【VRAINS】ミッシングリンク   作:Relics

5 / 8
アニメ8~12話


#4 舞台を整える指先

 Den Cityの夜景が窓の外を無機質に流れていく。

 ハイヤーの後部座席。私の隣に座る財前の横顔が、青白い街灯に照らされる。その中には、隠しきれない焦燥と屈辱が深い影を落としていた。

 

「……私を監視し、逐一上に報告するのが君の仕事か、花沢」

 

 低く湿った財前の声が、密閉された車内に沈む。私は手元の端末から目を離さず、抑揚を抑えた声で応じた。

 

「滅相もございません。私はただ、社益が損なわれぬよう現場を最適化する立場。……もっとも、次回の役員会議であなたの処遇が決定するまでは、ですが」

 

 義妹であるブルーエンジェルが、ハノイのカードを使用したという事実。そして、彼女が彼ら(ハノイ)と通じているという疑念が、財前の立場を根底から揺るがしている。

 事実上の更迭。それは『トカゲの尻尾』を切り捨てるための前段階に過ぎない。今の彼に残された起死回生の一手は、Playmakerを捕らえ、身の潔白を証明することのみ。

 

「……財前部長。これ以上の独断は、あなたのキャリアを完全に終わらせることになりますよ」

 

 わざとらしい警告。それに付随する事務的な所作。眼鏡のフレームを押し上げる指さえも、私は計算の外には置かない。レンズの奥では、内部ネットワークのセキュリティログが高速で流れていく。

 すべては、リボルバーの描いたシナリオ通りだ。ブルーエンジェルという駒に毒を仕込み、Playmakerを誘い出す。私はその舞台袖で、SOLの防壁を内側から腐食させる役割を担っている。

 

「分かっている。だが、今は私の地位などどうでもいい。妹を救うためには、あの男から真実を聞き出さねばならない」

 

 ハンドルを握る運転手には聞こえないほどの小声。財前の拳が震えた。その殺意にも似た激情は、真の元凶であるハノイの騎士ではなく、目の前の『(Playmaker)』へと向けられている。

 情報の選別と操作がいかに容易く人の目を曇らせるか――私は改めてその事実を冷ややかに噛み締めた。

 

 やがて、辿り着いたのは橋の下。潮風と排気ガスが混じる場所で合流したのは、夜の闇に同化するようなライダースーツを纏った女だった。

 

「……あら、晃。連れがいるなんて聞いてないわよ?」

 

 ゴーストガールこと、別所エマ。

 あらゆる電脳世界を股にかけるトレジャーハンターが、値踏みするような視線をこちらに向ける。

 

「彼女は上からの派遣だ。気にするな」

 

 財前の短い紹介に、事務的な一礼を返す。秘書という仮面は、こうした場面でこそ真価を発揮する。

 

「秘書の花沢と申します。今回の件、上層部は『事態の迅速な収拾』のみを求めています。現場の運用につきましては、あなたの手腕に一任いたしますので、どうかご安心ください」

「へぇ……意外と話が分かるのね。てっきりお堅い秘書さんかと思ってたけど。嫌いじゃないわよ、そういうの」

 

 そう笑みを浮かべながらも、彼女の視線はこちらを射抜くようだった。プロとしての直感か、あるいは単なる好奇心か。だが私は、それを無関心という名の防壁で受け流した。

 

 

 

***

 

 

 

 翌刻、LINK VRAINSの一角。

 幾何学的なビル群が歪曲し、折り重なる茨のように空間を埋め尽くしている。そこは自由を剥奪された巨大な監獄。Playmakerという唯一の獲物を、その骨の髄まで食らい尽くすために構築された死の檻だ。

 

「……ッ、ぐ、ああああ……!」

 

 ノイズが混じりそうなほどの悲鳴。拘束プログラムがPlaymakerの肉体を無慈悲に軋ませる。私はその苦悶を、一切の感情を排して目に焼き付けていた。隣に立つ財前の拳からは、剥き出しの憎悪が伝わってくる。

 

「さあ、早く喋らないと全身が引きちぎれるぞ!」

 

 財前がさらに圧を高める。アバターの四肢が不自然に歪み、不快な警告文が端末に映し出された。私は財前の震える指先に静かな釘を刺す。

 

「部長。彼がここで意識を失えば、真実の追求は不可能になります。……今は冷静に、情報の抽出を優先すべきかと」

「そうはいかない! こいつは、私のすべてを……妹の未来さえ奪おうとしているんだ!」

 

