鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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第24話:狂乱の賽銭(ポーン・ダイブ)

 巨大な真鍮の扉が、重々しい低音を響かせながら左右に分かたれた。

 

 その先に広がっていたのは、もはや現代日本の一部とは思えぬ、黄金と欲望が濃密に渦巻く異界だった。

 

 天井を埋め尽くすクリスタル・シャンデリアが、狂気すら感じさせるほどに眩い光を放ち、フロア全体を贅沢な輝きで塗りつぶしている。

 足元に敷かれた深紅の絨毯は、一歩踏み出すごとに足首まで沈み込むような、重厚で血の色の厚みを持っていた。

 

 「素晴らしい熱気でしょう、空崎様」

 

 宇佐美銭丸は、穏やかな笑みを浮かべたまま、淀みない足取りで人波を縫うように歩き出した。

 周囲では、数え切れないほどのギャンブルが同時並行で執り行われている。カードが卓を滑る乾いた音が響くポーカーやバカラ。

 銀のボールが盤上を転がり、数字の運命を弄ぶルーレット。激しい電子音と共に極彩色の絵柄が回転し続けるスロット。

 そして、竹牌がぶつかり合い、静かな殺気が火花を散らす麻雀。

 

 「ヒャハハハハ!! 揃った! 揃ったぞ!! 5000万だ、俺の勝ちだぁぁ!!」

 

 スロットマシンの前で、一人の男が髪を振り乱し、狂喜乱舞していた。彼の瞳は血走り、周囲の目など一切気にせず、機械を抱きしめるようにして歓喜の咆哮を上げている。

 だが、その隣の席では、全財産を失ったのであろう女性が、魂の抜けた殻のように項垂れていた。

 

 「カラス銀行のギャンブルには、厳格なランクがございます」

 

 宇佐美は、阿鼻叫喚のフロアを平然と眺めながら解説を続けた。

 

 「下から順に『5スロット(ファイブスロット)』、『4リンク(フォーリンク)』、『1/2ライフ(ハーフライフ)』、および頂点に君臨する選ばれし者の座『1ヘッド(ワンヘッド)』。獲得した合計金額ごとにランクが上がり、上位ほど大金が動きますが……。同時に命や身体の危険も飛躍的に増していく。ここは最も下のランク、5スロットの賭場です」

 

 「……5スロット」

 

 ヒナは周囲を観察しながら、その数字を反芻した。テーブルの前で狂喜乱舞する者、頭を抱えて項垂れる者。その熱狂は、ゲヘナの風紀を乱す不良たちのそれとは異なり、もっと根源的な「生存本能」が剥き出しになった醜悪なものだった。

 

 「5スロットとはいえ、最大賭け金は5000万円、最低でも100万円。まずは易しいものから始めましょうか。空崎様はこういった場所にはあまり慣れていらっしゃらないようですから。お遊びで、まずは当行の空気に慣れていただくのがよろしい」

 

 「(……最初からすんなり情報を買えるとは思っていなかったけれど。まずはこの『5スロット』で勝って、一刻も早く次のランクへ上がるしかない。時間をかけるわけにはいかないの……!)」

 

 ヒナは、心臓の鼓動を平時と同じように制御しようと努めながら、宇佐美の背を追った。

 

 

 その時だった。

 

 

 「やめてくれ! 頼む、もう一度、もう一度だけチャンスをくれ!!」

 

 「放せ! 俺はまだやれる! 負けてない、まだ終わってないんだぁぁ!!」

 

 

 絶叫。

 

 ヒナの視界の端で、みっともなく泣き喚く数名の参加者が、無機質な黒服の行員たちに両脇を抱えられ、強引に連れ去られていくのが見えた。彼らの顔は恐怖で歪み、失禁している者さえいた。

 

 「……彼らは、どこへ連れて行かれるの?」

 

 ヒナが問いかけると、宇佐美はなんでもない日常の挨拶に答えるかのように、丁寧に頭を下げた。

 

