鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
地下数百メートル。廃鉱山の静寂を切り裂き、巨大な油圧シリンダーが重低音を響かせる。
円形舞台「不浄の祭壇」が再び、逃れられぬ運命を刻むレコード盤のように旋回を開始した。
ディーラー・佐々木雛の「うししっ!」という、神経の末端を逆撫でするような笑い声が、冷たく湿った空気の中に溶けていく。
【第三ラウンド:血膿の階(けつじのきざはし)】
舞台が停止すると、そこは「血塗相(けちずそう)」を具現化した異様な空間だった。
周囲の壁面には、皮膚が弾け飛んだ肉塊をポップにデフォルメした巨大なオブジェが並んでいる。それらの隙間からは、粘り気のある真っ赤な液体が絶え間なく溢れ出し、壁を伝って床へと滴り落ちていた。
足元には、血液や体液の色を模した赤紫色の液体が薄く張られ、一歩踏み出すごとに不快な飛沫が舞う。
中央のカードスロットさえも、半透明の赤い樹脂でコーティングされ、まるで生き物の傷口にカードを差し込むかのような錯覚をプレイヤーに抱かせる。
このラウンドへの移行時、アル(真神)と蛇喰は対照的だった。
蛇喰は流れる血液の川を楽しむかのように、飛沫を厭わずリズムに乗ってステップを踏みながら移動した。
対してアル(真神)は、飛沫の放物線を計算し、一滴もその高価なコートに触れさせぬよう、物理演算に基づいた最短かつ最速の歩法で定位置へと滑り込んだ。
蛇喰弘毅は、自身の最強打点である「9」と「8」を既に失っている。対して、アル(真神)の手札には、最強の「強」階級が三枚とも完全な状態で残っていた。
「カモン、学者さん! 逆転のビートを刻んでみなよ! アンタのその綺麗な顔が、恐怖で歪むライムを聴かせてくれよ!」
蛇喰が挑発的に、カードをスロットへと滑らせる。アル(真神)は冷徹に計算された最適解として、その挑発を正面から受け流すようにカードを差し出した。
• 蛇喰:【強:7(骨塵の階・グー)】
• アル(真神):【弱:3(膨壊の階・パー)】
判定――。階級差。ルールにより、より高い階級のカードを出した蛇喰弘毅の勝利。
カードに描かれた「巨大な拳が血の海を割る」イラストがホログラムで弾け、蛇喰に7ポイントが加算される。
「(完璧な流れだ……!)」
御手洗暉は、点差が開いた状況でありながら、胸中で快哉を叫んだ。
「(相手は、自分の残された唯一の『強』である『7』をここで切った! アルさんの手元には、まだ最強の『9』と『8』、さらに『7』のすべてが残っている。階級差で勝てる最強カードがなくなった蛇喰は、もうアルさんの高打点を防ぐ術がない!)」
だが、対面の元上司・長谷川は、微動だにせず涼しい顔で対局を見守っていた。その瞳は、獲物が罠にかかる瞬間を待つ老いた蜘蛛のように静かだ。
アル(真神)は無機質なガラス玉の瞳を蛇喰に向けた。
「(勝ち筋は揺るがない。相手は1/2ライフの住人とはいえ、所詮は感覚に頼るギャンブラー。目先のポイント欲しさに貴重なリソースを吐き出した浅はかさが敗因だ。たまたま運が良くてここまで勝ち残ってきたのだろうが……私の前ではその強運も計算式の一部に過ぎない)」
第3ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:24 — アル(真神):0
【第四ラウンド:散乱する骨の檻】
「うししっ! 第4ラウンド! ここからは今までとは一味違う、地獄の『おもてなし』っすよー!」
ディーラー・佐々木の不吉な宣言とともに、舞台がスライドを開始する。移行は緩やかだが、床面パネルの継ぎ目から、腐敗した油脂を思わせるヌルヌルとした透明な液体がじわりと滲み出してきた。
第四のステージは「乱壊相(らんえそう)」。
ステージ各所には、パーツがバラバラになった人体模型の彫像が積み上げられている。床のヌルヌルはスケートリンク以上の滑りやすさだが、両者は独自の「解」でこれに対処した。
蛇喰はあえて摩擦を捨て、慣性を利用してスライドするように移動することで、不規則な揺れを殺す。対するアル(真神)は、微細な重心移動を毎秒数百回繰り返すことで、接地面の粘性抵抗を逆利用し、静止摩擦力を最大限に引き出すという、精密機械のようなバランス感覚を見せた。
「ヘッ、出し惜しみは無しだぜ!」
蛇喰がバン!と先にカードを叩きつけた。
「(奴の『強』はもう尽きた。ならば、ここで私が最大打点の『9』を出せば、相手が何を出そうと階級差で無条件に勝利できる。確実に9ポイントを回収する)」
アル(真神)が提示したのは、【強:9(骨塵の階・パー)】。
