鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
「……納得いきません。聖園ミカさんの『天使の翼から自然脱落した羽毛、その根元より抽出した高純度エナジー・ドリンク』……これのどこが非科学的なんですか!? むしろ超心理学とバイオテクノロジーのハイブリッドじゃないですか!」
数ヶ月前、ミレニアムサイエンススクールの会議室。吾妻ミライは、冷徹な理性の権化であるセミナー会長、調月リオを相手に激しく机を叩いていた。
リオは手元の端末から視線を微塵も動かすことなく、淡々と、しかし慈悲のないトーンで告げた。
「根拠が不明瞭。抽出プロセスにおける熱力学的・生物学的説明が決定的に欠落している。何より、原材料となる生徒への人権配慮、および倫理委員会の承諾が皆無。……予算は本日付で完全凍結。プロジェクトは強制終了とするわ、吾妻部長」
「そんな! 資本主義ですよ! ニーズがあって売れれば、それが市場における正解なんです! キヴォトスの子供たちの夢を、あなたはそんな……!」
ミライが叫んだ「夢」とは、一本一万五千円という暴利で売りつける、ただのピンク色に着色した砂糖水のことだった。
彼女にとって疑似科学とは、信奉する対象ではない。無知な大衆を心地よく躍らせるための「洗練されたマーケティングの方便」に過ぎないのだ。
リオにプロジェクトを潰されたあの日から、ミライの胸にはセミナーへの、そして「正しい科学」という名の独占へのどす黒い逆恨みが燻っていた。
「(あーあ、どいつもこいつも頭が固いんだから。科学なんて、最後は『凄そう』って思わせたもん勝ち。それが現代の、そして未来の資本主義の形なのに……)」
その後も、彼女は細々と商売を続けてきた。「持つだけで偏差値が上がる特殊電磁波ペン」や「幸運の波動を放つ疑似科学的パワーストーン(河原の砂利をレジンで固めたもの)」……。
商売のためなら、お年玉を握りしめたいたいけな子供すら詐欺の対象にする悪辣さを持っている。だが、その一方で、飲んで腹を下す程度の「微々たる実害」なら笑って流すが、失明や後遺症が残るような「深刻な被害」を想定すると、無意識に配合を薄めたり、毒性を中和する成分をこっそり混ぜたりするという、妙なところで臆病な善性が覗く。
彼女は、本物の巨悪になりきれない、小物ゆえの人間味が捨てきれない悪役であった。
「はぁ……。お金がない。資本主義の荒波に呑まれて、私の夢が……次世代の商品開発費が消えていく……」
トボトボと、ミライはキヴォトスの裏通りを歩いていた。財布の中身は、さっきコンビニのゴミ捨て場近くで見つけた(わけではないが、それくらい切羽詰まった)見切り品のパンを買ったことで底をついた。
そんな彼女の前に、一人の怪しい人物が現れた。顔を深いフードで隠し、いかにも「裏社会のコネクター」といった風情の男だ。
「……君、金に困っているのか? ミレニアムの落ちこぼれ科学者と聞いたが。面のいいバイトがある。参加しないか」
「失礼ですね。私は落ちこぼれではなく、時代を先取りしすぎた革命児です。……で、そのバイトの内容は? 私は知的な作業以外は受け付けませんよ」
「日給五十万。客から金を巻き上げるごとに、別途一割の特別ボーナスを支給する。場所はオデュッセイアの船底だ」
『カチン』。
ミライの瞳が、物理的な音を立てて金色の「$(ドル)」マークへと切り替わった。
「科学者として、その社会学的・経済学的実験に全面的に協力させていただきましょう! 具体的な契約条件は!? 交通費は出ますか!? 支給される制服のサイズは!?」
提示された金額に目がくらみ、ミライはプライドを投げ捨てて速攻で飛びついた。そのバイトこそが、この豪華客船「ブルー・ラグーン」の最下層で行われる、違法ギャンブルの「ディーラー兼仕切り役」だったのだ。
場面は現在。重苦しい空気が漂う船底の特設会場。
ディーラー風の黒いベストを完璧に着こなしたミライは、特製のポーカーテーブルの奥で、胡散臭い笑顔を浮かべていた。白髪のショートボブが、青白いLED照明に照らされている。