 「ああ、失礼。見苦しいものをお見せしました。彼らは特別融資を受け、返済不能となった『お客様』です。当行の温かい配慮により、別室にお連れして債務整理のお手伝いをするのですよ」

 

 「別室……?」

 

 「ええ。お知りになりたいですか?」

 

 

 宇佐美が不意に足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

 

 その瞬間、ヒナは肺の空気がすべて吸い出されたような錯覚に陥った。宇佐美の浮かべる仏のような笑顔は、何一つ変わっていない。

 しかし、その奥にある瞳が、一瞬だけ底なしの深淵のように暗く濁った。

 

 宇佐美はヒナの耳元に顔を寄せ、その穏やかな声のまま、死神の接吻のように囁く。

 

 「当行の『秩序』に基づき、余さず全てを清算させていただく場所……。言葉にするのは些か無粋というものです。……もし興味がおありなら、後ほどご案内いたしますよ?」

 

「っ……」

 

 ヒナは言葉を紡げなくなった。

 

 目の前の男から放たれる、感情を完全に排した「絶対的な管理」の気配。それは怒りや憎しみといった理解可能な暴力ではなく、冷徹な理数によって命をただの「記号」として処理する、異質な闇だった。

 

 宇佐美の慈愛に満ちた仕草の一つ一つが、かえって彼が守るシステムの恐ろしさを際立たせる。

 その完成された暗黒の威圧感に、ヒナの喉の奥は物理的に引き攣り、背筋を這い上がる戦慄を抑えるために、彼女は拳を血が滲むほど固く握りしめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 連れてこられたのは、フロアの喧騒から少し離れた特設テーブルだった。そこには重厚なルーレット盤と、それに対応するように「0」から「36」までの数字が刻まれた小さなパネルが並ぶ、特殊なゲーム設備が備わっていた。

 テーブルの上には、精巧な細工が施された二つの駒が置かれている。

 

 牙を剥く猛犬を模した「金の駒」。

 

 しなやかな愛猫を模した「銀の駒」。

 

 「さて、空崎様。こちらが貴女に用意したゲーム。題して――」

 

 

【ルール説明:猛犬と愛猫の円舞曲(マッドドッグ・アンド・キャット・ワルツ)】

 

■ 基本構造

 

1. 全5ラウンド制。プレイヤーはラウンドごとに、追う側の【猟犬(ハンター)】と、逃げる側の【獲物(プレイ)】を交代で務める。

 

2. 最低賭け金100万円、最大賭け金5000万円。5スロット特別レートとして、勝利ごとに獲得金額に倍率が加算される。

 

■ 進行手順

 

1. 潜伏(ハイド):【猟犬】は、相手に見えないように、テーブル上に並んだ「0〜36のパネル」のうち、いずれか一つをめくり、その下に「金の駒(犬)」を隠してセットする。

 

2. 回転(スピン):ルーレットを回し、銀のボールが落ちた数字が、そのラウンドの「逃走経路」となる。

 

3. 選択(チョイス):【獲物】は、ボールが止まった数字の「隣接する数字(左右どちらか)」、または「そのままの数字」のいずれかに「銀の駒(猫)」を置くか選択する。

 

■ 制限される選択肢(ラビリンス・ロック)

 

ラウンドを重ねるごとに、盤面の「使用不能な数字」が増加し、物理的に逃げ場が失われていく。

 

• 第1ラウンド:全37数字から選択可能。

 

• 第2ラウンド:18の数字がランダムに封鎖。

 

• 第3ラウンド:9つの数字のみ選択可能。

 

• 第4ラウンド:6つの数字のみ選択可能。

 

• 第5ラウンド:ボールの止まった位置とその隣接する数字、計3つのみが最終選択肢となる。

 

※各ラウンド開始時、数字が封鎖されるごとに、盤面から物理的にそのスリットが消失し、封鎖された数字を除いた出目しか存在しない専用ルーレットへと交換される。 確率の分母そのものが削り取られていく仕様となっている。