• 蛇喰:【中:6(血膿の階・パー)】
• アル(真神):【強:9(骨塵の階・パー)】
判定――。階級差により、アル(真神)の勝利。9ポイント獲得。
「あちゃー! 負けちまったぜ! さすが学者様、容赦ねえなぁ!」
蛇喰が大袈裟に頭を抱え、わざとらしく嘆いてみせる。
アル(真神)は、勝利したはずのその瞬間、わずかに眉を顰めた。
「(……。今、私は心拍数が1だけ上昇した。なぜだ? 私は勝った。最高効率でポイントを得た。……だが、なぜ奴は、負けることが確定しているこの状況で、自分の手札の『中』でも最高値の『6』をぶつけてきた? まるで、私がここで『9』を出すことを確信し、リソースを調整したかのように……)」
しかし、アル(真神)は即座にその乱れをバイタル制御で抑え込み、平静を取り戻した。
第4ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:24 — アル(真神):9
【第五ラウンド:獣喰の狂宴(じゅうじきのきょうえん)】
第5ラウンドへの移行。ヌルヌルが残った床のまま、ステージが激しい振動と共に回転する。
さらに、天井のレールからカラスや野良犬をデフォルメした不気味な小型ロボットが急降下し、プレイヤーの肩や足元へ次々と飛びかかってくる。転倒を誘う物理的な干渉。
第五のステージは「噉食相(たんじきそう)」。
周囲の彫像は、カラスや野犬を模したポップなキャラクターが、真っ赤な綿(肉を模したもの)を口に咥えて笑っているという悪趣味なデザインだ。
「チッ……!」
一機のロボットがアル(真神)の死角から飛び込む。回避行動の際、ヌルヌルの床でわずかにアル(真神)の重心が崩れる。
彼女は禁忌「手をつくこと」を回避するため、あえて前方の蛇喰の至近距離まで踏み込み、彼の目の前まで移動することで転倒を防いだ。
「おっとぉ! 真神さんよ、俺に抱きつきたくなるほど怖いかぁ!? 遠慮すんなよ、地獄への道連れにゃアンタみたいなインテリが最高だ!」
蛇喰が不気味な笑みを浮かべて煽り立てる。アル(真神)は瞬時に体勢を立て直し、冷淡に返した。
「……問題ない。それより、自分の足元を心配したらどうだい?」
「なーなー、いい加減本物のアルを出せよ、真神さんよぉ。俺ァ、あの赤髪のねーちゃんの絶望顔が見てぇんだわ」
蛇喰が退屈そうに首を鳴らす。
「残念だが、彼女は今、忙しくてね。それに、一度引き受けた仕事は何があろうと完遂するのが私の主義なんだ。君が相手をするのは、最後まで私だよ。蛇喰くん」
アル(真神)は冷たく突き放す。
「(次は『強:8』で確実に取る。相手に残っているのは『中』か『弱』だ。ここで点差を一気に詰める)」
アル(真神)が選んだのは、【強:8(骨塵の階・チョキ)】。
• 蛇喰:【弱:1(膨壊の階・グー)】
• アル(真神):【強:8(骨塵の階・チョキ)】
判定――。階級差により、アル(真神)の勝利。8ポイント加算。
「(……。よし、これで点差は7。順調だ)」
第5ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:24 — アル(真神):17
【第六ラウンド:瘀血の回廊(おけつのかいろう)】
ヌルヌルとした床が残ったまま、ステージが再び激しく振動を開始する。激しい揺れの中、蛇喰はアル(真神)に密着せんばかりに近づき、不気味な踊りで視界を遮る。
アル(真神)は揺れの中心へと細かく移動し、バランスを崩すことなく、逆にその至近距離で蛇喰を見据えた。
そこでアル(真神)は、見てしまった。蛇喰弘毅の瞳を。
チャラついた外見の奥底。その瞳孔には、知性も理性も存在しない。ただひたすらに、ありとあらゆる事象を自らの「結論」へと無慈悲に収束させる、正体不明の化け物の目。
「……ふっ。みくびってすまなかったよ、蛇喰くん。君は、紛れもなく1/2ライフの住人で間違いない」
アル(真神)は自嘲気味に笑った。
「♪~今更気づいても遅いぜ学者さん、俺のビートはもう、アンタの脳内にドロップ済みだ!~♪」
第六のステージは「青瘀相(しょうおそう)」。
照明が青黒く変色し、周囲のオブジェもすべて深い紫や沈んだ青に塗りつぶされている。冷気のようなスモークが足元を覆い、視界と体温を奪う。
蛇喰は踊りながら、間を置かずにカードを提示した。アル(真神)は慎重に思考する。
「(奴の『弱』は残り二枚。だが『中』も二枚残っている。ここは確実に階級差で勝つ。『強:7』で行く)」
アル(真神)が出したのは、【強:7(骨塵の階・グー)】。
• 蛇喰:【弱:2(膨壊の階・チョキ)】
