俺の周りが変な奴ばっかなんだけど?   作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍

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第十五話「カイン先輩の戦闘のすゝめ」

 

 

 澄み切った空みたいな色のスカーフが風に揺れたのを見たのは、ちょうど昼の食事を終えた頃のことだった。

 天気が良かったので朝の分の洗濯物を回収し、追加で洗った布団やシーツを外に干していた時だ。俺の住んでいる家は村の連中の家よりやや高く、離れた位置にあるのだが、真っ直ぐに視線の先、ナンセルの住む管理人の屋敷の一室の窓から、ひらりと布が飛び出ていた。美しい青い布地に金糸によって繊細な模様が描かれたそれを、俺はよく知っている。

 

 ああ、ナンセルからなんか緊急連絡があるんだな。そう思って洗濯物を干す手を急がせると、後ろからひょっこりとカインが顔を出した。

 

「ロウくん、何見てるんだ?」

 

 うわ出た、とは流石にもう言わないが、なんでアストもゼンヅもカインも、揃いも揃って急に後ろから出てくるんだ?

 

「あー、アレ。向こうの屋敷の窓から出てる布」

「どれだよ」

 

 屋敷の方を指差す俺に「見えねー!」とカインが笑う。まあ予め場所が分かってなきゃ見つけにくいかもな。

 

「ロウくんって結構目が良いよな」

 

 にこにこと笑いながらカインはそう言うが、目の奥があんまり笑ってないのも見えてるんですけど……。

 じんわりとかいた汗を気取られないように、「そーでもねーけど」なんて、口先でテキトーなことを言いながら、さりげなく洗濯物から手を離してズボンの腰あたりで拭った。手汗でせっかくの洗い立てが汚れてはいけない。

 

「そんなことあるぞ。だってロウくん──、見えてるだろ? アストくんやゼンヅくんの周りに魔力壁が張ってあるの」

 

 ぎらり、と土色の瞳が怪しく光って俺を捉えた。昼間からなんでこんなに物騒な感じなんだろうこいつ。

 

「まあ、うん。それは見えてるぜ。()()()なんて名前は知らなかったけどな」

 

 アストやゼンヅの身体の表面を覆うように纏われた魔力の膜、それについた名前が“魔力壁”だというのならば、確かに出会った当初から見えている。それはひょろりとした子供のようなアストや、成人男性にしては頼りなさ過ぎる細さのゼンヅが、それなのに圧倒的な強者として存在している理由でもあるだろう。……まあアストは年齢的に大人だったし、ゼンヅはそもそも人間ではないのだが、それはともかく。

 

「だよな?! 普通見えないぜ〜そんなの。だってロウくん魔術使えないじゃん」

「でもお前は見えてるんだろ」

「それはそう」

 

 じゃあ俺が見えててもよくねーか。

 軽やかな返答に緊張感が霧散する。そもそもなんで俺は家の軒先で謎に緊張させられてたんだよふざけんな。

 

「だって俺は魔術使えるもん」

 

 ほら、とカインが俺の方に手を差し出す。伸ばされた右腕には極めて薄く膜が張られており、掌に向かうにつれだんだんとその厚みを増しているように見えた。

 見た感じ総量はそこまで多くない、と思う。わからん。比較対象が規格外(アストとゼンヅ)だからなあ。ちなみに纏う魔力の量がバカデカいのがアストで、覆う魔力の厚みが常に一定なのがゼンヅである。

 

「……カインは、あー……、魔力の操作が上手い?」

「偉いぞ! やっぱり厚みの違いまで()()()()()()()()んだな!」

 

 少し言葉に悩んでそう返すと、そのままの手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。

 妙な感覚だ。カインが今力を込めれば容易く俺の頭は首から取れるだろうに、何故か俺は今そう悪くない気分で……あと単純に頭が揺れて気持ち悪くなってきた。離して欲しい。

 

「おっと、吐くなら俺の見えないところでやってくれ」

「サイテー」

 

 あははと笑うカインに見送られて、俺はナンセルからの要件を聞くべく管理人の屋敷へ向かった。

 

⭐︎

 

「簡潔に言うと、近くの街と開拓村(ここ)を繋ぐ街道で魔物の存在が感知されたようです」

「魔物の感知?」

 

 ナンセルの発言に思わず首を捻る。あまり聞かない概念だ。だが確かに強い魔物であればそれなり存在感や圧迫感があるため、明確に遭遇する前に気がつくことはある。そういうことを言っているのだろうか。

 

「なんでも冬眠明けの復讐王(カウンタードラゴン)だそうで」

「げ、竜種かよ」

 

 魔物は強い。戦闘訓練を受けていない一般人に倒せるものでは到底なく、訓練を受けたとしてもそれは一対多を想定していることがほとんどであり、魔物とは基本高々人間が一人で倒せるものではない。

 まあ罠にかけるとか不意をつくとか、いくらかやりようはあって、だからこそ俺でも突撃猪(グレートボア)を狩ったり出来ているわけだが……アストやゼンヅのように単独でぽんぽん倒せる相手ではないのは確かだ。魔物が冬眠に着く前の最後の追い込みのように突撃猪(ベーコンの材料)を狩っていく二人の後ろ姿を思い出して、軽く首を振った。

