鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
じっとりとした不快な冷気が、肌を刺していた。
「(……ん……っ……)」
鬼方カヨコは、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。視界に飛び込んできたのは、ひび割れたコンクリートの天井と、そこから無造作にぶら下がる錆びついた剥き出しの蛍光灯だ。チカチカと不規則に明滅する光が、痛む頭を刺激する。
カヨコは即座に状況を把握するため、体を動かそうとした。しかし、両手首と両足首に食い込む硬い感触が、それを拒絶する。
太い麻縄で、椅子に硬く縛り付けられていた。
「(見知らぬ場所……。それにこれは…)」
視線を左右に巡らせる。
右側には、同じように椅子に縛られ、首をうなだれて眠っている浅黄ムツキ。
左側には、涙の跡をつけたまま意識を失っている伊草ハルカの姿があった。
カヨコは息を潜め、五感を研ぎ澄ます。部屋の隅、うず高く積まれたガラクタの向こう側から男たちの低い話し声が漏れ聞こえてきた。
「……おい、さっき連絡が来たぞ。依頼主からだ」
目出し帽を被った大柄な男が、スマートフォンの画面を指先でスクロールしながら、仲間に声をかけている。
「何て言ってきた?」
「『もう用済みだから、そっちの都合で適当に始末していい』だとよ。死体が出ねぇように、綺麗に片付けろってさ」
「ケッ、もったいねぇなぁ。せっかく遠くから引っ張ってきた上玉じゃねぇか。おい、1発やってから殺しても遅くねぇだろ? どうせ誰も気づきやしねぇよ」
男たちは下卑た笑い声を上げ、煙草の煙を吐き散らした。
「(……なるほど。私たちは何者かに誘拐されて、まさに今、ここで処分される寸前ってわけね)」
最悪の状況を前にしても、カヨコの心臓は冷静に脈打っていた。
「んぅ……あれぇ? ここ、どこぉ?」
「う、うあぁ……! あ、アル様…!? アル様はどこですかぁ……!?」
タイミング悪く、ムツキとハルカが同時に目を覚ました。ハルカがパニックを起こして声を荒らげようとした瞬間、カヨコが鋭い視線で二人を制する。
「ハルカ、ムツキ、静かに。……喋らないで」
カヨコは男たちに悟られないよう、自らの爪に視線を落とした。彼女の漆黒のネイル――その裏側には、いざという時のための極小の特殊合金製『ネイルナイフ』が仕込まれている。
手首の関節を巧妙に曲げ、刃を麻縄の繊維へと押し当てた。
シャリ……シャリ……と、微小な摩擦音とともに、縄が一本ずつ断ち切られていく。
数秒の後、自身の束縛を解いたカヨコは、音もなく椅子から滑り降りると、そのままムツキとハルカの元へ這い寄り、彼女たちのロープも一瞬で切り落とした。
「カヨコちゃ――」
「合図したら、一斉にやるよ……今!」
男たちがスマートフォンの画面に目を落とした、一瞬の完璧な死角。
カヨコの体が、弾丸のように床を蹴った。
「がっ……!?」
一番近くにいた男の首元へ、カヨコの鋭い手刀が正確に炸裂する。骨が軋む鈍い音とともに、男は白目を剥いて床に崩れ落ち、そのまま気絶した。
「なんだ!? てめぇら――」
異変に気づいた残りの男二人が武器に手を伸ばそうとするが、すでに遅い。
「えいやっ☆」
ムツキが楽しげな声を上げながら、コマのように回転して強烈な回し蹴りを男の側頭部へと叩き込んだ。
肉厚な質量が弾け、男の体が壁まで吹き飛んで静止する。
「ア、アル様の覇道を……邪魔するなぁぁあ!!」
ハルカは狂乱の形相で最後の一人に突撃し、その顔面へ容赦のない頭突きをぶちかました。
ゴキッという不快な鼻骨の破砕音とともに、男は意識を失って垂直に倒れ伏した。
彼女たちは、常人とは一線を画す頑強な肉体と戦闘能力を持つ、キヴォトスの生徒だ。
武器を持たない生身の身体であっても、凡俗な人間を圧倒することなど呼吸をするよりも容易かった。
「ふぅ……お疲れ様、2人とも」
カヨコは服についた埃をパンパンと手のひらで払いながら、深く息を吐き出した。
「ねーねー、カヨコちゃん! ここ一体どこなのー? アルちゃんがいないんだけどー!」
ムツキが拘束から解放された両手を広げ、ぴょんぴょんと跳ねながら周囲を見渡す。
「ア、アル様がいらっしゃらない……!! うわあああああああああ!!!!!」
ハルカは状況を理解した瞬間、一気に顔面を蒼白に染めて叫び声を上げた。
「お守りできなかった……! 便利屋の社員でありながら、アル様を危険に晒し、自分だけ生き残るなんて……私はゴミです! ゴミカスです!! この万死に値する失態は、今すぐここで死んでお詫びしますぅぅううう!!!」
ハルカは涙と鼻水を撒き散らしながら、コンクリートの床に向かって、ガンガンと鈍い音を立てて全力で額を打ち付け始めた。床に亀裂が入りかけるほどの勢いだ。
「ハルカ、ストップ。頭が割れるからやめて」
カヨコはハルカの襟首を掴んで強引に引き剥がし、冷徹な声で告げた。
「おそらく、私たちは計画的に誘拐された。アルは今、私たちの命を人質に取られて、身代金か……あるいはそれ以上の何かを要求されてる可能性が高いわ。ここから脱出するのも大事だけど、まずは状況を把握するために、ここがどこなのかを――」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
地鳴りのような凄まじい振動が、彼女たちの足元を襲った。
「な、何これ!? 地震!?」
ムツキが目を見開いた直後、コンクリートの床が綺麗に真っ二つに割れた。
「きゃああっ!?」
足場を失った3人の身体が、一気に底知れぬ暗闇へと落下していく。
タタンッ! ドンッ! ドガシャッ!
