鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
煌びやかな高層ビルの最上階、黒檀のデスクに座る吾妻ミライは、優雅に脚を組みながら次々と部下たちへ指示を飛ばしていた。
「そこ、フォントが資本主義的ではありませんね。もっと強欲を刺激する配色にしなさい。……ああ、それから今日のエッセイ本の重版分、印税はすべて新元素の研究費に回しておいて。残りは適当に金塊でも買っておいてちょうだい」
テレビ番組のインタビューでは、「成功の秘訣? それは数式に愛を、嘘に真実のスパイスを混ぜることですわ」と名言を吐き、世間は彼女を時代の寵児として崇めた。
会社に帰れば、玄関先で土下座をする調月リオが「吾妻部長……いえ、吾妻神(ゴッド)! どうか予算を、我がセミナーに慈悲を!」と泣きついている。
「ふふ、いいでしょう。這いつくばる姿もまた、一つの科学的真理(ロジック)ですもの」
ミライは冷徹な女王として、資本主義の頂点に君臨する快感を全身で享受していた――。
「(ギャハハハ! 最高! 最高だわ、私の未来図! このセットを獲れば、そのすべてが現実になるのよぉぉ!)」
そんな薔薇色の妄想を脳内で加速させながら、ミライは現実の船底へと意識を戻した。
「さあ、資本主義の審判を下しましょう! ショウダウンです!」
ミライの声が響き、最終セットのカードがオープンされる。
「私は当然、『虚数(イマジナリー)』宣言! 役はエースのフォーカード! 領域配当6倍×役倍率4倍、合計24倍! あなたの3億円、丸ごと研究費として没収させていただきますわ!」
ミライが叩きつけたカードは、イカサマ装置によって強制的に整えられた3つの「A」とジョーカーによる布陣。
対する空崎ヒナは、静かに溜息を吐きながらカードを開いた。
「私は『実数』。役はQとJのフルハウス。……届かないわね」
ミライの勝利は、もはや揺るぎない数式として完成されていた。あとは、目の前でアワアワと取り乱している赤髪の少女が、絶望とともにゴミクズのようなカードを晒すのを待つだけだ。
だが。
陸八魔アルがゆっくりとカードを裏返した瞬間、時の流れが停止した。
そこにあったのは、スペードの10、J、Q、K、A。
光を吸い込むような漆黒の模様が並ぶ、ロイヤルストレートフラッシュ。
「……嘘」
ミライの思考がフリーズした。
次の瞬間、彼女の顔は劇的に崩壊した。目はあらぬ方向を向き、口は耳元まで裂け、鼻は物理法則を無視してひしゃげる。
まるで晩年のピカソがキャンバスをズタズタに切り裂き、再構成したかのような、グロテスクな形相。
「は、はあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
絶叫が、狭い船底の空洞に木霊した。一瞬で顔は元の小悪党らしい顔立ちに戻ったが、その瞳は激しく泳いでいる。
「あ、ありえない! ありえないわよ! 最終セットで、この私が、計算し尽くした私のイカサマ……ゲフンッ、私の科学を上回る役が出るなんて、そんなのイカサマよ! イカサマに決まってるわぁぁ!!」
ミライは半狂乱でテーブルを飛び越え、アルのドレスの裾を捲り、耳の裏から靴の底までギャーギャーと叫びながら身体検査を始めた。
しかし、何も出てこない。アルの身体には、怪しげな磁気発生器も、隠しカメラも、通信機の一つも存在しなかった。
「精算をお願いしていいかしら、ディーラーさん?」
アルはいつものように、少し戸惑いながらも、精一杯「余裕のある悪のカリスマ」の微笑みを浮かべていた。
「ロイヤルストレートフラッシュ……虚数宣言だから、配当は150倍。そして最終セットで更に2倍の300倍。……3億円から負債の1億2700万円を引いたら1億7300万円で、それの300倍だから、ええと……519億円…で合ってるわよね? ちょっとした国が買えちゃいそうね」
