貴殿転生 元の知識で本気出す   作:MENOUENOTANKOBU

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76話 願い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜ピレモン視点〜〜〜

 

 

 

 

 

『父上!父上!』

 

「う、うぅん?」

 

何者かに体を揺さぶられている。誰だ?

 

鉛の様に重い顔を上げ横を見ると、我が愛しの息子、ヘルスがいた。

 

『あ、やっと起きましたね』

 

「あぁヘルス……どうしたのだ?」

 

『どうしたって、父上、約束を忘れたとは言わせませんよ?』

 

「約…束……?」

 

ヘルスは無邪気な笑顔をしながら、私の腕を力強く掴んだ。

 

『今日こそ!今日こそ僕を王都の町に連れてってくれると言ってくれたじゃないですか!』

 

あぁ、そう言われれば、確かにそんな約束をした気がする。

 

ヘルスももう6歳、得体の知れん化け物に変身した事件があり、少々過保護になり過ぎていたが、そろそろ本格的な教育をさせてやってもいいだろう。

 

私としては、兄であるディエゴのように、政治に関する事を学んで欲しいのだが……まあいい、国民の生活を知り、同じ立場で考えれる様になる事も、充分為になる。

 

父としてのメンツを守る為にも、約束は果たすべきだ。

 

『それに父上!これを見てくださいよ!』

 

ヘルスは興奮冷めやらぬ様子で、手に持っていた本をペラペラとめくり始めた。

 

こんなにはしゃぐヘルスを見るのは初めてだ、何か面白い事でもあったのだろうか?

 

やがてヘルスは私に、本に書かれた一枚の絵を見せてきた。

 

ヘルスが見せてきたのは、世界地図だった。

 

特に面白そうなものが書かれているわけでもない。それぞれの大陸の名前と、その大陸の特徴が淡々と書かれている、何の変哲もないただの地図だ。

 

しかしヘルスは今、それを嬉々として私に見せつけている。

 

困惑する私に構わず、ヘルスは興奮気味に話を続ける。

 

『陸地のほとんどが砂漠で覆われたベガリット大陸、生きる事すら困難で、危険な魔物がうじゃうじゃといる魔大陸。ほら見てください。俺達が住んでるこの町も、こんな広い世界に比べれば、豆粒くらいしかないんですよ!』

 

熱弁するヘルスは、私に相槌をする隙も与えない。

 

『僕もいつか冒険者になって、こんな大陸を旅してみたいんです。父上はどう思いますか?』

 

「……うむ」

 

"それは無理だ"

 

ヘルスは上級貴族、ノトス家の次男だ。

 

やがてディエゴや、今はまだ生まれて間もないルークと共に、いずれ家督を継ぐための争いに参加する事が決まっている。冒険者など、夢のまた夢。叶う筈もない。

 

「素晴らしいじゃないか」

 

『本当ですか!?』

 

全てを知っていて尚、私は嘘をついた。

 

目の前で希望に満ち溢れている愛おしい息子の夢を、気持ちを、絶望に変えたくないが為に、その場凌ぎにしかならない愚かな嘘をついた。

 

しかし……今だけ、この瞬間だけでも……私は息子の笑顔を見ていたい。

 

そんな私の感情とは別に、無情にも時は過ぎ去っていく。

 

視界がボヤけ始め、急速に視野が狭まる。

 

あぁ、できる事ならもう少しだけ……この時間を堪能したかった。

 

〜〜〜ルーデウス視点〜〜〜

 

 

 

ヘルスとルークの父ピレモンは、とてもじゃないが、二人の息子とはかけ離れていた。

 

部屋入り、椅子に座って寝ていたピレモンをディエゴが起こすと、彼は体を震わせながら立ち上がり、アリエルに一礼をした。

 

「アリエル様……よくぞご無事で……」

 

「ええ、ピレモン卿もお元気……とは言い難いですね」

 

「……まあ、近頃は忙しくてですね……」

 

アリエルが気遣う様に話すと、ピレモンは苦笑混じりに答えた。

 

剃り切れていない髭にボサボサの髪。クタクタになった服を着るピレモンは、何度確認しても、ルーク達の実の父だとは到底信じれなかった。

 

「ルークも、今までよく生きていてくれたな」

 

「父上……」

 

ルークはそんな変わり果てた自分の父を、呆然と眺めていた。

 

「失礼、アリエル様、そちらの方々は一体……」

 

ピレモンはこちらの方を向いてきた。

 

パウロの事、気づくだろうか?

