入学式の後、簡単な学内施設の説明を受け、解散という流れになった。一之瀬の呼びかけでグループチャットをみんなで作成した後、1人、また1人と教室を出ていく。神崎は施設を見て回りたいようで、割と早い段階で出て行ってしまった。俺は神崎についていこうか少し考えた後、彼を見送ることにした。彼とは席が近いのだ、今日を逃してもいつでも話せる。今は、他の生徒との交流も深めるべきだろう。
「俺、柴田颯。レスリングやってたっていう、西宮だよな?お前すげえな!」
「ありがとう。柴田はサッカーだったよね?この学校でもサッカー部に入るの?」
「そのつもり。西宮は…この学校って、レスリング部なんてあるのか?」
「流石に無いだろうね。新しい部活って作れたりすんのかな?」
「お前、入学早々部活を作るつもりなのかよ!?俺、そういうの嫌いじゃないぜ!できるといいな!」
「ありがとう。部活を作れなかったらサッカー部に入るから、その時はよろしくね」
「おう!その時はキッチリ鍛えてやるからな!」
柴田と話している間にも、クラスではいくつかグループができていた。まっすぐ帰ろうとしているグループ、みんなで買い物をしようとするグループ、中にはもうカラオケやボーリングをしに行こうとしているグループまであった。
当然陽キャの柴田は遊びに行くグループに誘われていたようで、俺にも来るかどうか尋ねてくれた。ありがたい申し出だったが、この学校でプライベートポイントはあまり散財したくない。申し訳なさそうに断ると、柴田は「気にするな!」と笑顔で俺に伝えた後、遊びグループの輪の中へと入っていった。
そんなわけで一人で帰ろうとしていると、前方に一之瀬の姿を発見した。彼女もカラオケに誘われていたはずだが、様子を見るに断ったのだろう。せっかくだし、話しかけるか。
「一之瀬さん、だよね?」
「うん。一之瀬帆波だよ。そういう君は、レスリングをやってた西宮君だよね?」
「覚えていてくれて嬉しいよ。一之瀬さん、カラオケには行かないんだね。てっきり君は、行くタイプだと思ってたよ。もしかして、疲れちゃったとか?」
「にゃはは。それもあるけど、あまり入学したばっかりでお金を使いたくなくてさ~」
一之瀬と並んで歩き始める。確かこの時期の一之瀬って、犯してしまった万引きという罪から立ち直ろうと、最初の一歩を踏み出している時期なんだよな。お金については誰よりも大事に考えているだろうし、いきなり遊びでお金を使うことに抵抗があるのだろう。
「分かる。正直、いきなり大金を渡されても困るよね」
「西宮君もそう思ってるんだ?でも確かに、10万ポイント、どう使うか慎重になっちゃうよ」
「持ったことないレベルの大金だしね。さっき隣にいた神崎と話した結果、俺は必要な物を買って、後は貯蓄することにしたよ」
「神崎君とそんなこと話してたんだ?」
「うん。神崎は、この学校での生活で大金が必要になるから、10万なんて使い切れなさそうな額を学校が俺たちに渡してるって考えているみたいなんだ。もちろん、まだ可能性の段階だけどね」
「…それ、結構あり得る話だね。少なくとも、その可能性があるってことを頭に入れて、これから行動をしていくべきだと思う。皆にも伝えておいた方が良いよね?」
一之瀬に言われて考える。正直、今のクラスメイトがどこまで真剣に聞いてくれるかは分からない。皆は俺と違って、原作知識を持っているわけじゃないからな。
「うーん…」
「もしかして、今皆に伝えても、相手にしてくれないかも、とか考えてる?」
「え!?」
図星過ぎて思わず驚いた声を出してしまう。俺の記憶が正しければ、一之瀬が他人の考えを読めるようになるのって、あと2年くらい先の未来の話なんだけど。
「あーごめん、驚かせちゃった?私も今ちょうど、どうやって皆に話を聞いてもらおうか考えていたところだったから。西宮君も同じかなって思って聞いてみたの。」
そう言って、一之瀬は屈託なく笑う。どうやら、偶々考えていることが同じだっただけらしい。
「西宮君が良かったら、私にこの話を皆に伝える役目、任せてくれないかな?」
「分かった。一之瀬さん、よろしくね」
「うん。任せてくれてありがとう」
そんな話をしていると、寮が見えてきた。管理人から部屋を教わると、名残惜しさを感じつつも一之瀬と別れる。
用意された自分の部屋に入って一人になると、さっきの一之瀬の笑顔を思い出す。鏡を見ると、ニヤけ顔の俺が写っていた。うん、我ながらちょっと気持ちが悪いな。この顔を一之瀬の前で晒して無いことを願おう。
にしても、神崎といい一之瀬といい、今日話したBクラスの主要メンバーは本当に凄かった。神崎は頭が切れるし、一之瀬は人を惹きつけるカリスマ性がある。それに加えて、他の生徒たちも本当に良い人達だった。俺は今日の一日で、彼らとともにAクラスで卒業したいと本気で思うようになっていた。少なくとも、一之瀬たちの顔が曇るところは見たくない。
