【VRAINS】ミッシングリンク   作:Relics

4 / 8
アニメ6~7話


#3 毒を食む

『わたしブルーエンジェルは、Playmakerとデュエルし、そして必ず勝つことをここに宣言しまーす!』

 

 その夜、LINK VRAINSを震わせていたのは、一人のデュエリストが放った無邪気なまでの戦意だった。

 数多のユーザーが色めき立ち、電脳世界がその波に呑まれていく中で、現実世界は取り残されたように静まり返っている。翌朝のSOLテクノロジー社・セキュリティ部には、凍てつくような緊張が満ちていた。

 巨大なモニターに映し出される無数のログ。私はその情報の奔流を捌きながら、隣で財前が苛立ちを露わにモニターを睨みつける様を視界の端に留めていた。

 

「一体、何を考えているんだ……!」

 

 絞り出されるような財前の声。ブルーエンジェルの突発的な行動に、もはや冷静な部長としての仮面は剥がれ落ちている。だが表情を一切変えず、事務的な報告を口にした。

 

「広報部の試算によれば、このデュエルによる同時接続数は、先日のGo鬼塚戦に並び、過去最大規模に達する見込みです。社としては、これを機にPlaymakerの身柄を確保し……」

「そんなことは分かっている……! だが……」

 

 財前が言葉を飲み込み、拳を握りしめる傍らで、ブルーエンジェルのログを精査する。彼がモニターの向こうに見ているのは『資産』ではない。

 

 その正体――財前葵。

 セキュリティ部長・財前晃の義妹。彼女の『宣戦布告』は、ハノイにとっても、そしてSOLにとっても計算外のものだった。だが、それを利用しようとする影を私は捉えていた。

 

(……スペクター)

 

 通信ログの端に、彼固有のシグナルが割り込んだ形跡を見つける。

 彼はすでにブルーエンジェルに接触していた。ハノイのウイルスプログラムが仕込まれた『ダーク・エンジェル』のカードを携えて。

 これは、とある実験の一種だ。眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、鏡面のようなレンズの奥で思考を巡らせる。

 

 ――今からでも止めるべきか? いいえ。

 すでにPlaymakerは現れ、データの風が吹き荒れ始めている。ならば私は、この混沌から最大限の収穫を得るまで。

 

「スピードデュエルが開始されます!」

 

 オペレーターのアナウンスが指令室に響く。メインモニターには、華やかに舞うブルーエンジェルと、それを迎え撃つPlaymakerの姿。

 財前は祈るように組んだ指を震わせ、画面を凝視している。その横顔には、部下たちには決して見せない、一人の『兄』としての焦燥が張り付いていた。

 

(……ままならないものね)

 

 その愛情が、結果として彼女自身を孤独へと追い詰め、ハノイ(こちら)の付け入る隙を与えたというのに。

 すかさず手元のコンソールを叩き、表向きはセキュリティのバックアップを装いながら、裏側の通信回線――ハノイ専用の暗号化チャンネルを展開した。

 

「……スペクター、聞こえますか」

 

 財前の背後、誰にも届かない最小限の音量で喉を震わせる。

 

『これは指揮官殿。私に何か御用でしょうか?』

 

 投影されたウィンドウの向こう、スペクターの声が鼓膜を叩く。

 

「今回の作戦、Playmakerをおびき寄せる策として、上出来と言えるでしょう。さらに財前晃を精神的に追い詰め、SOLの管理体制を揺さぶる副次効果も期待できる。……スペクター、あなたは人の心の『隙間』を見つけるのが本当に上手い」

『……フフ、痛み入ります』

 

 メインモニターに映るブルーエンジェルを傍目で捉える。フィールド魔法『トリックスター・ライトステージ』による煌びやかな演出と飛び交う喝采。しかしその裏で、彼女のデッキにはすでに致命的な『異物』が紛れ込んでいる。

 

「問題は、彼女の精神がどこまで耐えられるかですが」

『おや、心配なのですか? 慈悲深い御方だ』

 

 スペクターの嘲笑混じりの返答に、眉がわずかに動く。だが、それは憐れみではない。

 

「まさか。ただの品質管理に過ぎません。観測対象が壊れては、意味がありませんからね」

『……彼女の心は実に良い苗床でした。間もなく、それが芽吹くはずですよ』

 

 スペクターの湿り気を帯びた笑い声が、通信の端で途切れた。

 すぐさま視線を戻す。モニターの中では、ブルーエンジェルが華麗なコンボでPlaymakerを着実に追い詰めている。

 『トリックスター』特有のバーン戦術。観衆はそのタクティクスに酔いしれているが、私には、彼女のデュエルが自身の精神を削りながら放つ、終末の輝きに見えていた。

 