 

お互い離れてから何十年も経っている、子供の頃の記憶など、十年も経てば名前すらも覚えているか怪しい。

 

案の定、ピレモンは俺達を見ても動じることは無く、ただアリエルからの返答を待つだけだった。

 

「そちらの方々は……」

 

「アリエル様、ここは俺達が直接挨拶するのが筋ってもんでしょう」

 

丁寧に紹介してくれそうなアリエルを遮り、俺は自ら挨拶する事を志願した。

 

大した理由はない、ただ自分で挨拶した方が、相手に好印象を持たれやすそうだからだ。

 

俺はピレモンに貴族流の挨拶を披露する。こんな挨拶の仕方は、ロアの町以来だ。

 

「お初にお目にかかりますピレモン様。俺の名前はルーデウス・グレイラット。あなたのご兄弟であるこちらのパウロ・グレイラットの息子です」

 

「……ふん」

 

パウロはピレモンと目線すら合わせずに、不機嫌そうにしている。

 

全く、さっきディエゴにあれほど言われていたのに……

 

「……やはり、パウロ、お前だったのか……」

 

ピレモンは驚くでもなく、あたかも予想していたかの様な反応だった。

 

「ノトスを出奔したお前が、何故今になってここに戻ってきたのだ、当主の座を奪いにでもきたのか?」

 

「違いますよピレモン卿。彼らは私が王になる為の協力をしているだけです。それにパウロ様がその様な地位を欲していない事は、あなた自身がよく理解している筈です」

 

「……そう言えば、そうでしたな……いや、例えそうであったとしても、私のやるべき事は変わりません」

 

そう言いながら立ち上がろうとするピレモンだったが、かなり衰弱していたのか、机に足をぶつけ、横に倒れてしまった。

 

『父上!!』

 

ルークとディエゴが咄嗟に駆け寄るが、気にするな、と差し出された手を払いのけ、再び立ち上がる。そしておぼつかない足取りでアリエルの前に立つと、その頭を下げた。

 

「ピレモン卿?どうされたのです?」

 

「……アリエル様……どうかお願いします」

 

ピレモンの声はひどく掠れ、弱々しい。

 

「どうか……ヘルスを……息子を救ってやってください」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

その後、疲れ切っているピレモンを寝かせ、俺たちはもう一つのある部屋と案内される事となった。

 

ピレモン自身は私も行こうと言って中々引き下がらなかったが、アリエルの丁寧な説得により、"少しだけ"の仮眠をとる事となったのだ。

 

「まさか…ヘルスがアリエル様に対し、その様な愚行を働いていたとは、申し訳ありません」

 

ディエゴは先頭を歩きながら、頭だけをアリエルに下げた。

 

「あなたが謝る必要はありませんよ。それに、あれは仕方のない事だったのです」

 

アリエルは特に気にする様子もなく、いつもの優しい笑みで対応する。

 

なんでも、『赤竜の上顎』で起きたヘルス率いるノトス家の襲撃は、ヘルスが独断で行ったというのだ。つまりディエゴやピレモンは無関係。それどころか、最近は話す事はおろか、会う事すらほとんどなかったらしい。

 

しかしディエゴは責任を感じているのか、先程から俺達の方を振り返っては、申し訳なさそうな顔を浮かべている。

 

アリエルも気にしていないと言ってくれたし、あんたが背負う事でもないと思うんだけどな。

 

「着きました。この部屋です」

 