 怒声を受け流しながら、私は手元の端末をフリックした。眼鏡の奥、視界には彼らには見えないバイナリの深淵が広がっている。

 SOLの最新鋭セキュリティ。本来ならば即座に検知されるはずのこの異常事態を、私は内部権限を駆使し『緊急メンテナンス』の暗闇へと葬り去っていた。

 

(……耐えなさい、Playmaker。あなたの『審判』はここではない)

 

 心の中で、氷のような独白を落とす。

 彼はまだ、リボルバーが用意した舞台に上がる資格を証明していない。ここで壊れるのなら、その程度の価値しかなかったということだ。

 

 その時、空間のデータ密度が上昇し、周囲の風景が激しくちらつき始めた。

 空を裂くような電子の咆哮。SOLの監視を完全に潜り抜け、その『主』が降臨するためのパスが、私の指先によって開かれる。

 

(来る……!)

 

 空間が爆ぜた。

 財前も、ゴーストガールも、そしてPlaymakerも、その圧倒的な威圧感に言葉を失う。雷光の中から悠然と降り立ったのは、ハノイの騎士・リボルバー。

 

「Playmakerを離せ。この男の相手をするのは私だ」

 

 ここからは、彼の独壇場だ。リボルバーは財前たちを一瞥し、不要なノイズを排除するかのようにデータストームを呼び寄せる。その暴風の中で、彼は冷酷に真実を告げた。

 ブルーエンジェルがハノイのウイルスに侵されたこと。そして、その除去プログラムを握っているのは、自分だけであることを。

 

「なぜ妹を……!」

 

 財前の叫びを、リボルバーは『誰でもよかった』という無慈悲な一言で切り捨てる。Playmakerを誘い出すための生贄――その残酷な論理こそが、私たちの歩む道なのだ。

 リボルバーは、ブルーエンジェルの命をチップとしたデュエルを要求する。

 

「道はひとつだけだ。さあ選べ! お前自身で、義妹の未来を!」

 

 無茶な要求だ。だが、財前には拒否権などない。

 

 その時、リボルバーの視線が、誰にも悟らせぬ速度で私を射抜いた。声には出さないその合図。それだけで、『花沢』として凍らせていた私の胸に、確かな熱が灯る。

 やがて、拘束を解かれたPlaymakerが走り出す。その背中に、財前が震える声を絞り出した。

 

「……私は君にひどいことをした。なのに君は、妹のために……憎まれて当然の私のために、戦ってくれるのか」

 

 贖罪にも似た問いかけ。Playmakerは振り返り、ただ一言の断絶を告げた。

 

「俺はお前を憎んでなどいない。……俺が憎むのは、ハノイの騎士だけだ」

 

 その言葉が、私の胸をかすかに抉る。復讐と憎悪、そして孤独。彼が背負うものの重さは、我々ハノイの騎士が背負う業と同じ色をしている。

 

(……ええ、そうね。だからこそ、ここで終わらせなければならない)

 

 吹き荒れるデータの風が瓦礫を噛み砕いていく。財前もゴーストガールも、その異常なエネルギーになす術もなく立ち尽くしていた。

 ――好機だ。今この混乱の中であれば、私の離脱を疑う者はいない。

 

「財前部長。先ほどのデータストームの影響で、本社との通信にラグが生じております。私は、最上流回線からデータの保全とバックアップに回りますが……この場をお任せしても?」

「……ああ、頼んだぞ」

 

 財前の隣を辞し、背を向ける。その瞬間に浮かべた笑みを見るものは誰もいない。

 

 ネットワークの空白地帯へと滑り込んでから、わずか数分。私の意識は、花沢という虚飾を脱ぎ捨て、ハノイの騎士――『ヴェスパー』へと回帰していた。

 幾多のモニターが明滅するハノイの拠点。その中心を見据える鴻上博士の背中は、かつての面影を残しながらも、今はただ滅びへの執念だけで形を保っているように見えた。

 

「……戻ったか」

 

 博士の掠れた声に、私は視線だけを向けて短く応える。

 

『はい。SOLの追跡ログは全て攪乱済みです。……始まりますね』

 

 メインスクリーン上には、Dボードを駆り、疾走する二人の姿が映し出されていた。

 

「――我が手に宿れ、新たな息吹!」

 

 リボルバーが右腕を掲げ、そのスキルを発動する。

 瞬間、私は手元のコンソールを加速させる。ストームアクセスに伴い発生した膨大な通信量(パケット)のスパイクが、SOLの監視アラートを真っ赤に染め上げた。それを一つずつ執拗に、そして迅速に『データストームの乱流による欠損』へと書き換えていく。

 

(……掴み取って、リボルバー。その荒ぶる風の中から、私たちが望む未来を)

