【VRAINS】ミッシングリンク   作:Relics

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アニメ1~2話


ハノイの騎士編
#1 深層の門番


 空調の効きすぎた室内には、高性能サーバーが発する微かな低周波音と、神経質なタイピング音だけが満ちている。

 ここは情報の最上流、SOLテクノロジー社。世界の命運を左右するデータたちが、無機質な数字の列となって通り過ぎていく場所だ。

 

「――ハノイの騎士が現れただと?」

 

 役員フロアの喧騒が、私の意識を現実へと繋ぎ止める。手元の端末に視線を落としたまま、そっと眼鏡のフレームを押し上げた。タイトに結い上げた髪も、皺ひとつないスーツも、今の私――秘書・花沢という仮面を構成する重要なパーツだ。今日もそれらは過不足なく機能している。

 

「すでに財前部長率いるセキュリティ部門が対応にあたっています。皆さまは落ち着いて、各自の回線を遮断してください。被害は想定の範囲内です」

 

 狼狽える幹部たちの背中に、感情を排した声をかける。

 ――想定の範囲内。当然だ。いまLINK VRAINSを荒らしているハノイの騎士たちを指揮しているのは、他でもない私自身なのだから。予定通り、ネットワークのどこかに潜む『イグニス』を炙り出すための餌を撒く。

 だが、モニターの端。ノイズにまみれ、荒れ果てたフィールドの中にその人物は降り立った。

 

(Playmaker……?)

 

 あれから一年。いや、それとも――

 かつてハノイへの憎しみに駆られているだけだったはずの『復讐者』を奈落に突き落としてから、どれほどの月日が流れただろう。以前のような、ただ燃え尽きるのを待つだけの眼ではない。Dボードを操り、電脳の空を舞うその背中には、比較にならないほどの強固な意志が宿っていた。

 

(……驚いたわ。絶望の果てに、あなたはまだ牙を研いでいたのね)

 

 一瞬、心臓の鼓動が早まる。それは獲物を見つけた歓喜か、あるいは、地獄の生存者に対する奇妙な共感か。それを確かめる暇もなく、私はタブレット端末に指先を滑らせた。SOLのインフラ権限を密かに掌握し、電脳世界と現実世界の両面から、彼を捕らえるための包囲網を再構築する。

 情報の流れを支配する『門番』として。そして、ハノイの指揮官・ヴェスパーとして。

 

「花沢、状況は!?」

「Playmakerと名乗るデュエリストが介入……ですが、懸念には及びません。すべてこちらの管理下にあります」

 

 その微笑みの奥で、私の記憶は十年前の、まだ穏やかだった日々の情景へと移っていく。

 白い壁の研究所と、父の大きな背中。そして、まだ『リボルバー』という名前すら持たなかった、彼と過ごした日々。すべては、あの日から始まったのだ。私たちが共犯という名の鎖で結ばれた、あの事件から。

 

 

 

***

 

 

 

「お前に、デュエリストを名乗る資格はない!」

 

 爆風とともに、ハノイの騎士が操るクラッキング・ドラゴンが電子の塵へと還っていく。吹き荒れていたデータストームが嘘のように止み、周囲に静けさが戻った。

 勝利したPlaymakerが、そのデュエルAI——『人質』であるイグニスを連れ、風のようにログアウトする。LINK VRAINSに新たな英雄が誕生した瞬間だった。

 

 SOLテクノロジー社の秘書室の片隅で、私はモニター群を見つめていた。周囲がPlaymakerというイレギュラーの出現に騒然とする中、指先だけが手元のコンソールを叩き続けている。

 表向きは流出したデータの追跡。だが、私が捉えていたのは、彼の微細なデュエルの癖だった。

 

(……間の取り方。そして、追い詰められてもなお失われない、あの焼き付くような闘志)

 

 かつて、名もなきデュエリスト(Unknown)として剣を交えた記憶が、脳裏に疼くように蘇る。あの時、彼の中に宿っていたのは純粋な憎しみだった。だが今、Playmakerのデュエルに宿っているのは何だ。

 確信に近い予感が、胸の奥で警鐘を鳴らす。彼は、あの『地獄』から生還した者の一人ではないのか。

 

『――聞こえるか』

 

 通信回線から聞き慣れた声が響く。ハノイの拠点から同じ光景を見ていたであろう、リボルバーの声だ。

 

「ええ、不覚を取ったわ。まさかイグニスが奪われ、Playmakerという不確定要素が残るとは」

『構わん。奴が姿を現したのなら、再び引きずり出すまでだ。それより、Playmakerの正体に心当たりは?』

 

 指が一瞬、止まる。網膜の裏には、暗記するほど読み込んだロスト事件の資料が浮かんでいた。被害者の年齢、失踪時期……断片的な条件がPlaymakerという輪郭に重なりかけたが、すぐに思考から消し去る。もし彼が()()であるならば、了見が背負う罪の重さは、より具体性を帯びて彼を苦しめることになるだろう。

 ――それを、許すわけにはいかない。

 

「……いいえ。SOLのデータベースにも該当は無いわ。もしPlaymakerが再び現れるのであれば、次は私が彼の器を試しましょうか」

 

 淡々と嘘を紡ぐ。声に揺らぎはない。

 

『珍しく好戦的だな。だがその必要はない。奴がイグニスを盾にする以上、下手に動けば奴を失いかねん。今は泳がせろ。……その後、SOLの動向はどうだ』

「セキュリティ班が動いているわ。イグニスを奪還するために手段は選ばないでしょう。引き続き監視を続け、Playmakerの身辺はこちらで洗うわ。あなたは……あなたの成すべきことだけに集中して」

『ああ。イグニスは必ず我々の手に取り戻す』

 

 通信が切れる。

 私は暗転したモニターに映る自身を見つめた。もし、Playmakerが本当にあの事件の復讐者だというのなら、彼の前に立つ壁は私が代わろう。たとえそれが、いつか彼にすら疎まれる裏切りになったとしても。

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