先頭を歩いていたディエゴが立ち止まる。彼の先にある部屋の両端には、二人の衛兵らしき男がいた。

 

「あれ?ナクル兄ちゃん、ディエゴ様がいるよ」

 

「ガド、そんなの見ればわかるだろ?」

 

そんな間抜けな会話をしながら、一人の男がディエゴの前へと近づいた。

 

「これはディエゴ様、こんな時間にどうなされたのですか?」

 

「どうしたも何も、ただ彼女の容態を見にきただけだ」

 

「なるほど、しかしそんな大人数で押しかける必要は果たしてあるのでしょうか?」

 

さっきまでアホ全開の会話をしていた癖に、そういう所には敏感なのかよ。

 

「彼らは遠方から遥々お越しいただいた客人だ。客人は最大限のおもてなしをするのがノトス家の流儀。ここがノトスの敷地内である以上、文句は言わせないぞ?」

 

ディエゴは俺達と話していた時とは違い、威圧感のある声を上げ、護衛の男に詰め寄る。

 

その気迫に負けたのか、ただ面倒くさくなったのかは知らないが、男は大きくため息をつき、後ろへと下がった。

 

「分かりました。しかしこの事は、ヘルス様及びダリウス様にもお伝えてさせてもらいますからね?」

 

「構わん、好きにしろ」

 

「……はあ」

 

護衛は再びため息を吐きながらも、最初にいた壁の端に戻った。

 

「では、入りましょうか」

 

「は、はい」

 

そんなディエゴに軽く恐怖を抱きつつも、俺達は部屋の中へと入って行った。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

部屋の中には、二人の女がいた。

 

一人は部屋の真ん中に置かれたベットで、少し苦しそうな表情を浮かべながら寝ている。ショートヘアの黒髪に、雪の様に白い肌。

 

俺は……いや俺達は、彼女を知っている。

 

サテラだ。

 

「サテラ……」

 

「なんニャアなんニャア?」

 

俺がサテラへと近づこうと一歩踏み出した時。サテラの横で伏せる様に寝ていたもう一人の女が立ち上がった。

 

ニャア?

 

メイド服を着ていてもなお、隠し通すことのできない程の豊満な胸。そして何より、頭についている猫耳、ギレーヌにそっくりだ。

 

「ボス!?」

 

「リニア!!」

 

彼女の名はリニア・デドルディア

 

大森林ドルディアの里の族長、ギュエスの娘であり、ラノア魔法大学で俺の先輩だった人物だ。

 

「ボスがニャんでここに?」

 

「それはこっちのセリフだ。お前、商人になるんじゃなかったのか?

 

彼女は学校を卒業した当日、プルセナと族長を賭けた戦いに負け、商人として生きていくと言っていた。なのに何故こんな所で、似合わないメイド服を着ているんだ?

 

「そ、それには……深い訳が……」

 

頭をかきながら苦笑いをするリニアは、ポツポツと自身の卒業後の生活について話し始めた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「なるほど、それで間一髪のところにヘルスが助けてくれて、同時に仕事も提供してくれたと」

 

「そうニャ、本当ボス……ヘルス様には頭が上がらないニャ」

 

リニアは俺が危惧していた通り、商人として生きていく事はできなかったらしい。悪どい詐欺師に騙され続け、奴隷になる寸前の所でヘルスが拾われ、今はこうやってサテラの介護兼メイドとしてノトス家に仕えているという。

 

俺はリニアの話を聞きながら、そっとサテラの手を触れてみた。

 

……暖かい。まだ生きている。

 

その事実が分かると同時に、安堵のため息が出てきた。

 

「それでボス、ヘルス様とは会えたのかニャ?」

 

「それは……」

 

返答に困ってしまう。

 

確かに会えたは会えた。しかしあれは、果たして感動の再会……自信を持って会えたと言えるのか?

 

「その様子だと、やっぱりヘルス様と戦ったんニャね」

 

「ッ!? 何故それを!?」

 

何故リニアがディエゴやピレモンも知らなかった事を知っているんだ?

