鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
船底の特設会場を支配するのは、重苦しい機械音と、吾妻ミライが放つ傲慢なまでの自信だった。
錆びついた鉄骨が剥き出しになった天井からは、時折、船の振動に合わせてパラパラと埃が落ちる。
豪華客船「ブルー・ラグーン号」の華やかな喧騒は、分厚い隔壁の向こう側へと完全に遮断され、ここにあるのは鉄の冷たさと、剥き出しの強欲だけだ。
第2セット。カードが配られる乾いた音が、冷たいコンクリートの壁に反響する。
ミライは白衣のポケットの中で、小型のコンソールを軽快に叩いた。彼女の指先が命じるままに、卓上の磁気フィールドが干渉を開始し、カード内部のナノ粒子が再配列される。
「(フフフ……。さあ、資本主義の第2幕よ! 1セット目で5,000万以上を溶かした赤髪の子(アル)は、もう臆病な小動物同然ね。ここで完全に心を折って、私のボーナスを確定させてあげるわ!)」
アルは、先ほどまでの威勢が嘘のように、震える手でカードを覗き込んでいた。スリットの入った深紅のドレスは、今や彼女の自信のなさを強調するように頼りなく揺れている。
「私は……最低賭け金の、100万円。……実数(リアル)宣言で」
アルの声は小さく、語尾は消え入りそうだった。対戦相手の心理を見透かす「冷徹な経営者」を演じる余裕など、もはや欠片も残っていない。
一方、空崎ヒナは氷のような無表情を保ったまま、指先でチップを卓上へと滑らせる。星屑を散りばめたような濃紫のドレスが、青白いLEDに照らされて妖しく輝いていた。
「私は200万。実数」
「おやおや、お二人ともずいぶんと弱気ですねぇ。そんなことでは、この洋上の資本主義を生き残ることはできませんよ?」
ミライは胡散臭い笑顔を崩さず、自身のカードを扇状に広げた。
「ショウダウンです!」
ヒナが開いたのは、無残な「2のワンペア」。ミライが書き換えた「最弱」の役だ。そしてミライ自身は「10のワンペア」を堂々と提示する。
「私の勝ちね。理論と資本力の勝利というわけです」
「待って! 私の……私の番よ!」
アルが悲鳴に近い声を上げて、カードを卓上に叩きつけた。そこに並んでいたのは――「Jのワンペア」。
「えっ……? あ、勝った? 私、勝ったわよね!?」
アルが椅子をガタガタと鳴らして立ち上がる。
ミライは一瞬、心臓を冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。背筋にゾクりと、生物的な本能が告げる不自然な寒気が走る。
「(……え? おかしいわ。あの子の手札は、私の計算では『9のハイカード』まで落としていたはずなのに。……それに、何この寒気。……ああ、そうか。船底だから冷房が効きすぎているのね。ミレニアムの冷房管理システム、後で苦情を入れておかなきゃ。資本主義的なサービス精神に欠けてるわ)」
ミライは自分の肩を抱くようにして、無理やり納得した。アルの勝利は、賭け金が低かったため配当も少なく、戦況を大きく変えるほどではない。そう、単なる確率の揺らぎ(エラー)だ。
■ 第2セット終了時:収支報告
• 陸八魔アル:+100万円(実数勝利)/ 累計:▲5,000万円
• 空崎ヒナ:▲310万円(参加料込・実数敗北)/ 累計:▲610万円
• 吾妻ミライ:+210万円 / 累計:+5,610万円
しかし、第3セット。ミライの「科学(イカサマ)」が再び牙を剥く。
このセット、アルは焦りからか強気に500万円をベットし、配当3倍を狙う「虚数宣言」を強行した。ヒナは冷徹に状況を観察しながら300万円で「実数宣言」を行った。
「……ショウダウン」
ヒナが提示したのは「Kのワンペア」。堅実だが、ディーラーには届かない。
アルが震えながら開いたのは、一見強そうな「Aのワンペア」。
だが、ディーラーのミライが開いたのは、極めて不自然なタイミングで揃った「3のフルハウス」だった。
「(ギャハハハ!コイツ、バカ!バカすぎるわ!! 私がコントロールしている卓で、そんな素直な役が通るわけないじゃない!)残念でした! 領域倍率フルハウス2倍! アルさんは虚数敗北ですので、特別ペナルティで5倍没収です!」