「払えるわけないでしょそんなのぉぉぉ!! そもそもこのポーカーはですね、地磁気の影響でですね……!」
ミライが醜く言い訳を重ね、支払いを拒絶しようとしたその時。
「そこまでよ! 全員動かないで!」
隔壁が爆破され、天雨アコ率いる風紀委員会の増援が雪崩れ込んできた。
「し、しまった! 資本主義からの撤退よ!」
ミライは反射的に白衣の隠しポケットから、自社製品(疑似科学部製)の「超音波攪乱式煙幕弾」を地面に叩きつけた。
「バーカバーカ! お前の母ちゃんでべそ! 犬のウンコでも踏んでろ! あばよ、ゲヘナの野蛮人どもぉぉ!!」
幼稚な負け惜しみを叫びながら、ミライは煙に乗じてダクトの奥へと消えていった。
会場の騒ぎは他のメンバーによって制圧され、いつの間にか、鉄骨の影にはアルとヒナの二人だけが取り残されていた。
「……全く。あの子を逃したのは痛恨だけど、まずはこの違法会場を差し押さえるのが先ね」
ヒナは静かにそう呟き、アルを見やった。
アルは「あわわ、危なかったわ……」といつもの調子で安堵の吐息を漏らしながら、ミライが置き忘れたチップや自分の3億円の証明書をせっせと回収している。
「……見事な演出だったわね、陸八魔アル。いえ、あるいは『脚本』と呼ぶべきかしら」
アルが手を止めて振り返る。ヒナの瞳には、一切の逃げ道を許さない冷徹な理性が宿っていた。
ヒナはアルに答えさせる隙を与えず、自分の中に構築した「正解」を突きつけるように言葉を継いだ。
「あなたが最初に、子供のように無邪気に機械をベタベタと触っていた時……あれがすべての始まりだったのでしょう? あなたはあの瞬間、無秩序に触れるふりをして、イカサマ装置の制御基板に直接指をかけた。そして、微細な電気信号……あるいは基板上の抵抗値を書き換える物理的な干渉を行い、装置に『隠しコマンド』を上書きした。
第2セットで、あなたが最低賭け金で勝った時。ミライは自分の計算ミスだと思い込んでいたけれど、あれは上書きしたバグの動作確認だったはず。そして最終セット……ミライがあなたを確実に仕留めるために、イカサマ装置の出力を最大に引き上げた瞬間、システムは限界を超えて反転した。彼女が『最強』を望めば望むほど、あなたの仕込んだバグが確率の連鎖を逆流させ、ロイヤルストレートフラッシュという『数学的な必然』を吐き出させた……。
私の推測は、当たっているわよね?」
「ふ、ふふん! さすがは風紀委員長ね。私の『演出』のすべてを見抜くなんて……」
アルはいつものように、誇らしげに見栄を張ろうとした。
しかし、ヒナの顔は晴れなかった。
「……いいえ。そんなの、いつものあなたにできる芸当じゃないわ。精密機器の構造を瞬時に見抜き、指先の感覚だけで回路をハッキングするなんて……。……あなた、一体、何者なの?」
その瞬間。
空間の温度が、一気に氷点下まで叩き落とされた。
ヒナの全身が、未だかつて経験したことのない恐怖でゾワリと総毛立った。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
「ッッ……!!!」
ドン、と鈍い音が響く。
ヒナは猛烈な勢いでアルに飛びかかり、彼女を冷たいコンクリートの床に取り押さえた。アルの手首を捻り上げ、愛銃の銃口を、彼女の側頭部に強く押し当てる。
「(何……これ。身体が震えて止まらない……!)」
敵意ではない。殺意ですらない。
ただ、この存在を今すぐに「消去」しなければ、自分のすべてが飲み込まれてしまうという、本能的な防衛反応。言葉に言い表せない深淵。
すぐに殺さないと安心できない――その衝動だけが、ヒナを支配していた。
「……ひっ、……あ、ぁ……」
ヒナの喉から、掠れた悲鳴が漏れる。
取り押さえられたアルは、身じろぎ一つしなかった。
銃口が皮膚に食い込み、ドレスが床の埃で汚れようとも、彼女は全く動じない。
