鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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お久しぶりです。
カヨコサイドの第2ラウンドです。


第35話:供物の連鎖(ヴィクティム・ループ)

 熱線照射の瞬間、鬼方カヨコの世界のすべてが真っ白に染まった。

 

 視覚も、聴覚も、全身の皮膚に受ける触覚も、そのすべてが世界そのものと溶け合い、一つに混ざり合ってしまったかのような、この世のものとは思えない奇妙な浮遊感が脳を支配する。

 

 が、それもほんの一刹那の錯覚に過ぎなかった。

 

 神経が焼き切れる寸前の暴力的な信号を捉え、来るべき破壊的な感覚が、無情にもその肉体を現実へと引き戻した。

 

 「ぎ、ぃやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 あづい!! いだい!!! 死ぬ!! 死ぬぅ!!!!

 

 

 喉が破れるほどの悲鳴が、極彩色のスタジオに虚しく木霊する。

 

 脳髄に直接流し込まれるような激痛の嵐の中で、ルール説明にあった熱線への耐久回数など、カヨコの頭からはとうに消え失せていた。

 

 何秒経った? 何分経った? あるいは、何時間この光の中に晒されている?

 

 あまりの熱量に時間感覚さえも完全に破壊され、無限の地獄が続いているようにしか思えなかった。

 今はただ、この全身の細胞を沸騰させる拷問が終わる時を祈りながら、金属製の拘束具に固定されたままのたうち回ることしか、カヨコにはできなかった。

 

 そして――照射の時間が終わり、不気味な太陽の光が収束してなお、カヨコは祭壇の上でのたうち回っていた。

 ハァ、ハァ、と肺から焼けた空気を吐き出すカヨコの姿を見下ろし、蒲郡福寿はマイクを握り直した。

 

 「視聴者の皆様、ただいまの照射時間は、時計の針で言えばわずか『3秒』! ですがねぇ、実際にこれを浴びた者は、無限にも等しい灼熱地獄を味わうわけです!」

 

 男の真っ白な歯茎が、ぎらぎらとした照明の下で下卑た形に吊り上がる。

 

 「さぁさぁ! タフで鳴らすキヴォトス人のお嬢さんは、一体何回目の照射で美しい炭塊と化すのか! 別チャンネルにて、ただいま絶賛賭け(ベッティング)を受け付けておりますので、皆様奮ってご参加ください!!」

 

 カヨコを拘束した椅子の装置が、鈍い機械音を立てながら、ゆっくりと祭壇の頂上から降下していく。

 

 ムツキとハルカの元へと戻ってきた時、カヨコは「ヒュー……ヒュー……」と、胸を不自然に上下させて息も絶え絶えの状態だった。黒いパーカーは所々が焦げ付き、痛々しい白煙がその身から立ち上っている。

 

 「カヨコちゃん!! カヨコちゃん!!」

 

 「カヨコ課長ーーーっ!! 嫌だ、嫌ですぅぅうう!!」

 

 2人は弾かれたようにカヨコの元へ駆け寄り、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに崩れた顔を近づけた。

 

 自分たちのために、たった1人で『犯人』の役職を背負って身代わりになってくれたカヨコに対し、何度も、何度も、狂ったように謝罪の言葉を口にする。

 

 しかし、非情なゲームの時間は彼女たちの回復を待ってはくれない。

 

 蒲郡は涙を流す少女たちを一瞥すると、すぐに快活な声で第2ラウンドの開始を告げた。

 

 「それでは、余興はここまで! すぐさま【第2ラウンド】の役職設定を開始いたします!!」

 

 アステカ風のモニターが切り替わり、新たな陣営の配置が映し出される。

 

 

【第2ラウンド・陣営配置】

 

 国民陣営(トラカ):純黒道三郎陣営

 

 神官陣営(トラマカスキ):便利屋68陣営

 

 

 『今度は攻守交代! 純黒が犯人を隠す『国民陣営』、便利屋の皆様がそれを暴く『神官陣営』となります! それでは、それぞれ1分間の相談時間をスタートしてください!』

 

