貴殿転生 元の知識で本気出す 作:肉と米と愛
〜〜〜アリエル視点〜〜〜
目が覚めると、そこは真っ白な空間でした。
地平線の彼方まで続く、それはもう果てしない無の世界。
私は下を向き、自分の体を確認してみます。
そこには、傷一つ付いていない自身の体がありました。
死んでしまったのでしょうか?
だとしたら、私はとんでもない恥知らずですね。
愛する人を傷つけ、王にもなれず、結局何も成すことができなかった。
みんなを巻き込んで、自分だけ楽になるなんて……
あまりのやるせなさに、私は思わず地面を叩いてしまいました。
感情的になったところで、事態は何も変わる事がないと、分かりきっているはずなのに。
『苦しい、誰か、助けてくれ……』
叩いた地面の下から、苦しそうな声で助けを求める声が、聞こえて来ました。
その時になって初めて、私は地面がガラスのように透明なものでできている事に気づきました。
地面の下では、見慣れない服装をした青年が、仰向けになりながら荒い息をしています。
「ヘルス……?」
周りが暗い為、顔はよく見えません。
しかし不思議と私には、その姿がヘルスと重なって見えました。
『はあ……はあッ……!』
青年の体は恐怖で震えており、目には涙を浮かべています。
あの子を……助けなくては……
謎の使命感に駆られた私の体は、考える前に行動していました。
硬い透明の地面を、何度も叩く。
何故でしょう?
死んでいるはずなのに、手から血が流れ始め、耐えがたい痛みが襲って来ました。
それでも、私は歯を食いしばりながら叩き続けます。
やがて地面にはヒビが入り始め、そのヒビは徐々に広がっていきました。
バリン……
地面が小さな音を立てて割れました。
私は迷わず、割れた小さな穴の中に、その手を入れます。
地面の下に手が入った瞬間、その手は雪のように白くなっていきました。
あと少し……です。
白くなった私の手が、青年の前に届く。
青年は迷わずにその手を取りました。
その瞬間、真っ暗だった青年の周りが、私のいる空間のように白くなりました。
光に照らされた青年の目が、私と合う。
その顔を見て、私は涙を浮かべながら微笑みました。
あぁ……やっぱり。
そこにいたんですね……
そして、鮮明に見えていた視界がぼやけ、徐々に意識が薄れていく。
……そうですね
これは夢です。
甘くて儚い、自分勝手な夢。
本当に助けるならば、現実で助けなければ。
例えその道が、険しく苦しい道だったとしても……
〜〜〜ルーデウス視点〜〜〜
「やっとお前に触れた」
『……ぐッ』
ピレモンがそう呟くと、ヘルスは顔をしかめる。
「ピレモン卿!!」
なんで、なんでピレモン卿がここに?
彼はサテラ達に連れられていたはず……
いや、そもそも彼が先程まで負っていた傷の程度を考えれば、一人でここに来る事など不可能だ。
しかし、ピレモンの他に人がいる気配はない。
本当に自力でここまで来たのだろう。
いや、今はどうやって来たかなんてどうでもいい、彼を助けなければ。
「はあッ……ヘルス」
ピレモンはヘルスの肩に血を垂れ流しながらも、話すのをやめない。
「お前はもう……自由だ」
『………』
「何にも縛られなくていい、誰かの下に仕えることもな。好きなように生きろ。だから…………」
最後まで言い終える前に、ピレモンはヘルスの肩から崩れ落ち、地面へ倒れた。
ピレモンの掠れた呼吸音が、段々と小さくなっていく。
『……くだらない』
倒れたピレモンを見下ろすヘルスは、小さな声でそう呟いた。
『あのまま逃げていれば、お前はまだ生きられたはずだった。何故それを……ああ、もういい』
次の瞬間、目にも追えない速さでヘルスが俺の前に現れ、腹を殴られた。
「ボォへッ!?」
俺は横に吹き飛び、近くにあったテーブルにぶつかる。