俺が今持っている武器は、レスリングの能力と、原作の知識のみだ。俺がこの武器を上手く使うことができれば、龍園や坂柳、堀北や綾小路に太刀打ちできるのだろうか?そんなことを考えながら、俺は自室で一日を終えた。
◆
翌日、俺たちBクラスの生徒は、全員朝の8時に教室に集まっていた。昨日クラスのグループチャットで一之瀬から「ポイントの件で共有したいことがあるから集まって欲しい」という旨の連絡が来ていたためだ。入学初日の呼びかけで、全員朝早くから集まるって、冷静に考えなくても凄いことだな。一之瀬の能力…もあるけど、単純にクラスの雰囲気が良いからだろう。昨日のチャット欄でも、柴田を筆頭とした多くの生徒が一之瀬の連絡に対し、即座に好意的な返答やスタンプを返していた。この団結力や雰囲気の良さは、Bクラスの大切な強みだと思う。
「皆、朝から集まってくれてありがとう。今日は昨日の連絡通り、ポイントの件で相談したいことがあるんだ」
全員そろっていることを確認すると、一之瀬が話し始めた。彼女は、配られているポイントが普通の高校生のお小遣いにしては高すぎること。その理由として、いつかポイントが大量に必要になる可能性が考えられることを分かりやすく説明していく。クラスメイト達の反応は様々だ。納得した顔をしている人や、疑問に思っていそうな人、そもそもピンと来ていなさそうな人も何人か見受けられた。
「一之瀬さん、発言良い?確かに一之瀬さんの言うことには一理あるけど、それってまだ可能性の話だよね?ただの杞憂って可能性は無い?」
一之瀬に向かって、少しテンションが低い女子生徒が質問する。姫野ユキ、原作では二年生編でスポットか当たりだすキャラだな。そんな彼女の質問に対して、一之瀬は笑顔のまま答える。
「姫野さん、質問ありがとう。姫野さんが言っていることは正しいよ。私も、この推測が正しい根拠を皆に提示できない。だからこそ、皆に協力してほしいことがあるの」
「協力?」
「うん。私はクラス皆で協力して、このポイントを先輩たちがどう使っているのかについて、情報を集めたいって思ってる。今後学校でこのポイントを大きく使うイベントが来るのか。先輩たちはこのポイントを、過去に何に使ったのか。そういう情報を集めて、改めて私たちがどうするべきかの方針を立てたいの」
「…なるほど」
姫野は一之瀬の案に対して、納得した様子だった。他の生徒たちの様子を見ても、彼女の提案に反対する雰囲気ではなさそうだ。
「分かった!俺、早速今日から先輩たちに聞いてみるよ!」
柴田が発言したことで、クラスの雰囲気が決定づけられた。柴田、ナイスだ。賛成の意思をしっかりと示してくれる人がいるだけで、発言した人は助かるもんな。神崎や一之瀬とは違う方面だけど、彼は間違いなくこのクラスにとって大切な生徒だ。
こうして俺たちBクラスは、入学二日目からポイントに関する調査を開始することになった。
◆
昼休み。俺は早速行動するため、学食に足を運んだ。幸い初日の授業は軽い内容ばかりだったので、まだまだ体力に余裕がある。正直、勉強面は自信が無い。恥ずかしい話、前世ではレスリングを言い訳にして、ほとんど勉強はしていなかった。転生してから一生懸命頑張ってはいるものの、中2辺りから段々苦手分野が出てきてしまっている。理科と社会って、結構難しいよね。理社が得意な人は本当に尊敬します。
学食につくと、適当に一人で座っている人を探す。無料の山菜定食を一人で食べている生徒が何人か目に留まった。俺も同じように山菜定食を購入し、その中の一人に話しかけに行く。
「先輩初めまして。隣に座ってもいいですか?」
「…なんで俺の隣なんだ?」
「席があまり空いてなくて。先輩が嫌でしたら、他のところに行きます」
「好きにしろ」
了承を得たので隣に座る。
「俺、1年Bクラスの西宮です」
「3年の鈴木だ」
「鈴木先輩ですね。俺、まだ入学して間もないから分からないことだらけで。良ければ、いろいろ教えてください。」
「答えられる範囲でな」
やっぱり口止めされているようだ。この分だと、他のクラスメイトも情報集めに苦労しているだろうな。俺が原作知識を教えることができればそれが一番手っ取り早いのだが、情報の出所を聞かれた時に上手く誤魔化せる自信が無い。というわけで、何とかして情報を聞いたっていう事実を手に入れたかった。
「鈴木さん。無料に惹かれて買ってみたけど、この山菜定食まずいですね」
「そりゃそうだろ。無料なんだから」
「確かに。無料じゃなきゃ我慢できない不味さですね。」
「ああ。こんなの、ポイントが無い奴かモノ好きしか買わない」
先輩はそう言いながら、本当に嫌そうに山菜定食を食べていた。正直かなり不味いので、気持ちはわかる。
「じゃあ、今日山菜定食を食べている人は全員モノ好きですね」
「は、なんでそうなる?普通に金が無いだけの生徒もいるだろ」
