鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】 作:ていん?が〜
アステカの地獄で、鬼方カヨコが灼熱の光に飲み込まれていたその瞬間。
カラス銀行特設会場『銀河鉄道の夜標』のSL対戦席から少し離れた目立たない物陰で、松島昌平は狂ったように狼狽していた。
彼が握りしめるスマートフォンの画面に映し出されているのは、特4の裏中継動画。
そこには、松島が裏で拉致を依頼したはずの便利屋68の3人――鬼方カヨコ、浅黄ムツキ、伊草ハルカが、蒲郡福寿の司会する『太陽帝国の陰謀』で純黒道三郎とゲームをさせられている生々しい様子が映っていた。
「(どうなってんだよ、これ……っ!? あいつらが逃げ出したのも予想外だが、なんで俺が拉致の指定場所に選んだあの廃ビルの地下に、あんなセットが存在してやがる!?)」
じっとりと冷たい脂汗が、松島の不快なニキビ肌を伝って流れ落ちる。
「(蒲郡のクソ主任には、あのガキどもの『口封じ』を確実に頼んだはずだぞ! なのに、なんであのオッサンは嬉々としてゲームの司会なんざやってるんだ!? それに純黒のバカも、一体何を遊んでやがるんだよ!!)」
松島はギリギリと音を立てて親指の爪を噛みながら、現実の冷酷さを突きつけられていた。
「(クソが……! 俺の権限じゃ、画面の向こうのあのゲームを止めることはおろか、今この場で行われている昇格戦への干渉だって到底無理だ……)」
いくら上層部のお墨付きを得ているとはいえ、ゲームの実質的な管理を行っている特別業務部2課……通称『特2』の強固なセキュリティを崩してまで、露骨なイカサマを仕掛けることなど、松島の力では不可能だった。
彼が死に物狂いで入手できたのは、この『銀河鉄道の夜標』における唯一の絶対的な真実――『正解のゴールの位置』だけだった。
もし、亜星が負ければどうなるか。
上層部が『目をつぶる』とまで言って用意してくれた最高の勝機をドブに捨て、敗北する。
「(……負けたら、俺は……あの債務者どもと同等に、オークション行きか……?)」
あるいは、それよりも遥かに惨たらしく冷たい『廃棄処分』か。
その言葉の持つ生々しい死の重量を噛み締めた途端、松島の肥満体型の身体が、ガタガタと目に見えて震え始めた。
その時だ。
「昌平! リラックス、リラックス!」
背後から、ぽんと場違いなほど軽い音を立てて肩を叩かれた。
松島が悲鳴を上げそうになりながら振り向くと、そこにはいつも通りのまばゆい笑顔を浮かべた亜星翔馬が立っていた。
「な、なんだよお前……っ! ゲ、ゲゲ、ゲームは、もうはじ、始まるぞ……!」
「ゲーム開始まで少し時間があるし、まだ大丈夫さ。ほら、深呼吸して」
亜星は完璧な美貌に穏やかな微笑みを称え、優しく松島を見つめている。
「大丈夫だよ。今日も俺が勝つから、昌平がそんなに心配することなんて、何一つないんだ」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
まるで松島の胸の内にある、醜悪な裏工作や恐怖のすべてを見透かしているかのようであった。
「う、うるせぇっ! おまっ、お前は……お前はただ、勝てばいいんだよ、余計なこと考えてねぇで勝てっ!!」
「ハハハッ! その調子! 俺、やっぱりいつもの威勢が良い昌平の方が好きだな!」
カラカラと、快活に笑う亜星。
松島は毒気を抜かれたように、開いた口が塞がらなかった。
亜星は、松島が裏で仕組んだ拉致工作など何一つ知らない。
それなのに、この若きギャンブラーは、ただ純粋に担当行員である松島を信じ、この地獄の1/2ライフを無敗のまま勝ち上がってきたのだ。
『両者! これよりゲームを開始いたします! 各自、対戦席へと着いてください!』
ディーラーの獅子王の、冷徹なアナウンスが空間に響き渡った。
亜星は「それじゃ、行ってくるよ」と、松島に背を向けて歩き出そうとする。
ガシッ。
「……え?」
松島は、無意識のうちに亜星のスパンコール煌びやかな衣装の袖を、力任せに掴んでいた。
あまりの必死さに、亜星が不思議そうに振り返る。
「どうしたんだい、昌平――」
「右だ」
「……え?」
松島は周囲を極度に警戒し、蚊の鳴くような、しかし異常に執念深い掠れ声で囁いた。