「(フフフ……。ディーラーなんて初めてだけど、支給されたこの『イカサマ装置(量子確率偏向型ナノチップ)』を使えば楽勝。これぞ資本主義の極致、科学(のフリをしたペテン)の勝利ね!)」
彼女は目の前に座る赤髪の少女、陸八魔アルをじっくりと観察し、内心で舌なめずりをしていた。
「(おまけに、いかにも『チョロいカモ』って感じの子が釣れたわ。この子から金を巻き上げれば巻き上げるほど、私のボーナスが増える……! 商品開発費だけじゃなくて、ミレニアムの高級ラウンジで一番高いスイーツを全種類制覇できるわ。エステにも行きたいし、特注の白衣も作りたいし……あぁ、金の使い道を考えてるだけで、脳内からドーパミンが溢れ出して止まらないわぁ……!)」
ミライが自らの欲望に浸り、顔をニヤけさせていたその時。
隣に控えるように立っていた、あるいは監視していた白髪の少女――空崎ヒナが、氷のようなトーンで告げた。
「……いつまで一人で笑っているの。早く、ルールの説明を。この不快な空間に長居したくないわ」
「お、おっと、失礼しました。あまりの好勝負の予感に、つい論理的な興奮が臨界点を超えてしまいまして……。それでは、この『双極の虚数札(バイナリー・ポーカー)』のルールを説明いたしましょう」
ミライは手慣れた手つき(を装って)カードを扇状に広げた。
【ゲームルール:双極の虚数札(バイナリー・ポーカー)】
■基本構成
• ディーラー(吾妻ミライ)対プレイヤー(陸八魔アル、空崎ヒナ)の個別勝負。
• 全5セット制。各セット開始時にアンティ(参加料)を支払う。
• 5枚配られた手札を1度だけ交換し、役の強さを競うドロー・ポーカー形式。
■金額設定
• 1セットのアンティ(参加料):100万円
• 1回あたりの最大ベット額(積増金):1,000万円
(最大5回までのレイズが可能)
■領域宣言(バイナリー・システム)
カード公開時、プレイヤーは自身の役が属する「領域」を宣言する。
• 「実数(リアル)」宣言:勝利時の配当は1倍。敗北時の損失も等倍。
• 「虚数(イマジナリー)」宣言:勝利時の配当は3倍。敗北時は賭け金の5倍を徴収される。
■資本主義的追加倍率(ボーナス・マルチプライヤー)
特定の役で勝利した場合、基礎配当(1倍または3倍)にさらに以下の倍率が乗算される。
• フルハウス:×2倍
• フォーカード:×4倍
• ストレートフラッシュ:×10倍
• ロイヤルストレートフラッシュ:×20倍
(※実数時。虚数宣言時は特別に基礎3倍×50倍=150倍)
■虚数宣言時の役別期待配当(勝利時)
• フルハウス(虚数):6倍
• フォーカード(虚数):12倍
• ストレートフラッシュ(虚数):30倍
• ロイヤルストレートフラッシュ(虚数):150倍
「……なるほど。確率論に射幸心を煽るバイアスを強制介入させる仕組みね。悪趣味なルールだわ。通常のロイヤルストレートフラッシュですら実数で20倍なのに、虚数宣言というブラフを混ぜるだけで150倍まで跳ね上がるなんて」
ヒナが鋭く本質を突く。一方で、アルは「150倍……!? ということは、ここで勝てば事務所のソファを高級本革に買い替えられるどころか、キヴォトス中に便利屋の支店を出せるじゃない!」と、捕らぬ狸の皮算用で目を輝かせていた。
「それでは、ゲームスタートの準備を……って、ちょっと! お客様! 困ります!」
ミライが裏返った悲鳴を上げた。
アルが興味津々に身を乗り出し、テーブルの縁に埋め込まれた謎のクリスタル発光体や、ホログラム投影用のレンズを「これ、すごーい! 最新のオフィス家具に取り入れたらカッコいいわね!」とベタベタ触り始めたからだ。
「(ひ、ひいいいっ! 触るんじゃないわよこの赤髪! そこにイカサマ用の磁気制御ユニットが内蔵されてるんだから! 指紋がついたら、あるいは静電気でショートしたら、私のボーナスが……私の資本主義が崩壊しちゃうでしょうが!)」
ミライは額に脂汗を浮かべながら、必死に笑顔を作ってアルを椅子に押し戻した。
「さ、さあ、始めましょう! 第1セット、ディール!」
ミライは機械的にカードを配る。
