俺の周りが変な奴ばっかなんだけど? 作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍
「貴様、熱があるな?」
「は?」
朝二階から降りてきてゼンヅが最初に口にした言葉がこれだ。朝食を机に並べていた俺は聞こえてきた思わぬ発言に目を丸くしてしまう。検分するような鋭い視線は真っ直ぐに俺を見ていた。
え、熱? 俺が? 朝起きた時いつもはない節の痛みがあったような気はするが、熱?
「ロウさんは熱があってもご飯美味しく作れるんだねぇ」
「星の子は己を律する心が強いな」
「貴様らも気がついていたのだろうに、何故言わなかった?」
朝食を食べながら口々に話しだすアストとフィフィーリオをゼンヅが睨む。氷のような視線を浴びた二人は飄々としていて、顔を見合わせて肩をすくめた。
「ゼンヅさんは冬に一度風邪にかかってるもんね。だから余計に気にかかるんだね」
「流行病の季節でなし、ただの疲労が原因であろう。なれば自然に任せるのもまた一興」
えっ、これ二人とも俺が熱を出してること自体は否定してなくないか? 俺本当に熱出てんの?
ゼンヅが俺の腕を強く引いて椅子に座らせる。座った時の振動がやや頭に響いた気がしたが、それが気のせいか判断する前に、カインがひょっこりと顔を出した。
「おはよ〜……えっ、ロウくん熱あんじゃん!」
熱あるのか〜。
⭐︎
有無をいわせず自室のベッドに寝かせられる。いつになく厚みがあってふわふわしている敷布団と、どっさりと掛けられた毛布がやや暑苦しく、しかしその重みと熱が眠気を誘う。
なお俺のいつものベッドの様子を見た各人の反応は散々なもので、
「ロウくん、ないってわかってるけど一応聞くね。被虐趣味とかある?」
「獣だとてもう少しまともな寝床を用意するものだ」
「もしやとは思っておったが、まさか其方年中これか?」
「やっぱり冬に毛布も買っておけば良かったね」
うるせーなもう。
別に今まで困ってなかったんだから良いだろ。あと被虐趣味はないです。
そんなわけで俺のベッドにはやつらが家の中から引っ張り出してきた毛布たちが敷き詰められることになったのである。
「ロウくん朝食は食べた?」
カインの問いに頷いて答える。軽く首を振っただけなのに、視界がぐわんと揺れて、少し目が回った。熱がある、と言われてから、なんだかどんどんと体調がおかしくなっていっている気がする。頭もすこし、ぼーっとしてきたし。
「じゃあ昼は俺らで用意するから、ロウくんはそれまで寝てな? あと濡らした布額に乗っけて、水とかちゃんと飲ませた方がいいよな」
そう言って、カインの大きな手が寝かせられている俺の肩あたりをぽんと叩く。濡らした布を持ってきたフィフィーリオと、マグに水を入れて持ってきたアストがそれぞれ口を開く。
「カイン、何故其方が仕切りを?」
「カインさんも熱出したことあるの?」
「いや、それはないけど。でも妹が熱出した時のかーちゃんの看病見てたもん」
カイン、妹いるんだ。
「へぇ〜、カインさんお兄ちゃんだったんだね」
「そうなんだよね〜」
「そんなことはどうでも良い。病人のいる部屋で騒ぐな。貴様らにはロウを寝かせる気があるのか?」
ゼンヅ、俺はあんまりどうでもよくないかも。ちょっと聞きたかったよカインの話。
でもゼンヅの言葉を聞いた三人は思うところがあったのか、「ありますけど〜?」「言われるまでもなし」「あるもん」などと言いながら俺の部屋を後にした。
一人きりの空間は、いつも通りなのに嫌に静けさが耳に刺さった。知らず荒くなる自分の呼吸の音だけがやけに響いて聞こえる。
重たい頭を誤魔化すように目を瞑って、睡魔に身を委ねたいと心から思う。俺が余計なことを考える前に。
意識が浮上したのは、自分の腹から音が鳴ったのを聞いたからだ。ぐーぐーとマヌケな音が聞こえる。
額の布は既に温く、心なしか吐く息も熱い。一度寝たことにより体調不良を身体が認識してしまったのか、今となってははっきりと熱があることが自分でも理解できる。
こんな状態でも腹は減るのだから笑ってしまう。俺ってほんと、しょうもないな。
そうして笑っていると、トントンと扉を軽く叩く音が聞こえて、それから扉が開いた。
「やっほーロウくん。お昼持ってきたぞ」
部屋に入ってきたのはカインだった。片手にお盆を持っており、上に何やら湯気の立つものを乗せている。