 ともかく竜種である。魔物の中でも竜種は別格だ。そもそも竜なんて生き物はいない。いないが、太古よりとにかく強くて恐ろしくて人を殺す生き物を(ドラゴン)と名付けることになったのだという。つまり竜種は別格ってより、別格の存在に竜種という呼び名を与えた、が正しいのかも。復讐王(カウンタードラゴン)は蜥蜴のような見た目に蛇の執念を持つという。自分を一度でも攻撃した相手を決して忘れず、息の根を止めるまで止まらない恐ろしい竜種だ。

 

「あのよ、ナンセル。街道に出るかもし()れない竜種のこと()って開拓村の用心棒()に関係あるか?」

 

 別に村に出たってなら話は別だけど、街道は管轄外じゃねーの? というか竜種など国を上げて討伐すべき怪物なのであって、俺に言われても……いやまあ情報共有という意味では関係あるか。でも竜種、竜種なあ。

 

「つーか復讐王(カウンタードラゴン)って魔の森(うち)の深層あたりが縄張りじゃなかったか? 冬眠明けで早々街道行かねーだろあいつの主な餌は憤怒熊(ラースベア)なんだから」

 

 強過ぎる魔物にとって人間などおやつでしかない。それも小腹が空いた時に摘み食いする程度の。なので冬眠明けとかいうめちゃくちゃ腹が減っているであろう時期には、よっぽどのことがない限り表には出てこないはずなのだが。

 

「ええ、そのはずなんですが」

 

 じろ、とナンセルの冷たい視線が俺に刺さる。なんだ? 俺が何をしたって言うんだ。

 

「その餌となる憤怒熊(ラースベア)突撃猪(グレートボア)の個体数がどうも減っているようで、その結果森の奥から出てきてしまったみたいなんです。……ところでロウさん、冬間際にとても美味しい……そう、ベーコンとかいう名前の燻製肉を差し入れてくださいましたよね」

 

 ハイ、俺が悪いです。

 つまり俺は竜種に対して「お前の飯、俺ん家でベーコンになってるから〜!」的なことをやってしまったらしい。じゃあ俺が悪いしめちゃくちゃ俺に関係あるね……。

 ナンセルが俺の肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

「大丈夫ですよ、ロウさん。探られて痛くない腹でも探られれば不快ですが、それを防ぐ方法はあります」

 

 ここから竜種を街道付近に解き放ってしまった罪を流せる方法があるのか……?!

 

「探られる前に無かったことにしましょう。そして少数の目撃者には口をつぐんでもらいましょう」

 

 それって俺に竜種を倒せってこと?!

 無茶言うな、と目の前の男を見ると、俺から少し離れたナンセルは癖のある黒髪を耳にかけてにこりと微笑んだ。

 

「ロウさん、()()のことは国の穏健派中枢で話が止まっていますが、これは我々が面倒ごとに巻き込まれたくないからです。そして最近また同居人が増えましたね? その人が何をしてきたのかは寡聞にして存じ上げませんが、()()()()()()()ですよね?」

「っス……」

 

 いいからつべこべ言わずに使えるものは全部使え。そういう意図が言外に読み取れる。

 所詮俺は雇われの身である。雇い主の要請は最終的には断れない。やるしかないことはやるしかないのである。

 

⭐︎

 

 頭を抱えながら帰宅すると、カインが出迎えてくれた。長い足を持て余して、ぎこぎこと椅子を揺らしている。アストとゼンヅはそれぞれ自室にいるようだ。

 

「おかえり、ロウくん。まるで(ドラゴン)でも倒してこいって言われたみたいな顔してるな!」

「こわ、」

 

 ただいま、も何も言う前に全部バレてんのって何なんだろう。俺ってもしかして本当にわかりやすいのか? 顔に全部書いてある? 確認したくても家に鏡なんて置いてないから確認しようもない。

 

「違うぞ。ただ俺は外を歩いてこの村に来てるから街道が森と近い部分があるのを知ってて、その上ここらの竜種が餌として憤怒熊(ラースベア)突撃猪(グレートボア)を食べることを知ってて、アストくんたちから冬眠前の魔物をかなり狩ったことを聞いてて、雪解け以降まだ魔物が出てないことを知ってて、それでロウくんが今日急に管理人の男から呼び出しをくらったことを知った。これはそこから推測される答えの一つだよ、ロウくん」

「こわ……」

 

 怖いと言うより気持ちが悪い。アストはじめゼンヅもカインも、突飛な発言の理由……というか思考の流れを話すのを面倒くさがることが多い。だから俺はあいつらが何考えてんのかわかんねーんだけど、こうやって理由をずらっと並べ立てられると、それはそれでちょっと引く……。

 

「酷いぞロウくん! そんなんじゃ(ドラゴン)討伐手伝ってやんないからな」

「あー……、手伝ってくれんの?」

 

