俺の周りが変な奴ばっかなんだけど? 作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍
アストが不意にこんなことを宣った。
「ゼンヅさんって、偶にロウさんの先生みたいになるね」
これは由々しき事態である。
⭐︎
騒がしくも暖かい朝食を終え、薪を割ったり畑仕事を手伝いつつ監視したりしたのち、家に引き篭もる。冬の野菜も収穫を終えたので、ここからしばらくは冬を耐え凌ぐ時間が続くことになる。
家にある中で一番大きな鍋で用意したポトフを、あっと言う間にゼンヅが食い尽くす。呆気に取られる俺を横目に、アストは自分の分を確保した上で腹を抱えて笑っていた。
「あはははは! ゼンヅさん食べるねぇ! 冬眠でもするの?」
「戯け、冬眠なぞしていられるか。仕方がないだろう、魔力が足りないのだから」
ゼンヅが吐き捨てるように言う。そういえば。
「なあ、
なんか魔術を使う時にどうのこうの、みたいな話は小耳に挟んだことがあるような気はするんだけど、俺自身が魔術を使えねーから、話半分だったんだよな。
アストもゼンヅも出会った当初から常に、身体の表面にうっすらと
「魔力とは、」
ポトフを最後の一滴まで飲み干して、ゼンヅが口を開いた。
「魔力とは、魔素が生物の内部で濾過された状態を指す」
「へ?」
まの抜けた声が、俺の口から漏れる。
魔素っていうのは生き物にとって毒……っていうのは、ゼンヅも前言ってなかったか? それを、濾過?
「濾過っていうと、アレだよな、不純物をこう……分離する……みたいな、」
「そうだ。そもそも、魔素というものは世界のあらゆるところに存在している。今、この空間にも」
ひら、とゼンヅが手を振る。つられて周りを見てしまう。
「でも魔素は毒だよな? 色んなところにあって、今ここにもあるなら、なんで俺たちは平気なんだよ」
毒だからこそ、それを克服したのが魔物である。と、そういう話だったはずだ……だよな?
俺が首を捻っていると、ゼンヅが短く息を吐いた。呆れているように見える。すみませんねえ!
「人だけでなく、全ての生き物には、魔素を濾過する器官が内部に存在する。摂取した魔素の量が濾過器官の許容量を超えてさえいなければ、魔素は毒にはならんのだ」
「あ、だから
俺の疑問に、ゼンヅが首を縦に振る。逆に言うとやっぱり食べ過ぎたらヤバいってことなんだよな、これ……。
「人間の中にも魔術を扱う者がいるだろう。あれは、杖という外付けの濾過装置を用いて、内部の許容範囲以上の魔素を濾過しているからこそ可能なことだ」
へ〜、じゃあアストが杖なしで魔術を使ってんのはなんなんだ? ふむふむと話を聞きつつ、頭の隅で考えてしまう。思わずじっとアストの方を見ると、視線に気づいたアストはポトフをのんびり食べつつこちらに向かってウインクをしてきた。
「アレは例外中の例外なので無視するように」
「お、おう……」
やっぱり
「魔物が魔素を克服しているという表現を過去に用いたが、アレは正確には、濾過器官が発達し魔力として扱うことができるようになった、ということだな」
「だから魔物って普通の生き物より強かったり偶に変な力使ってきたりすんのか」
「そうだ」とゼンヅが頷いて、俺に手を差し出した。……何?
「お代わり」
「お前鍋抱えて食ってただろ!! ねーよもう!」
しょうがないのでパンを切って出してやる。最近はこう、お代わりをねだられた時のために多めに準備しておくことが多い。まあそれがバレてんのか普通に食べ尽くされてんだけど……。始めから出しとけって目で見られている気もするが、なんか負けた気がするだろそれは。
「そして貴様が一番気になっているだろう、私の食事量と魔力の関係についてだな」
それはその通り。
だってゼンヅのやつ、本当に、本ッッッ当によく食うんだもん。よく食べると言えばアストもその傾向があるにはあるんだが、アイツは量にムラがあって、ゼンヅと同じくらい食べる時もあれば、俺が宥めすかしてもガンとして食べない時もある。その点ゼンヅはすごい。毎食村人三人分くらい食べるもん。絶対自分の体重より食ってると思う。
じとーっと眺める俺を気にした素振りもなく、ゼンヅは淡々と言葉を続ける。
「魔族というのは魔物が理性を獲得した存在だが、
むぐむぐとパンをちぎっては食べ、ちぎっては食べる合間に、ゼンヅが口を開く。相変わらず口の中は毎度空にしているようで、食べ方は上品で行儀もいい。食べる量がヤバいだけで。
食後に要求されるだろうお茶のために湯を沸かしながら、話に耳を傾ける。
「魔力で存在を補強しなくては、魔族は魔族たり得ず、せっかく得た人格を失いただの魔物に成り下がるだろうな」
思わず手に持った小鍋が揺れて、中の湯が少し手にかかる。「あち、」と口の中で漏らしながら布巾を濡らして手に当てた。
俺って今もしかして、なんかすごい話を聞いてるんじゃないか?