「およ? どうしたんだロウくん。変な顔して……」
カインが俺の顔を覗き込む。変な顔で悪かったな、とそう声に出す気力はまだなかったので、ふい、と顔を背けた。
「ま、いいよ。熱は下がって……なさそうだな。お昼は食べられそうか?」
背けたままの顔を縦に動かす。
「食べれそうって? よしよし良かった。じゃあちょっと身体起こして、ゆっくり食べな」
カインに補助されて、ベッドの上に腰掛ける。渡されたのはお盆に乗せられていた深皿で、中にはニオニンのスープと、ひたひたになったパンが入っていた。湯気が出ているし、持った皿は熱いくらい。きっといい匂いがするのだろうに、鼻が詰まっているのか匂いはわからない。
「聞いてよロウくん。ゼンヅくんてば自分の時は肉が出てきた〜って譲らないし、アストくんは謎のポトフ推し。結局俺とフィフィで決めちった」
ちまちまと食べ進める俺の隣でカインはペラペラと話続けている。
「実はさ〜これ作るのに何度か失敗してて、一番良くできたやつを持ってきたんだけどどう? 変な味しないか? したら食べずに吐き出すんだぞ」
におい、わかんなくて、味もあまりよくわからない。鼻が効かないだけでこんなにわからなくなるってこと、知らなかったな。
「……ふ、うんうん。おいしいね、ロウくん」
だから味、わかんねーって、
「よおっし! ロウくん完食おめ! というわけで俺はこれから無数の失敗作……という名の残飯との戦いに赴かなきゃだから、もう行くな?」
俺の手から空になった皿を取り上げて、カインがにっこりと笑う。それから「んじゃ、フィフィと交代するな〜」と手を振ってカインは扉の向こうに消えていった。
俺が一呼吸置く前に、灰銀の頭が顔を出した。フィフィーリオだ。手には桶と布を持っている。
「星の子よ、気分はどうだ? ……ふふ、とりあえず腹は膨れたようだな」
俺に声をかけながら、フィフィーリオは何かの準備を進めている。俺の箪笥から寝間着を出すとベッドの端において、持って来ていた布を桶に浸して絞った。
「あまり体を起こしているのも辛かろう。だが再び眠りにつく前に汗を拭わねば」
ああ、汗を拭くのか。汗をそのままにしておくと、身体まで冷えてきちゃうから。
納得して、俺もシャツを脱ぐ。汗を拭いた後に寝間着な着替えろ、ということのはずだから。
フィフィーリオの存外逞しい腕に支えられながら、顔や手足の汗を拭っていく。俺の動きは緩慢で、辿々しいくらいなのに、フィフィーリオは辛抱強く待ってくれている。……慣れてるのかな、こういうの。
「ふふ、その通りである。三つほど前の此方は……僕、黒石病の村に行って皆さんを看取ったこともあるんですよ」
? なんか今、フィフィーリオじゃない人みたいな、話し方。それに、黒石病、って……。
「いや、今ではないか。良い良い、星の子よ、戯言などに耳は傾けず、己の身のみ案じているが良い」
あれ、やっぱりフィフィーリオだ。とにかくまず元気になること、それだけ考えろというのは実際最もな助言だ。今の俺に他のことができるわけでもないし。
「それでは、ゆっくりと身体を休めると良い。何かあれば声をかけよ、此方らはすぐに気がつくゆえな」
新しく寝間着に着替え直した俺を見届けると、フィフィーリオは俺の額にまた濡らした布を乗せて部屋を出ていった。
パタンと扉の閉まる音がして、部屋はまた静かになる。汗を一通り拭ったからか、額が冷たいからか、先ほどとは違って心地よい眠りの波に襲われた。そのまま目を閉じると、今度こそ穏やかに眠りにつける気がした。
⭐︎
不意に、誰かの気配を感じて目を開けた。視界に映るのは部屋の天井ばかりで、重たい頭を動かさねば、いるのかもしれない侵入者のことは視認できそうにない。
むずかるように少し唸ってから勢いに任せて起こそうとした身体を、どこからか伸びてきた細い腕が止める。枕に落ちた頭の揺れに眉を顰めていると、ひんやりした何かで目元を覆われた。
ああ、ゼンヅの手だな、と何故かそう思って、その考えを肯定するようにゼンヅの声が聞こえた。
「寝ていろ」
硬くて冷たくて、平坦ないつもの声だ。
そういえばゼンヅは、ごはん大丈夫だったのかな。たくさん食べないといけないって、いつか言っていたから、それが少し気になる。
「問題ない。成人済みの男が無駄に集まっているんだ、いざとなればどうとでもする」
声に出して問う前に、ゼンヅから答えが返ってくる。なんでだろ?
