貴殿転生 元の知識で本気出す 作:肉と米と愛
〜〜〜アリエル視点〜〜〜
ヘルスが目覚めてから、数ヶ月が経ちました。
一通りの問題は終息を迎え、そろそろ大詰め、と言ったところでしょうか。
ここさえ乗り切ることができれば、私が王になるという目標を達成できます。
そうです。
ここさえ、ここさえ乗り切れれば……
「………はあ」
「……アリエル様、最近は随分とため息が多いですね」
「あ!いえ……すいません」
知り合いの貴族にそう言われて、私は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになりました。
王になろうと志す者が、人前で疲れている素振りを見せるなど、あってはなりません。
しかし、どれだけ休息を取り、美味しい食事をしても、そのため息は収まる事がありませんでした。
理由は分かっています。
このため息は、疲労によるものではないからなのでしょう。
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私はヘルスを愛していました。
いや、いました……ではないですね。
私は今もヘルスを愛しています。
ヘルスの容姿も、中身も、全てが大好きです。
でも、彼には愛する妻がいて、帰るべき家がある。
ダメだとは分かっています。
既婚男性に恋をする。
ましてや、その妻が私の知人であり、私が王になる手助けをしてくれていたあのサテラならば尚更です。
そしてあの戦いが終わった後、私はようやく気が付きました。
ヘルスを傷つけているのは、いつも私だと。
私の不注意のせいで、ヘルスは暗殺者に刺され。
私がロアの町へ行く事を許可したせいで、ヘルスは左腕を失い。
私の王になりたいという我儘で、ヘルスの心を深く傷つけた。
私がヘルスの側にいれば、彼をまた不幸にしてしまうかもしれない。
だから私は、彼から離れる事を選びました。
サテラには、もう一度話し合えと言われてしまいましたが………
(これで、よかったんです……)
心の中で、何度もそう呟きながら、私は収まる事のないため息を吐き続けました。
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きっかけは、ルーデウス様から届いた、一通の手紙でした。
ルーデウス様がシャリーアへご帰宅になる前日、私はルーデウス様に呼ばれました。
可能ならば一人で来て欲しいとの事だったので、要望通り、私は一人でルーデウス様のいる部屋へ向かいました。
部屋に向かう中で、私はルーデウス様に呼ばれる理由を考えていました。
一番可能性があるのは、やはり今回の任務達成の報酬が欲しい……といった所でしょうか?
もちろん、それは当然の要望であり、私も出来る限りの報酬は渡すつもりです。
体を差し出せ、と言われても、私はなんの抵抗もなくそれを受け入れるでしょう。
しかし、ルーデウス様から言われたのは、私が予想もしていなかった事でした。
「この手紙を、俺達がシャリーアに帰った後に読んでくれませんか?」
ルーデウス様はそう言って、小さな手紙を私に手渡しました。
手紙……?
「ええ……それは構いませんが、何故ルーデウス様が帰った後に?」
私が聞くと、ルーデウス様は苦笑いを浮かべながら頭をかき始めます。
「ああ……それは言えません。ですが、きっとアリエル様の為になる物ですので、読んでもらえると嬉しいです」
この手紙が、私の為になると?
ルーデウス様は私が王になる手伝いをしてくれた、いわば恩人です。
もちろん疑っている訳ではありませんが、こうやってはぐらかされてしまうと、少し疑念が湧いてしまいます。
何故今ではなく、ルーデウス様が帰った後なのか……
その理由は、手紙を見た後に気付く事になりました。
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ルーデウス様一行がシャリーアへ戻られました。
ヘルスとサテラは、もうしばらくの間は王都に滞在するとの事で、今は私の別宅に住んでもらっています。
ルーデウス様達の別れを終えた後、私は急いで自室に戻り、引き出しにしまっていた手紙を開きました。
差出人は、ヘルス………
恐る恐る、その手紙に書かれている内容を読んでみます。
手紙には簡潔に、そして小さくこう書かれていました。
話したい事があります。今夜、俺の部屋に来てくれませんか?
