鏡合わせのアル、あるいは透き通った陸八魔【ブルーアーカイブ×ジャンケットバンク】   作:ていん?が〜

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第9話:不帰の客席(アンコール・オブ・ザ・フィクション)

 漆黒のリムジンが、重厚なエンジン音を響かせながら、ゲヘナ郊外の荒野をひた走っていた。

 車内には、最高級の革張りのシートに身を沈める陸八魔アルと、その向かい側で落ち着きなく膝を叩き続けている御手洗の姿がある。

 

 「ちょっと御手洗君。もう一回聞くわよ。私たち、一体どこへ向かっているの?」

 

 アルは、窓の外を流れる単調な景色に飽き飽きした様子で、不満げに口を尖らせた。その手には便利屋68の活動資金(という名のおやつ代)が詰まったバッグが握られている。

 

 「どこに行くの? 誰と戦うの? いつになったら着くのよ! さっきから同じ質問に『わかりません』の一点張りじゃない。あなた、カラス銀行の行員でしょう? それとも、私をどこかへ売り飛ばすつもり?」

 

 「勘弁してくださいよ、陸八魔さん。僕だって本当に何も聞かされていないんです。……というか、こんなことは初めてだ」

 

 御手洗の額には、薄い脂汗が滲んでいた。

 通常、カラス銀行は担当行員に対し、対戦相手の概略や会場の情報を事前に共有する。

 それは円滑なゲーム進行と、行員による一種の「管理」を目的としているからだ。しかし今回、彼に与えられたのは『指定の座標へクライアントを送り届けろ』という無機質な命令文一つだけだった。

 

 (……おかしい。真神さんとの一件があったからか? 銀行側が、僕の管理能力、あるいは『忠誠心』を疑っている……? いや、それとも……相手が、それほどまでに秘匿すべき『何か』なのか)

 

 不気味なほどの静寂が、車の走行音を際立たせる。御手洗の内心に広がる不安をよそに、アルは「あーあ、お腹空いちゃったわ。終わったら一番高いパフェを奢ってもらわなきゃ」とブー垂れながら、高級車に備え付けのミネラルウォーターを飲み干していた。

 

 

 

 やがてリムジンが停止したのは、かつて大規模な劇場だったと思われる、巨大な廃墟の前だった。

 蔦が絡まり、壁には亀裂が走っているが、その入口にはカラス銀行の紋章が刻まれた真新しい黒塗りのゲートが設置されており、武装した警備員たちが周囲を固めている。

 

 「……着きました。ここが、今回の会場のようです」

 

 御手洗が重い扉を開けると、そこには外観からは想像もつかない、最新鋭の設備が整えられたホールが広がっていた。

 かつての観客席はすべて撤去され、冷たいコンクリートの床が露出している。その中心には、巨大な「二重螺旋の透明ケージ」が鎮座し、その周囲を無数の複雑なパイプと、鈍く光る真鍮製の噴射ノズルが取り囲んでいる。

 

 「わぁっ! なにこれ、すごい! なんだか大掛かりな仕掛けね!」

 

 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、アルは目を輝かせて車から飛び出すと、ぴょんぴょんと跳ねながら巨大な装置の周りを駆け回った。

 

 「見て見て御手洗君! このキラキラしたタンク! それにこの、迷路みたいな真鍮の管! カッコいいわねぇ、ハードボイルドなアウトローに相応しい舞台装置だわ!」

 

 アルは無邪気に装置のパーツの一つに手を触れようとして、ふと動きを止めた。その先端には、六角形の小さなハニカム構造のフィルターが取り付けられている。

 

 「うーん……これ、どこかで見たことがあるような……。なんだっけ、何っていう名前だっけ……。えーっと、ううーん……」

 

 アルが眉間にシワを寄せ、うーんと頭を抱えて唸り声を上げていると、ホールの奥、深い闇の中からコツコツと、一定の、そして冷徹なリズムで靴音を響かせ、一人の女性が姿を現した。

 

 「『少女は、無知を晒しました。その滑稽な姿は、観客の失笑を買うには十分すぎるほど、泥臭く、そして……愛らしいものでした』」

 

 寝巻きのような白い服に、大きなフードを深く被った女性は、感情を排した声で、まるで舞台のト書きを読み上げるかのように言った。

 

 「それは、多孔質吸着触媒(ポラス・キャタリスト)です。朝比奈 美夜子は、その知識をあなたに授けました。役者が己の道具の名前すら知らぬなど、演出家としては見過ごせませないと思ったからです」

 

 「あさひな……みやこ? あなたが対戦相手?」

 

 アルは少し気圧されたように、しかし負けじと胸を張って尋ねた。

 

 「『朝比奈 美夜子は、少女の瞳の奥に、凍てついた理性を観測しました。故に、その無邪気な振る舞いは虚飾。……朝日奈美夜子は言いました。無駄な演技はやめなさい、陸八魔アル。朝比奈 美夜子に与えられた台本には、あなたの“本性”のみが書き込まれるべきなのだと』」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 アルの背筋が、まるで機械のスイッチが入ったかのようにスッと伸びた。それまでの「はしゃぐ少女」の雰囲気は霧散し、鋭く、それでいて気だるげな眼差しが美夜子を射抜く。

 

 

 「……ふふ。せっかちな人ね。せっかくゲームを楽しむための導入(イントロダクション)を演出してあげたのに。焦りは損よ、レディー?」

 

 アルの声は低く、そして冷徹な響きを帯びていた。

 

 

「ハッハッハ! 素晴らしい! ワンダフル! ブラボー! これこそ私が求めていた、真実のカーテンコールだ!」

 