ああでも、悪いことしたよな。面倒をかけているな。
「この事を
なんで世界?
世界、いらないなあ。
「そうだろうな、貴様はそういう人間だ」
なんだかいつもより、ゼンヅの声が柔らかい気がする。こんな時こそ顔を見て話がしたいのに、ひんやりと冷たい手を払いのける勇気がない。頭上でクスリと一つ笑う声が聞こえた。
「これは夢だ。だからもう寝ろ……おやすみ」
夢なの? 夢なのにまた寝るんだ。でも、夢だからゼンヅがなんか優しかったのかな?
ひんやりした手が俺の目元から離れていく。それでも目を開いてみる気にはならなくて、俺の意識はまた眠りの波に飲まれていった。
⭐︎
なんだか腹のあたりが重たい気がする。息苦しさに目が覚めた。
外は既に日が落ちかけていて、随分と眠っていたことがわかる。お陰で昼
寝た状態のまま目だけを動かして、重さの原因を探った。どうやら腹のあたりに白い物体が乗っかっている。足の方に顔が向いているのか表情は窺えないが、アストだ。
アストは頭だけを俺の腹部に預けたまま、ぽつりぽつりと何かを呟いているようだった。
「ねぇポトフ作って、作ってよ。ハンバーグでもいいよ」
ポトフにハンバーグ。アストが喜ぶ食べ物の名前だ。どれも俺が聞いたことのない、不思議な名前。
「白いご飯が食べたいな、お味噌汁が飲みたいな、納豆ねーばねば、カレーライスにオムライス……」
白いご飯ってなんだろう、乳製品で作った
俺が頭を悩ませていることなんて知らないアストの声は常になく平坦で、どうでも良さげで、投げやりで、関心が薄そうで、冷淡で、それで。
「つまんないな」
聞いたことがないほど色のない声に思わず息を呑んだ。肩が揺れて、振動でアストの頭も揺れる。
アストは俺の腹部に頭を乗せたまま、くるりと首を捻って俺の方を見た。その顔にはパァッと嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「あ、ロウさん! も〜寝過ぎだよそろそろ元気になった?」
いつものアストだ。もしかしたらさっきのは聞き間違いだったのかもしれない。そう思うのが、良いように思う。例え耳の奥にまだ冷たい声が反響していても。だって目の前にいるアストはいつも通りに微笑んでいるのだから。
「あ……ッゴホ、」
もう大丈夫だ、と答えようとして口から出てきたのは乾いた咳だった。考えてみれば昼に食事をとった時以外水分を口にしていないのだし、喉が乾燥して仕方がないのは当然だ。
「あは、喉乾いたよね。僕お水汲んできたげる〜!」
ガバッと立ち上がったアストは俺を置いてパタパタと軽やかで賑やかな足取りで扉の方へ向かう。
「ねぇねぇ! ロウさん元気になったって〜!」
「本調子ではないだろうからあまり騒ぐな」
「え、本当か? ロウくん頑丈だなぁ」
「健康なのは誠良きことよな」
開け放たれた扉の向こうから、賑やかな声が近づいてくる。「あ、お水持ってきて」と後出ししたアストに「先に言え」「早く言ってそれ」「愚か」とツッコミが刺さり、アストは俺にだけわかるようにぺろっと舌を出した。お前が持ってきてくれるんじゃないんかい。別にいいけど。
頬が緩んでいるのが、自分でもわかる。体調が回復したからではない心地よさが俺をそうさせていると、自覚せざるを得ない。
三人が部屋に来る前に、この顔をいつも通りにしなくては。ぐにぐにと頬をつねる俺を見て困ったような顔で、それでも楽しそうにアストが笑った。