鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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第4話:蓋然性の標本箱(プロバビリティ・ショーケース)

 カラス銀行、地下4階。

 

 そこは「4リンク」以上の資格を持つ者だけが足を踏み入れることを許される、特殊博奕場――通称『無響の間』。

 厚さ50センチメートルを超える防音扉が閉ざされた瞬間、地上の喧騒は完全に遮断され、心臓の鼓動だけが耳障りに響くほどの静寂が支配する。

 

「うわぁ……。ねえ御手洗君、ここ、なんだか病院の待合室みたいに静かじゃない? もしかして、私たちが来るのをみんなで息を殺して待ってるとか!? 粋な演出ね!」

 

 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回しながら、陸八魔アルが歩を進める。その足取りは軽い。先日の勝利で得た「5億円」という数字が、彼女の全能感を極限までブーストさせていた。

 いつものようにコートの裾を翻し、自信満々に胸を張るその姿は、端から見れば「少し調子に乗った少女」そのものである。

 

「陸八魔さん、お願いですから静かにしてください……。ここは5スロットの会場とは訳が違うんです。対戦相手の真神怜……彼は、カラス銀行の記録上でも『特異個体』としてマークされています」

 

 御手洗は、タブレット端末に表示された真神の極秘プロファイルを見つめ、声を潜めた。

 

「彼は精神生理学の権威でありながら、その知見をすべて『人間の精神がいかにして壊れるか』の観測に注いでいる狂人です。過去の対戦相手の8割は、金銭を失う前に精神を完全に粉砕され、今も閉鎖病棟で天井のシミを数えています。彼にとってギャンブルは手段に過ぎない。目的は、相手の理性をメスで切り刻むことなんです」

 

「精神を切り刻む? ふふん、面白いじゃない。私のアウトローな精神がそんなに簡単に傷つくと思ってるのかしら?」

 

「その余裕が命取りになるんです……! 4リンクからは身体欠損のペナルティも現実味を帯びてくる。頼みますから、ふざけないでくださいよ……」

 

 御手洗の必死の忠告も、今のアルの耳には心地よいBGM程度にしか響いていなかった。

 

【ゲーム会場:第12観測室】

 

 重厚な自動扉が開くと、そこには異様な光景が広がっていた。

 

 中央には、鈍い銀光を放つ金属製の円卓。その上には、複雑な配線が剥き出しになったヘッドセットが二組用意されている。

 壁一面には、無数のモニターが埋め込まれ、そこには心拍数、脳波、発汗量といったバイタルデータを示すグラフが静かに脈打っていた。

 

「わっ、何これ! かっこいい! SF映画のセットみたい!」

 

 アルは目を輝かせ、吸い寄せられるように装置へと駆け寄った。

 

「ねえねえ、これ触ってもいい? このスイッチとか、押し心地良さそう……」

 

「陸八魔様! おやめください! 装置のキャリブレーションに影響が出ます!」

 

 背後に控えていた黒服の行員が慌てて制止に入るが、アルは「あら、減るもんじゃあるまいし」と、興味津々にヘッドセットの電極を指で突っついている。

 

「陸八魔さん! 離れてください! もう、本当に……」

 

 御手洗が頭を抱えたその時。

 

「……ふむ。好奇心は、知性の原始的な形態だ。だが、分を弁えない接触は、単なる野蛮の証明だよ」

 

 部屋の隅、影の中から一人の男が静かに現れた。

 

 白衣の裾を揺らし、一分の隙もない足取りで歩いてくる男――真神怜。

その肌は不気味なほど白く、縁のない眼鏡の奥にある瞳は、まるで標本を観察する学者のように冷淡で無機質だった。

 

「君が、私の新しい検体……失礼、対戦相手の陸八魔アルさんかな?」

 

 真神はアルの前に立つと、品定めするようにじっと彼女を見つめた。

 アルは一瞬、その冷徹な視線に気圧されそうになるが、すぐにいつもの「不敵な社長」の仮面を被り直す。

 

「ええ、そうよ! 私が『便利屋68』の社長、陸八魔アル。あなたが対戦相手の真神怜って言うんでしょ! よろしくね、真神さん!」

 