状況を飲み込めず戸惑う俺に構わず、ヘルスはゆっくりと俺に近づいていく。
『時間を稼いだところで、こいつが死ぬ運命は変わらない』
「はあッ……はあ……!」
呼吸が苦しい……
ダメだ……今度こそ死ぬ。
視界が段々と暗くなり、なんとか意識を保つのがやっとの状態だ。
でも、せめて死ぬ前に、何かやらなきゃな……
(必ずお前の助けになる)
頭の中に、ヘルスの声が響く。
あぁ、そういえばあれ……
俺は血に塗れたローブの中を探る。
あった。
ローブの中から、拳ほどの小さな箱を取り出した。
『動くなよ?苦しまずに死にたいならな』
うつ伏せの状態の俺を、ヘルスは片脚で踏みながらその刀を上げる。
箱には、まだ気づいていない。
俺は静かに箱の中から、固く結ばれた紐を取り出した。
「……これが、いざって時ですよね?ヘルス……」
ここで使わなかったら、いつ使うんだ。
「ゔぅぅぁ!!」
紐の先を口で挟み、まだ動ける右手で押さえながら、俺は思いっきり紐を引っ張った。
バリバリバリバリ
固く結ばれた紐が解けたその瞬間。
赤黒い稲妻が、会場全体に走った。
いや、会場だけではない。
稲妻はそのまま外へと飛び出し、王都全体を覆うように広がっていく。
『ぐッ!?まさかお前……それは……』
ヘルスの体に稲妻が貫通すると、そのまま後ろへと吹き飛び、苦しそうにもがき始めた。
『どこまで、どこまで俺の邪魔をするのだ……!?お前は!!』
バリバリバリバリ
『がぁぁぁ!!』
ドン!!
クソ。
俺も意識が……
頼む、もう後がないんだ。
ヘルスから溢れ出した煙に包まれ、俺の意識は完全に消えてしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……様!」
あぁ、誰の声だ?
甘く優しい、ずっと聞いていたくなるような美しい声がする。
「ルーデウス様!!」
「痛ッ!?」
頬が突然焼けるように熱くなり、跳ね起きた。
目の前には、黄金色に輝く美しい髪を持つ女性が
「ア、アリエル様?」
「ああ良かった……生きていたんですね」
アリエルだ。
それに煙が立ち込めている前に立っているのは……ルークか?
「アリエル様、なんでルーク先輩が?シルフィ達は?無事なんですか!?」
眠りから覚めた脳から、次々に疑問が浮かんでくる。
ヒトガミの使徒であるルーク先輩が何故ここに?
怪物退治をお願いしたエリスや父さん達は?
アリエル様を守っていたシルフィやサテラは?
「落ち着いてください。サテラ様は分かりませんが、シルフィやパウロ様方はまだ魔物討伐に、私とルークはそこから抜け出してヘルスに会いに来たのです」
「なおさら意味が分かりません……!なんでシルフィ達を置いて、危険かもしれないルーク先輩とここに……」
「……分かりません」
「……はあ?」
意味が分からない。
アリエルは自分の価値を理解しているはずだろ。
彼女が死ねば今までの全てが無意味になる。
それなのに、なんで自ら死にに行くような無茶を……
「でも、行かなきゃいけない気がしたんです。それはルークも同じでした。だから、私達はここへ来たんです」
「そんな意味の分からない事言って、もう少しちゃんとーーー」
「ルーデウス!アリエル様を後ろへ!」
その時、ルークが腰に携えていた剣を取り出し、立ち込める煙に向かい構えをとる。
「……嘘だろ?」
まさか、あれでも……
風に吹かれ消えていく煙の中から、一人の人影が出てきた。
あのシルエット、間違えるはずもない。
ヘルスだ……
煙が完全に消え、会場の真ん中に一人佇んでいたのは、右腕から右胸あたりにポッカリと穴が空いているヘルスだった。
しかし髪は白髪ではなく、茶髪になっている。
「ルーク、それに、ルーデウス?」
「………くッ!」
俺は右手で傲慢なる水竜王を持ち、アリエルの前に立つ。
「ルーデウス様、もういいんです。後は私が……」
