俺の周りが変な奴ばっかなんだけど? 作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍
七日に一度のナンセルへの報告を終えて、夜道を行く。管理人の屋敷と今俺が住んでいる家は村を挟んで反対側にあるので、ついでに半周骨柵の様子を確認しながら歩くことにした。
赤と青の月が道を照らしている。いつもの夜だ。
……なのに何故か、どこかから見られているような気がして薄寒い。病み上がりだから念の為に、と羽織っていた紅い
「二つの月は
「うわ」
突然聞こえた言葉に思わず声が漏れる。音の方を見ると、骨柵とは反対側に灰銀の男が静かに佇んでいる。
「フィフィーリオ?」
「うむ。星の子よ、其方灯は持たなんだか?」
村人の家がある方から声をかけてきたフィフィーリオ自身は、その手に
「まあ、うん。月明かりで充分見えるから」
「そうか、其方が言うのであれば、そうなのであろうな」
なんとなく二人並んで歩き出す。
「あのさあ、」
明日の朝食やおやつ、村人たちのこと、魔の森やうちの厄介どもについて、そんな他愛のない話をする道すがら、不意に思い立って俺は新たな話題について切り出した。
「フィフィーリオって、本当にカトラ教徒なんだよな?」
ずっと気になっていたことの一つ。
カトラ教はディーン王国やグラム王国、他の国々においても最も大きな勢力を誇る宗教である……らしい。あいにくと俺は生まれてこの方カトラ教に関わる機会がそう多かったわけではないので実感としては曖昧だが、大きな街には必ず教会があり、貴族や王族は洗礼を受けて権威に箔をつけたりなんだりするのだという。
「ふむ?」
「この前……ナンセルから、
司祭とはカトラ教内の神官の職位の一つだ。各街の教会で人々に教えを説いたり、種子祭りの
「……アストといざこざがあったのって二年前くらいって言ってたから、カトラってそんな歴が浅くても司祭になれんのかなって」
変な儀式の村で謎の邪教徒をやっていたのが約二年前なら、その時はカトラ教徒ではなかったのだと思っていたのだけれど、でもそうすると今度は今の職位と合わない。
俺の人生はカトラ教との関わりが薄いのでこれは完全な思い込みだが、司祭はそう下の職位ではないだろうし、歴史の長い組織で職位を上げるのはそう容易いことではないだろう。
俺の問いを、フィフィーリオは黙って聞いていて、ふと気がつくと隣を歩いていたはずのフィフィーリオがいなくなっている。パッと来た道を振り返ると、俺から五歩ほど離れた位置でフィフィーリオ立ち止まって俺を見ていた。
「フィフィーリオ?」
月の明るいいつもの夜だ。普段なら草木の揺れひとつ、足元の石ころだってよく見える、そんな明るさで……それなのに、黙って立ち止まるフィフィーリオの表情が見えなかった。
携えた
「……良い着眼点であるな。だが、ロウ……星の子よ、問いをぶつける相手と場所は慎重に選択すべきだとは思わなんだか?」
短くもない沈黙から抜け出したフィフィーリオは、やや色のない、硬い声を出した。
相手と場所は選ぶべき…………ね、
「選んでるつもりだけど……?」
「んふ、」
一応一回考えてみたが、どう考えても選んでいる。相手も場所も。
だってフィフィーリオのことだ。こいつらのようなバケモノ……いや、アストはフィフィーリオを“普通の人間”とか言っていたが、俺にとってはバケモノみたいなもんだから。
バケモノのような奴らと過ごしていて思うのは、奴らは奴らなりに自分の中に基準があって、
だから選んでいる。俺が。
「ふふふふふふふ!」
「おい、フィフィーリオ……?」
と、思っていたらフィフィーリオは顔を伏せて笑い出してしまった。何? なんなの?