 コンソールが怪しく光り、神官側の3つの役職――2人の下級神官(テオピシュキ)と1人の大神官(ケツァルコアトル)を誰にするかの選択を迫ってくる。

 しかし、ムツキもハルカも、その場から一歩も動くことができず、言葉を交わすことさえできなかった。

 

 無理もなかった。自分たちを守るために天罰の引き金を引いたカヨコが、目の前で光に焼かれ、獣のように苦悶していたあの姿が、網膜の裏側に焼きついて離れないのだ。

 本物の『痛み』と『死の未来』が、まだ幼い彼女たちの脳から、正常な思考能力を完全に奪い去っていた。

 

 誰も何も口に出せないまま、無慈悲なデジタルタイマーだけが、刻一刻と制限時間を削っていく。

 

 

 【00:10】

 

 

 残り10秒。このまま役割を選択できなければ、時間切れによる『遅延行為』とみなされ、チーム全員が即座に失格、敗北となる。

 

 「あ、あわわ……どうしよう、どうしよう……っ!」

 

 極限の焦燥に駆られたムツキが、涙で霞む目で適当にコンソールの画面を叩こうとした、その時だった。

 

 

 ピピピ……。

 

 

 かすかな、しかし確実な入力音が静寂を破った。

 

 ムツキとハルカが目を見開いて画面を見ると、そこには、熱線で黒ずみ、未だに小さく震えている細い指先が突き立てられていた。

 

 

 ――カヨコだ。

 

 

 「ハァ、ハァ……っ、う、動かないで……」

 

 カヨコは荒い息を吐き散らしながら、ゆっくりとコンソールから手を下ろした。

 画面には、カヨコの役職として『大神官(ケツァルコアトル)』の文字が刻まれている。

 

 「私が……『大神官』をやるわ。……二人は、下級神官になって……。思いついた質問を、自分の好きな相手に……し、して……っ」

 

 声は掠れ、身体の芯は未だに悲鳴を上げている。

 

 しかし――その前髪の隙間から覗く漆黒の瞳だけは、まだ微塵も死んでいなかった。

 

 「カヨコちゃん、でも、そんな身体で……!」

 

 ムツキが声をかけようとしたが、カヨコはそれを無視し、よろよろとした足取りで、神官陣営の指定立ち位置へと歩を進めていった。

 

 いや、正確に言えば、ムツキはそれ以上声をかけることができなかったのだ。

 

 ブツブツと小声で何かを呟き、床をズルズルと引きずるようにして移動するカヨコの背中から執着のような『なにか』を感じ取ってしまったからだ。

 

 それは、先ほど受けた熱線への恐怖とは全く異なる性質の狂気にも近い気配。

 

 ムツキは思わずブルリと身震いをした。

 

 

 『それでは、神官陣営による尋問フェーズを開始いたします! 制限時間は各30秒!』

 

 

 最初の尋問。オドオドとした様子で、怯えながら一歩前に出たのはハルカだった。

 

 「(……私は、バカです。アル様がいないと、何一つ自分で決められないゴミです……)」

 

 ハルカは、パニックを起こしそうな脳みそを必死に回転させ、無い頭を絞って考えていた。

 

 「(だけど……どんなに足りない頭でも、今は考えなきゃダメです……! カヨコ課長は、私のせいでさっき死にかけたんです……! 少しでも時間を稼いで、1秒でも多く、カヨコ課長の身体を休めるための時間を、私が作らなきゃいけない……! そのためには――)」

 

 

 蒲郡が最初の尋問の開始を宣言しようとした、まさにその瞬間。

 

 ハルカはバッと、狂ったような勢いで右手を高く突き上げた。

 

 「し、司会者のおじさん!!! 質問があります!!!」

 

 「ほぅ……? いかがされましたか、麗しいお嬢さん。今は尋問の時間ですが?」

 

 蒲郡が、わざとらしく小首を傾げて歯茎を見せる。

 

 「あ、あの……っ! 私たち『下級神官(テオピシュキ)』の質問は、1回のフェーズで、何度でも繰り返して行っていいんですか!? 聞きたいことがたくさんあった場合はどうなるんですか!?」

