貴殿転生 元の知識で本気出す 作:MENOUENOTANKOBU
アリエルが『場』の準備を始めてから、一週間が経過した。
アリエルはルークとシルフィ、ギレーヌを連れ毎日王宮に赴き、自身の後ろ盾となる貴族達と会談をしている。
当然それを阻止する為、日夜問わず大量の暗殺者が送り込まれたが、剣王であるギレーヌを突破する程の実力を持つものはそういない。それにルークはともかく、シルフィは聖級レベルの魔術師だ。たとえギレーヌが突破されたとしても、満身創痍の状態でシルフィの相手をするのは至難の業だ。
『場』の準備が整うまで残りは三日程度、アリエル達の方は大丈夫だろう。
問題は俺達の方にある。
一週間前、ノトス家をこちら側に引き込むと豪語してしまった俺だが、今のところ話し合いはおろか、会うことすら出来ていない。
もちろんコンタクトを取ろうと、一度俺も王宮へ行き、ノトス家と関わりのある人物に片っ端から声をかけた。しかし、返ってくるのは面倒事に巻き込まないでくれという表情だけで、話を通してもらう事は出来なかった。
理由は分かっている。今の時点で、アリエル側につく必要性がないからだ。
逃げる様に国外へ逃亡した王女が突如として帰還し、再び王位継承争いに参加しようとしている。それに相手はアリエルがいない間も力をつけてきた第一王子。もしアリエル側につき、アリエルが負けた場合、自分……家族もろとも消される可能性があるんだ。
しかし仮にペルギウスを味方につけ、ダリウスの弱みを手に入れた事を伝えれば、それが第一王子側の耳にも入り、先に手を打ってくるかもしれない。
つまり今俺達は行き詰まり状態、情け無い限りである。
これからどうする?
これ以上王宮に行っても、大した成果は得られないだろう。ヘルスはどこを探してもいないし、俺が今出来る事といえば、『場』での戦いに備え、杖や魔力付与品の手入れをするぐらいだ。
このまま、ここで大人しく過ごしていくしかないのか?
しかし翌日、事態は急展開を迎えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
早朝、ルークがアリエル宛に届いた手紙を持ってきた。なんでも王宮で貴族と話している時に、こっそりと渡されたらしい。
手紙の差出人は……ピレモン・ノトス・グレイラット
ノトス家の家督をヘルスに譲り、王都で隠居生活を送っていたピレモンが、俺達に手紙を送ってきたのだ。
手紙には小さく、簡潔にこう書かれていた。
"今夜、私の別宅へいらしてください"
「……胡散臭ぇな」
「全く同感だ」
アリエルが手紙を読み上げると、パウロとギレーヌが不愉快そうな顔で言う。
「確かに、父上らしくはないですね」
ピレモンの実の息子であるルークですら、疑いの目をかけている。そんなに違和感のある手紙なのか?
「俺にはよく分かりませんが、向こうから話したいと申し出ているのなら、好都合じゃないですか?」
「そこが怪しんだよ。ボレアスのジェイムズならまだしも、あいつが俺達に手紙を寄越すほどの度胸なんてねぇ」
ひどい言われようである。
「それに奴はもう当主ではないのであろう?これが罠ではなかったとして、あのクズが一体何の役に立つと言うのだ」
「……役に立たないという訳ではないですよ。当主の座を降りたからといって、父上が今まで積み上げてきた繋がりが消える訳ではないですから、そこから更なる貴族達との協力も望めます」
「……難しい事は、私には分からん」
ルークの丁寧な説明に、ギレーヌは頭がパンクし、何もない天井を見上げている。
アリエルは手紙をテーブルに置くと、静かに立ち上がった。
「エルモア、ここからピレモンの住む別宅までは、すぐ近くでしたね」
「はい、しかし人目を避けるのであれば、少し遠回りする事になりますが」
「構いません。では早速、クリーネと共に下見をして来なさい」
「承知いたしました」
「おいおい!正気かよ!?」
パウロは座っていた椅子を蹴り上げる様な勢いで立ち上がると、困惑の表情でアリエルを見た。
あのパウロの話を聞いてもなお、アリエルはピレモンに会いに行くという決断を下したのだ。困惑するのは当然か。
「俺の話聞いてたか?いや……あんたも王都で生活してたんなら分かるだろ、あいつの臆病さに、弱さによ」
「ええ、十分に存じておりますよ」
「じゃあなんで……」
「しかし、全てを偽りと決めつけてしまうのも良くないと、私は理解しているつもりです。もし本当にピレモンがこちら側につこうとしてくれているのならば、私達は自らの戦力を切り捨てているのと同じではないですか」
「そうだけどよ………じゃあ逆に、ピレモンが俺達を騙す為だったらどうすんだよ?そっちの方が十分有り得ると思うぞ?」
パウロが怪訝そうに尋ねると、アリエルは薄く笑いながら答えた。
「そうだったとしても大丈夫です。今の私には、こんなにもお強い方々が護衛してくれているではないですか」
アリエルの想定外の言葉に、パウロは黙り込んでしまう。
確かに俺達の戦力は豪華だ。
剣王レベル三人に、聖級レベルの魔術師が一人、それに俺には切り札となるものが残っている。
この切り札を使えば、水神ですら倒してしまえるかもしれない。しかしそんな貴重な戦力を、『場』の前に使い捨てる様な事をしても良いのだろうか?