 カインが憤慨したようにわざとらしく頬を膨らませて見せたので、頬を突きつつ訊ねた。ぷ、と息を吹き出してカインがニッコリと笑みを浮かべる。大きな口から鋭い牙のような歯が覗いて、バケモノのようだと、何となく思った。

 

「いいぞ、手伝っちゃう。アストくんやゼンヅくんはロウくんと冬を越したし、なんか色々楽しいことしてんだろ? 俺だけやってないから、今日は俺だけ手伝ったげる」

 

 まあ助かるけど、含みのある言い方である。助かるからいいけど。

 

「どうやって倒すか、だよな。街道のどこら辺にいるんだ? 大きさは? 見つけるのが大変だと面倒だよな」

 

 何故か前のめりなカインだが、対象の位置情報というのが、討伐において重要なのはその通りである。

 カインの正面の椅子に腰掛け、()()()()()()()()()をカインに伝えることにした。

 

「今は街道より森の方に戻ってきてるみたいだ。ほら、森の……入って二十分位いったところに大きな木があるだろ? 鱗が光っててさ、アレにちょうどもたれかかる感じで伏せてるみたいだった。大きさは……うーん、まあ大人の憤怒熊(ラースベア)と同じか、ちょっとデカいくらいの、若い個体……かな?」

 

 思い出し思い出し口にしていると、カインが口を開いた。

 

「それ、()()()()()の? それとも管理人に教えてもらった?」

「え、見てきた……けど」

 

 カインの眉間にやや皺がよる。

 

「どこら辺から?」

「ナンセルのとこの屋敷の屋根から……」

 

 とうとうカインが伏せてしまった。両手を顔に当て、肩が揺れている。

 

「お、おい」

「あっはっはっはっは!! うっそでしょロウくん! 森の大きな木ってアレだろ? 浅瀬から深層手前の境の木。あんなん見えねーよ目がいいにも程があるだろ!」

 

 め、めちゃくちゃ笑われている……!

 確かに、目は良い方だ。それに管理人の屋敷は村の中でもやや高い位置にあり、視界を遮る物がない。だから遠くのものもよく見えるし、近くのものも問題なく見える。特に魔物なんて目立つ者なら尚更。でも、だからなんだよ? 腹抱えて笑わなくたっていいだろ。

 

「よしよし、ちゃんと見えてるロウくんに、お兄さんが()()()()()()()()()ね」

 

 だらけた体勢からカインが体を起こし、ぐんと伸びをした。こうして普段少し曲がっている背中が伸びると、カインの大きさを改めて実感する。素直にデカい。

 

「お前さあ、いつもそうしてりゃ良いのに」

「何? 背筋伸ばしてろってことか? でもロウくん、俺みたいにデカいやつって俺以外にそんないないから、誰かに俺が()()()()バレちゃうかもだぜ」

「じゃあ一生背筋曲げとけ」

 

 それはそうかも、と思いながら身支度を整えた。外から帰ってきたばかりなので服は外套(コート)を羽織るくらいでいいし、壁に掛けておいた剣を腰のベルトに通せばすぐにだってまた外に出ることができる。手短に装備を整える俺とは対照的に、カインは身着のままするりと外に出ようとしていたので、とりあえず外套(コート)だけひっかぶせて後に続いた。

 

「おい、カイン! なんか急いでねーか?」

 

 話を聞いている時はだらけた態度をとっていたくせに、いざ行くとなったら足が早い。いやこれは単に、歩幅の違いかもしれないが。

 森へ入るべく近くの防衛柵へと向かいながら先行くカインに後ろから声をかけると、ぐるんと首が回って俺を振り返る。

 

「急ぎたくもなるよロウくん。あの二人の気が変わる前に俺たちで討伐しないといけないんだから」

「あの二人?」

 

 多分アストとゼンヅのこと、だよな?

 

「そう! なんか都合良く空気読んでくれてるうちに倒しちゃおうぜ」

 

 足取りは淀みなく、軽やかで、身軽な装いに穏やかな笑み。これから竜種を討伐しに行くとは到底思えない気軽さである。本来なら、場合によっては国をあげて討伐するような大敵なんだが……。

 カインがやや斜め後ろを歩いていた俺の手首を掴み、引き寄せたいのかぐいぐいと引っ張られる。その程度で体勢が崩れるほどやわではないが、引かれるままに隣に並んだ。

 

「ロウくん、お兄さんがお前に、竜種だって()()()()()()だってこと教えてあげるな」

「さっきから、教えるだの見せてあげるだの、どの立場で言ってんだお前は」

 

 俺を見るカインの目は年少者を見る大人の穏やかさであり、かつ獲物をいたぶるように時折ぎらつき、しかし親愛をのせるように柔らかい。

 カインが俺に対して()()である理由は何があるだろう。俺に何を教えて、どうしたいのだろう。

 

「ええ〜? 先生……だとゼンヅくんと被るよな、うーん」

 

 問われたこと自体が意外だったのか、それとも内容か、カインはわかりやすく目を瞬かせて、それからニンマリと笑った。歪んだ三日月が俺を見る。

 

「人生の先輩、かな?」

 

 物騒な先輩だなあ。






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