クラスのギャルに、なぜかよしよしされないと眠れない身体にされた件   作: 聡明 

1 / 1
次からはもっと長いです。


オタク君と金色の聖母

「……ちょっと! あんた、マジで何やってんの!?」

 それが、彼女──瀬戸内聖(せとうちまりあ)とまともに言葉を交わした最初だった。

 

 場所は、県立星ノ森高校の旧校舎2階、物理準備室。

 

 放課後のチャイムが鳴り響いてから既に2時間が経過し、西日が差し込む埃っぽい室内で、俺、日影零(ひかげれい)は意識の混濁と戦っていた。

 

「……あと、少し。これさえ、パッチを当てれば……」

 

 目の前の古びた液晶モニターには、緑色のコードが濁流のように流れている。

 

 3年前、突如としてサービスを終了した個人運営のSNS『アステリズム』。

 

 消えゆくログを修復し、このローカルサーバーに永久保存する。それが、親からも学校からも見捨てられた俺に残された、唯一の生きる理由だった。

 

 カチ、カチ、カチ。

 

 キーボードを叩く指先の感覚はもうない。最後にまともな食事をしたのはいつだったか。

 

 胃袋は空虚を通り越して、熱を帯びた鉄の塊でも詰め込まれたかのように重苦しい。

 

 その時、机の上のスマートフォンが震えた。

 

 期待などしていない。恐る恐る画面を開くと、そこには母からの短いメッセージがあった。

 

『今月から仕送りは停止します。お前のような役立たずの失敗作に、これ以上金を捨てるつもりはありません。アパートも解約したので、今月末までに出ていくこと』

 

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 

 ああ、そうか。

 

 俺という人間は、ついに唯一繋がっていた血縁からも不要だと宣告されたわけだ。

 

「……あ、はは」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 視界が急激に狭まる。立ち上がろうとした足に力が入らず、俺の体は椅子ごと後ろへ倒れそうになった──その時。

 

 ガラリ、と準備室の引き戸が乱暴に開いた。

 

「えっ、誰かいるのめっちゃ珍し……あんた同じクラスの!!ってか、顔色真っ白だし、幽霊かと思ったんだけど! マジで危ないって」

 

 ジャラリ、と耳元で複数のピアスが鳴る音がした。

 

 強烈な、花の蜜を煮詰めたような甘い香水。

 

 意識を失いかけていた俺の視界に飛び込んできたのは、輝くような金髪だった。

 

 鋭利に切り揃えられた、美しい姫カット。

 

 耳には銀色のピアスがいくつも並び、派手なブルーのカラコンが、床に這いつくばる俺の無様な姿を冷たく見下ろしている。

 

 クラスの頂点に君臨する一軍ギャル、瀬戸内聖。

 

「……瀬戸内さん。……すみません、今、片付け、ますから……」

 

 俺は震える手で机を掴み、這い上がろうとする。

 

 聖は不機嫌そうに舌打ちをすると、カバンをドサリと床に置いた。

 

「あんた、マジでやばい薬とかやってんの……?」

 

「……いえ。ただの、寝不足、です……」

 

「ふーん」

 

 彼女は安堵したように俺から視線を外し、窓際のソファに腰掛けようとした。だが、ふと彼女の視線が、俺が死守していたモニターに止まった。

 

 そこには、修復中の画像データが映し出されていた。

 

 拙い、けれど熱量のこもった一枚のイラスト。

 

 ──かつて、俺に世界を教えてくれた絵師の初期作品。

 

 聖の身体が、一瞬だけ石のように固まった。

 

「あんた、それ」

 

「…あ。これ、ですか? 昔の、マイナーなサイトのログで……。もう、僕以外に持ってる人は、いないかもしれない。だから、僕が直さないと、この絵があった証明が、消えちゃう、から……」

 

 俺は必死に説明しようとしたが、言葉が続かない。

 

 極限の空腹と、精神的な絶望。

 

 支えを失った身体が、今度こそ限界を迎えた。

 

「……っ」

 

 俺の体が崩れ落ちるより早く、彼女が動いた。

 