「くっ……!」
カヨコは猫のようなしなやかさで無傷で見事に着地を決め、ムツキは「痛っ☆」とお尻から不格好に床へ落ち、ハルカは「ぶへぇっ!」と完全に顔面から地面に激突していた。
それぞれが痛みに顔を顰め、あるいは周囲を警戒した、その刹那。
まばゆいばかりの、数千ワットもの強烈な照明が一斉に点灯し、彼女たちの視界を真っ白に染め上げた。
『さぁ、さぁーー!! 全国のご視聴者の皆様、お待たせいたしました!! 本日のチャレンジャーの登場です!! 遥か遠くのキヴォトスからやってきた、うら若き3人の美少女たちだぁーー!!!』
大音量のスピーカーから、鼓膜を震わせる軽薄な怒号が響き渡る。
3人が目をしばたたかせながら周囲を見渡すと、そこには、あまりにも現実離れした異様な光景が広がっていた。
雛壇のように設置された客席。その一つ一つにギラつくレンズをこちらに向けている無数の巨大なテレビカメラが鎮座している。
そして彼女たちが立っている場所は、古代アステカ文明の生贄の祭壇を模した、精巧かつ悪趣味な遺跡のセットだった。
中央の天井には、血を流したような不気味な表情で笑う、巨大な『太陽のオブジェ』が太い鎖で吊り下げられている。
「……何、ここ……。テレビ番組の、セット?」
カヨコの声が、驚愕に震える。
その中央ステージで、金色の派手なスーツに真っ赤な蝶ネクタイを着用し、マイクを握りしめている男がいた。
男は色黒で、ボディビルダーのように筋骨隆々とした巨漢であり、不気味なほど真っ白な歯茎を剥き出しにして、顔に貼り付いたような笑顔を浮かべている。
「わー! なになにここー!? すっごいキラキラしてる!」
ムツキは一瞬でテンションを取り戻し、目を輝かせてセットを指差す。一方のハルカは「あわわわ……」と完全にキャパシティを超えてパニック状態に陥っていた。
『この度は、急な試合のセッティングの中、特別生放送をご視聴いただき誠にありがとうございます! 申し遅れました! 私、カラス銀行特別業務部4課「特別審査課」、蒲郡班主任の、
蒲郡と名乗った男は、筋肉を誇示するように何度もポーズを取りながら、カメラに向かってウインクを飛ばす。
「(……蒲郡班? それに、ゲーム……?)」
カヨコの脳内に、鋭い火花が散った。
「(ただの誘拐の範疇を超えてるわ。それに、今……カラス銀行って言った? 日本で第3位の資産規模を誇る、あの巨大金融グループ……。なぜ、こんな狂った見世物小屋のセットで、あの大銀行の名前が出てくるのよ……!?)」
カヨコが背筋に冷たい戦慄を覚えているのもお構いなしに、蒲郡はマイクを高く突き上げ、声を張り上げた。
『それでは皆様! 本日の対戦相手、1/2ライフきってのダークホースをお呼びいたしましょう!!
プシューーーーッ!!
カヨコたちの対面に位置する床のハッチが開き、大量の白い冷却煙が激しく噴射された。
ゆっくりと煙が晴れていく。その中心に、1人の影が佇んでいた。
その人物の全貌を視認した瞬間、カヨコ、ムツキ、ハルカの3人の身体が、完全に凍りついた。
そこにいたのは、全身を泥のようにダボついた黒装束に包み、顔すらも漆黒の布で完全に覆った、不気味な怪人だった。
衣服の隙間からは一切の肌が見えず、性別すら判別できない。
しかし、3人の視線は、その怪人の両手に嵌められた『
『クフフフーー!! 「
怪人の左手が不自然に滑らかな動きで持ち上がると同時に、聞き覚えのある活発な声が鳴り響いた。
その手には、ギョロリとした大きなデフォルメされた瞳と、指の動きに合わせてカチカチと狂ったように上下に細かく動く口を持った『
「え……? 私の声……?」
ムツキの顔から、初めて余裕の笑みが消え失せる。
『ひ、ひいいぃぃ……ムツキ室長……声が大きいですぅ……。アル様、助けてくださいぃ……』
続けて、オドオドとしたハルカの声が怪人の右手から漏れ出た。そこには、パチクリと怯えるように大きくデフォルメされた瞳と、同じく生々しい腹話術人形の構造を持った『
「ひっ……!? な、なんですかそれぇ……! 私の、私の声が、あんなゴミみたいな人形からぁ……!?」
ハルカが自身の髪を掻きむしりながら悲鳴を上げる。
黒装束の怪人は、一言も生身の声を発することなく、ただ両手のパペットを交互に動かしながら、歪なステップを踏み始めた。
『今日はムツキちゃんと♪』『わ、私と……』
左右の人形が同時にこちらを向き、口を大きく開けて、同時に叫んだ。
『『3人で、死ぬまで楽しく遊ぼ(遊びましょ)ーーー!!!!!』』
ゲラゲラ、ケラケラと、彼女たち自身の声をそっくり真似た不快な笑い声が、アステカの遺跡を模したスタジオの隅々にまで悍ましくこだました。
【ギャンブラー:
【年齢:36歳】
【職業:人形作家】
【レート:1/2ライフ】
【NEXT GAME:
もう一つの戦いです。
次も出来次第投稿します。