鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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第18話:無情なる朽ち舞台(ディザスター・カウントダウン)

 かつて政府の極秘研究施設として建設され、現在はカラス銀行が買い取って独自の「1/2ライフ」専用博場へと改築した、新潟県某所の山中深く、廃鉱山を利用した地下シェルター。

 地上から高速エレベーターで数分、厚い岩盤に守られたその場所は、無機質なLEDライトの白光が走り、鏡のような床に冷たく反射していた。

 

 「わあ……! 御手洗君、見て! ここ、壁まで大理石なのね。やっぱり『1/2(ハーフ)ライフ』ともなると、会場の気合の入り方が違うわ!」

 

 陸八魔アルは、いつもの黒いコートの裾を軽やかに翻しながら、好奇心に目を輝かせて周囲を見渡していた。対照的に、その数歩後ろを歩く銀行員、御手洗暉の表情は、まるで死刑台へ向かう罪人のように固く強張っている。

 

 「アルさん、あまりはしゃがないでください。今回から、相手は『人間を辞めた獣』……失うものが何もない、あるいは失うことすら娯楽とする狂人たちです。事前の情報も一切ない。何が起きてもおかしくないんです」

 

 御手洗の脳裏には、これまでの低レート帯とは一線を画す、血と絶望の匂いがこびりついた「1/2ライフ」の記録がよぎっていた。

 

 その時だった。

 

 廊下の奥から、地を這うような重低音――ベースの効いたラップ調の音楽が響いてきた。

 

 「……なんだ? 音楽?」

 

 御手洗が足を止めると、リズムを刻むライムに乗せて、一人の男が踊るように姿を現した。

 

 

 「♪~地獄の底から這い上がったMC(マスター・オブ・セレモニー)、今日の獲物は真っ赤な社長さん、お前の絶望が俺の最高のライム、カモン、It's Show Time!~♪」

 

 

 全身に幾何学的なタトゥーを施し、無数のピアスが照明を反射して輝く男。彼こそが、今回の対戦相手、蛇喰 弘毅(ジャバミ コウキ)であった。

 

 「あら、あなたが対戦相手かしら? すごーい、本物のラッパーかしら! 格好いいじゃない!私は陸八魔アル、よろしくね!」

 

 アルがはしゃいだ様子で声をかけると、蛇喰はピタリと動きを止め、白い歯を見せてニヤリと笑った。

 

 「よお、赤髪の社長さん! 蛇喰弘毅、通称『MC・ジャック』だ。アンタのことは聞いてるぜ、カラス銀行を騒がせてる新星だってな。よろしく頼むぜ?」

 

 蛇喰が親しげに手を差し出そうとした瞬間、廊下のさらに奥から、穏やかで厚みのある声が響いた。

 

 「ふふふ、早速仲良くやってるようだね」

 

 現れたのは、小太りで頭頂部が寂しくなった、しかし仏様のような慈愛に満ちた笑みを浮かべる中年男性だった。その姿を見た瞬間、御手洗の目が見開かれた。

 

 「……え、長谷川(ハセガワ)……次長!? なぜ、あなたがここに!?」

 

 「やあ、御手洗君。相変わらず真面目そうな顔をしているね」

 

 アルが不思議そうに「知り合い?」と尋ねると、御手洗は混乱したまま頷いた。

 

 「はい……僕が今の部署に異動する前、前の部署にいた時の直属の上司です。長谷川次長……」

 

 長谷川は柔和な笑みを崩さず、御手洗の肩に手を置いた。

 

 「1/2ライフ以上の勝負では、ギャンブラーの精神状態を管理し、会場まで安全にエスコートするのが担当行員の義務でね。私は現在、この蛇喰君の担当をしているんだ。私も異動して、今はこっちの部署にいるのさ」

 

 かつての恩師との再会に、御手洗が少しだけ毒気を抜かれたような顔をした、その時。

 