「お、お前の席から見て……み、右の線路の先が、せ、正解のゴールだ……っ」
亜星は松島の唐突な『告白』を聞き、数秒の間、すっと微笑みを消して口を閉じた。
それが何を意味するのか。カラス銀行の行員がもたらす情報の、その重みを彼は理解していた。
しかし次の瞬間、亜星は再び、世界を照らす太陽のような満面の笑みを浮かべた。
「……うん、分かった。ありがとな、昌平!」
最悪の不正規情報、禁忌のイカサマを耳にしたというのに。
亜星は一切の罪悪感も見せず、ただ純粋な感謝を込めて笑ったのだ。
「……へっ! こ、ここまで、お、教えてやったんだからな……! ぜ、絶対に……勝てよ、バカ野郎が!!」
松島は自身の太い右腕を突き出し、拳を作った。
亜星はそれを見て嬉しそうに目を輝かせると、自身の白い拳を、松島の突き出した拳へと力強くぶつけた。
「ああ! 今日もハッピーエンドに導こうぜ!」
醜悪な野心を燃やす肥満の行員と、狂信の光を放つ完璧なアイドル。
対極にある2人は、それぞれの『勝利』への片道切符を握りしめ、レールを進み始める。
そして――彼らの背後。
薄暗いスタートラインで、黄金の瞳をガラス玉のように無感情に光らせ、そのすべてのやり取りを静かに観察している『陸八魔アル』の姿があった。
数分後。
天井まで伸びるあみだくじのような軌道を見上げる、2つのSL型対戦席。
「それじゃあ、ゲームを始めようか! 先攻後攻はじゃんけんでいい?」
「ええ、望むところよ」
操縦席に収まった2人が最初に交わした短い勝負の結果、アルが先攻、亜星が後攻となった。
『第1ラウンド。先攻、陸八魔様のターンです。……おや?』
ディーラーの獅子王が、怪訝そうに眉をひそめた。
アルは操縦コンソールの中央に設置された、1〜6の数字が刻まれたルーレットに細い手を置いたまま、俯いて完全に黙り込んでしまったのだ。
カチ、カチ、カチ……。
時間だけが無情に流れていく。
「おいおい、どうしたんだ?」
「もう怯気づいたのか? 昇格戦のプレッシャーに潰されたか」
VIP席の仮面の富豪たちが口々にどよめき、ざわめきが広がっていく。
獅子王が「これ以上の遅延は反則とみなし――」と言いかけた、まさにその時だった。
「イェアー……わりぃわりぃ。ちと、チルタイムが長すぎちまったようだなァ?」
アルの口から漏れ出たのは、先ほどまでの気高くも少女らしい声ではなかった。
低く、どこかザラついた、そして聞く者の耳孔を暴力的に刺激するような退廃的なダミ声。
御手洗暉の全身に、鳥肌が立った。
彼は、この声、この喋り方を明確に記憶していた。それは――。
「ヒェアッ! 俺様、サ・ン・ジョーだぜっ!!」
アルはニカッと歯を剥き出しにして笑うと、指先で独特のヒップホップ風ハンドサインを作り、上半身をユラユラとリズムに乗せるように揺らし始めた。
「やぁ、久しぶりだね……『
「イィィィィハアアアアアァッッッ!!!! MC・ジャックの
蛇喰弘毅ーーいや、アル(蛇喰)は、狂ったような歓声を上げると、目の前のルーレットを凄まじい勢いで叩くように回した。
高速で回転するルーレットが停止する。出た目は【6】。
「Yo、Yo! 鉄のレールを滑り降りる、運命のダイスは俺の味方だぜ、ヒェア!」
アル(蛇喰)は即興のラップを口ずさみながら、手元のコンソールを素早く操作し、あみだくじのように複雑に交差する分岐点を、直進し、突っ切り、右へ左へと滑らかに進んでいった。
そして、アルの操るSL列車は、スタート地点からちょうど6マス進んだ『イベントマス』の上で急停止した。
『第1ラウンド、陸八魔様がイベントマスに到達いたしました。……効果を表示します』
獅子王がコンソールを操作すると、星空を模した大スクリーンにイベント内容が表示される。
【イベントマス:
効果:所持している
「ヒュゥーッ! 幸先良いねぇー、おい!! 神様も俺様のライムに惚れ込んでるってわけだァ!」
アル(蛇喰)はSLの操縦席で奇妙なダンスを踊りながら、コンソールに表示された線路マップをダダダン!!と力強くタッチした。
彼女が選択したのは、「変更する分岐の線路を3本」、そして「変更する先の空間を3箇所」。
次の瞬間、天井の星空を裂くように、モニターに『
――ガガガガガガガガガッ!!!
