジを起動する。
「なによ?また告白でもされた?相変わらずね」
娘がとにかくモテるのは知っている。
女性からしたら複数の男子から告白や言い寄られるのは、個人差はあるが嬉しいよりは性的に見られる恐怖が大きかったりする。
その相手に自身が好意を寄せていれば別だが。
「高校に入ってからは二回しかされてないよ」
親の発言に「あはは」と苦笑いをしながら答える。
入学して一ヶ月で二回告白されるのは大概ではあるが。
「今日同級生の人に告白したけどフラれた」
ラインのトークに文章を打ち込みながらなんて事無さそうに言った。
「え、え?」
その報告にレンジチンしているのを忘れて娘の方を見る。
嘘をついているふうでも、特に凹んでいる様にも見えない。
「ラインの最初の挨拶ってどう打ち込んだら良いと思う?真面目ちゃんの方がいいかな、ちょけたほうがいいのかな」
驚く親を無視して読に送る内容について考えている。
しかし日和からすればラインに送る内容よりも重視するべき情報が飛び込んできた。
あの娘が告白した事とそしてフラれてしまったという情報が。
そして大したお願いではないとはいえ余りにも相手からしたら衝撃的な内容だったのか、玲奈の魅了の力がすっぽりと抜けてしまっていた。
「え?フラれた?え、あ、フッたんじゃなくて?」
キッチンから出てきて娘の方へと歩み寄りながら聞き返す。
玲奈としても何やら相手が困っていそうな雰囲気を醸し出しているので、一体何事だろうかと視線を向けた。
「うん」
「それは…」
何と声をかけたらいいのか分からない。
思えば娘の恋愛事情についてやたら告白されるが一度も彼氏を作らないくらいしか把握してないのだ。
「あー…慰めようって思ってる?別にそんなショックでもないし、特に凹んでるわけでもないよ」
玲奈は呆気からんとしていた。表面上はそう見える。
「そうなの?」
とは言え不安に思いそう問いかける。
「そそ、別に友達として関係は継続出来るから…と言うか友達からスタート出来そう」
「ん?友達から恋人にじゃなくて?」
今の時代はお見合いではなく恋愛婚がメインの為、友人からステップアップして恋人関係になる事が多い。
マッチングアプリやらワンナイトなどの事情もあるが、相手が学校の同級生ならその可能性は無い。
「うん、一目でこの人だ!ってビビッと来たから告った。そんで一言『無理』って言われた」
「無理!?玲奈無理って言われたの!?」
想像を超えたフラれ方に叫んでしまう。
そんな酷すぎる言われ様なのに友人として関係が成立する事実が理解し難い。
玲奈としても読の心を読む力を言いふらすわけにもいかない為この様な無茶苦茶な説明になる。
「そのラインの相手って…」
「うん、その相手」
「なるほどね…」
恋愛において母親としてどう支えてやるのが正しいのか考える。
日和は娘に対して過剰に介入する気は毛ほども無い。
何故なら彼女は恋愛において間違えた側の人間だからだ。
夫と離婚をして娘の苗字を変えさせてしまった。
あの日、離婚すると娘に伝えた時の泣きそうな表情は今でも脳裏にこびり付いている。
そこで自分達は間違えたのだと理解した。
そして玲奈は強がっているのが誰でも分かる強張った笑みで少し俯きながら「分かった」と一言呟いた。
娘をそんな目に遭わせた大人に上から恋愛を語られても反吐が出るだけだろう。
それでも母親の帰りをこうして待って手料理を作って迎えたり、時折時間を作って元夫である父親と顔を合わせたりもしている。
自分だけでも元夫婦の二人の関係と家族の枠組みを守ろうとするかの様に。
玲奈は両親二人共に「再婚するならしていい」とも言っている。
自分の事は気にせずに幸せになれる道を選んで欲しいと。
親の再婚はその間にもうけた子供の存在を揺るがしかねないものだ。
両親二人は何故玲奈がここまで傷つく判断と譲歩を出来るのか上手く理解出来ない。
「詐欺じゃないわよね?」
「私の事なんだと思ってるの?」
母親がふと思った事を問いかける。
その内容に玲奈は呆れるほかない。