 長谷川は御手洗の耳元に口を寄せ、その優しげな人柄とは裏腹に、心臓を凍りつかせるような冷酷な声で囁いた。

 

 

 「……御手洗君。この蛇喰君はね、1/2ライフで6人ものエリートを再起不能に叩き落としてきた、私の『最高傑作』だよ。君の大切なアルさんも、今日は無事では済まないだろうね」

 

 

 御手洗が息を呑み、言葉を失う。

 そんな中、アルと蛇喰は談笑を続けていた。

 

 「ねえMC・ジャック、そのタトゥー、本物? 痛くないの? 私の組織もね、いつかロゴマークとか入れたいと思ってたのよ!」

 

 「ハッ、そいつは気合が入ってるね。でもよ、墨を入れる前に、俺のビートでアンタの心臓を止めてやるよ」

 

 「ふふん、いいわよ! でも私の脚本に『敗北』の文字はないんだから! 驚かせてあげるわ!」

 

 「驚かせてくれる、か。いいぜ。アンタの綺麗な叫び声が、俺のトラックの最高の隠し味になるのを楽しみにしてるよ」

 

 軽快に言葉を交わしていた蛇喰だったが、不意に、その細められた瞳の奥で刺すような光が走った。

 

 

 「……なあ、アル。……大海原の船旅は楽しかったか?」

 

 

 その言葉が引き金となった。

 

 それまで「いつものアル」として楽しげに振る舞っていた彼女の輪郭が、霧が晴れるように消失する。

 

 無言。

 

 肩の力が抜け、瞳から一切の感情が消え失せる。生命の通わないガラス玉のような瞳が、蛇喰を射抜いた。

 

 「……行きましょうか、ミスター」

 

 その一言で、廊下の空気は完全に「殺し合いの場」へと変貌した。

 

 

■ 舞台:不浄の祭壇(ナイン・フェイズ・コロシアム)

 

 

 会場の扉が開くと、そこには異常な光景が広がっていた。

 

 九相図――死体が腐敗し、朽ち果てていく過程をデフォルメした、ポップでカラフルなイラストや彫像が会場中に溢れている。

 膨らんだ死体、ウジ虫の這う内臓、バラバラになった骨。それらがまるでおもちゃ箱をひっくり返したような悪趣味なポップアートとして配置されていた。

 

 だが、アルの視線は、それらには向かなかった。

 対戦舞台から離れた客席部分。そこには、黄金の仮面をつけ、最高級のドレスやタキシードを纏った老若男女が、ソファに深く腰掛けていた。彼らはグラスを傾けながら、ニヤニヤと舞台上の二人を「獲物」として眺めている。

 

 「……銀行員さん。彼らは誰?」

 

 アルの底冷えする問いに、御手洗は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 

 「……彼らは『VIP』。銀行の大物顧客たちです。彼らが出す莫大な観覧料が、このカラス銀行のシステムを支えている。1/2ライフからは、こうして『ギャンブラーが悶え苦しむ様子』を娯楽とする観覧がつくんです。彼らにとって、僕たちは闘技場の奴隷に過ぎない……」

 

 「ふーん……」

 

 アルが興味なさげに視線を戻すと、中央からポニーテールを跳ねさせた、活発そうな若い女性行員が飛び出してきた。

 

 「はーい皆様、お待たせいたしましたっ! 本日のメインディッシュ、死のダンスパーティーへようこそ! ディーラーの佐々木 雛(ササキ ヒナ)っす! うししっ、今日もいい表情してるのが揃ってるっすねー!」

 

 佐々木はイタズラっぽく笑いながら、円盤状のインターフェースを展開した。

 

 

【ゲームルール:不浄の九相(ナイン・フェイズ・デッド)】

 

 ゲーム開始宣言とともに以下のルールを適用とする。

 

■基本構成と賭け金

 

• 本ゲームの最低賭け金:5億円。

 

• 全9ラウンド制。

 

