リボルバーとの通信を切った後、深く息を吐き、思わず眼鏡を外して目元を押さえた。目に焼き付いたPlaymakerのデュエルが離れない。
――決して計算だけでは導き出せない。きっと彼はあの日から、理論を超えた『何か』をその身に宿して帰ってきたのだ。
「失礼します、財前部長。役員への報告資料をお持ちしました。会議は定刻通り開始いたします」
眼鏡をかけ直し、再び『花沢』へと戻る。扉の先、セキュリティ部のデスクでは、財前が険しい表情でモニターを見つめていた。
「……花沢か。先ほどのデュエル、君も見ていたな。Playmakerというデュエリスト……ハノイを退けたのはいいが、あのAIを連れ去ったのは看過できない。『力ずくで奪い返せ』と喚く者もいるが……」
「力、ですか。しかしそのような強硬手段は、かえって混乱を招くでしょう。今は彼を、闘いの『舞台』へ引きずり出すべきかと」
その進言に、財前が顔を上げる。
「舞台、だと?」
「幸い、今のPlaymakerは民衆にとっての新たなヒーローです。それを正々堂々と打ち破り、支持を奪うことのできる存在……。LINK VRAINSで彼と同じくらい愛される者が一人、いるのではありませんか」
タブレットに表示されたデュエリストのプロファイルを確認する。目に留まったのは、派手な演出と圧倒的なパワーで観客を魅了する、一人のカリスマデュエリストだ。
「……Go鬼塚、か」
「ええ。彼は人気、実力ともに申し分ありません」
「確かにそれなら、Playmakerを公式の場に繋ぎ止めることができるかもしれない。だが、奴はこちらの命令で動くような男だろうか?」
「懸念はごもっともです。ですが彼はファンたちの笑顔と、自身のプライドを何より重んじる人物。そこを突けば、協力は得られるでしょう」
張り詰めた表情をのぞかせる財前の横顔を見ながら、内心で計算を走らせる。
「鬼塚氏の承諾が得られ次第、彼のデュエルが全チャンネルで最優先配信されるよう、広報部と調整いたします」
「わかった。後ほど役員にも伝えよう。Go鬼塚とのコンタクトは私が行う。花沢、君はハノイの動向を引き続き監視してくれ。……それと、Playmakerの正体について、少しでも情報が入ればすぐに報告を」
「承知いたしました」
そのデュエルスタイル、その生き様。『闇』に身を置く私からすれば、あまりに眩しすぎる光の住人。その眩しさは、時として毒にもなるが、今のPlaymaker――復讐の炎に焼かれている彼には、それが必要なはずだ。
(……Go鬼塚。あなたの誇り高い魂、今は我々の『駒』として使わせてもらうわ)
胸の奥に走った微かな痛み。それを微笑みで塗りつぶしながら、一礼して部屋を出た。廊下の曲がり角で人目を避けた瞬間、通信端末をハノイの秘匿回線へと切り替える。
「……私よ。SOLがPlaymaker排除のためにGo鬼塚を動かすわ。必ず、彼はLINK VRAINSに現れる」
耳元でリボルバーの静かな声が響く。
『無駄な足掻きを。我々の意志を知らぬ者が、そう簡単に奴の足を止められるはずもない』
「確かにそうね。……けれど、少しだけ興味があるの。彼の熱量が、Playmakerというデュエリストにどう響くのか。仮に失敗だったとしても、データを持ち帰る絶好の機会よ」
『……ならば、せいぜい見物させてもらおう。こちらの計画に支障がない限りはな』
通信を切り、端末をポケットに滑り込ませる。
リボルバーはまだ、Playmakerをイグニスを奪ったデュエリストとしか見ていない。だからこそ、ひどく嫌な予感がする。彼のデュエルと淀みのない眼差し――それが何を意味するのかは、まだ分からない。
(Playmaker……。あなたが、あの時の『復讐の使者』だというのなら。Go鬼塚の信念をぶつけられた時、その刃はさらに鋭くなるのか。それとも、脆く折れるのか)
***
翌日のLINK VRAINSは熱狂に包まれていた。民衆の新たな希望――Playmakerを、Go鬼塚という『本物の
「始まったな」
財前からの音声通信。画面の中では、Playmakerが己のデュエルで鬼塚に迫る。一方、鬼塚はあえて攻撃を全身で受け、派手に吹き飛んでみせている。観客の悲鳴が空気を引き裂いた。だが沈黙が落ちる間もなく大きな歓声が押し寄せ、熱狂がすべてを呑み込んでいく。そのカタルシスの頂点で、彼はさも愛おしそうに口元を歪めた。
「鬼塚氏のバイタルおよび視聴者データの流入、すべて想定内です。Playmakerは……」
「……心配はいらない。Go鬼塚の神髄はここからだ」
報告を遮るように発せられた財前の声。どこか確信めいた期待のようなものを孕んだその響きに触れ、胸の奥がわずかに脈打つ。それに応えるかのように、鬼塚が攻勢に転じた。
『おおーっと! 掟破りの逆リンク召喚ーッ!』
