鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
じっとりとした湿気が、アステカの遺跡を模した極彩色のステージに澱んでいた。
「(……間違いない。この肌をねっとりと這うような、執拗で悍ましい不快感……)」
鬼方カヨコは、対面に佇む黒装束の怪人――純黒道三郎を、前髪の隙間から鋭く睨み据えていた。
脳裏にフラッシュバックするのは、ここ数日、便利屋68の周囲にまとわりついていたあの不気味な気配だ。事務所の窓の外、買い出しの道中、そして今朝の路地裏。
「(連日、私たちを影から執拗に監視し続けていたのは……目の前にいる、あいつだ)」
カヨコが背筋に冷や汗を流す傍らで、純黒の左手のパペットが突如として独自の意志を持ったかのように、カチカチと顎を鳴らして叫び声を上げた。
『あれれー? おかしいなぁ! あそこに私の格好をした、生意気で安っぽい偽物がいるぞー! 本物のムツキちゃんはこっちなのにねー! クフフフ!』
怪人の左手で踊るムツキのパペットが、本人の声で挑発的にゲラゲラと笑う。
それに対し、本物の浅黄ムツキは額に青筋を浮かべ、完全にカチンときた様子で言い返した。
「はぁ!? 何言ってるの、ブッサイクな操り人形! 偽物はそっちでしょ! 私の可愛い顔をそんなキモいデザインにしてさぁ、センス最悪なんだけど! ぶっ壊しちゃおうか!?」
『ひ、ひいいぃぃ……2人とも、喧嘩はやめてくださいぃ……! アル様が見てたら怒られちゃいますぅ……! うわあああん!!』
怪人の右手にあるハルカのパペットが、怯えるようにパチクリと大きな目をしばたたかせ、半狂乱の声で絶叫しながら二人を止めようと不恰好に腕を振り回す。
カタカタと音を立てるパペットたちの、あまりにも完成度の高い、そして悪意に満ちた身内だけの内輪揉め。
その異様な光景を前に、本物の伊草ハルカの精神は、すでに限界を迎えて決壊していた。
「うわあああああああああん!!!!! もう嫌ですううううううう!!!!!!」
ハルカは自身の髪を狂ったように掻きむしり、涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫した。
その瞬間。
先ほどまで下卑た笑顔を浮かべていた司会者・蒲郡福寿の顔から、すべての表情が文字通り「剥がれ落ちた」。
「――え?」
ハルカが息を呑む。会場の温度が、一瞬にして氷点下まで叩き落とされたかのような凄絶な殺気が、色黒の巨漢から放たれた。
「ッ…!?」
カヨコの全身の毛が逆立つ。本能的な恐怖が背筋を駆け抜けた。
「……それは、今ここでの『棄権』とみていいですね? お客様方」
蒲郡はマイクを握りしめたまま、歯茎を剥き出しにした無機質な顔で冷酷に言い放った。
「配信をご覧のVIPの皆様、大変申し訳ありません。急遽予定を変更し、ルールに則り、こちらの身の程知らずなお嬢様方を、これより直ちに「待って!!」
蒲郡の言葉を遮るように、カヨコが鋭い声を張り上げた。1歩前に出ながら、ハルカの肩を強く掴んで抑え込む。
「今のはこっちの身内の失言。ただの取り乱した戯言よ、ごめんなさい。……私たちはゲームに参加する。それで文句ないでしょ」
カヨコは冷静に周囲の状況を再計算していた。
「(……危なかった。私たちをキヴォトスからここまで拉致できた組織が、さっきの路地裏の素人誘拐犯だけのはずがない。この悪趣味なスタジオの裏には、もっと巨大な……闇が潜んでいる。この敵の胃袋のど真ん中で下手に暴れて争ったら、本当に二度とアルの元へは戻れない。ここは相手の土俵に乗って、大人しく従いながら機を伺うしかない……!)」
カヨコの宣言を聞いた瞬間、蒲郡の顔に、再び嘘臭い実業家のようなニコヤカな笑顔が張り付いた。
「ほっほーう! 素晴らしい! これもまたライブ配信ならではの極上の余興! スリルがなければギャンブルとは言えませんからねぇ!」
蒲郡はマイクを大袈裟に回しながら、内心で激しい野心を燃え上がらせていた。
「(ケッ、部下の松島が独断でやらかした下手な拉致の尻拭いをさせられるのにはヘドが出そうだったが……これはむしろ、天が私に与えてくれた最高の好機だ)」
巨漢の胸の内で、どす黒い計算が火花を散らす。