• 使用カード:九相図のデフォルメイラストが描かれた9枚のカード(1〜9)。各カードは1度使用すると破棄される。

 

 

■■ゲームの進行:階級別・三すくみの攻防

 

カードは数字の大きさに応じて3つの「階級」に属し、各階級内で「三すくみ」の関係を持つ。

 

• 【弱(1〜3)】:【膨壊の階(ぼうかいのきざはし)】に分類。1(グー)、2(チョキ)、3(パー)の役割を持つ。

 

• 【中(4〜6)】:【血膿の階(けつじのきざはし)】に分類。4(グー)、5(チョキ)、6(パー)の役割を持つ。

 

• 【強(7〜9)】:【骨塵の階(こつじんのきざはし)】に分類。7(グー)、8(チョキ)、9(パー)の役割を持つ。

 

• 判定方法:

 

1. 階級が異なる場合:数字の大きいカード(高い階級)が勝利。

 

2. 階級が同じ場合:三すくみのルールを適用(グー>チョキ、チョキ>パー、パー>グー)。

 

• 獲得ポイント:勝利したカードの「数字」がそのままポイントとなる。

 

 

■ステージの遷移と清算

 

• ラウンドが終わるごとに、対戦舞台は九相図に見立てた9つのステージへと物理的に切り替わる。

 

• 9ラウンド終了時、獲得ポイントの合計が多い方が勝利。

 

• 敗者は、差額ポイントに応じた強さの「銀行特製・特殊液」を全身に浴びることになる。

 

 

■五つの禁忌(ファウル・プレイ)

 

以下の反則行為を行ったプレイヤーは、全ラウンド終了時に強制敗北となり、致死量の特殊液を噴射される。

 

1. 其の一:『生への執着』:対局中、自らの心拍数を一度でも120以上に上げること。(興奮の禁止)

 

2. 其二:『死の拒絶』:ステージの切り替わり時、床に手をついて姿勢を保とうとする行為。

 

3. 其三:『吐息の混入』:カードを提示する際、直接カードに息を吹きかけること。(些細な禁忌)

 

4. 其四:『無作法な沈黙』:相手が問いかけた際、3秒以内に何らかの反応を示さないこと。

 

5. 其五:『身だしなみの乱れ』:ゲーム中、髪を3回以上触ること。(些細な禁忌)

 

 

 「うししっ! ルールはバッチリっすか? ではでは、今回用意したペナルティの『素材』をお見せするっす!」

 

 佐々木はもったいぶりながら、黒い布に覆われた台車の布を一気に引っぺがした。

 そこには、完全密閉されたガラスの箱があり、中にはドロリとした赤黒い液体が満たされている。

 

 「さあ蛇喰君、クイズっす! この液体の正体はなーんだ?」

 

 蛇喰はニヤリと笑い、タトゥーの入った指で顎を擦った。

 

 「ヘッ、どうせ硫酸か、神経を溶かす劇毒だろ?」

 

 「ぶっぶー! 不正解っす!」

 

 佐々木は口でバツ印を作ると、イタズラな子供のような笑みを浮かべて箱を指差した。

 

 「正解は――『特殊液を喰らった、元・銀行債務者の末路』っす! 人間だったものが、分子レベルで分解されて混ざり合った『スープ』なんっすよ! どのくらいの特殊液を喰らったらこうなるか……うししっ、対局中にじっくり考えてほしいっす!」

 

 VIPたちが「素晴らしい!」「早く新しいスープが見たいぞ!」と拍手喝采を送る中、会場の熱気は狂気へと達した。

 

 陸八魔アルは、その騒乱を完全に無視し、ガラス箱の中の赤黒い沈殿物を、ただじっと見つめていた。

 生命の輝きを失ったガラス玉のような瞳に、かつて人間だった「スープ」が不気味に反射している。

 

 

 「ーーーーーと、朝日奈美夜子は思いました」

 

 

 彼女の呟きは、重低音のビートにかき消され、死のゲームの幕が開いた。

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