〜〜〜ヘルス視点〜〜〜
「………ふう」
長い深呼吸をする。
そうしなければならない程に、今の俺は、とてつもない不安に駆られているのだ。
手紙、無事読んでくれているといいんだが……
一国の王となる存在だからな。
直接会って話したいなんて言ったのが誰かにバレたら、アリエルに何かありもしない罪をふっかけられてしまいそうだ。
しかし、そんなリスキーな真似をしてでも、俺がアリエルと話したい理由、それは、サテラと決めた事にある。
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「アリエルさんと、結婚する気はない?」
サテラに突然そう言われ、俺は呆気に取られてしまう。
「は……はあ?」
俺が、アリエルと……結婚?
いやいや、ダメだろ。
「なんでいきなりそんな事……」
「………それはね」
サテラは俺の手を強く握ったまま、話を続ける。
「アリエルさんが、あなたから身を引こうとしてるからよ」
「身を引く?」
アリエルが俺から身を引く?
なんで?
「ヘルスを傷つけてるのは、いつも自分だって。だから、彼と関わるのはもうやめた方がいいって……」
「それは……!」
それは違う。
……とは言い切れなかった。
確かに俺は、アリエルの守護術師となってから、色々な問題に巻き込まれた。
身体的にも、精神的にも、キツくなった事もある。
だけどそれは、俺が望んで、選択して起きた結果だ。
アリエルが気に病む事ではない。
「別に、俺はアリエルのせいで傷ついた訳じゃない……」
サテラは俺の言葉に頷く。
「そう、私もそう思う。だから、それを否定する意味でも、私はヘルスとアリエルさんに結婚して欲しいって思うの」
「………」
アリエルと結婚……
アリエルは好きだ。
結婚しようと言われたら、俺は即座に了承するだろう。
だけど、俺はアリエルをずっと拒絶し続けていた。
一方的に嫌った後に、やっぱりよりを戻そうってのは、ちょっと違うんじゃないか?
輝かしいアリエルの未来を、俺が奪っても良いのか?
「………」
しばらくの間、部屋には静かな時間が流れる。
「ヘルス………」
そして、サテラが呟くような声で、俺に話しかけて来た。
「私はミリス教徒で、本当なら生涯一人であなたを支えていかないとダメなの」
「……じゃあ、アリエルと結婚するのは、本当は嫌なのか?」
俺の問いに、サテラは少し表情を明るくしながら、首を横に振る。
「違う。アリエルさんだから、私は結婚して欲しいの」
「アリエルだから……?」
「アリエルさんは、あなたの事を何年も思って、後悔して、苦しんだの。私だったら、そんなの耐えられない」
サテラに握られている手から、彼女の体が段々と熱くなっているのが分かる。
「私が言いたいのは、私の事なんか気にせず、あなたの本当の気持ちを、アリエルさんに伝えて欲しいって事……」
そう語るサテラの頬には、いつの間にか小さな雫が垂れていた。
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トントン……
皆が寝静まったであろう真夜中。
俺の部屋の外から、小さなノック音が聞こえてきた。
「どうぞ」
俺がそう言うと、ドアは音もなく開く。
「……失礼します」
ややかしこまりながら部屋に入って来たのは、アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラ。
「忙しいのに、よく来てくれたな」
「ええ、まあ一通り問題は片付きましたので……」
「そうか、まあとりあえず、座れよ」
用意された椅子にアリエルを促すと、彼女は少し戸惑いながらも、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
彼女が座るのを確認した後に、俺も彼女の対面に用意された椅子に座った。
「えっと、何か飲み物はいるか?」
「そうですね、では紅茶を一杯貰えますか?」
アリエルの言葉に、俺の口角が思わず上がってしまう。
「お前ならそう言うと思ったぜ。ほら」
アリエルの前に置かれたコップに、紅茶を注ぐ。
「まあ、随分と用意がいいのですね」
「当たり前だろ?昔はよく紅茶を楽しんだ仲じゃないか」
昔はよくアリエルの庭で、デリック達と紅茶を楽しんだ。
「そう……ですね」
アリエルもそれに気づいたように、ハッとした表情で紅茶を眺めている。