「良い、良い良い良い良い。今のは此方が良くなかったな」
「お、おう」
顔を上げた時、もうフィフィーリオはいつもの調子だった。いつもの、というのはつまり神聖な微笑みを浮かべているのに何故か軽薄で胡散臭いということだ。
「そうであるなぁ……」
花のような微笑みを携えて、フィフィーリオは口を開く。
「フィフィーリオ・フェルシュタインという存在は、本当は何処にも居らなんだ」
滔々と、
「居ないから、何処にでも存在していたことになる。それが此方の業よな」
滑らかに、
「カトラの神など信じてはおらぬ!」
厳かに、
「カミサマなんていないし、」
意味深に、
「私もあなたも何処にもいないの」
冗談のように、
「ここは舞台で、」
誠実そうに。
「故に妾は踊るだけ」
月明かりが、フィフィーリオを照らしている。王都で昔見かけた舞台の役者のように、そこだけ浮かび上がるように、圧倒的な存在感でもって、何かを訴えるように。
俺はふむ、と頷いた。
「………………つまり?」
「ふ、ふふふ、情緒を解せぬのもまた情緒よな」
情緒のない人間で悪かったな。
少しむっとしてジロッと軽く睨んだが、俺の視線も発言も気にした様子はなく、フィフィーリオは俺の隣に追いついてきて返事を寄越した。
「つまりはそう、カトラ教も内部は一枚岩ではなく、余所者が紛れ込むこともまた容易いということ」
「だから偽名でしれっと司祭やってるってことか?」
そうとも言う、とフィフィーリオはからりと笑った。笑って言う事じゃねーし、普通にめちゃくちゃとんでもねー事してるよな、これ。
ま、いいか。
「おや、管理人に報告せぬのか?」
わざとらしい仕草で、フィフィーリオが首を傾げる。首のあたりで切り揃えられた髪の毛がやけに目についた。
「いーよ。お前はお前の理屈でそうしてるんだろうし、ナンセルは……まあ知らない方が良いこともあるだろう」
この開拓村の管理人・ナンセルは、ディーン王国の貴族だ。かつてあの男は俺に「事さえ起きなければ」と釘を刺したがそれも当然で、何故ならばこの村で起きた問題は最終的にナンセルの責任として国に挙げられることになってしまうからだ。
ただでさえ
知らないという事実は、いざという時の責任の軽減になるだろうか。彼の身を守るだろうか。わからないけれど、そうなることを願っている。
「其方は何と言うか……」
思わず考えに耽っていると、隣から強い視線を感じる。フィフィーリオは度し難い者を見るような目で俺を見ていた。
「その有様であるからバケモノに漬け込まれるのだぞ、気をしっかり持て」
「漬け込んでる側が言うことではなくない?」
そろそろ家も近づいてきて、この少し非日常な帰り道ももうすぐ終わる。暖炉の火はまだ落ちていないようだが、さて、何人が寝ているのか。
「ふふ、きっと全員が起きておるぞ」
「俺の思考と会話すんな」
ガチャリと扉を開くと、暗い玄関に赤い目が二つ浮かび上がるようにして佇んでいる。ゼンヅだ。
「おかえり」
そう俺とフィフィーリオに声をかけるだけかけて、ゼンヅは二階にある自室へと向かっていった。……なんというか。
「まぁ、律儀な奴よな」
うん、本当に。
本当ならすでに寝ている時間だろうに、眠い目を擦って欠伸を噛み殺しながら待っていたのだろう。一声かけるためだけに。
「アストとカインは寝てるかな?」
「カインは起きておるであろうな。奴が眠りにつくのはもっと後のことになるがゆえに」
「ふーん」
カインって暗い中で何やってんだろ。どうせ起きてんなら明かりがある一階にいれば良いのにな。
まだ少しだけ残っている暖炉の火で湯を沸かしながら思う。フィフィーリオは自室に戻るかと思いきや俺に付き合ってか、一緒に台所の方へと移動していた。
寝る前だから、ほんの少し体が温まる程度の量でセウ湯を準備する。やわく湯気の立つマグをひょいと渡すと、受け取ったのは思ったより小さな手のひらだった。
「ロウさん、フィフィーさんおかえり〜」
「アスト?!」
「おや、小僧ではないか」
うむ、戻ったぞとフィフィーリオはにこやかに頷いて、俺に向かって催促の手を伸ばした。いや大丈夫だよ湯は二人分沸かしてるからお前の分もあるって。
「つーかやっぱお前も起きてたのかよ」
「俺俺、俺も起きてるよ!」
ちびちびとセウ湯を飲み始めたアストに声をかけると、アストが何か言う前に騒がしい声と共にカインがひょっこりと部屋の方に顔を出した。いや、流石にカインの方は気が付いてたけどな? 階段降りる音聞こえてたし……。
「わかったって。つーか、じゃあやっぱり全員起きてたのか」
「そうだな! ゼンヅくんもいるし……」
ほら、とカインが手に持ったものを見せてくる。黒に近い紫の髪、だらんと体からは力を抜いているものの顔は不機嫌そう。ゼンヅだ。
「ゼンヅだ?!?!」
「ロウさん声おっきいよ〜」
何?! なんでさっき玄関で別れて自室に向かったはずのゼンヅがカインに抱えられて台所に?!