「(『あの御方』が、私に直接チャンスをくださったのだ。この莫大な開催費用とアステカのセッティングをすべて一手に持ってくださっただけでなく、我が班所属のギャンブラーである純黒が、このキヴォトスの小娘たちを屠って勝てば、私を『課長』へと推薦してくださると約束してくれた!)」
蒲郡は、対面に立つ黒装束の怪人を見つめ、勝利を確信していた。
「(純黒は1/2ライフにおいて確かに猛者だが、能力の性質上、ハッキリ言って陸八魔アルの完全な下位互換だ。しかもあの女、あの蛇喰を打ち破ってワンヘッド昇格戦まで上り詰めた化け物ときた。逆立ちしたって、純黒では陸八魔アルには勝てん。……だが、目の前にいるのは、どう見てもギャンブルのルールすら怪しい素人のガキどもだ。そんなガキどもの命を刈り取るには、純黒は充分すぎるほどの死神だ。……はっはー! ついに私に、最高の出世の春が来たなこりゃあ!)」
蒲郡は下卑た野心を胸に秘め、再び朗々とマイクで語り始めた。
「それでは、ゲームの背景について語らせていただきましょう! 遙か昔、あるところに太陽神を信仰する、栄華を極めた大帝国がありました」
蒲郡は、天井に吊るされた不気味な太陽のオブジェを大仰に指し示した。
「太陽神は『真実』を深く好み、人間が紡ぐ『虚構』を何よりも嫌います。心清き者には大いなる祝福を、心悪き偽り者には苛烈な天罰を与える絶対の神です」
男の白い歯が、スポットライトにぎらりと反射する。
「その帝国では毎年に一回、国から選ばれた最も純潔な『巫女』の心臓を神に捧げることで、国の繁栄と太陽の恩恵を受けることができました……しかし、儀式の前日、あまりにも悲しい殺人事件が起きてしまったのです。なんと、何者かの手によって、その巫女が理不尽に殺害されてしまいました」
蒲郡は悲しむようなジェスチャーをしてみせる。
「このままでは神に捧げる心臓がなく、帝国は太陽の怒りによって滅んでしまいます。そこで、儀式を執り行う神官は考えました。――今日これより、この場に集まった者たちの中から犯人を見つけ出し、その犯人の心臓を代わりに抉り取って、太陽神へ捧げようではないかと!」
激しい効果音が鳴り響き、背後のモニターに血のように赤い文字が浮かび上がった。
【ルール説明:
■ 基本構成と賭け金
・ 本ゲームの最低賭け金:5億円。ただし、賭け金が足りない場合は基本的人権とこれからの人生のすべてを当行への担保とします。
・総ラウンド数:交代制の全20ラウンド制。
・ゲーム形式:3対3のチーム戦で行われる非対称型推理ゲーム。
■ ゲームの進行
1. 各プレイヤーは、配られた役職に応じ、犯人を探し出す『
2.
3.
4. 各ラウンドが始まる際、それぞれのチームは誰がどの役割を担当するかを相談し合い、自由に選ぶことができます。役職を選んだ後、神官陣営は役職を開示しなければいけませんが、国民陣営は役職を開示しなくてもよい。
5. 神官陣営は、1人につき必ず1つの質問を国民陣営に行わなければなりません。神官は国民陣営の中から任意の1人を選んで尋問します。
6. 神官が尋問相手を選ばず、質問をスキップすることは深刻な反則行為となり、その時点でチームは失格となります。
7.質問をされた国民が制限時間以内に返答出来なかった場合は失格となります。
8. 当然ながら、ゲームの遅延行為、および対戦相手への物理的な暴力行為は失格となります。
9. 失格者もしくは脱落者が出た陣営は5分以内に代わりのプレイヤーを加入させることができます。
10. 欠員を補充できず、2名以下のまま5分が過ぎた陣営は強制敗北となります。
■ 真実と虚構の証言
・
・神官陣営は、質問を行う前に、仲間の神官と制限時間内で自由に相談し、尋問内容を決定することができます。
・国民陣営は、
・ただし、最高職である『
大神官から質問された国民は、仲間との相談ができず、いかなる嘘も許されず、問いかけから10秒以内に必ず『真実』のみを答えなければなりません。
ただし『お前が犯人か』という直接的な質問をすることは
そして一度使用した質問及びそれに類似する意味の質問は加護の代償により使用不可となります。
・ すべての質問フェーズが終了した後、神官陣営の中から代表者1名が、誰が『
■ 勝敗
・神官陣営は、国民陣営の中に隠れた『
・国民陣営は、神官陣営の追及をかわし、最後まで犯人を隠し通すことができれば、そのラウンドの勝者となり1ポイント獲得します。