 目の前では、財前が椅子に深く座り込んでいる。視線は義妹の姿に釘付けになり、もはや周囲の音すら届いていないようだ。

 

 ふと脳裏に、先日のGo鬼塚の姿がよぎった。敗北してもなお、己のデュエルを貫き通した者。それに比べ、目の前の少女が振るっているのは、借り物の、それも自分を焼き尽くす偽りの力だ。

 

(……自らその手を汚し、一体何を手に入れようというのかしら)

 

 その考えと同期するように、ついにブルーエンジェルがそのカードをドローする。瞬間、彼女の瞳から光が消えかけた。ウイルスプログラムが彼女の精神を侵食し始めたのだ。

 

『さあ、始まりますよ……! 彼女が、真実の姿を現す時です!』

 

 通信越しのスペクターの声は歓喜に震えていた。

 状況をリアルタイムで観測する。彼女の思考が強制的に書き換えられていくプロセスが、端末に非情な文字列となって流れ込んできた。やがて数値が平均を越え、彼女の脳波が危険域に近づいていく。

 

「わたしは、ブルーエンジェル……しっかりしなくちゃ」

 

 しかし、Playmakerの反撃がそれを許さない。

 ブルーエンジェルの猛攻に晒されていた彼が、その瞳に鋭い光を宿す。トリックスターたちのバーンダメージを逆手に取り、自らのライフを削ることでスキルの発動条件を整えたのだった。

 嵐の中から掴み取ったのは『エンコード・トーカー』。そのリンク召喚を合図に、戦況は一変した。盤石だったはずのブルーエンジェルのフィールドが瓦解していく。その敗北への恐怖が、彼女の心を最後の淵へと突き落とした。

 

「すべてはPlaymakerの計算……? わたしの力で追い詰めたんじゃなかったの!?」

 

 追い詰められた彼女の指先が、手札の『ダーク・エンジェル』へと伸びる。その瞬間、彼女のアバターを禍々しいオーラが包み込んだ。

 

 スピーカーから流れるブルーエンジェルの声に、これまでにはなかった刺々しい響きが混じる。端末には異常な数値が走り出していた。

 やがて暴走した彼女は、もはやアイドルとしての面影を失い、ただ目の前の敵を殲滅せんとする獣へと成り果てていた。

 

「……っ、あああああああ!」

 

 悲鳴とも咆哮ともつかない声。財前が椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。

 オペレーターたちが叫びながら回線切断を試みるが、システム権限はすでに私の手によって凍結されている。

 画面の中では、Playmakerが最後の一撃を放とうとしていた。

 

「――終わらせてやる!」

 

 精神が焼き切れ、力なく崩れ落ちるブルーエンジェル。

 引導を渡すべく、エンコード・トーカーの攻撃が彼女を直撃した。その光とともに、ライフポイントがゼロになる。

 勝利の歓声が沸き起こるはずのLINK VRAINSは、叩きつけられた衝撃と意識を失った少女の沈黙により、瞬時に静まり返る。

 

「葵……!」

 

 財前がなりふり構わず部屋を飛び出していく。部下たちが騒然とする中、私は一人、静かに前へ歩み出た。

 

「全ユニット、データの流出を最小限に食い止めてください。……それから、Playmakerの追跡記録はこちらで預かります」

 

 端末を操作し、ハノイ側に不都合なログを消去する。画面の向こう、眠り続ける少女の姿を一瞬だけ視界に収め、小さく眼鏡を直した。フィールドではPlaymakerが戸惑うように、倒れた彼女を見下ろしている。

 

(おやすみなさい、ブルーエンジェル。……もしも、いつか目覚めた時、そこにあるのはあなたの望んだ世界ではないでしょうけれど)

 

 救いなど、そこにはない。

 現実世界のどこかで、少女の意識は暗い檻の中へと閉じ込められた。二度と目覚めることのない眠りについた『偶像』のなれの果て。

 壁の向こうでは、財前の絶望したような叫びが遠く響いていた。

 

「――ヴェスパーより各員へ。ブルーエンジェルの敗北を確認。データの回収は完了しました。……次のフェーズへ移行します」

 

 明日になれば、SOLテクノロジーはスキャンダルに揺れるだろう。そして私は再び『花沢』として、絶望の淵に立つ財前に、完璧なまでの慰めの言葉をかけるのだ。

 すべては、我々が望む未来をこの手に手繰り寄せるために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。