 

 だが、現れたのは救済の光ではない。嵐の裂け目から這い出したのは、破壊の権化――『トポロジック・ボマー・ドラゴン』。

 空間を焼き切るような衝撃波が、物理層を超えて私の手を微かに震わせた。モニターが放つ暴力的なまでの光を、瞬き一つせず受け止める。

 

「――良き力だ」

 

 リボルバーの陶酔を含んだ声が響く。その力はあまりにも禍々しく、そして美しい。

 多くの犠牲を積み上げた先にしか存在し得ないその力。それ彼が肯定するならば、私もまたそれを抱きしめよう。たとえそれが、目の前の少年を、そして世界を破滅させる(マリシャスコード)であったとしても。

 

 リボルバーは容赦なくフィールドを蹂躙した。自ら生成した『ドラゴノイドトークン』をあえてボマー・ドラゴンのリンク先に送り込み、強制的な破壊効果を誘発させる。光がフィールドを薙ぎ払い、すべてを更地へと変えていく。

 

「くっ……!」

 

 Playmakerの声がノイズ混じりに届く。さらに、破壊された『コンデンサー・デスストーカー』の効果が、両者のライフを等しく削り取っていく。

 鳴り響くアラート。Playmakerのライフは1000。対するリボルバーは残り100。それでも彼らの瞳に宿る意志は、少しも揺らいでいない。

 

 ボマー・ドラゴンの攻撃宣言。窮地に追い込まれたPlaymakerが放つ『リンク・リスタート』による巻き返しの一手。そして彼もまた、データストームへと手を伸ばした。

 

「こいつが逆転のキーカード!」

 

 新たに掴み取ったサイバースの輝きが、反撃の狼煙を上げるかに見えた。だが、リボルバーはそれを許さない。

 

「トラップ発動! 『リモート・リボーン』!」

「このタイミングでトラップだと!?」

 

 彼はPlaymakerの墓地から、あえて『コンデンサー・デスストーカー』を、ボマー・ドラゴンが指し示すリンク先へと蘇生させた。

 相手のモンスターすらも自らの起爆剤へと変える――即座に再起動した『全壊効果(フルオーバーラップ)』によって発動したデスストーカーの効果ダメージ。それが二人のライフを、残酷にゼロへと叩き落とした。

 

 コンソールに『DRAW』の文字が冷たく浮かび上がる。だが、それは終焉ではなく、さらなる戦いへの幕開けに過ぎない。

 

「スピードデュエルでは、私とお前の戦いは窮屈すぎる。次なるステージが我々を待っている――」

 

 二人がデータストームの巨大な渦に呑み込まれ、中継映像が激しく乱れた。ここから先は、システムの介在しない魂と魂のぶつかり合いになる。私は震える指先を隠すように強く握りしめ、暗転したモニターの向こうに潜む地獄を見据え続けた。

 

 

 

***

 

 

 

「ここが、お前との新たな戦いの舞台だ」

 

 荒れ狂う嵐の『目』――世界の喧騒すらも届かないその聖域。再構築されたマスターデュエルのフィールドで、二人は対峙していた。

 薄暗いハノイの拠点のモニターには、ノイズ混じりの映像と、リボルバーのバイタルデータ。そして、フィールドログの羅列だけが流れてくる。

 

(リボルバー……。あなたは今、彼に何を見ているの?)

 

 リボルバーの戦略は驚くほど静かだった。スピードデュエルでの苛烈な攻めとは対照的に、『天火の牢獄』を用いた徹底的な防御。サイバースという存在そのものを否定し、その意志であるイグニスを封殺する絶対的な檻。

 デュエルディスクに宿るイグニスが搔き消え、Playmakerの顔が驚きに歪む。それを見つめる私の胸の奥で、かつて自分の内に書き留めた言葉が、苦い味となって蘇った。

 

(――もし、Playmakerが本当にあの事件の復讐者だというのなら、彼の前に立つ壁は私が代わろう)

 

 だが、現実に彼の前に立ちはだかっているのは、私ではなくリボルバーだ。

 彼が語るイグニスの真実。()()()()()()AIという、神の領域に触れた禁忌の証明。その言葉の重みに、Playmakerも、そして観測者である私自身も、思考を縛り付けられる。

 私は知っている。彼が、そして鴻上博士が、どれほどの恐怖を持ってその『意思』を視ているかを。

 イグニスという火種が、ネットワークという文明を焼き尽くす未来。それを防ぐために、私たちはこの泥沼の戦いに身を投じたのだ。

 