「なんで、なんで忘れていたのでしょうか……」
薄暗い部屋の中で、俺達はしばらくの間黙り込んでいた。
静寂に包まれた部屋の中で、時間だけが過ぎていく。
……懐かしい。
ベガリット大陸でサテラと話をした時も、こんな感じだった。
あの時は、サテラが先に話し始めてしまったが、今度は違う。
「ごめん、アリエル……」
俺が誠意を見せる番だ。
俺はテーブルの上に、額をつけた。
「お前の努力に気づけず、お前を一方的に傷つけた」
「………」
アリエルは何も言わない。
頭を下げたまま話をしているから、表情が分からないが、きっと軽蔑の目で俺を見ているんだろう。
だが、もうそれでいい。
「お前が一番辛かった時に、俺はそばにいてやれなか………」
「やめてください」
アリエルが俺の話を止めた。
俺が頭を上げてアリエルの顔を見ると、彼女は真顔で俺を見つめている。
「あなたが謝る必要はありません。その結果を招いてしまった原因は私にあるのですから」
「原因って、お前……」
「私は変わりました。王になる為ならば、平気で人を貶めますし、自分の身を守る為ならば、子供を人質にだってとります」
アリエルは表情を変えず、ただ淡々と話し続ける。
「分かりますか?あなたの知るアリエルは、もうここにはいません。今あなたの前にいるのは、自身の権力を守る為なら、どんな悪事にも手を染める卑しい女……愚女です」
「………」
アリエル……
「初めて会ったあの時から、私はあなたの横にいていいような存在ではなかったのです」
アリエルが席を立ち、まだ飲み終えていない紅茶を俺の前に寄せる。
「紅茶、美味しかったです。ですが、もう会うのはこれっきりにしましょう。お互いの未来の為に」
ダメだ。
何も解決しないまま、アリエルとの関係が終わってしまう。
引き止めようにも、なんて声を掛ければいいのか分からない……
本当にこのまま、終わってしまっていいのか……?
『勇気を出せ、ヘルス』
いないはずの父さんの声が、頭の中に響いてくる。
「ヘルス………?」
気づいた時には、俺はもうアリエルの腕を掴んでいた。
アリエルは俺がした突然の奇行に呆気に取られ、ポカンとした表情を浮かべている。
なんで……俺は今何を……
ええい、ままよ!
俺はそのままアリエルを引き寄せ、その小さな体を抱きしめた。
「ヘルス……何を……」
「好きだ!!」
俺は叫んだ。
俺のこの気持ちがアリエルに伝わるよう、この寂しい夜をかき消すように、思いっきり叫んだ。
「アリエル、好きだ!」
「ちょっと……!」
「愛してる。昔も今も、俺はアリエルが大好きだ。だからさよならなんて言わないで、ずっと側に居てくれ!」
「俺と結婚してくれ!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
喉が痛い……
病み上がりで馬鹿みたいに叫び過ぎた。
アリエルは抱きしめられたまま硬直し、俺の胸にくっついている。
言えた……!
俺は言えたぞ、父さん。
自分の思いを、しっかりと言えましたよ。
「………ですか」
「ん?」
沈黙を貫いていたアリエルが、何かを呟く。
「どうして、そんなことを言うんですか……」
俺は抱きしめていたアリエルを離し、顔が向き合うように体を支える。
気がつけば、アリエルの顔が歪んでいた。
「なんで、引き止めるんですか?ここで、もう悪縁は断ち切れたじゃないですか」
「それは、お前が好きだからだよ」
「意味が、分かりません……」
アリエルの目から、滝のように涙が溢れ出し始める。
「私は、あなたを不幸にしてしまうんですよ」
「ああ、そうだな」
「私は、もうあなたの知る私じゃないんですよ」
「ああ、知ってる」
「私は………」
「アリエル!」
背けようとするアリエルの顔を右手で掴み、目と目が合うように引き寄せる。
「全部分かってる。それでも、お前がいい」
「………」
「不幸になる?そんな不幸忘れるくらい幸せな事を沢山するよ」
愛するーーー
「俺の知るアリエルじゃない?いいや、お前はずっとアリエルのままだ」
そうだ。
愛するってのは、それを全部受け入れてこそだろ。
しばらくの間、アリエルと見つめ合う時間だけが過ぎていく。
「………いいのですか?」
アリエルが涙を拭いながら、ゆっくりと話す。
「何がだ?」
「こんな私で、本当にいいのですか?」
俺はその言葉に、最大限の笑みを浮かべた。
「いいや……」
「お前が、いいんだ」
そこから先の事は、よく覚えていない。