鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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キヴォトスらしい話になると思います。
また、明日から18時05分投稿に切り替えます。


第14話:洋上の不夜城(ポーカー・クルーズ)

 オデュッセイア海洋高等学校が世界に誇る超大型豪華客船「ブルー・ラグーン号」。

 

 海面に映るその巨体は、夜の闇を黄金色に塗りつぶす不夜城そのものだった。船内には巨大な吹き抜けが広がり、クリスタルの装飾が施されたカジノフロアからは、絶え間なくスロットの電子音と、勝負に一喜一憂する人々の熱気が立ち上っている。

 

 「……は、はずれた……。また『赤』だと思ったのに、どうして『黒』なのよ……っ!」

 

 陸八魔アルは、ルーレットテーブルの傍らで、魂が抜け出したような呆然とした表情を浮かべていた。

 今日の彼女は、いつものコートではなく、深紅のシルクで設えた大胆なスリット入りのドレスを身にまとっている。胸元が開いたタイトな赤のロングドレスに、黒のハンドバッグを携えた姿は、ハードボイルドな女社長に相応しい装いのはずだが、その肩は力なく震えていた。

 

 彼女の目の前のチップ山は、先ほどまでの威勢はどこへやら、今や数枚の端くれを残すのみとなっている。

 

 

 「あはは! アルちゃん、また外したね! これで十連敗? 逆にこれだけ外せるのって、ある種の才能じゃない?」

 

 そう言って、胸元の大きなリボンが目を引く赤紫色のフリルドレスに、白いファーを羽織ったムツキが肩を揺らす。網タイツに身を包んだ彼女は、この状況を心底楽しんでいるようだ。

 

 「……アル、もうやめときなよ。その投資、回収の見込みゼロだよ。もう元手すら怪しいんじゃない?」

 

 シックな黒のキャミソールドレスにベージュのカーディガンを羽織ったカヨコが、溜息混じりにカクテルグラスを傾ける。大胆なスリットから白い脚を覗かせた彼女は、冷静に現実を突きつけた。

 

 「す、すみませんアル様……! 私がもっと運気の良い空気を吸って、アル様の代わりに幸運を引き寄せられれば……! 私なんて、アル様のチップになる資格もありません……! いまから船のスクリューに巻き込まれて、海の藻屑になってお詫びを……!」

 

 肩のラインを強調した濃紺のオフショルダードレスを身に纏いながら、ハルカが床に頭を擦り付けんばかりに謝罪する。アルは震える手で最後のチップを握りしめ、強がった笑みを顔に貼り付けた。

 

 「ふ、ふん! これはあくまで『撒き餌』よ。カジノの女神を油断させて、最後に一気に総取りする……。これこそが、一流の経営者が嗜む『勝負の駆け引き』というものよ! 泣いても笑っても、次が本番なんだから!」

 

 だが、その声は微かに震えている。実際、彼女はこの数時間で、投資で得たはずの「悪の組織の運営資金」の少なからぬ割合を、無慈悲なディーラーの手元へと献上していた。

 ここはカラス銀行のような特殊な場ではない、純粋な確率が支配する遊び場だ。だからこそ、アルの「ここ一番での噛み合わなさ」という個性が、遺憾なく発揮されていた。

 

 

 

 散財のショックを紛らわそうと、バルコニーへ続く静かな廊下を歩いていた時のことだ。豪華な絨毯が足音を消すその通路で、アルは紺色のドレスを身にまとった一人の少女とぶつかりそうになった。

 

 「あ、あら……? あなた、ゲヘナの風紀委員会の……」

 

 相手は天雨アコだった。普段の制服姿とは異なり、身体のラインを強調したホルターネックの青いロングドレス姿は、船上の華やかな雰囲気に見事に溶け込んでいる。

 アルが反射的に声を上げようとした瞬間、アコは血相を変えてアルの口を片手で塞ぎ、もう片方の手の指を唇に当てた。

 

 「……シーッ! 静かにしてください、この……便利屋!」

 

 アコの小声には、いつになく焦燥の色が混じっていた。彼女は周囲を警戒するように見回し、アルを壁際に押し込む。

 

 「いいですか、陸八魔さん。今はあなたたちの相手をしている暇はないんです。私たちは仕事で来ているんですから」

 

 「仕事……? ゲヘナの風紀委員会が、こんな豪華客船で? パーティーの警護かしら?」

 

 アコは忌々しい顔で睨みながらも、仕方がないかのようにひっそりと耳打ちする。

 

 「……どうやらこの船内のどこかで、通常の運営とは一切無関係の『違法ギャンブル』が行われているという情報があるんです。それも、ゲヘナの生徒が深く関わっている可能性があるとか……。既にヒナ委員長も潜入して調査を開始しています。……とにかく、あなたたちは大人しくルーレットでカモられていなさい。絶対に、私たちの邪魔をしないでくださいね。いいですか、絶対にですよ!」

 

 アコは吐き捨てるように言うと、ドレスの裾を翻して足早に人混みの中へと消えていった。

 残されたアルの瞳に、怪しい光が宿る。先ほどまでの負け犬の表情は霧散し、彼女は不敵な笑みを浮かべて三人に振り返った。

 

 「……聞いたわね、みんな。ゲヘナの風紀委員会が血眼になって探している『違法ギャンブル』……。これこそ、私が求めていた本物の舞台だわ! 遊びは終わりよ。便利屋68、その闇の会場を特定するわよ!」

 