 

「けっこう前だったかニャ、あちしはヘルス様に呼び出されたニャ」

 

リニアはサテラの髪を撫でながら、悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべている。

 

「『アリエル達を、殺しに行く。もし俺が負ける様な事があれば、サテラを頼む』ヘルス様にあって早々、そんな事を言われたニャ」

 

「何!?そんな事、私と父上は知らないぞ!?何故それを早く言わなかった!?」

 

ディエゴは驚愕の表情で、リニアの胸ぐらを勢いよく掴んだ。

 

「く、口止めされてたんですニャ。父上と兄上は、この事を承知してはくれないだろうから、誰にも言わないで欲しいって……」

 

「だとしても、引き止める事ぐらいはできただろ!?何故それをしなかった!!」

 

ディエゴはさらに声を荒げながら、リニアを壁に押し付ける。

 

「ディエゴ様、落ち着いてください」

 

そんな興奮状態のディエゴに、アリエルは肩をそっと叩いた。

 

「お気持ちは痛いほど分かります。しかし、今その怒りをリニアにぶつけたとしても、何の解決にもなりません」

 

「………ッく」

 

リニアを強く掴んでいた手が、やっと緩んだ。そのままディエゴは後ろへ下がり、落ち込んだ顔で拳を握りしめていた。

 

悔しいよな、俺も気持ちはよく分かる。しかしアリエルの言う通り、ここで癇癪を起こした所で、何も進展はしない。彼自身もそれを分かっていたから、アリエルの言う事を素直に聞いたのだろう。

 

「……あちしは、ヘルス様の事、まだ全然分からないニャ」

 

リニアはサテラの方を見ながら、話を続ける。

 

「よく分かんない任務を任されたり、そんな事して許されるのかと思う事も、何回か付き合わされたニャ。でも、それも全部ヘルス様はサテラのためにやっていた事だってのは分かるニャ」

 

「………」

 

「これでもあちしはドルディアの里の族長の娘、大切な奴の為に命を賭けるヘルス様を、あちしが引き止める事なんてできないニャ……」

 

リニアは俺達の方へ向き直り、膝をついた。

 

「ボス。ヘルス様はまだ、生きているニャよね?」

 

「……あぁ、予想外の事態が起きたりはしたが、あいつはまだ生きているよ」

 

「なら……どうかお願いニャ」

 

リニアは頭を下げる。

 

「どうか、ヘルス様を……麒麟を、楽にしてやって欲しいニャ……」

 

リニアが言った、楽にする。

 

「それはつまり……ヘルスを殺せって事か?」

 

俺が問いかけても、リニアは動かない。

 

「……日に日に顔色が悪くなっていく麒麟の姿なんて、あちしはもう見たくないニャ。サテラだって、そんな事してほしくないって思ってる筈だニャ」

 

「………」

 

「でも、あの人は絶対に諦めないニャ。だったら、これ以上苦しんで、誰も幸せにならない様な事が起こる前に………」

 

「分かりました」

 

リニアが話し終える前に、アリエルが彼女の前に座り込んだ。

 

「あなたがヘルスをそれ程までに尊敬し、慕っているのは十分に伝わりました。しかし、私達はヘルスを殺すつもりはありません」

 

「……無理ニャ、あんな化け物じみた強さを持つ人を説得するニャんて、いくらあんたが強い奴らを引き連れてたとしても……」

 

「それでも、やり遂げなければなりません。私には彼が必要なのです。だからお願いします。ヘルスをこれ以上苦しませないために、私達の計画に協力してください」

 

リニアの震える両手を握り、アリエルは部屋の外にいる護衛に気づかれぬ様、静かな声で懇願した。

 

リニアはしばらくアリエルの顔を見つめ、大きく深呼吸をする。

 

「……分かったニャ、決めたニャ」

 

リニアは立ち上がり、俺達の方を見た。

 

 

 

「あちしはーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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