 高い笑い声と共に、天井からスポットライトが降り注いだ。ステージの中央に現れたのは、燕尾服に身を包み、カラス銀行の記章を胸に輝かせた男だ。その顔には異様な高揚感が張り付いている。

 

 「初めまして、紳士淑女の皆様! 私は本日のゲームのディーラー、および裁定を務めます。カラス銀行所属、獅子王(シシオウ)です! さあ、拍手でお迎えください! これより、命を溶かした最高傑作を上演いたしましょう!」

 

 獅子王は仰々しくお辞儀をすると、中央の巨大な二重螺旋ケージを指し示した。

 

 「これより、特例指定ゲーム『蠱毒ノ双子、偽像迷宮(ジェミニ・ラビリンス)』のルールを説明する! 耳の穴をかっぽじって聴くがいい!」

 

 

【ルール説明:蠱毒ノ双子、偽像迷宮(ジェミニ・ラビリンス)】

 

■ 賭け金(ステークス)

 

• 本ゲームの最低賭け金は3億円。

 

• 両者は合意に基づき、この金額をカラス銀行内の専用口座よりデポジットするものとする。

 

1. 【分断された舞台(セパレート・ケージ)】

 

 両者はそれぞれ、中央の透明ケージ内に閉じ込められる。陸八魔アルを【キャストA】、朝比奈美夜子を【キャストB】と呼称する。

 ケージは特殊な防音ガラスで仕切られ、会話はマイクを通じてのみ可能となる。

 

1. 【嗅覚の偽装(アロマ・ブラフ)】

 

 各ケージには、カラス銀行特製の「劇薬」と「芳香剤」を噴射するシステムが備わっている。

 各ラウンド、攻撃側(演出者)と防御側(観客)に分かれる。

 

• 演出者は、手元のボタンで【劇毒】または【偽薬】を選択し、相手のケージに噴射する。

 

• 【劇毒】:吸入すると即座に肺を灼き、内臓を握り潰されるような激痛を引き起こす本物の神経毒。

 

• 【偽薬】:ただの心地よい花の香りがするガス。

 

 

2. 【観劇の裁定(ジャッジメント)】

 

• 観客側は、モニター越しに相手の「表情」と「呼吸の乱れ」を観察し、それが【劇毒】か【偽薬】かを当てる。

 

• 正解した場合:自身のケージ内のガスが急速排気され、逆に相手のケージに選択されたガスの「倍量」がフィードバックされる。

 

• 不正解の場合:自身のケージ内に、選択されたガスが「3倍」の濃度で追加噴射される。

 

 

3. 【終幕(カーテンフォール)】

 

• どちらかのプレイヤーが「中毒死」または「意識を喪失」した時点でゲーム終了。

 

• 敗者の遺された資産、および「生存に必要な臓器の優先提供権」は、銀行の算出レートに基づき全て勝者へと譲渡される。

 

 

 

 獅子王は踊るような足取りで装置を一周し、アルに視線を投げかけた。

 

 「さあ、お二人とも! 準備はよろしいかな!? 命を賭した喜劇の始まりだ!」

 

 獅子王は踊るような足取りで装置を一周し、狂ったような笑顔でアルと美夜子に視線を投げかけた。アルは、鈍く光る真鍮パイプに映る歪んだ自分の顔をジッと見つめた後、静かに視線を獅子王へ戻した。

 

 

 「ディーラーさん」

 

 その声は、驚くほど静寂に溶け込んでいた。獅子王はオーバーな身振りで耳に手を当てる。

 

 「ハッハ! なにかね、キャストA!」

 

 アルは口角をわずかに吊り上げ、絶望的な未来を楽しんでいるかのように微笑んだ。

 

 「素晴らしい「舞台」になりそうね」

 

 「光栄だ! では……第一幕、開演(カーテンアップ)!」

 

 獅子王がボタンを叩くと、両者のケージの扉が重々しくロックされた。

 

 

 第一ラウンド。演出者は朝比奈美夜子。

 

 アルのケージ内に、淡い紫色の煙が立ち込める。

 

 「朝比奈美夜子は最初の台詞を吐きました。……第一幕、毒の味はいかがかしら、キャストA。彼女のその喉が苦痛で裂ける瞬間を朝日奈美夜子は今か今かと待ち望んでいます」

 

 アルの鼻腔を、甘い百合の花のような香りがくすぐった。あまりにも心地よい、安らぎを誘う香りだ。

 

 アルはコンソールのボタンを迷いなく叩いた。【偽薬(フェイク)】だ。

 

 

 ――ピコン。

 

 ケージ内に、不快な警告音が鳴り響く。

 

 「残念! ギガ残念! 正解は……『劇毒』だァァ!!」

 

 獅子王の絶叫が響くと同時に、アルの視界が真っ赤に染まった。

 心地よかったはずの香りは、一瞬にして肺を灼く炎へと変貌した。カラス銀行特製の劇毒が、アルの呼吸器を内側から破壊し始める。

 

 「がっ、あ、あぁぁぁぁぁ!!!」

 

 アルは椅子から転げ落ち、己の喉をかきむしりながら床を這った。ケージ内に充満する「3倍濃度」の本物の猛毒が、容赦なく彼女の意識を闇へと引きずり込んでいく。

 

 「朝比奈美夜子は思いました。……少女は、胃をぶち撒けるような苦悶に身をよじりました。朝比奈美夜子は、その美しい旋律を台本に書き込みました。甘い香りの毒。それは、最も初歩的な演出(フェイク)なのだと少女に語りかけます」

 

 ガラス越しの闇の中で、美夜子の無機質な声が、悶絶するアルを嘲笑うように響き渡っていた。

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