 アルは挑発的に笑い、景気よく右手を差し出した。真神はその手を見つめ、握り返すことなく、わずかに口角を上げる。

 

「(……驚いたな。これほどまでに『中身』が透けて見える人間も珍しい。怯え、虚勢、そして浅薄な全能感。彼女の精神構造は、まるで安物のガラス細工だ。どこを叩けば最も美しく砕けるか、一目見るだけで理解できてしまう)」

 

 真神にとって、アルの態度は「本性を隠しきれない弱者」の典型に見えた。彼はアルの手を握ることなく、冷たく言い放つ。

 

「挨拶は不要だ。すぐに始めよう。君がその安っぽい虚勢を維持できるのが、あと何分か……非常に興味がある」

 

「あら、つれないわね。でも、そういう冷たい人ほど、負けた時の顔が楽しみなのよ!」

 

 アルは鼻を鳴らし、ふんぞり返る。その様子を、真神は「救いようのない愚かさだ」と断じ、内心で嘲笑った。

 だが、彼には見えていなかった。アルが時折見せる、あの「底知れない無」の瞳が、今の彼女の「ドジな社長」という完璧なカモフラージュの下に、いかに深く潜んでいるかを。

 

【ルール説明:精神解体(マインド・ディセクション)】

 

 円卓の中央に、一人の男が立った。

 整った顔立ちに、どこか機械的な冷徹さを湛えた行員だ。

 

「本日のゲームのディーラー、および裁定を務めます。カラス銀行所属、羽佐間(ハザマ)です。これより、4リンク指定ゲーム『精神解体(マインド・ディセクション)』のルールを説明します」

 

 羽佐間は手袋をはめた手で、卓上のヘッドセットを指し示した。

 

■ 賭け金(ステークス)

 

• 本ゲームの最低賭け金は1億円。

 

• 両者は同意書に基づき、この金額をカラス銀行内の専用口座よりデポジットするものとする。

 

1. 【感覚共有とバイタル・ベット】

 

 両者はヘッドセットを装着し、脳波を同期させる。このゲームでは現金ではなく、自身の「痛覚耐性」と「精神的余裕」をチップとして換算する。

 初期持ち点は各自1000P(パルス)。

 

2. 【虚実の問答(フェイク・オア・リアル)】

 

 各ラウンド、親(出題者)と子(回答者)に分かれる。

 親はカードを引き、そこに書かれた「肉体的苦痛の命令」を自身に課す。

 子は、親がその苦痛を「実際に受けているか(リアル)」か「擬似的に偽装しているか(フェイク)」を当てる。

 

3. 【神経過敏(ハイパーセンシティブ)】

 

 このヘッドセットは、脳の痛覚中枢を直接刺激する機能を備えている。

 

• 子が「リアル」と予想して外した場合(親はフェイク):子は200Pを失い、本来親が受けるはずだった苦痛の2倍を脳に流される。

 

• 子が「リアル」と予想して正解した場合(親はリアル):親は300Pを失い、親に実際に苦痛が走る。

 

• 子が「フェイク」と予想して外した場合(親はリアル):子は200Pを失い、親が受けている苦痛と同等の負荷を脳に流される。

 

• 子が「フェイク」と予想して正解した場合(親はフェイク):親は300Pを失い、本来の苦痛の同等量が親にフィードバックされる。

 

4. 【4リンク・ペナルティ】

 

 ポイントが0になった時点で敗北。

 その際、不足しているポイントは、銀行の算出レートに基づき、「指」や「四肢の機能」の永久的な神経遮断、あるいは物理的切断によって清算される。

 

「……神経遮断? 物理的切断って……え、ちょっと待って。そんなの聞いてないわよ!」

 

 アルの顔がみるみる青ざめていく。

 

「御手洗君! これ、負けたら私、本当に指が動かなくなっちゃうの!?」

 

「ですから言ったじゃないですか! 4リンクはそういう場所なんです!」

 

「ひえぇぇ……。で、でも、大丈夫よ! 私には幸運の女神がついてるんだから! たぶん!」

 