 

 「いえ、ルールの通り、下級神官の質問は1人につき『1回のみ』とします」

 

 蒲郡の冷淡で簡潔な回答に対し、ハルカはさらに声を張り上げて食い下がった。

 

 「そ、それじゃあ……っ! 下級神官の質問に答えた『国民陣営』の答えが、本当に嘘かどうかは、私たちはどうやって判断すればいいんですか!? 明確な基準とかは用意されていないんですか!?」

 

 「それは各自、ご自身の脳みそで、お考えください」

 

 蒲郡のトーンが、次第に低くなっていく。

 

 しかし、ハルカは止まらない。なりふり構わず、矢継ぎ早に言葉をぶつけ続ける。

 

 「そ、それじゃあ……! ルールにあった『太陽神の怒り』の、具体的な発動条件は何なんですか!? それを知らないままだと、怖くてゲームを進められません!! 今すぐ教えてください!!」

 

 ハルカは司会の蒲郡に対し、狂ったように質問の雨を降らせることで、物理的な『時間稼ぎ』を図っていた。

 

 しかし――カラス銀行のプロの行員が、その程度の浅知恵を見逃すはずもなかった。

 

 「……伊草様」

 

 蒲郡の口から、地を這うような低い声が漏れ出た。

 

 その瞬間、男の顔から嘘臭い笑顔が完全に剥がれ落ち、冷酷な『大人の顔』がハルカを真っ直ぐに見下ろした。

 

 「これ以上の無意味な質疑応答は、ゲーム進行を妨げる『意図的な遅延行為』と見なしますが……。いかがされますか? 即座に失格処分といたしますが」

 

 「ひぃっ……!?」

 

 向けられた圧倒的なプレッシャーに、ハルカは短い悲鳴を上げて、そのまま床へ後ろ向きに尻餅をついた。

 

 その様子を見て、対面に立つ『カヨコの顔をした怪人』の左手――木製のムツキパペットが、キチキチと首を揺らして、ハルカの顔を覗き込むように喋り始めた。

 

 『クフフフ!! ハルカちゃんったら、狙いがバレバレだよぉ! どうせそっちのカヨコちゃんの偽物を少しでも休ませたいから、そんなおバカな質問ばっかりして時間を引き延ばそうとしたんでしょー?』

 

 「うぐっ……!」

 

 ハルカは図星を突かれ、悔しさに顔を歪めて声を漏らした。

 

 『あはは、図星じゃーん! 必死すぎて可愛いねー!』と、ムツキパペットがケタケタと不快な笑い声を上げていると、その後ろに立つ純黒道三郎が、カヨコと全く同じ顔、全く同じ優しい声で、静かに口を開いた。

 

 「でも……ハルカが、私の身体を気遣っての行動だってこと、ちゃんと分かっているわ。……ありがとうね、ハルカ」

 

 カヨコが、便利屋のメンバーに対して、ふとした瞬間にだけ見せる、あの不器用で温かい微笑み。

 

 それを、目の前にいるカヨコの顔をした『偽物』が、完璧な精度で再現してみせたのだ。

 それは、ハルカにとって、尊敬するカヨコへの、これ以上ない最悪な侮辱に他ならなかった。

 

 「(……あいつ……あいつ、あいつ……!!)」

 

 ハルカは怒りと屈辱で全身を激しく震わせ、拳をコンクリートの床に叩きつけそうになった。

 

 しかし、彼女は必死でその腕を抑え込んだ。

 

 ここで手を出せば、それこそ蒲郡の言う『暴力行為による即時失格』になり、カヨコの命を奪うことになる。

 

 ハルカは床を睨みつけたまま、憎しみを込めて声を絞り出した。

 

 「カ、カヨコ課長の偽物……! お前に、最初の質問です……!!」

 

 ハルカは顔を上げ、純黒を指差した。

 

 「あなたたちの陣営の中で……誰を『犯人(トラトラコアニ)』にしたか、今すぐ答えなさい……!!」

 