「ダメです。貴女だけは死んではダメです。王になる。そう決めたんでしょう?」
「その声、もしかして、アリエルか……?」
ヘルスが俺とアリエルの方に向かい、一歩進む。
それと同時に、ルークがヘルスの前に立ち塞がる。
「それ以上近づかないでください!兄上!」
「ルーク先輩!」
ヘルスは前に立つルークを真顔で見つめる。
だがそれはやがて、その表情は柔らかな笑顔に変わった。
「ああ、そうだな」
「……何がです?」
ヘルスがルークに向かい両手を広げる。
「お前になら、頼めるよ」
彼は優しい笑顔を崩さない。
「ルーク。俺を、殺してくれ」
〜〜〜ヘルス視点〜〜〜
全く、いい人生だった。
後悔しかなかった前世を塗り替えるぐらいに楽しかった。
俺を何よりも大事に思ってくれた家族。
俺に大切な事を教えてくれた親友。
俺に守るべきものをくれた愛する妻。
前世で手に入らなかったものも、ここで手に入れることができた。
そうだな、全てが『奇跡』だった。
だけど今、その奇跡を自ら壊してしまおうとしている。
でも、自分でそんな事するくらいなら、俺はここで死んだ方がいいんだろう。
今、俺は自分の意思で体を動かす事ができている。
ルーデウスの近くに落ちている、あの紐。
そうか、今使ってくれたんだな。
つまり『もう一人の俺』は、俺が作った覇王色を結んだ紐で意識を失ったのか。
今俺が体を自由に動かせるのもそのせいならば納得がいく。
しかし、それは一時的なものに過ぎない。
あと少しすればあいつは意識を取り戻し、再び俺の体を支配するだろう。
残された時間は僅か、その前にやるべき事を成さなければ。
「殺す、どういう意味ですか……?」
目の前で戸惑う俺の弟、ルークに俺を殺させるんだ。
辛いとは思うが、この状況で動けるのはルークだけだしな。
「ルーク、いいか?今俺は一時的に意識が戻っているだけだ。あと数分もすれば俺はまた暴れ出し、今度こそお前らを殺してしまうかもしれない。だからその前に俺をーーー」
「ダメです!」
ずっと聞いていたくなるようなこの美しい声は、アリエルか。
はは、アリエルの奴、泣いてんじゃねぇか。
らしくないな。
「きっと他に方法があるはずです。探しましょう。あなたが死ぬ必要なんてありません」
「アリエル……」
泣き顔も、可愛いな。
一度でもそんな彼女嫌っていたなんて……
馬鹿だなぁ、俺。
まあ、散々彼女を苦しめておいて、今更遅いよな。
「ルーク」
「………」
「頼む」
「ヘルス、アリエル様の言う通りです……!」
アリエルの肩に担がれたルーデウスは苦しそうに咳き込みながらそう言ってくれた。
「まだ方法があるはずです。諦めちゃ、ダメなんです……」
「ありがとう、ルーデウス。でももういいんだ」
ああやばいな。
そろそろ、限界かもしれない。
「俺はこれ以上仲間を、傷つけたくない」
「でも……」
「アリエルの事、頼んだぞ」
そしてついに、ルークが俺に向かって剣を構える。
「ルーク!ダメです!」
「ルーク、アリエルの話は気にするな。今のお前の仕事は、俺を殺す事だ」
「兄上……くッ!」
いつの間にか、ルークの目には涙が浮かんでいた。
やめろよ、こっちまで悲しくなるじゃないか。
「恨みますよ……兄上!!」
ルークは剣を横にしながら俺に向かって走ってくる。
俺は大きく息を吸い、最後の空気の味を噛み締める。
「……ああ、俺もだ」
「お前らを、愛してる」
最後に、ルークに斬られたその瞬間。
入り口の方から、一人の女性が走ってきた。
彼女は何かを叫びながら、俺の方へと手を伸ばす。
「ああ……サテラ」
斬られた上半身が宙に舞う中で、彼女と目が合う。
………そうだなぁ
最後に別れの挨拶ぐらい、しときゃあ良かったな……
それが俺に残った、最後の後悔だ。
後悔を残して死ぬ事はできません