「魔力を得るには魔素を取り込むしかない。だが魔物といえど、魔族といえど、濾過器官には限界がある。それを底上げするのが──」
「底上げするのが?」
ごくり、息を呑む。
「健康な生活と大量の食事だ」
なんかすっごい身近な答えが返ってきちゃったな……。
でもそうか、ゼンヅがスゲー食べるのって、ちゃんと
ああでも、俺のこういう勘違いも、多分こいつらにはバレてるんだよなあ。
「でもゼンヅさん、明らかに必要量より多く食べてるよね?」
「ああ、出てくる物が素晴らしいからな」
頭を抱えて呻いている俺の後ろで、アストとゼンヅが何かこそこそ話している。よく聞こえないが、あんまり聞きたくもない。
「っていうか! 必要なものなら最初から言えよ!」
知ってたら別にもうちょい素直に量出したっての! 不安と羞恥を振り切るようにお茶をアストとゼンヅの前に置いてやると、四つの目玉が、やれやれと言いたげに俺を見た。
「ロウさんってホント……ふっし穴〜」
「オマケに耳まで悪いときた。救えんな」
なんだなんだ、悪口なら受けて立つぞコラ。
「悪口じゃないもーん。事実だもんっ」
べ、と軽く舌を出して、アストが席を立ち窓に寄る。……事実であることと悪口であることは両立するんじゃねーかな。
「ね、外……雪が降ってきたよ」
「今日は朝から湿度高かったもんね」とアストが笑う。言葉を受けて外を覗くと、確かにいつもの村の風景に白いものがチラついている。
「その、
雪は冬にしか降らないから、寒いこととは関係があるんだろーな、程度には思ってたけど。つーか
「湿度とは、空気中に含まれる水分量のことだ」
「あ、食料をダメにするアレか」
ああ、と思い至る。水っぽい空気のところに置いておくと、変色したり変な毛が生えたりして、食料が食べられる状態ではなくなることがある。つまりそれってこと?
「…………まぁ、そうといえばそうだな」
俺の淹れたお茶を飲みながら、ゼンヅが言葉を探すように一度口を閉じた。それが開く前に、アストが言い放った。
「ゼンヅさんって、偶にロウさんの先生みたいになるね」
「はあ?!?!」
声を上げたのは勿論俺だ。でもゼンヅも反論しておいた方が良くないか? めちゃくちゃ不名誉じゃね? 先生って。
「あれ、ちょっと不思議な反応」
「否定的だが、嫌がり方の方向が……ふむ、」
俺の思考を読むな。
でも、俺からしたらアストやゼンヅの反応の方が不思議だ。なんで平然とそんな単語を出すんだ。なんでゼンヅは怒らないんだ。先生って、だって先生だぞ?
「ロウさん、ロウさんの中の“先生”って、どんなイメージなの?」
アストが丸い目を真っ直ぐ俺に向ける。声変わり前の、まだ子供の声が紡ぐその言葉が居た堪れなくて、俺は肩をぎくりと揺らした。
「せ、先生は……ほら、あの、」
気分は罪を問い詰められる罪人だ。記憶の隅から蘇ってくるのは小さな子供の後ろ姿と、それから──。
「先生ってアレだろ、鞭持ってて子供をいじめる変態!」
ええいままよ。一思いに吐き出すように、少し声が大きくなってしまう。静かな室内ではやけに響いて、少し滑稽だと自分でも思った。
昔、とある貴族家で働いていた時に“先生”を名乗る男がやってきたことがある。そいつがそこの子供をピシリと鞭で打ったのだ。子供が打たれていたのに親の貴族は止めないし、先生はやはり子供が何かするとピシリと鞭を打つ。
俺にとっての恐ろしい記憶の一つを頭から追い払おうと苦心していると、アストが「そうきたかぁ」と呑気な声を出した。ゼンヅはゼンヅでなんだか困ったような顔で「先生とは、」と切り出した。
「……例えば二人の人間がいたとする。片方が特定の物事について詳しく、もう一人がそれについて知識の不足している状態の時、知識を分け与える側を“先生”と言い、知識を受け取る側を“生徒”、と言うんだ。大抵の場合は」
知識を分ける人が先生で、貰うやつが生徒。………………え、じゃああの鞭は……?