 純黒は、カヨコの顔に穏やかな微笑みを貼り付けたまま、淀みなく口を開いた。

 

 「あら。偶然にしては、随分と上手い質問を投げてくるのね、ハルカ。下級神官の尋問から国民陣営に対して、『直接犯人か?』と問いかけることは、禁止ルールには含まれていないものね」

 

 怪人は、カヨコの声で、楽しげに目を細める。

 

 「ええ、ええ……そうね。今回の『犯人(トラトラコアニ)』は、私よ、ハルカ。私が巫女を殺したの」

 

 『そこまでーー!! 下級神官、伊草様の尋問タイム、終了です!!』

 

 純黒の回答が真実か嘘かは分からない。下級神官への証言には『いくらでも嘘を混ぜていい』のだから。

 

 怒りで肩を震わせるハルカの元へ、ムツキが静かに歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。

 

 「ありがと、ハルカちゃん。ハルカちゃんのおかげで、カヨコちゃんが休む時間は作れたよ。……ここからは、ムツキちゃんが行くね」

 

 ムツキはいつもの悪戯っぽい笑みを無理やり顔に貼り付け、前に出た。

 

 「クフフ! それじゃあ、ハルカちゃんの猿真似をした、そっちのぶっさいくな『ハルカパペット』に質問だよ!」

 

 ムツキは、怪人の右手に嵌められた木製の人形を指差した。

 

 「私、今度『ムーンフォワーズ』のカフェで、新商品の『カカオマシュマロキャラメルフラペチーノ』を頼もうかなーって思ってるんだけどさ。……『おすすめのトッピング』教えてよ」

 

 「は……?」

 

 カヨコの顔をした純黒が、初めて不可解そうに、その美しい眉を歪めた。

 

 ムツキの狙いもまた、ハルカと同じだ。

 

 彼女は『回答に困る質問』を投げかけることで、純黒の思考を惑わせ、回答までの時間を限界まで消費させることだった。

 

 

 しかし――。

 

 

 『ひ、ひいいいぃ! ナ、ナッツの粉末と、多めの生クリームのトッピングが、すっごく美味しいと思いますぅ……!!』

 

 右手のハルカパペットが、怪人の喉を通じて、即座に怯えた声で回答を出力した。

 

 「(チッ、ダメか……)」

 

 ムツキは内心で舌を巻いた。下級神官への回答は、内容の真偽を問われない。

 つまり、内容がどれほど的外れであっても『即座に思いついたデタラメ』を口にするだけで、ルール上の『返答』として成立してしまうのだ。

 

 『そこまでーー!! 下級神官、浅黄様の尋問タイム、終了ーー!!』

 

 時間を稼ぎきれず、悔しそうに歯を食いしばるムツキ。

 

 しかし、その頭の上に、ぽんと、温かく、そしてまだ微かに焦げ臭い手のひらが優しく乗せられた。

 

 「ありがとう、二人とも……。おかげで、随分と元気になったわ」

 

 カヨコだった。

 

 ムツキは一目で、それが彼女の『痩せ我慢』であることを見抜いた。身体は未だに悲鳴を上げているはずなのに。

 

 「カヨコちゃん……無理は、しないでね……」

 

 「大丈夫。……ここからは、私の番だから」

 

 カヨコは一歩、また一歩と、ズルズルと身体を引きずるようにして、尋問エリアの最前線へと進み出た。

 

 最高職――『大神官(ケツァルコアトル)』の尋問タイムが開始される。天井の太陽オブジェが、今度は純黒の身体を真っ赤な光で包み込んだ。

 

 「尋問するわ。……指名は、そこにいる私の偽物。純黒道三郎、あんたよ」

 

 カヨコは、自分と同じ顔をした怪人を、冷徹な目で見据えて言い放った。

 

 「【トナティウの眼】の加護に従って、10秒以内に『絶対の真実』だけを答えなさい。……あんたの今ラウンドの『役職の頭文字』は、あんたの右手に嵌まってる『ハルカの偽物パペット』の『役職の頭文字』と……完全に一致しているかしら?」

 

 

 「――っ!」

 