「えー?いやいや、皆モノ好きに決まってますって」
「そんなわけないだろ。現に俺は金欠が理由で飯を食ってる」
「早速俺が間違っていることが証明されちゃいましたか。でも、先輩だけが例外かもしれない」
「強情だな。少なくともあそこで山菜定食を喰っている二人組は金欠だぞ」
「根拠は?」
「あの二人は俺のクラスメイトだ」
「先輩、負けました」
「やっと認めたか」
先輩と雑談しながら、情報を整理する。クラス皆で集めることになっているプライベートポイントの使い道に関する情報は聞き出せなかったが、代わりにプライベートポイント不足になっている先輩が3人いることが分かった。毎月10万円貰えると思っている1年生にとっては、見過ごせない情報なはずだ。もうこの辺で良いかと思い、山菜定食を食べ終える。
「先輩、話せて楽しかったです。また会いに行きたいので、クラスを教えてもらえませんか?」
「…Dクラスだ」
「Dクラスの鈴木先輩ですね。今日はありがとうございました」
お礼を言って席を立つ。これで、金欠の生徒はDクラスだっていう情報も教えられるな。多分、後ろのアルファベットのクラスの先輩ほど金欠だという情報は、他のクラスメイトからも出てくるはずだ。Bクラスの皆なら、どこかのタイミングでクラスの法則に気が付くだろう。楽しみだな。
◆
放課後になると、目を輝かせた柴田が俺に話しかけてくる。
「西宮、お前も部活紹介見に行くか?それとも、もうレスリング部を作る気満々なのか?」
「見に行こうと思ってる。もしかしたら、新しい部の作り方も紹介してくれるかもしれない」
「なら、一緒に見に行こうぜ」
誘ってもらえたので、俺は部活紹介の見学に行くことにした。ちなみにレスリング部はなさそうなので、自分で作るしかないみたいだ。堀北(兄)に相談すれば作れるのだろうか?原作では部活動でポイントを得られると明言されていたので、どうにかしてレスリング部を作っておきたい。
柴田と二人で体育館に着くと、既に百人近い一年生が到着していた。多いなー。折角なら堀北や綾小路を見ておきたかったが、流石にこれだけの人数の中だと探せない。周りを見渡しても、知っているキャラクターは須藤しか見つからなかった。まあ、この時期の須藤は絡むと面倒なので、スルーする。
壇上に目を向けると、いろんな部活のユニフォームを着ている先輩たちが並んでいる。もし俺が部活を作れた場合、来年はあそこに立つのだろうか?サッカー部の代表の柴田の隣で、レスリングの試合着を着ている自分を想像する。レスリングの服って、知らない人からすれば変態にしか見えないんだよなー。
ぼんやりと妄想にふけっていると、いつの間にか生徒会書記の橘先輩の司会進行の元、部活紹介が始まった。先輩たちが一生懸命アピールしている姿をぼーっと眺めながら、知りたい情報を拾っていく。どうやら、新しい部活を作るためには部員が3人必要らしい。そういえばあったね、そんな設定。まあ、柴田と神崎に名義を貸してもらえば問題ないだろう。マイナーな部活も充実しているようだし、練習で困ることはなさそうだ。
頭の中でレスリング部の設立の算段を立てていると、突然体育館が異様な雰囲気に包まれていった。堀北(兄)の登場だ。何というか、オーラがあるな。
「私は、生徒会会長を務めている、堀北学と言います。生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生から立候補者を募ることとなっています。特別立候補に資格は必要ありませんが、もしも生徒会への立候補を考えている者が居るのなら、部活への所属は避けて頂くようお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません」
口調も表情も穏やかなのに、生徒会長が話すだけでその場には緊張感が漂っていた。皆、プレッシャーを感じているかのように真剣に話に耳を傾けている。
「それから───私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう」
そう締めくくり、堀北(兄)が体育館を出て行った後も、その場は異様な雰囲気のままだった。橘先輩が終了のアナウンスをしてくれるまで、本当にその場から誰も動かなかったほどだ。
「あの先輩、凄かったな」
「だね。俺、今からあの人のところに部活の申請を出さないといけないのか、気が重いな」
「あっはっは。西宮なら大丈夫だ。ほら、行ってこい!」
柴田に背中を押され、俺は部活新設へと動き出した。幸い俺は原作の知識があるので、堀北学という人物が優しい人だということは分かっている。スポーツに打ち込みたいという思いを、汲んでくれない人ではない。何とかなるだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は緊張しながら生徒会室に向かった。