「パウロ様と、ピレモンの関係は存じております。お互いに信じきれない部分もあるでしょう。しかし、あなたがいない間に、彼は変わったのです」
「………」
「そんな変わった彼を、もう一度見極めてはくれませんか?」
アリエルはパウロの前に立つ。しばらくすると、パウロはわざとらしくため息をついた。
「全く、王女様には叶わねぇな……」
「当然ですよ。私は王になるのですから」
「……そうか、へへ、そうだったな」
パウロはアリエル肩を叩くと、客間へ続く扉へと歩いていった。
「行く前になったら連絡しろよ?」
「ええ、ありがとうございます」
ピレモンに対して、何か思うところがありそうなパウロだったが、一応一緒について来てはくれる様だ。俺もそれがいいと思ってる。
良くも悪くも、人は時間が経つに連れて変わっていくものだ。結果がどうであれ、まずは会わなければならない。たとえそれが、本人にとって辛い選択だったとしても。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
星空が小さな太陽の様に輝いている夜
俺達はピレモンが住むという別宅へと移動を始めた。
メンバーはアリエル、ルーク、パウロ、エリス、俺だ。
シルフィにはアリエルの姿に変装してもらい、俺達がピレモンの所へ行っていることを悟られない様にしてもらう。
ギレーヌは……まあ、当然だろう。ピレモンの事毛嫌いしていたし、いきなり殴りかかってもらっても困るので、大人しく留守番という事になった。
ピレモンの別宅に到着し、裏口から侵入しようとした時、一人の人影が見えた。
体格的に男だろうか?分厚いフードを被っていて顔はよく見えない。
その人物は俺達がいる事に気がつくと、周りを注意深く確認しながらこちらへと小走りで近づいて来た。
「アリエル様……でお間違えはないですか?」
男の声だ。
「はい、貴方様は?」
「……自己紹介は後ほど、まずは中へ」
男はそれだけ言うと、俺達は別宅の中へ案内された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アリエルが住んでいる別宅程ではないが、案内された家は豪華なものだった。高級そうな絵画や壺。どれもが埃一つなく綺麗に置かれている。
フード男を先頭に、無駄に広い廊下を歩いていると、ある扉の前で立ち止まった。
男は立ち止まると同時に、やたらと暑そうなフードを脱いだ。
「あ、あなたは……」
「久方ぶり……といっても、あまり接点はなかったですが、お久しぶりです。アリエル様」
男の顔は、ヘルスやルークとよく似ていた。
「兄上……」
ルークは声を震わせながら呟く。
兄?
「お前は……相変わらずだな、ルーク」
男は薄く笑うと俺とパウロの方を向き、一礼した。
「では改めて、軽く自己紹介させていただきます。わたくしの名はディエゴ・ノトス・グレイラット。ヘルスとルークの実の兄です。以後、よしなに」
フードを被っていた謎の男、その正体は、ルークとヘルスの兄
ディエゴ・ノトス・グレイラットだったのだ。
ディエゴ、彼の事は知っている。噂程度だが、確か今はミルボッツ領で活動していると聞いた。何故ここにいるんだ?
「おや?ディエゴ様は確かミルボッツ領で活動をしていると聞きましたが、何故ここに?」
「ヘルスと父上が心配でしてね。息抜きも兼ねて王都へ訪れているのですよ」
アリエルが投げかけた疑問に、ディエゴは頭を掻きながら苦笑した。
「では、そのヘルスは今どこに?」
「それは……」
途端にディエゴの顔が苦しそうなものに変わっていく。やはり家族内でも何かあったのだろうか?
「……父上はこの部屋に居られるのですが、ヘルスについては、二週間程前から消息不明なのです」
二週間前、赤竜の上顎付近でヘルスが俺達の前に現れたあたりだ。そうなると、あの後ヘルスは家に帰らず、今も王都のどこかに隠れているという事か?
「さて、あなた方の素性は事前に調べさせてもらいました。ルーデウス・グレイラット様に、パウロ・グレイラット様ですね」
「え?あぁはい」
「……ああ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私は別に、あなた方に対して特に因縁の様なものはございませんので」
「ッハ、どうだかな」
場を和ませようとするディエゴに対し、パウロは辛辣な態度で対応する。パウロももうちょっと大人らしい対応をできんものかね。
「パウロ様、もう少し節度ある対応をお願いしますよ?」
ほら、アリエルも少々不満げな顔をしている。
「いえいえ、パウロ様のお気持ちを考えれば、この程度の事など気にしませんよ。しかしパウロ様」
ディエゴは真剣な表情でパウロと向き合う。
「父上は今憔悴しきっています。不満があるのは重々承知していますが、今回ばかりは目をつぶって頂けないでしょうか?」
頭を下げるディエゴを、難しそうな顔で見下ろすパウロ。彼自身も葛藤しているんだろう。今まで散々自分を貶めて来た弟に配慮しろと言われているんだ。悩むのも当然か。
「……はあ」
パウロはしばらく考える素振りを見せた後、ため息をついた。
「……できるだけ、努力はする」
「ありがとうございます。では、中へどうぞ」
ディエゴは安心した様な表情に戻り、ゆっくりとそのドアを開けた。
よかった、パウロにも大人っぽいとこはあったんだ。これで無理とか言ってたら、パウロだけアリエルの別宅に帰すとこだった。
しかしこの中に、ルーク……そしてヘルスの父がいるのか……
やっぱり緊張するな。
俺は高鳴る心臓の鼓動を抑えながら、開かれたドアの中へ入っていった。