 その瞬間、カヨコの顔をした純黒の表情が、初めてピキリと固まった。

 

 

 カヨコが仕掛けたのは、二者択一の論理の罠だった。

 

 もし、純黒の役職(例えば一般国民(マセワル))と、ハルカパペットの役職(同じく一般国民(マセワル))の頭文字が『一致する』と答えた場合。

 

 国民陣営にてMの頭文字を持つ一般国民(Macehual)は2人しかいないため、消去法で左手の『ムツキパペット』が、自動的にTの頭文字を持つ『犯人(Tlatlacoani)』であることが確定する。

 

 逆に、ここで『一致しない』と真実を答えた場合、一般国民の重複はあり得ないため、純黒かハルカパペットのいずれか片方が『犯人』であるという、狭い2択の檻に強制的に縛り付けられることになるのだ。

 

 タイマーが非情にカウントダウンを刻む中、純黒はカヨコの顔を歪ませ、重い口を開いた。

 

 「……一致、するわ」

 

 『尋問終了ーー!! 神官陣営の代表者、鬼方様! 犯人の指名をどうぞ!!』

 

 カヨコは、一切の躊躇なく、怪人の左手をビシッと指差した。

 

 「犯人は、その左手の『ムツキパペット』よ」

 

 

 ドグォォォォン!!!

 

 

 バックスクリーンに、巨大な『正解』の文字が弾けた。

 

 

【第2ラウンド・結果発表】

 

 勝者:神官陣営(便利屋68)= 1ポイント獲得

 

 敗者:国民陣営(純黒道三郎)

 

 祭壇対象者:犯人(トラトラコアニ)= ムツキパペット

 

 

 「やったあぁぁぁあ!!! 正解だよ、カヨコちゃん!!」

 

 「す、凄いです、カヨコ課長……!! 一発で仕留めました……っ!」

 

 ムツキとハルカが、抱き合って歓喜の声を上げる。

 

 カメラの向こうのVIPたちからも、『おお、あのガキ、なかなかやるじゃねぇか!』『形勢逆転か!?』といったコメントが次々とモニターに流れていく。

 

 しかし、カヨコだけは、未だに一切の油断を見せず、冷徹な目でステージを見つめていた。

 

 「(……純黒。あんたがどんな怪物だろうと、ルールで縛られている以上、ペナルティの灼熱の罰からは逃れられない。……あんたがダメージを負えば、あの冷静な思考も狂い始める。キヴォトス人の私であれだけの激痛だったんだから、生身の人間であるあんたの受けるダメージは、それ以上のはず……!!)」

 

 純黒が熱線に焼かれれば、両手のパペットの尋問精度も、嘘の組み立ても必ず崩れる。

 そうなれば、自分たちの勝利の確率は跳ね上がるはずだった。

 

 

 しかし――カヨコは、次の瞬間に目の前で起きた光景に、驚愕のあまり目を見開いた。

 

 「……嘘、でしょ……?」

 

 

 なんと、純黒道三郎は、犯人と指名された左手の『ムツキパペット』を、自らの手から何食わぬ顔でスポン、と引き抜いたのだ。

 

 すると、外された木製のムツキパペットだけが、床のハッチごと、ゆっくりと上空の祭壇へと上昇していった。

 

 「は……? 何、あれ……」

 

 ムツキが呆然とした声を漏らす。カヨコたちの理解が、目の前の現実に全く追いつかない。

 

 そして――30秒のインターバルが終了した瞬間。

 

 ピキィィィィン!!! と凄絶な駆動音とともに、天井の太陽から、あの破壊的な熱線が祭壇へ向けて放射された。

 光を浴びた木製のムツキパペットは、一瞬にして激しい炎を上げ、メラメラと音を立てて燃え上がり始めた。

 

 「ちょっとぉおおお!!! おかしいでしょ、それ!!!」

 

 カヨコが声を出すより早く、ムツキが蒲郡の元へと猛烈な勢いで突っかかっていった。

 

 「今の完全にズルじゃん!! なんでただの人形が身代わりになってるわけ!? 普通さぁ、あの人形を操作していた、カヨコちゃんの顔をしたそっちの変態がペナルティを受けるのが筋でしょ!?」