アルは手札を見るなり、「ふ、ふふん……! 来たわね、私の時代が!」と、顔芸に近いレベルで分かりやすい反応を見せる。一方のヒナは、眉一つ動かさず、冷徹な執行者の目でカードを整理していた。
第1セット。
アルは強気に最大額の 1,000万円 をベット。ヒナは様子見でアンティ込み 200万円 を選択した。
「交換枚数、お願いします」
「私は……三枚変えるわ! 運命を入れ替えるのよ!」
「二枚」
カードが交換される。ミライは手元のコンソールを膝の上で密かに操作した。磁力によってカード内の微細なインク粒子を動かし、自分の手札を完璧な形に、そしてアルの手札を「一見強そうだが、実は負けている」という絶妙なラインに整える。
「ショウダウンです!」
アルは勢いよくカードを叩きつけた。
「私の役は……スリーセブン! ラッキーの連鎖よ! 宣言はもちろん『虚数(イマジナリー)』! 三倍の配当をいただくわ!」
「私は……『実数』で」
対してヒナが静かに開いたのは、Jのフルハウス。
そして、ディーラーであるミライの前に並んだのは――。
「……残念。ディーラーの勝利です。私は『Qのフルハウス』を完成させてしまいました」
「ええええええ!? 嘘でしょ!? 私のスリーカードが……最強だと思ったのに!」
アルが椅子から転げ落ちんばかりにアワアワと取り乱す。ミライは「おやおや、運がなかったですねぇ」と、内心でガッツポーズを決めながら、アルの前の高額チップを根こそぎ回収した。
「あ、あわわ……。一回で、こんな……」
絶望に打ちひしがれるアルだったが、彼女の瞳に再び怪しい光が灯る。彼女は震える手で、ドレスの隠しポケットから一束の重厚な書類を取り出した。
「……ふ、ふふん。驚くのはまだ早いわ。これを見なさい!」
それは、便利屋の頭脳であるカヨコにすら秘密にしていた、アルの「秘密兵器」。これまでの投資とカラス銀行での死闘で獲得し、運用し続けていた 『3億円』の預金証明書だった。
「フフフ、本当はこれ、新しいオフィスビルを買うための頭金だったんだけど……背に腹は代えられないわ!」
それを見たミライの口角が、制御不能なほどに吊り上がる。
「(さ、3億……!? ゲヘナの便利屋、まさかそんな大金を持ってたなんて! ああ、神様、仏様、資本主義様! ありがとうございます! これを全部巻き上げれば、私のボーナスは……三千万円超え!? エステどころか、プライベート研究所が建っちゃうわぁ!)」
しかし、その様子をじっと観察していたヒナの瞳が、剣のように鋭く細められた。
「……おかしいわね。カードをオープンする瞬間、この部屋の電磁波測定値が不自然に跳ね上がったわ。……吾妻ミライ。あなた、何か細工をしていない?」
「(ギ、ギクゥゥゥゥッ!! )な、ななな、何をおっしゃるんですか風紀委員長! 私がそんな、ミレニアムの誇りにかけて、不自然な干渉なんて……!」
ミライは冷汗を滝のように流しながら、デタラメな理論を高速でまくし立てた。
「それは……そう、この船の核融合炉が発生させる微弱な重力波と、公海の地磁気が偶発的に共鳴した結果に違いありません! これぞ量子力学的イレギュラー、自然界の資本主義的ゆらぎです!」
ヒナは疑わしげな表情を崩さなかったが、物理的な証拠がないためか、それ以上は追求しなかった。
(あ、危なかった……。この白髪の委員長、直感が鋭すぎる。やっぱりゲヘナのトップは伊達じゃないわね……)
ミライは心の中で、ターゲットを完全に再設定した。
「(この赤髪の子――アルさんは論外ね。放っておいても勝手に自滅して金を落としてくれる、歩くATMだわ。でも、あっちの委員長は危険すぎる。早期決着を狙って、手早く二人から金を巻き上げたら、適当な理由をつけて給料をもらってトンズラしましょう。深追いは禁物、それも資本主義の鉄則なんだから!)」
暗い欲望をその紫の瞳に宿し、ミライは第2セットのカードを配り始めた。
第1セット終了時:
• 陸八魔アル:▲5,100万円(参加料込)
• 空崎ヒナ:▲300万円(参加料込)
• 吾妻ミライ:+5,400万円
調子に乗って詐欺ってくるミライちゃん可愛いですね。