「教育の際に相手が話を聞く体勢を取らなかった場合、暴力を用いて無理やりそのような体勢を取らせることもある、らしいが…………その先生とやらが喜んで鞭を振るっていたのなら、それは単にそいつ個人が変態だった可能性があるな」
「先生自体が別に変態なわけでは……」
ないね、とアストが笑った。とりあえず、子供が口に出して問題のある言葉とかではなかったのは、多分よかった。俺の居た堪れなさも少しは浮かばれるだろう。
でもそれ以上に己の勘違いが恥ずかしい。今日は朝から防寒着のことで叱られたり、食事の件で思い上がってたり、なんというか、踏んだり蹴ったりな気分だ。失態続きな自分が恨めしく、誤魔化すように食器を回収して洗い始める。手を動かしていれば、いつか気も紛れるだろう。
「貴様の発想は勘違いだったわけだが、」
と、思っていたのだが、ゼンヅの発言が俺の逃避を許さない。悪かったな思い違いも甚しくて!
だが、続くゼンヅの声は思いの外柔らかく聞こえた気がした。
「貴様が私の名誉のために憤ったことは、私にもわかる」
手が濡れているのも忘れて、勢いよく背後のゼンヅを振り返った。普段無感動そうな赤い目はやや細められ、微笑んでいるような気さえする。
先生というのが何かを教えてくれる人だというのならば、きっとこいつは。
「……うん」
何に対してかはわからないけど、俺は頷いていた。何かを許されたような気がした。何を?
「あ!」
一瞬思考の波に飲まれかけた意識を呼び戻したのは、アストの嬉しそうに弾む声だった。
アストは窓の外を指差してにっこりと笑ってまた口を開いた。
「ねぇ雪! 積もってきたみたい!」
窓の外の雪は先ほどより勢いを増し、この調子なら明日の朝にはかなり積もるのではないだろうか。冬ってなんか、急に寒くなるよな。
「わぁい、お外出ちゃお」
アストが玄関の方へパタパタと駆けていく。少しして防寒具を身につけたアストが戻ってきて、俺たちに声をかけた。
「僕、外で雪だるま作ってくるね! 後で雪合戦やろ〜!」
言い切る前に姿が引っ込んで、玄関が閉まる音が聞こえた。どうやら本当に外に出たらしい。
雪合戦ねえ……。あんまりやったことねーんだよな、そんな年でもねーし。でも付き合ってやるのも悪くないだろう。せっかく今は、アストとゼンヅから貰ったマフラーとセーターがあるわけだし。
「雪合戦?」
洗い物を終わらせて手に残った水気を拭っていると、ポツンとゼンヅが呟いた。
「ゼンヅせんせーは雪合戦、知らねーんだ?」
腕を組み不可解そうな表情を浮かべるゼンヅの背中を軽く押して玄関に誘導しつつ、訊ねてみる。大体何聞いても答えが返ってくるイメージがあったから、ちょっと意外だ。
「私は全知全能ではない。私が知っているのは、私が知っていることだけだ。特に今までの冬は眠りについていたのだから知らないことがあっても当然──……待て、貴様今なんて、」
そっかあ、こいつもちゃんと、知らないことがあるんだ。そういや、生活能力もないもんな。案外知らねーことありそう。
自分の考えに、くく、と喉の奥で笑う。
「俺にもお前に教えてやれそーなことがあって良かったよ。ゼンヅせんせ」
まずは冬の過ごし方からだな!
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意味はなく、
価値もなく、
それでもただ隣にある温度を、
人は日常と呼ぶのだろう。