「なるほど……。『私』を出せば、そんな反応をするのね。キヴォトスで見せたことがない、初めての反応。……一つ学習したわ、『レディー』」
アルは銃口に抗うことなく、ゆっくりと、首だけを後ろへ巡らせた。
そこにいたのは、陸八魔アルの姿をした「虚無」だった。
瞳はガラス玉のように生気を失い、ただ底知れぬ暗黒が詰まった「穴」がヒナを射抜いた。
「ヒッ……!!」
ヒナは短く悲鳴を上げ、弾かれたようにアルから飛び退いた。握っていた銃が床に落ち、乾いた金属音を立てる。
キヴォトス最強の一角が、腰を抜かしたようにガタガタと震えながら、目の前の少女を凝視していた。
拘束が解けた「アル」は、ゆっくりと立ち上がり、乱れたドレスの埃を優雅に払い落とした。その動作の一つ一つが、あまりにも洗練され、そしてあまりにも非人間的だった。
「知りたいなら、ここに来なさい。……私について、少しは知れるかもしれないわね、レディー」
底冷えする声とともに、彼女は一枚の名刺を床に落とした。
ヒナは動けない。指先一本動かせないまま、その場に立ち尽くすことしかできない。
背中を向けて立ち去る少女。その影が、鉄骨の迷宮を飲み込むように広がっていく。
ヒナの足元に落ちた名刺には、豪華な装飾文字で、ある組織の銀行員の名が記されていた。
『カラス銀行 特別融資担当:御手洗 暉(ミタライ アキラ)』
場面は変わり、夜の海。
吾妻ミライは、緊急用の小型ボートを必死に漕いでいた。
「あーあ、バイト代は惜しいけど、損切り、損切り! あのアルって子、絶対におかしいわよ! 資本主義に幽霊はいらないのよぉ!」
そんな彼女の様子を、ブルー・ラグーン号の甲板から見下ろしている男がいた。ミライをバイトに誘った、フードの男だ。
彼は耳元のインカムに触れ、誰かに報告を入れる。
「……はい。ディーラーの吾妻ミライは逃走しました。……口封じで、ボートごと沈めますか?」
電話の先、静かな声が返ってくる。
『……ほっとけ。取るに足りない小悪党だ。……それより、陸八魔アルのデータはどうだ?』
「……。違法ギャンブルの状況を用意し、彼女たちが潜り込むよう手配しましたが、結局『本性』をゲームで表すことはありませんでした。あるいは、我々の隠しカメラに気づいていた可能性すらあります。ミライの制服に仕掛けた小型カメラも、決定的な瞬間にはノイズで潰されていました」
電話の相手は、わずかに吐息を漏らした。
『いいだろう』
「承知いたしました。……で、私はこれからどうすれば?」
『……ムーブ(Move)』
電話から漏れたその一言を聞いた瞬間。
男の瞳から、光が消えた。
「……はい。ムーブ」
男は操られた人形のように、ゆっくりと甲板の端へ歩き出した。
「あ……あ、ああ……助けて……殺さないで、……ボス、殺さないで……っ!」
口から懇願の言葉が漏れているにもかかわらず、その足は止まらない。
男はそのまま柵を乗り越え、真っ暗な海へと飛び込んだ。重い水しぶきとともに、彼は二度と浮かんでくることはなかった。
電話の切れた先。
東京のどこか、退廃的なネオンが光る一角。
「ふむ、実戦で楽しむのもいいか」
男がそう呟くと、派手なドレス姿の女性が入口から顔を出し、甘ったるい声で呼んだ。
「ねえ、いつまで電話してるのぉ? 次、私たちの番だよぉ」
誘われるままに男が移動した先は、爆音の音楽が鳴り響くDJクラブだった。
ステージの上に立った男は全身にピアスとタトゥーを入れ、マイクを握ったラッパー風の見た目をしていた。
「YO! ここは地獄のどん詰まり、虚数すら飲み込むこのライムで、お前の魂をロックするぜ。……It's show time!!」
男がポーカーチップを空中に弾く。
【ギャンブラー:MC・ジャック】
【本名:蛇喰 弘毅(ジャバミ コウキ)】
【年齢:28歳】
【職業:ラッパー】
【レート:1/2ライフ】
【NEXT GAME:不浄の九相(ナイン・フェイズ・デッド)】
次回、1/2ライフ初戦です。