鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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恒例のルール説明です。


第30話:不壊の轍(ステラ・ファタリス)

 「……今、何て言った?」

 

 御手洗暉の喉の奥から、地を這うような低い声が漏れ出た。

 

 彼の瞳が、怒りのあまりに細められる。松島昌平がニチャニチャと笑いながら突きつけてきたスマートフォンの画面――そこに映る、無惨に拘束された便利屋68の少女たちの姿。それを視認した瞬間、御手洗の脳内で何かが激しく弾け飛んだ。

 

 彼は理性を失いかけ、松島の胸ぐらへと狂暴な手つきで掴みかかろうとする。

 しかし、松島は待ってましたと言わんばかりに、ブヨブヨとした体を後ろへ引いてみせた。

 

 「ひ、ひひっ! 暴力を、ふ、振るえば即座に失格だぞぉ? お、お前にも重いペナルティがつくぜぇ? いいのかよぉ、スマートじゃないなぁ!」

 

 「貴様ぁ……!!」

 

 御手洗は突き出された拳を寸前で止め、激しく歯噛みした。

 

 彼の胸中を占めたのは、己への不甲斐なさと、それ以上に陸八魔アルへの畏敬からくる強い憤りだった。

 

 「(アルさんの……アルさんの至高の勝負を、こんな下劣な真似で侮辱するなんて……。こんな不純物が混じったことで、もしもアルさんが全力を出しきれないような事態になったら、僕は……!!)」

 

 御手洗が怒りで肩を激しく上下させていた、その時だった。

 

 

 「……銀行員さん」

 

 

 背後から、鼓膜を物理的に凍らせるような、極低温の声が響いた。

 

 御手洗と松島が弾かれたように振り向くと、そこにはいつの間にか、数歩後ろに陸八魔アルが立ち尽くしていた。

 

 「あ、アルさん……っ」

 

 御手洗の声が詰まる。そこにいたのは、先ほどまで「アイドルの曲を聴く」と無邪気にはしゃいでいた、あの頼りない少女ではなかった。

 

 背筋が凍るほどの威圧感を纏い、ガラス玉のように透き通った黄金の瞳が暗がりのなかで怪しく発光している。

 

 彼女がその『本性』を現した時の、冷徹なる絶対者の姿がそこにあった。

 

 アルは静かに歩を進め、松島の目の前でピタリと足を止める。

 

 「ねえ、そこの銀行員さん。……あなたの必勝法って、『たったそれだけ(・・・・・・・)』なの?」

 

 「ひ、ひぎっ……!?」

 

 松島は、アルの黄金の瞳に射すくめられた瞬間、まるで本物の死神と対峙したかのように声を詰まらせ、数歩後退りした。

 

 アルの口元には、どこか慈悲深い、微笑ましいとさえ言える柔らかな笑みが浮かんでいる。

 しかし、その眼光だけは、松島昌平という男の存在そのものを完全にロックし、一片の逃げ道すら与えていない。

 

 「勝敗の行方を他人の手に委ねるなんて……。そんな不確実で、脆くて、哀れな方法で、この私に勝てると思っているのかしら?」

 

 「う、うぐ……ッ! こ、こ、後悔させてやるからな! 泣き面拝んでやるぞ、このアマぁ!!」

 

 松島は、恐怖を虚勢で塗りつぶすように汚い捨て台詞を吐き散らすと、脂汗を撒き散らしながら、ヨタヨタとした無様な足取りで亜星翔馬の待つステージの方へと逃げ去っていった。

 

 静寂が戻る。御手洗は胸を締め付けられるような罪悪感に駆られ、アルの前に頭を下げた。

 

 「アルさん……! すみません、僕が担当行員としてしっかりしていなかったから、あんな卑劣な手段を許してしまって……!」

 

 「顔を上げなさい、銀行員さん」

 

 アルの声は、どこまでも平坦で、揺るぎなかった。

 

 「大丈夫……私の負けはね、世界から『許されていない(・・・・・・・)』のよ」

 

 「え……? それは、どういう――」

 

 御手洗がその言葉の真意を問いかけようとした、その瞬間。

 

 ゴォオオオ……! と、会場の四方から激しいスモークが噴出し、満天の星空を模した空間のど真ん中を白く染め上げた。

 

 

 『――長らくお待たせいたしました、親愛なる観客(ゲスト)の皆様方!!』

 

 

 大音量のスピーカーが鳴り響き、地面からゆっくりと、一人の男が迫り上がってくる。

 