会場の壁際に設置されていた、超大型の油圧式軌道変更装置がけたたましい駆動音を立てた。
天井の闇から、まるで本物の流星のように、3本の巨大な鉄製レールがもの凄い速度で、自由落下に近い勢いで斜めに射出されたのだ。
ズドォォォォン!!! ズドォォォォン!!!
アル(蛇喰)が指定した空中空間に、3本の鉄路が次々と突き刺さり、ボルトが自動で超高速固定されていく。
しかし、その凄まじい物理的衝撃波は、空間全体を激しく揺るがした。
「うおっ…!?」
あまりの揺れの激しさに、SLの操縦席の上部構造が傾き、アル(蛇喰)はバランスを完全に崩した。
シートベルトをつけてなかったことが災いし、身体が宙に投げ出され、対戦席から真っ逆さまに落下していく。
「アルさんっ!!!!」
御手洗が喉を引き裂くような悲鳴を上げて前に身を乗り出した。
しかし――。
アル(蛇喰)の身体は、地上約3mほどの空間でピタリと止まった。
彼女は、落下途中に凄まじい反射神経で右手を伸ばし、ガッ!!! と、射出されたばかりの鉄製レールの端を掴み、片手でぶら下がることに成功したのだ。
彼女の乗っていた対戦席の現在高度は、地上6m。
アルが今、辛うじてぶら下がっている地点は、地上3m。
「ヒュゥー♪ スリリングなギミックじゃねぇの、おい! まるでストリートのジャングルジムだぜ!」
アル(蛇喰)は軽快に口笛を吹くと、片手1本でぶら下がったまま、余裕しゃくしゃくといった風に笑ってみせた。
その直後だった。
彼女のすぐ目の前を、巨大な影が高速で通り過ぎた。
ガシャアァァァァァン!!!!!
設置の衝撃に耐えきれず、接続部から外れ落ちた重さ数百kgの旧レールが、地上のコンクリートに叩きつけられ、耳を劈く金属音とともに、激しく砕け散って火花を散らした。
もし、ぶら下がれずにそのまま落ちていれば、あの鉄塊の下敷きになって肉を潰されていたのは間違いなかった。
「なぁー、ディーラーの旦那ァ」
アル(蛇喰)は、片手で器用にぶら下がったまま、地上にいる獅子王を不敵に見下ろした。
「この場合ってよぉ、どうなんの? 至れり尽くせりのカラス銀行様だし、元の安全な操縦席まで、クレーンか何かで優雅に戻してくれるわけぇ?」
「いいえ。ゲーム中の物理的トラブルにおける復帰措置は一切ございません。ご自身の実力でお戻りください」
獅子王は、冷徹極まりない無表情で懐中時計を見つめた。
「ただし、第3ラウンドの次の陸八魔様のターン開始までに……正確にはターン開始から『3分以内』にルーレットを回していただけなかった場合は、その時点で即失格ですので、悪しからず」
「ケッ、相変わらず手厳しいねぇ!」
アル(蛇喰)はケラケラと笑うと、まるで身軽な野生動物か、あるいは極限のロッククライミングのプロのように、ひょい、ひょい、と空中を這う鉄路の隙間を手足で掴み、常軌を逸したスピードであっという間に高度6mの対戦席へと登り戻っていった。
その様子を、スタート地点の対戦席から、ずっと見上げていた亜星翔馬が、マイクを通じて口を開いた。
「ハハ! 相変わらずだね、弘毅。3ヶ月前に、君のDJクラブに遊びに行った時と、何一つ変わってないや」
亜星の、どこか懐かしむような穏やかな声が、SLの対戦席に響く。
すると、操縦席にようやく腰を下ろし、乱れた赤髪をかき上げたアル(蛇喰)は、心底不思議そうに首を傾げた。
「あぁん? ……さっきから思ってたんだけどよぉ」
アルは、ガラス玉の黄金の瞳を細め、亜星を冷酷に見据えて吐き捨てた。
「――誰だ、おめぇ?」
ここまで見ていただきありがとうございます!
次も出来次第、投稿します!
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不浄の九相
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