結果は大負け。アルは一気に2,500万円を失い、ヒナも300万円を吸い込まれた。アルはもはや膝を突き、深紅のドレスを床に引きずって震えている。
■ 第3セット終了時:収支報告
• 陸八魔アル:▲2,600万円(参加料込・虚数敗北5倍)/ 累計:▲7,600万円
• 空崎ヒナ:▲400万円(参加料込・実数敗北)/ 累計:▲1,010万円
• 吾妻ミライ:+3,000万円 / 累計:+8,610万円
「(やっぱり気のせいだったわ……。あの赤髪、ただの幸運の残り香だったのね!)」
ミライの脳内では、もはや勝ち負けの計算ではなく、「金の使い道」のシミュレーションが全速力で走っていた。
「(まずはミレニアム一番の高級パティスリーを貸し切り。それから、リオに止められたプロジェクトの残骸を買い取って、私の顔をホログラムで投影する黄金の像を建てるの。あ、それから最新式の全自動マッサージチェアも。……ああ、夢が広がるわぁ! 資本主義、バンザーイ!)」
第4セット。ミライの手元には「エースのフォーカード」が完成していた。イカサマによる、絶対的な正解。アルはもはや半泣きで、カードの端をガジガジと噛んでいる。
アルは涙目になりながらも、震える指で1,000万円をベット。
ヒナは静かに500万円を置く。彼女の視線は、もはやカードではなく、不自然な勝利を重ねるミライと、追い詰められたアルの間を往復していた。
「ショウダウン!」
アル:「Qのワンペア」(虚数宣言)
ヒナ:「Aのハイカード」(実数宣言)
ミライ:「エースのフォーカード」(実数)
「あはは! 見なさい、この完璧な数式を! フォーカード4倍! アルさんはまたしても虚数敗北、5,000万円没収です!」
■ 第4セット終了時:収支報告
• 陸八魔アル:▲5,100万円(参加料込・虚数敗北5倍)/ 累計:▲1億2,700万円
• 空崎ヒナ:▲600万円(参加料込・実数敗北)/ 累計:▲1,610万円
• 吾妻ミライ:+5,700万円 / 累計:+1億4,310万円
「あはは、盛り上がってきたところで、追加の特別ルールを承認してあげます! 最終セット、基礎配当をさらに2倍! 虚数で勝てば基本6倍! 役倍率を合わせれば、まさに銀河系最強の配当(ジャックポット)ですよ!」
調子に乗ったミライの宣言に、アルはドレスの裾を強く握りしめた。その指先には、荒々しく機械を弄った際にできたであろう、皮膚が剥け血の滲んだ生々しい傷跡が微かに覗く。
「……いいわよ。受けて立つわ。ここで引いたら、私は……便利屋の名が廃るもの!」
アルはいつものように、虚勢とプライドを一身に背負い、残された3億円の証明書をバンとテーブルに叩きつけた。
「全額よ! 私の持っているすべてを賭けて、この勝負を終わらせてあげるわ!」
「(ギャハハハ! 3億円いただきまーす!! まさかこんなボロい商売があるなんて! 擬似科学部を辞めてギャンブラーに転向しようかしら!?)その意気ですよ、陸八魔さん! 資本主義の主役として、今…最高に輝いています!!」
ミライは最大限に調子に乗り、その挑戦を承諾した。もはや彼女の瞳には、目の前の少女が差し出す巨額のボーナスしか映っていない。
だが。
その光景を隣で見つめていたヒナだけが、アルの挙動に致命的な「違和感」を覚えていた。
「(……おかしい。彼女の瞳はいつも通りの、自信と不安が同居したいつもの陸八魔アルのはず。……なのに、なぜだろう。背中がざわつく。この感覚……まさか……。いや、そんなはずは。……けれど、これ以外に考えられない……)」
ヒナは、アルが叩きつけたカードではなく、アルの「指先」……そして、その背後に漂い始めた不可解な空気のゆらぎを、静かに見つめていた。
それは、便利屋の社長としての「いつものアル」の皮を被りながら、その内側で何かが胎動しているような、薄気味悪い感覚だった。
運命を分かつ最終セット。ミライの傲慢な笑みが、今、ゆっくりと凍りついていく前兆を、ヒナだけが共有していた。