・20ラウンドを戦い抜き、最終的に獲得ポイントの多かったチームが完全な勝者となります。
もしくは、ゲーム中に『太陽神の怒り』に触れたチームは、その時点で強制的に敗北となります。
■ 太陽神の祭壇
・神官陣営が推理を外した場合、あるいは国民陣営が犯人を暴かれた場合、外した神官、もしくは暴かれた犯人を担当していたプレイヤーは、即座に中央の祭壇へと登らされ、30秒のインターバルの後に太陽神からの『灼熱の罰』を受けることになります。
・プレイヤーが灼熱の罰を受けた後にポイント精算となります。
ルール説明が終わり、スタジオに静寂が戻る。カヨコは腕を組み、冷徹にそのゲームの本質を脳内で解剖し始めていた。
「(……なるほどね。一見するとシンプルな、非対称型の心理人狼ゲーム。このゲームの絶対的な肝は、嘘を強制的に見破る『大神官のトナティウの眼』を、どのタイミングで、誰の質問として機能させるか、ね……。でも、いくつか解せない点がある。ペナルティの提示にある『太陽神の怒り』の発動条件。そして、敗者に与えられるという『灼熱の罰』の威力……)」
カヨコが眉をひそめて思考の海に沈んでいると、蒲郡がパンッと派手に手を叩き、下卑た声を張り上げた。
「それでは皆様! ゲームを開始する前に……皆様お待ちかねの『アレ』をお見せいたしましょう!!」
蒲郡の合図とともに、スタジオの袖から、ガラガラと不快な金属音を立てて1台の台車が押し出されてきた。
その上に鎮座しているのは、禍々しい太陽の紋様が全面に刻まれた、巨大な黄金の聖杯だった。
「なになにー? 豪華景品かなー?」
ムツキは警戒心皆無の様子で、無邪気にその聖杯へと近づき、内部を覗き込んだ。
「――ひぃっ……!?!?」
次の瞬間、ムツキの口から、これまで聞いたこともないような短い悲鳴が漏れ出た。
彼女は弾かれたように数歩後退し、その顔から完全に血の気が引いていく。
「む、ムツキ室長……!? どうしたんですか……っ」
ただ事ではない様子に、ハルカが恐る恐る聖杯へと近づき、その中身を視認した。
「ひゃあああああああああっっっっ!!!!!」
ハルカは喉を掻きむしるような情けない悲鳴を上げ、そのまま腰が抜けたように床へと尻餅をついた。
ガチガチと歯を鳴らし、恐怖で全身を激しく震わせている。
「……ッ」
カヨコが静かに聖杯の元へ歩み寄り、その内部を凝視した。途端に、彼女の身体が、彫像のように硬直した。
黄金の聖杯の底部に収まっていたのは、肉の焦げ付いた、悪臭を放つ物体だった。……いや、それはかつて『人間』だったものだ。
衣服は炭化して皮膚と完全に融解し、眼球は沸騰して眼窩から流れ落ち、四肢は熱によって異常な角度に縮み上がっている。
性別すら判別できないほどに無残に焼き尽くされた、本物の『焼死体』がそこに転がっていた。
「ガハハハ!! こちらは以前、特別に債務整理を申し出た債務者の方でしてねぇ。まさに! 太陽神の『灼熱の罰』である熱線を直接受けた状態になります!!」
蒲郡は死体を指差し、誇らしげに胸を張る。
「といっても、1回熱線を受けただけじゃあ、流石にここまではなりませんよぉ?……さあ! いったい何回の熱線を受ければ、人間がこのような美しい炭塊へと変貌するのか! それはゲームが始まってからのお楽しみ、ということで!」
蒲郡の狂気に満ちた声が、無数のカメラが回る客席に向かって悍ましく鳴り響いた。
「タフであると評判の、遥か彼方のキヴォトス人のお嬢様方が……一体何回の熱線を受ければ、このように綺麗に焼き上がるのか!! 視聴者の皆様、大いに…! 大いに賭けようじゃあありませんか!!!」
金ピカのスーツを揺らして狂ったように笑う蒲郡の傍らで、純黒の左手に嵌められたムツキのパペットが首をキチキチと回転させながら、ゲラゲラと不快な笑い声を響かせた。
『クフフフ! 楽しそうだねー! 綺麗に焼け焦げちゃうの、だーれかなー? 早くお肉の焼けるいい匂い、嗅がせてほしいなー!!』
カチカチと擦れる嫌な音とともに、偽物の少女の嘲笑が、逃げ場のない古代の祭壇へと冷酷に降り注いだ。
ここまで見ていただきありがとうございます!
次も出来次第、投稿します!
もし、1/2ライフのギャンブルに参加せざるを得なくなった場合、どのゲームを選びますか?
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