「階段で落ちてたから拾ってきたぞ」
「お、おう……」
こいつ部屋にたどり着けないくらい眠いのにわざわざ出迎えに来たってこと? 変な奴だな……。
ぐずる様に唸るゼンヅをカインから受け取って、とりあえず椅子に座らせておく。
「それで、管理人さんは……なんて?」
「え? ああ、うん。特には何も」
アストの問いを、そう言って躱す。まあそんな大層な話があったわけではないので嘘ではないし……今日の夜の話が誰かにバレたとして、別に誰が困ることにもならないはずだ。だから本当は話してしまっても良いんだけど……今はまだ、口にしたくない気がした。何となく暖かなこの夜の内には。
「……ところでナンセルから、例の
「あ、あれやっぱフィフィだったんだ?」
深く追及される前に話題を切り替える。
つい先日カイン
俺はそれをてっきり善意の第三者か、もしくはナンセルの手の者なのかと思っていたのだが、正解は“種子祭りの
ナンセルも「口をつぐんでもらう」とかいう言い回しを使っていたわけで、そりゃナンセル本人の手の者ではないのは考えればわかることだったんだが。
「うむ、その通りである。馬車でこちらへ向かう途中にちらと見かけてな」
「でもそれだと……どうやってナンセルにそれを知らせたんだよ? フィフィーリオが
それで管理人の家を間違えるという早朝の事件があったわけで……。
「ふふ、此方は魔術があまり上手くはないのだが……こればかりは得意でな」
訝しむ俺に花の様な笑みを浮かべてフィフィーリオが一つ指を立てて見せた。魔力でできた蝶……の様なものがふわりと現れそこに止まる。蝶の上の翅には目玉の様な点が大きく一つ、下の翅には丸い模様がびっしりと囲む様に敷き詰められており、美しくも見えるのに、なんだか気持ちが悪い。
“これで管理人とは直接話したのだ”
「うわあ喋った!!」
フィフィーリオの口は緩く弧を描いたまま動かない。それなのに下の翅が閉じたり開いたりするたびに、そこからフィフィーリオの声が聞こえた。
「この下の翅が口になっておってな、遠くに声を届けることが可能なのである」
「おお、
「これ、デザインが良くないよね」
えっ、下の翅が口なら、この周りを囲んだ丸い模様はもしかして
カインとアストも自分達もできるってのはよくわかったからさっさとしまって欲しい。目を薄めれば魔力が色を纏ってキラキラと綺麗なのかもしれないが、一回そうと認識してしまうともうダメだ。もう口にしか見えない。しかももしかすると上の翅は目玉ってことか? いらない気づきをしてしまった。
その時ぼんやりとした顔で話を聞いていたゼンヅがこくりと頷いた。
「私にもできる」
瞬間、ぶわっと部屋一面に広がる様に蝶が舞った。尋常ではない数だ。紫の光を纏う蝶が俺の隣で羽ばたいた。つまり俺の周りに目と目と目と目と口と歯と……。
おえ。
⭐︎
咄嗟に外に飛び出した俺のことはどうか褒めて欲しいし、ゼンヅせんせは反省して。