 燕尾服を完璧に着こなし、胸元にはカラス銀行の最高級記章を眩く輝かせた男――かつて『蠱毒ノ双子、偽像迷宮(ジェミニ・ラビリンス)』の地獄を仕切った超一流ディーラー、獅子王であった。

 

 「あら……お久しぶりね、ディーラーさん」

 

 アルは黄金の瞳を細め、懐かしい知人に会ったかのように不敵に微笑んだ。

 

 「ええ、お久しぶりでございます、陸八魔様。……今宵、この神聖なるワンヘッド昇格戦という舞台において、新たなる本物の王者が生まれる。その歴史的瞬間を執り行う栄誉、この獅子王、全身全霊で務めさせていただきます!」

 

 獅子王は流麗な動作で一礼すると、劇場の役者のように両腕を広げ、まずはアルの背後を指し示した。

 

 「まずは、底知れぬ深淵から這い上がり、数々の王者を屠ってきた混沌の支配者! 鏡面に映る己の狂気すら武器に変える、漆黒のカリスマ! 1/2ライフの絶対防衛線を突破せし者――陸八魔アル!!」

 

 客席のVIPたちから、地鳴りのような拍手と歓声が湧き上がる。獅子王はそのまま反転し、対極に立つ金髪の青年にスポットライトを向けた。

 

 「対するは、地獄の歓楽街で数多の信徒を狂信へと導き、その命を幸福のまま刈り取る若き偶像! 1/2ライフの頂に最も近い美しき死神――亜星翔馬!!」

 

 「あはは、最高の紹介じゃん! 獅子王、ありがとな!」

 

 亜星は無邪気に手を振り、仮面のVIPたちを魅了する。

 

 「それでは、これよりワンヘッド昇格戦――特別ゲーム『銀河鉄道の夜標(ステラ・マリス・サクリファイス)』のルール説明へと移らせていただきます」

 

 獅子王が指を鳴らすと、空間を埋め尽くす複雑なあみだくじ状の鉄路が、青白く発光し始めた。

 

 

【ルール説明:銀河鉄道の夜標(ステラ・マリス・サクリファイス)

 

 ■ 基本構成と賭け金

 

・本ゲームの最低賭け金:10億円。双方の人生と、それ以上の価値が担保とされる。

 

・全20ラウンド制。

 

・銀河の果てにある終着駅を目指す、すごろく型のレースゲーム。

 

 

 ■ ゲームの進行

・プレイヤーは、それぞれの対戦席に設置された1〜6の出目を持つ物理ルーレットを回し、確定した目の数だけ、線路のマスを進む。

 

・本ゲームの最大の特徴は、このあみだくじのように複雑に分岐し、交差する線路の構造にある。

 分岐点に差し掛かった際、プレイヤーは「曲がる」か「直進する」かを自身の意志で選択しなければならない。

 

・もし、出目の都合やルートの閉塞により「進めない」状況に陥った場合、プレイヤーは手持ちのカードを使用するか、あるいはそのターンの行動権を失う(休み)かの二択を迫られる。

 

 

 ■ 星空の定期駅

 

・敷設された線路の各マスには、特殊な『イベントマス(・・・・・・)』が点在している。

 

・ルーレットの出目で運悪く、あるいは運良くそのマスに停止した際、そこで何が引き起こされるかは、『実際に止まってからのお楽しみ(・・・・・・・・・・・・・・)』となる。

 

・莫大な恩恵か、あるいは破滅の罠か、すべては星の気まぐれである。

 

 

 ■ 勝敗

 

・天井に向かって伸びる3本の最終線路。その終着駅である「3つの最終駅」の中で、先に唯一の正解である『真のゴール(・・・・・)』に辿り着いた者の勝利となる。

 

・もし、20ラウンドが終了した時点でどちらもゴールに到達していなかった場合は、その時点で最も正解の駅(ゴール)に近い位置にいたプレイヤーを勝者とする。

 

 

 ■ 星への願い

 

・プレイヤーには、ゲーム開始時にそれぞれ10枚の『願い事カード』が配布される。これを使用することで、ゲームを有利に進める様々な奇跡を発動できる。

 

・ただし、強力な効果の代償として、ただし、「カードを使用したターンは、その時点で強制的に行動終了」「2ターン連続でのカード使用不可」となる。

 

 

・『彗星の願い(コメット・テイル)』:自身のルーレットで出た目の数を、強制的に「倍」にする。

 