「待って。……あんた、それのために、こんなになるまで……?」

 

 聖の声から、さっきまでの棘が消えていた。

 

 彼女は俺の横に駆け寄ると、俺の胸ぐらを掴んで強引に上を向かせた。

 

「これ食べて、命令ね。こんなところで倒れられたら私の寝覚めが悪いし」

 

 彼女がポケットから取り出したのは、コンビニの、少し高いナッツ入りチョコバーだった。

 

 震える手でそれを受け取ろうとするが、指に力が入らない。

 

 すると聖はとため息をつき、自ら包装を剥がすと、俺の口元にそれを押し付けた。

 

「噛んで。飲み込んで。あんたが倒れたらそのデータの続き、誰も直せないんでしょ」

 

 暴力的なまでの甘み。俺は泥を啜るような必死さでそれを咀嚼した。

 

 彼女の手が、俺の頬を支えている。

 

 派手なネイルが施された指先は、驚くほど温かかった。

 

「……あ、りがとう、ございます。……助かった、かな」

 

 少しだけ人心地がついた俺を見て、聖は安堵したように息を吐いた。

 

 だが、俺の異変は止まらなかった。

 

 一度温もりに触れてしまったせいで、これまで張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れてしまったのだ。

 

「……っ……う、ぁ……」

 

 親からの絶縁。孤独。

 

 誰にも顧みられない作業。

 

 そして、目の前にいる、あまりにも眩しい太陽のような少女。

 

 そのギャップに耐えられず、俺の目から勝手に涙が溢れ出した。

 

「え、ちょっ泣くことないじゃん! チョコ、そんなに美味しかったの?」

 

「……わか、らない。……でも、僕……もう、頑張れ、なくて……。……一人、だった、から……ずっと……」

 

 俺は情けなく、ボロボロと泣いた。

 

 クラスの一軍ギャルの前で、最底辺のオタクが、赤ん坊のように。

 

 聖は狼狽えたように手を動かしていたが、やがて、その動きが止まった。

 

「あんた。バカだよね、ホント。一人で抱え込みすぎ」

 

 彼女はそう呟くと、俺の隣の椅子を蹴り飛ばし、自分の足を組んで俺の目の前に座った。

 

「ほら。こっち」

 

「……え?」

 

「いいから。返事はいらない。これは、私の気まぐれ」

 

 彼女は俺の頭を両手で掴むと、そのまま自分の膝の上──柔らかいスカートの感触が残る太ももの上へと引き寄せた。

 

「……ひ、膝枕、は……よく、ない、です……。汚れます……」

 

「黙れ、あんまし動くな。……ごほんっ、よしよし。頑張ったね」

 

 彼女の白く細い指が、俺のボサボサの髪をゆっくりと梳き始める。

 

 耳元で、彼女のピアスがチリリと小さく鳴った。

 

 その音と、一定のリズムで髪を撫でる指の感触。

 

「よし、よし。……いい子。もう大丈夫だから……私が、見ててあげるから」

 

「……あ……あぁ……」

 

 その言葉は、俺が人生で最も欲していた言葉だった。

 

 彼女のカラコン越しの瞳が、至近距離で見つめてくる。

 

 そこには、さっきまでの嘲りなど微塵もなかった。

 

 あるのは、ただ深い──溺れるほどの母性と、自分を肯定してくれる熱だけだ。

 

 3日間、どうしても閉じることができなかった瞼が、重くなる。

 

 彼女の指が、こめかみを優しくなぞる。 

 

 その、言葉にできないほど甘美な刺激に、俺の脳は屈服した。

 

「……おやすみ、零くん」

 

 それが、俺の人生が終わるはずだった日の、最後の記憶。

 

 そして翌朝、俺は悟ることになる。

 

 昨夜のよしよしが脳に刻み込まれた俺の身体は、もう彼女なしでは、眠るという生存本能すら維持できないほどに、作り変えられてしまったのだ。

 

 旧校舎の埃っぽい準備室。

 

 金色の聖母による、残酷なまでの救済が始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。