 

■ 勝敗判定

 

1. 獲物側の勝利:セットした「銀の駒」の数字が、猟犬が潜伏させた「金の駒」の数字と一致しなければ勝利。

 

2. 猟犬側の勝利:セットした「金の駒」の数字が、獲物の選んだ数字と完全に一致すれば、猟犬の勝利。

 

※猟犬側は的中させた場合、賭け金の10倍という高倍率を獲得できるが、獲物側は回避し続けることで倍率が累積していく。

 

「ラウンドが進むほど分母が減り、逃げ場がなくなる……。最後は、完全に相手との読み合いになるということね」

 

 ヒナは盤面を凝視し、ルールの本質を見抜こうとした。これは数学的な確率論をベースにした、純粋な心理戦だ。

 

「その通り。……さて、対戦相手が必要ですね。そうですねぇ……」

 

 宇佐美は「そうですねぇ」と辺りを見回した。

 ちょうどその時、先ほどのように黒服の行員に引きずられ、出口へと連行されようとしている一人の男がいた。

 

 「あの方にしましょう。……おい、そこの彼をこちらへ」

 

 宇佐美の声に、行員たちが足を止める。連れてこられたのは、40代後半ほどの、脂ぎった顔を涙と鼻水で汚した中年男性だった。

 

 「ヒィ……ヒィ……あ、あぁ……」

 

 男はガタガタと震え、壊れた玩具のように呻いている。宇佐美は彼の髪を優しく撫でるようにして、囁いた。

 

 「……。佐藤様。貴方への『特別融資額』……利息を合わせればもう、当行の規則で清算しても足りない額になっています。ですが、私は貴方に慈悲を与えたい」

 

 「あ、あ、ああ……」

 

 「このテーブルにお座りなさい。そちらの気高く美しいお嬢様に、たった一度でいい。このゲームで勝つことができれば、貴方の融資金額はすべて『完済扱い』としましょう」

 

 その瞬間、絶望に沈んでいた男の瞳に、ギラリとした汚い光が宿った。

 

「ほ、本当か!? 本当に、勝てば助けてくれるのか!?」

 

 「ええ。カラス銀行の銀行員として、約束します。……さあ、『すべて』を賭けて、その金の駒を握りなさい」

 

 男は這いつくばるようにして椅子に飛びつき、テーブルを両手で掴んだ。

 

 「ありがとう……ありがとう! 助かった…!ありがとうございますっ!ありがとうございますぅ…!!」

 

 ヒナはその異様な光景に戸惑いを感じていた。極限の最中にいる人間を、宇佐美はまるで駒のように拾い上げ、対局の場に据えた。

 

 「……。空崎様、準備はよろしいですか? 5スロット、第1ラウンド。……これより、対局を開始いたします」

 

 宇佐美が開始を宣言し、盤面の中央で金の駒と銀の駒が、意思を持っているかのようにカチリと音を立てて動き出した。

 

 「(……やるしかない。ここで勝たなければ、アルの元へは辿り着けない)」

 

 ヒナは銀の駒――獲物側のポジションに手をかけた。

 

 

 しかし、ヒナはこの時まだ、明確には理解していなかった。

 カラス銀行における「敗北」とは、ただ金を失うことではないということを。

 

 

 対面の男が、食い入るように盤面を見つめ、震える指先で金の駒をセットする。

 

 「殺してやる……殺してでも、俺は助かるんだぁ!!」

 

 か細い希望の糸を掴もうとする男の呪詛が、カジノの喧騒を突き抜けてヒナの耳に届いた。




 25話からは一話ごとの熱量を最大化するため、今後は不定期(あるいは隔週目標)での投稿に切り替えます。
 更新までの穴は、質量100トンのホシノが埋めます。あちらの勢いも、アルの深淵を深めるためのエネルギーになります。
 次に更新される一話は、皆様の脳を確実に焼き切るものになると約束します。
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