 

 しかし、蒲郡は突っかかってきたムツキに対し、ニカッと不気味な歯茎を見せて笑った。

 

 「いえいえ、お嬢様。カラス銀行のシステム上、今ラウンドにおける該当役職の登録者名は、正確に『ムツキパペット様』となっております。……登録者名を持つ者が、システム通りのペナルティを受けるのは、当行においては当然の義務」

 

 蒲郡はマイクの位置を調整し、冷酷な講釈を垂れる。

 

 「そして、登録者名(アカウント)が異なれば、それは当行の規約において、個別の『プレイヤー』に他なりません。何の問題もございませんが?」

 

 

 それは、カラス銀行のルールの隙間を突いた、最悪の屁理屈だった。

 

 

 つまり、左右のパペットのいずれかを『犯人』に設定している限り、純黒自身は、一切のノーダメージのまま、無限に次のラウンドを戦い続けることができるという証明だった。

 

 やがて、祭壇の上のムツキパペットは、完全に灰となって燃え尽き、サラサラと虚空へ消えた。

 

 「ハ、ハハハハハハハハッ!!! ざまぁみろです!!!」

 

 それを見たハルカが、まるで鬼の首を取ったかのように、純黒に向かって狂ったような嘲笑を浴びせかけた。

 

 「身代わりだろうが何だろうが、これで人形が1体減って、お前たちは残り『2人』です!! ルールに書いてありましたよねぇ!? 5分以内に代わりのプレイヤーを用意できなければ、お前たちのチームは強制敗北なんですよぉ!!」

 

 ハルカの叫びが、スタジオに響く。

 

 

 しかし――ハルカは、そこから先の言葉を紡ぐことができなかった。

 

 

 「……ふふ。2人? 何を言っているのかしら」

 

 カヨコの顔をした純黒が、気だるげに笑いながら、自らのダボついた黒装束のローブの前面を、両手でゆっくりとめくり上げた。

 

 「――ひっ」

 

 ハルカの喉が、恐怖で引きつった。

 

 

 めくられた暗黒のローブの内側。そこには、純黒の針金のように細い肉体を埋め尽くすように、数十体、いや数百体にも及ぶ、全く同じ造形をした木製の『ムツキパペット』と『ハルカパペット』が、鈴なりになってびっしりと吊り下げられていた。

 

 純黒はその内の一体を無造作に引きちぎると、何事もなかったかのように、再び自身の左手へと滑らかに嵌め込んだ。

 

 怪人が指をキチキチと動かすと、今しがた燃え尽きたはずのムツキパペットが、パチクリと木製の瞼を瞬かせ、純黒の喉を通して、楽しげな声を響かせた。

 

 『クフフフフ!! ムツキちゃん、ふっかーーーつ!!!』

 

 カヨコも、ムツキも、ハルカも、その圧倒的な異常性を前に、ただ石のように固まることしかできなかった。

 

 純黒は、カヨコの顔で、凍りつく彼女たちを見つめて冷たく微笑む。

 

 「ラッキーね。……私の大事な可愛い仲間が、こうして身代わりになって庇ってくれるんだから」

 

 怪人は、人形の頭を愛おしそうに撫でる。

 

 「まぁ、もし『この方法』がシステムに弾かれて通らなかったら、第3ラウンド以降は1ポイントも正解を渡さないつもりだったから……。むしろ身代わり人形でポイントを獲得出来たことを、私に感謝してもいいのよ?」

 

 カヨコと同じ顔をした怪人の、血の通わない冷たい笑み。

 

 それが、便利屋68の少女たちの心を、底なしの暗黒へと、少しずつ、しかし確実に絶望の底へと引き摺り込んでいった。




ここまで見ていただきありがとうございます!
便利屋チーム大ピンチです!

もし、1/2ライフのギャンブルに参加せざるを得なくなった場合、どのゲームを選びますか?

  • 不浄の九相
  • 銀河鉄道の夜標
  • 太陽帝国の陰謀
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