『剛鬼ザ・グレート・オーガ』の一撃によって削られるPlaymakerのライフポイント。まばたきすることさえ忘れている自分に気づく。思わず端末を叩く手が止まり、ただ目の前の攻防だけに意識が吸い寄せられていた。
(素晴らしいわ、Go鬼塚……。やはり我々が利用するには惜しいほどのデュエリスト。Playmaker、あなたはここで消えなければならない。あなたが
効率だけを突き詰めれば、わざわざダメージを受けるなど愚策の極みだ。セオリー通りの戦術とは対極にある彼の『美学』。それを目の当たりにして、ふと、かつて父が語っていた言葉を思い出す。
『数字で測れないものこそが、時にシステムを凌駕するんだ』
当時は判然としなかったその言葉が、今の鬼塚の姿に不思議なほど重なって見えた。きっと、富や名声という分かりやすい単位で彼の動機を説明することはできないのだろう。目まぐるしく更新され続ける世界の中で、自分を信じる者たちの『笑顔』――そんな果てしなく曖昧なもののために、彼は今もその身を擦り減らしているのかもしれない。
「――花沢、どうかしたか。データの推移が止まっているぞ」
財前の指摘に、即座に指を動かした。
「失礼いたしました。Playmakerの動きから、逆転の一手となるスキル発動の確率を再計算しておりました。……来ます」
直後、画面を埋め尽くしたのは荒れ狂うデータストーム。その中心で、Playmakerが手をかざし、吹き荒れる情報の嵐から運命の一枚を引き抜く。
「現れろ、リンク3――『デコード・トーカー』!」
彼の手によって召喚されたエースモンスターが、鬼塚の『剛鬼ザ・グレート・オーガ』と対峙する。思わず息を呑み、画面を凝視した。Playmakerが攻撃を仕掛ける。だが、鬼塚は『剛鬼』たちの連携によって破壊を無効化し、その場に踏みとどまる。
一度、二度。両者のエースが真っ向からぶつかり合うたび、ネットワークの負荷値が跳ね上がる。ただの数字の羅列に過ぎないはずのそれが、今はなぜか互いの生命を削り合う、熱を持ったうごめきのように見えてならなかった。
(合理性だけを追求するなら、一度のバトルで勝機を待つはず。けれどPlaymaker……。あなたは今、彼の美学に真正面から応えているのね)
三度目の激突。鬼塚のフィールドで、破壊を肩代わりし続けていた『剛鬼』たちがついに尽きた。
守りの無くなったグレート・オーガに、デコード・トーカーの大剣が振り下ろされる。さらに、装備モンスターの戦闘でモンスターが破壊された場合に発動する効果――『サイバース・アナイレーション』。
光が画面を覆い尽くす。自身のライフが尽きるダメージを、鬼塚は両腕を広げてその身に受けた。その後、LINK VRAINSを揺るがすような大歓声が、スピーカー越しになだれ込んでくる。
「……Playmakerの勝利だ」
財前の苦々しい声を最後に、通信は途切れた。だが画面の向こうの鬼塚に暗さはなかった。『俺の負けだ!』と声を張り上げ高らかに笑うと、敗北の傷などどこにも残っていないような、晴れやかな表情のまま姿を消していく。
(負けてなお、英雄であり続ける……。今のPlaymakerに、それだけの強さはあるかしら)
Playmakerが放った『三つの理由』という言葉を反芻する。徹底した合理主義者であろう彼が、鬼塚の熱に当てられ、デュエリストとしての敬意を口にした。
その変化がたまらなく不安だった。互いの素顔すら知らない者同士が、デュエルという極限領域で死力を尽くす。魂を擦り合わせ、やがて剥き出しになった互いの奥底から、もしもまだ誰も触れられていない歪な真実まで透けて見えてしまったら――。
思考の沼に沈みかけていたその時、耳元で低い電子音が鳴った。深淵に潜む主からの通信だ。
『Go鬼塚……。ハノイの名を騙るとは愚かだが、その執念だけは評価に値する』
暗闇の中で、リボルバーの声が低く響く。
「Playmakerは、もはや単なるイグニスの所持者ではないわ。戦うたびに、他者の本質を吸収し進化する……。リボルバー、もし彼が私たちが思っている以上の『因縁』を抱えた存在だとしたら……」
『それがどうした。誰であろうと、我々の目的は揺るがない。……ヴェスパー、お前らしくもない。迷いは不要だ』
「ごめんなさい、余計なことを言ったわね。引き続き、
通信を切り、デスクに飾った青い花にそっと触れる。
「あのとき描いた未来は、まだ消えてはいないわ。……たとえ、この手がどれほど汚れようとも」
その独白は、秘書室の空気に溶けて消えた。
録画されたデュエルログを、消去せずに保存する。いつか、すべてが終わった後に。もし自分にも『光』の下を歩くことが許される日が来たら、もう一度このデュエルを見よう――そんな、叶うはずのない願いをデータの片隅に隠して。
【後書き】
※オリ主はGo鬼塚のファンです。
ところで逆リンク召喚って何ですか?