 アルの狼狽する姿を見て、真神は確信する。

 

「(やはり、ただの小娘か。指一本失う恐怖にさえ耐えられない。これでは『解体』するまでもないな)」

 

 真神は淡々とヘッドセットを装着した。

 

「無駄話は終わりだ。銀行員さん、始めてくれ。彼女の悲鳴が、最高の研究データになる」

 

 羽佐間が冷淡に宣言する。

 

「これより第1ラウンドを開始します。親は真神怜。子は陸八魔アル」

 

 モニターが発光し、アルの視界に真神の脳波データが流れ込んできた。

 アルの心拍数は激しく上昇し、汗が止まらない。その様子は、誰が見ても「恐怖に震えるカモ」そのものだった。

 

【第1ラウンド:親・真神怜】

 

「さあ、陸八魔さん。最初の質問だ」

 

 真神は、冷たい笑みを浮かべ、一枚のカードを引いた。

 

「カードの内容は……『左手の指先に、1000ボルトの電気ショック』。私は今、ボタンを押した。さて、私の脳に流れているのは、本物の激痛か、それとも精巧に作られた偽物の信号か。……君の安い直感で当ててごらん」

 

 真神の顔には、微塵の揺らぎもない。

 アルはガタガタと震えながら、真神の無表情な顔と、モニターの脳波を見比べる。

 

「あ、あわわわ……。痛そう、凄く痛そう! でも、この人全然平気な顔してるし……。でもでも、あえて我慢してるのかも!? どうしよう御手洗君、どっちに見える!?」

 

「僕に聞かないでください!」

 

「うぅぅ……。じゃあ、じゃあ……『リアル』! 本物よ! この人、絶対に変態だもの、痛いのを喜んでるんだわ!」

 

 アルが叫ぶように回答ボタンを叩く。

 真神は、眼鏡の奥で瞳を細めた。

 

「……不正解だ。残念ながら、私は効率主義者でね。無意味な痛みは受けない」

 

「ギ、ギャアアアアアアアア!!!」

 

 次の瞬間、アルの頭の中に、焼け付くような熱線が走り抜けた。

 実際には指先に電気など流れていない。だが、脳が「極限の激痛」を誤認し、全身の筋肉が強打されたように硬直する。

 

 

【裁定:不正解(フェイク)】

 

 親(真神)がフェイクを選択し、子(アル)が「リアル」と誤答。

 

 ペナルティ:アルが200P減少。さらに本来の2倍の苦痛。

 

 アル:1000P → 800P

 

 

「あ、が……は……っ、ひぅ……」

 

 アルは椅子から転げ落ちそうになりながら、白目を剥いて震える。

その無様で無残な姿を、真神は慈悲のない、しかし深い悦びに満ちた目で見下ろしていた。

 

「(素晴らしい。期待通りの反応だ。第1ラウンドでこれなら、第5ラウンドまでには彼女の精神は完全に崩壊し、言葉を話す家畜に成り下がるだろう)」

 

 アルは涙目になりながら、床に手をついて呼吸を整える。

 

「……い、痛いわよ……! なによこれ、最悪……!」

 

 彼女の額からは大粒の汗が流れ、体は小刻みに震えている。

 

 しかし、彼女が顔を伏せ、荒い呼吸を繰り返している間――その瞳は、先ほどまでの怯えを完全に排していた。

 伏せられた髪の隙間で、彼女は微動だにせず、脳に刻み込まれた「痛みの残響」と、モニターに表示されていた真神の脳波ログを無言で見つめている。

 

 まるで、未知の言語の文法を解析するかのように。

 アルは顔を伏せたまま、自身の神経を駆け巡った電気信号の波形を、細胞レベルで静かに記憶し続けていた。

 

「うぅ……ひどいわ、次は絶対に当ててやるんだから!」

 

 再び顔を上げたとき、そこにはまた「ドジな社長」の顔があった。

真神は、その変貌を「ただの精神的パニック」と捉え、次のカードに手を伸ばす。

 第12観測室のモニター群が、冷たく明滅を繰り返していた。

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