• アル(真神):【強:7(骨塵の階・グー)】
判定――。階級差により、アル(真神)の勝利。7ポイント。
「(点差は……0。追いついた!)」
第6ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:24 — アル(真神):24
【第七ラウンド:火焔の地平(かえんのちへい)】
第七のステージは「焼相(しょうそう)」。
移行の際、ステージの床パネルが赤く熱し始め、靴底を通じて熱気が伝わってくる。周囲には火葬炉をデフォルメした煙突型のモニュメントが立ち並び、真っ赤なライトが荒野を照らし出す。
この灼熱と、激しく旋回するステージ移行という極限状態の中、蛇喰はまるで平衡感覚を失ったかのように大きく身体をのけぞらせ、踊りながらアル(真神)の目前まで迫り、顔を覗き込むようにして挑発的なライムを刻む。
対するアル(真神)は、その異様な接近を平然と受け流し、蛇喰の脇をすり抜けるようにして、淀みない足取りで自らの定位置へとついた。
蛇喰がカードを出し、アル(真神)が続く。
「(奴の残りは『中:5』『中:4』『弱:3』。私の残りは『中:6』『中:5』『中:4』。ここからは同階級の三すくみが鍵になる。……。奴は三すくみを嫌って『3』を出すか?)」
アル(真神)が出したのは、【中:6(血膿の階・パー)】。
• 蛇喰:【中:5(血膿の階・チョキ)】
• アル(真神):【中:6(血膿の階・パー)】
判定――。同階級三すくみ。チョキはパーに勝つ。僅差で蛇喰の勝利。5ポイント。
「(……っ!? 三すくみで負けを引かされた……!?)」
御手洗は恐怖に慄いていた。
「(なぜだ……。蛇喰が先に出しているのに、なぜアルさんの思考がすべて筒抜けになっているみたいなんだ!)」
その隣で、長谷川は心の中で嘲笑していた。
「(……と、君は思っているだろう、御手洗くん。当然だ。蛇喰君の真骨頂は、『場の空気を読む』能力を極限まで尖らせ、それを『自分の思う流れに変える』ことに異常に特化しているのだから。彼は予知などしていない。挑発と環境干渉によって、相手の思考を特定の選択肢へと誘導しているのだ。……人間を辞めた猛者たちも、この感覚的な支配に敵わず敗れ去っていった。彼はワンヘッドすら狙える逸材。1/2ライフ初戦で彼に当たった不運を呪いなさい)」
第7ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:29 — アル(真神):24
【第八ラウンド:白骨の庭(はっこつのにわ)】
第八のステージは「白骨相(はっこつそう)」。
先ほどまでの熱気が嘘のように、ステージは磨き上げられた純白の骨を模したタイルに覆われる。周囲の彫像もすべて白骨化し、無機質で静謐な死の世界が広がる。
蛇喰が、いつものようにバン!とカードを叩きつけた。御手洗は、血の気の引いた顔で祈るように手札を見比べる。
「ショウダウンだ。蛇喰くん」
アル(真神)が【中:5(血膿の階・チョキ)】を提示する。
• 蛇喰:【中:4(血膿の階・グー)】
• アル(真神):【中:5(血膿の階・チョキ)】
判定――。同階級三すくみ。グーはチョキに勝つ。僅差で蛇喰の勝利。4ポイント獲得。
その瞬間、会場は氷ついたような静寂に包まれた。御手洗は愕然としてスコアボードを見上げた。
「(……。また負けた。点差は9点。……待てよ。……嘘だろ……。最終ラウンドでお互いに残っているカードは……)」
アル(真神)の指先が、目に見えて震えた。
• 蛇喰の最後の一枚:【弱:3(膨壊の階・パー)】
• アル(真神)の最後の一枚:【中:4(血膿の階・グー)】
「(……。お互いに残っているのは……。奴が弱の『3』、私が中の『4』。……判定は、階級差で私の勝利。……だが、得られるポイントは『4』。現在の点差は……9……。……。……。……あいこにすらならない、届かない敗北……)」
蛇喰が、ニカッと不気味な笑みを浮かべた。
「Yeah……。最高のビートだろ? アンタは踊らされてたんだよ、学者さん。……俺がこの点差でアンタを『詰ませる』ことに、最後まで気づかなかったのか?」
第9ラウンド。もし互いに残された最後の一枚を出し合えば、階級差でアル(真神)の勝利。しかし、得られるポイントは「4」。蛇喰の「33ポイント」に対し、アル(真神)は最後に勝っても合計「28ポイント」。
物理的に逆転が不可能な「消化試合」が決まった。それは、死よりも残酷な、最後の一手まで計算し尽くされた末の、完全なる戦略的敗北の宣告だった。
第8ラウンド終了時点累計スコア
蛇喰:33 — アル(真神):24