・『日食の願い(ソーラー・エクリプス)』:相手の次ターンを、強制的に「休み」にする。

 

・『流星の願い(メテオ・ストライク)』:線路の分岐点(あみだ)の接続のうち、1〜3箇所を任意で入れ替える。

 

・『新星の願い(ノヴァ・バース)』:消費した願い事カードを、新たに2枚ランダムで手に入れる。

 

 

 一通りの説明を終えた獅子王に向かって、亜星翔馬は小首を傾げ、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

 「なーんだ、獅子王。思ったより全然優しいゲームじゃん。これなら、お互い楽しく星空のドライブができるね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、獅子王の口元が、裂けたように歪んだ。

 

 「おやおや、優しい…ですか。……クク、もちろん、カラス銀行が敗者に対して、それだけで済ますはずがございません。……皆様、この会場の天井の高さは、正確に『100m(・・・・)』ございます」

 

 獅子王は、遥か上空の、星空のプロジェクションの奥にある闇を指し示した。

 

 「敗者はゲーム決着時、自身が到達していた『その高さ(・・・・)』から、命綱なしでそのまま地上へと落下していただきます」

 

 「……ッ!」

 

 御手洗の背中に、冷たい汗が流れた。高度数十メートルからの落下。それはすなわち、確実な死を意味する。

 

 「そして――この『願い事カード』には、もう一つの別名がございます。それこそが『生贄の札(サクリファイスカード)』」

 

 獅子王の声が、一段と低く冷酷なものに変わる。

 

 「敗北が決定した瞬間。敗者がそれまでに使用した『サクリファイスカード(・・・・・・・・・・)』の枚数×1平方m分だけ、その真下の落下地点の床から、鋭利な『星の剣山』が物理的にせり上がります」

 

 「なっ……!」

 

 「カードを使えば使うほど、戦況は有利になるでしょう。しかし、それは同時に『負けた瞬間の死亡率を跳ね上げる(・・・・・・・・・・・・・・・)』という呪いの契約。カードを一切使わずに終着駅へと辿り着くことは至難の業。……さあ、命を削って星に願うか、あるいは裸身のまま奇跡を待つか」

 

 そのあまりにも悪趣味で残酷なシステムが明かされた瞬間、VIP席の富豪たちは、持っていたグラスをテーブルに叩きつけながら大狂乱した。

 

 「おい! 面白くなってきたじゃねぇか!」

 

 「アレを見せろ! いつものアレをよォ!」

 

 「おっと、大変失礼いたしました。観客の皆様、お待たせいたしました。それでは――恒例の『ペナルティの実例(・・・・・・・・)』をお見せいたしましょう」

 

 獅子王が大きく手を振ると、会場の壁際に設置されていた、厚い黒布で覆われていた巨大なオブジェから、一斉に布が剥ぎ取られた。

 

 「……ッ、うあ……!」

 

 御手洗は、思わず口元を押さえて絶句した。

 

 

 そこにあったのは、1本あたり3mを超える、純金製の巨大な棘。まるで破裂した星のように無数に密集した禍々しい剣山だった。

 

 

 そして――その金色の棘の群れの中心に、肉体を深く、無惨に突き刺された1人の人間の死体が、剥製のように固定されていた。

 服の破れ目から覗く肌は完全に赤黒く染まり、流れ出た血が純金の棘を汚らしく汚している。

 

 「彼は以前、当行への債務整理と引き換えに、この実演を引き受けていただきました」

 

 獅子王は、死体を指し示しながら淡々と解説を続ける。

 

 「彼が落下したのは、わずか『10m(・・・)』の高さ。カードの使用枚数は3枚。……ご覧の通り、たった10mからの落下であっても、剣山の上に落ちれば、肉体は容易くこのようにザクロのように弾けます。……さあ、今宵の旅人たちは、一体何十mの高さから、この美しい星へ向かって自由落下することになるのか! 予想しようではありませんか!!」

 

 「ヒャーッハハハ! 最高だ!!」

 

 「1億! 亜星がアルを80mから突き落とす方に1億だ!!」

 

 仮面をつけたVIPたちが、狂ったように札束とチップを宙に放り投げる。

 

 血生臭い歓声が響き渡る地獄の底で、陸八魔アルはただ一人……そのガラス玉のように透き通った黄金の瞳で、遙か天井に広がる偽物の星空を静かに見つめていた。




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