 リボルバーの猛攻が続く。『ヴァレルロード・ドラゴン』の一撃がフィールドを貫き、彼のライフを、そして精神を削り取っていく。

 

 膝を突き、地に伏せるPlaymaker。

 ――チェックメイトだ。そう確信したはずだった。

 だが彼は何かを数えるように、唇を小さく動かしている。その姿は、自らの魂に何かを刻みつけているようにも見えた。

 

「俺はまだ……まだ戦える!」

 

 フィールドでは、Playmakerの新たなエース『ファイアウォール・ドラゴン』が顕現し、リボルバーのヴァレルロード・ドラゴンと激突する。やがて天火の牢獄が砕け散り、サイバースたちの鼓動が加速する。

 一進一退の攻防。だが、復讐という名の執念が、リボルバーの鉄壁を突破した。

 

「俺には、絶対に勝たなきゃならない理由が三つある!」

 

 スピーカーから漏れ出たその震える声に、私の指先が止まる。

 復讐、真実、そして『友』――彼が挙げた()()の理由。

 

「十年前、三つ……。まさかお前は、十年前の事件の……」

「そうさ。俺はその『復讐の使者』だ!」

 

 その言葉に、リボルバーの、そして目の前に立つ鴻上博士の空気が変わった。私自身の背筋にも、氷のような冷たさが走る。

 

「十年前……。それが本当であれば、恐ろしい因縁だな」

 

 博士の低い声が響く。

 私の予感は、最悪の形で的中した。彼はあの日から一度も止まることなく、出口のない地獄の底を這い続けてきたのだ。私たちが、『贖罪』という大義を盾に戦場を構築していた間、彼はただ一人、奪われた自分自身を取り戻すためだけに戦っていた。

 

 かつて私が、彼を『不完全』と称した言葉が、呪いのように自分に跳ね返ってくる。

 彼は吸収しているのだ。リボルバーとの戦いを通じ、憎しみさえも糧にして、自らの刃を研ぎ澄ませている。

 運命の歯車が、耳障りな音を立てて噛み合った。

 

「ファイアウォールの攻撃! ――テンペストアタック!」

 

 放たれた光線がヴァレルロードを貫き、リボルバーのライフがゼロを示す。

 それと同時に、イグニスがPlaymakerの腕から飛び出した。飢えた獣のように、一直線にリボルバーへと襲いかかる。

 

「――ぐっ……!」

 

 次の瞬間、イグニスの牙がリボルバーの右腕へ深々と食い込んだ。歪んだ悲鳴と共に、腕のデータが脆く崩れ、砕け散る。

 イグニスは止まらない。さらに奥へ、核へ――そのすべてを喰らい尽くそうと、牙を深く突き立てようとした、その時。

 

(……させない!)

 

 その思考と、鴻上博士による強制介入プログラムの起動は、ほとんど同時だった。LINK VRAINSの空から断罪の(いかずち)が降り注ぐ。イグニスの触手を焼き払い、Playmakerの視界を白く塗り潰した。

 光の渦中、私はその爆心へとダイブする。

 

 立ちこめる煙を切り裂き、リボルバーの傍らへ降り立った。衝撃でうずくまり、よろめきながら身体を起こそうとする彼の背を、後ろから抱き留めた。

 

「……ッ、ヴェスパー……」

 

 掠れた声で名を呼ぶ彼に、私は応えない。ただ、白光の向こう側――呆然とこちらを見つめるPlaymakerを、冷たい仮面の奥から見据えた。

 勝利を手にしながらも、その眼に宿る孤独な復讐の灯火。

 

「……今日は私の風は吹かなかったようだ。だが、お前がそのAIを手にしている以上、これは始まりのデュエルに過ぎない。お前とは、いずれまた……」

 

 リボルバーが放った除去プログラムが、Playmakerの手元へと飛ぶ。それがブルーエンジェルを救うための対価であり、私たちと彼を繋ぐ、残酷なまでの鎖。

 

『Playmaker。……今は、私が彼を預かりましょう』

 

 加工音声によって歪められた声が、空の彼方へと消える。イグニスの声も、嵐の咆哮も、遠ざかっていく。

 

 突き刺さるPlaymakerの視線を、かつてないほど重く感じていた。彼が復讐の使者として覚醒した今、私たちが歩む道はより深く、逃れられない泥濘(ぬかるみ)へと沈んでいく。

 

『……撤退します』

 

 私の言葉を合図に、身を包むデータが粒子となって霧散していく。遠ざかる意識の端で、私は願わずにはいられなかった。

 いつか来る、真の決着。その時、彼の灯す光が本当に救いとなるのか、それとも――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。