 「……といっても、どこにあるのよ、そんな場所。船内図にも載ってない隠し部屋なんて、そう簡単に見つからないでしょ」

 

 カヨコの冷静な指摘通り、船内を闇雲に歩き回っても、それらしい気配は見つからない。

 それどころか、船内の移動中に客船特有の複雑な構造に迷い込み、さらに悪いことに、突発的な点検による通路封鎖が重なった。

 

 「あ、アル様! あちらに非常階段が……! 立ち入り禁止の看板が倒れてます!」

 

 「待って、ハルカ! そっちは……」

 

 混乱の中、慌てて階段へ駆け込んだ拍子に、アルはムツキたちの姿を見失った。

 

 気がつけば、彼女は照明の落ちた、薄暗い機材室のような区画に一人取り残されていた。

 

 「えっ……? ムツキ? カヨコ? ハルカぁ……? みんな、どこ……?」

 

 アルは泣きべそをかきそうになるのを必死に堪え、震える足で壁を伝いながら進む。

 

 「な、なによ……別に一人でも平気なんだから。私、伝説のギャンブラーとして、歴史に名を刻む女なんだし……。そう、これもきっと、運命が私を導いている……わ、わわっ!?」

 

 闇の中でバランスを崩し、咄嗟に横の壁に手をかけた。その瞬間、『ガコンッ』という重低音が響いた。

 壁の一部が回転扉のように反転し、アルは抗う術もなく、その暗闇の深淵へと引き摺り込まれるように転落した。

 

 

 

 

 「い……痛たた……。ドレスが汚れちゃうじゃない……」

 

 どれほどの距離を滑り落ちたのか。アルが尻をさすりながら顔を上げると、そこは剥き出しの鉄骨が並ぶ巨大な空洞だった。

 船の最下層、メンテナンス用の非公開エリアだろう。そして、その空間の隅、一段高くなった場所の影に、一人の少女が座っていた。

 

 「……陸八魔アル。どうして、こんなところに」

 

 静かだが、絶対的な威圧感を伴う声。暗がりから姿を現したのは、透き通るような白髪を揺らすゲヘナの最高戦力、空崎ヒナだった。

 彼女もまた、潜入のために星屑を散りばめたような濃紫のビスチェドレスに身を包んでいる。

 

 「ヒ、ヒナ委員長……!? どうして……ええと、これはその、私が独自の調査でこの場所に辿り着いたというか……偶然、ね?」

 

 「……相変わらずね。でも、不運だわ。ここから先は、遊びじゃない。この奥で行われているのは、キヴォトス中のあらゆる『法則』を無視した、理外の勝負よ」

 

 ヒナが視線を向けた先、空洞の奥には、煌々と灯りがついた一室があった。その部屋の入口へと続く通路に、コツコツと一定のリズムを刻む足音が響く。

 

 

 「いらっしゃいませ。迷い込んだゲストの方々。……あら、お一人は招待客リストに載っていないようですが」

 

 現れたのは、白髪のショートボブに紫の瞳をした少女だった。ミレニアムの白衣をベースにしながらも、その上にはディーラー風のベストと蝶ネクタイを締め、いかにも「自分が場の主役である」と言いたげな、調子に乗った胡散臭い笑顔を浮かべている。

 

 「ミレニアムの、擬似科学部……部長、吾妻ミライ……!」

 

 ヒナが警戒を強める中、ミライはアルに向かって恭しく、しかしどこか「絶好のカモが来た」と言わんばかりの慇懃無礼な一礼をした。

 

 「ええ、ミレニアムの科学の粋を集めたこの『特設会場』へようこそ。陸八魔アルさん……でしたか? お名前は今伺いました。あなたがどのような方かは存じ上げませんが、そのドレスの着こなしを見るに、それなりに『お高いチップ』をお持ちのようですね?」

 

 ミライはアルが何者であるか、ましてやカラス銀行などという組織の存在など微塵も知らない。

 ただ、目の前の赤髪の少女が放つ「騙されやすそうな、それでいて見栄っ張りな雰囲気」を、自分の財布を潤す絶好のチャンスとして楽しもうとしているだけだ。

 

 「私の理論に不可能な文字はありません。そして、この場所で行われるのは、既存の数学すら超越した新しい遊戯。……挑戦されますか? もちろん、断っていただいても構いませんよ。ただの迷子として、お帰りいただく分にはね? まあ、その場合は少しばかり『迷子料金』をいただきますが」

 

 「ミライ、ふざけるのはやめなさい。彼女を巻き込むつもり?」

 

 ヒナの制止を、ミライはひらひらと手を振って受け流す。

 

 「いいじゃないですか、委員長。せっかくのパーティーなんですから。科学的な不確定要素(イレギュラー)こそが、ポーカーを面白くするんです。……さあ、陸八魔さん。あなたのその『覚悟』、このテーブルで換金してみませんか?」

 

 アルは震える膝を叩き、強引に立ち上がった。心臓はバクバクと鳴っているが、表情には一切出さない。これこそが、彼女が目指す「冷徹な勝負師」の姿だ。

 

 「ふふ……。いいわ。相手が科学だろうと数式だろうと、私の運命(カリスマ)を曲げることはできないわ。……案内なさい、ミライ。私に相応しい、最高の席へね!」

 

 アルの虚勢とミライの傲慢な笑みが、暗い船底で激突する。

 

【NEXT GAME:双極の虚数札(バイナリー・ポーカー)】




お分かりの方もいらっしゃるかと思いますが、ジャンケットバンク原作のタンブリング・エース編をモチーフにしています。
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