俺の周りが変な奴ばっかなんだけど? 作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍
目が覚めるのはまだ空が薄暗い頃だ。雪が溶けて久しく、太陽さえ登れば時折汗ばむこともあるような時期だが、早朝はまだ空気もひんやりとして気持ちがいい。
明かりをつけないまま身支度を整えて、朝食に固いパンを齧る。暖炉の火はそろそろ入れなくても良いだろう。アストとカインが昨日も暑い暑いと文句を言っていた。
骨柵の見回りがてら村を一周して、魔物がかかっていないか確認する。今日は
魔物の処理を終えて一度家に戻ると、フィフィーリオが暖炉前の椅子に座って目を閉じていた。この光景を見た当初の俺はこんなところで二度寝をするなら部屋にいろよ、と思ったのだが、フィフィーリオ曰く「瞑想である」とのこと。
それならば、と気にせず家事を進めていく。窓を開けて空気を入れ替え、掃除と洗濯を一通り行う。掃除も洗濯も一人の時はまあ、何日かまとめてやっても良かったんだが、五人で生活しているとそうもいかない。なんで俺が全部やってんだってのは、ふと我に返りそうになるけどまああいつらに任せるよりはマシだから……。
と、程よく太陽も登ってきたので朝食の準備に移る。台所に火を入れ湯を沸かしている間に、パン種を捏ねていく。少し寝かせている間にポトフの為に野菜を切って、鍋で煮込む。
いつの間にか瞑想を終えていたらしいフィフィーリオに見守られながら作業を進めていると、トットット、と階段の方から軽く跳ねるような音が聞こえてきた。アストだ。
「おっはよ〜! ロウさん、フィフィーさん、今日も早いね」
ひょこっと台所に顔を出したアストは元気よく朝の挨拶を告げると、いつも座っている席に腰を下ろした。
「おー、はよ」
「うむ。今日も良き朝であるがゆえに」
お茶をマグに注いで渡してやりがてら、アストの頭についた寝癖をひょいと直す。
「わ、ありがとう」
「おー」
アストからの礼を軽く受け流して、朝食準備の続きに戻る。ポトフの味を整えて、パンを茹でていく。
「小僧、其方いつも朝寝癖がついておらなんだか? どうだ、此方が髪の手入れ作法を授けてやろうか」
「ええ〜面倒だからいいよぉ」
パンを茹でる時は三十秒ほど片面を茹で、その後ひっくり返してもう片面も三十秒湯に入れておくと良い。
「せっかく柔らかい髪であるのに……勿体無い」
「まぁフィフィーさんは髪綺麗だよねぇ。こっちじゃロクなトリートメントとかコンディショナー? とかないだろうに」
湯から引き上げた後はさっと水分を拭き取り、今度は浅鍋で表面を焼いていく。
「ふふ、やりようというのはいくらでもあるがゆえに…………ところでコンディショナーとは……?」
「おおっとめんどくさい話振っちゃったぁ」
この時直接パンを鍋に入れて焼くと焦げやすく、更には表面が鍋に付着して失敗しやすい。じゃあどうするのかと言うと、清潔な薄布を敷いて焼くのが良い……らしい。両面に程よい焼き色がつくまで熱を通せばパンは完成だ。
ベーコンを厚めに切って浅鍋で焼き始めた頃には、また一つ、足音が階段を降りてきていた。
「おはよう」
おはよう、と返す声が三つ揃う。寝癖ひとつない髪の毛に不機嫌そうないつもの顔、真っ直ぐに伸びた背筋が美しい。ゼンヅだ。
……ゼンヅって大体ベーコン焼き始めたくらいの時間に起きてくる気がするんだが、こいつもしかして匂いで起きてきてるのか……?
俺の疑念をよそに、ゼンヅもまたいつもの席についた。
完成した朝食を各々の席の前に並べてやって、俺も自分のマグにお茶を淹れて椅子に座る。三人が食事を始めた頃になってようやくのっそりと大きな影が台所に現れた。
「おはよ〜う、今朝もいい匂いだな」
そう言ってどかっと席に着くカインの目はまだとろりと眠そうで、髪の毛は寝癖で好き勝手な方向へ跳ねている。……カインは前に“自分は睡眠時間が短い上で二度寝をするのが好き”などと言っていたが、こういう姿を見ると単に長期睡眠が苦手なだけなのでは? と思ってしまう。
とりあえずカインの前にも朝食を置いてやって、再び席についた。
⭐︎
穏やかな朝食を終えると、使った食器を水に付けてから畑仕事へ向かう。と、言ってももう既に春の種蒔きはあらかた終わっている為、あと俺にできるのは害虫駆除や水遣り、雑草抜きくらいなもので、適当に手伝ってやりながら村の男連中の監視を行う。
冬前にやらかした
ドン!
不意に大きな衝突音が場に響いた。骨柵の方からだ。男連中はざわざわと不安そうな声を上げながら、ちらと俺へ視線を向けた。
「俺は音の方を確認してくるから、お前らは作業終わったら適当に解散してろ」
そう告げて音のした方へと急ぐ。衝突音はやや間隔を開けて連続して聞こえてくる。ということは
現場に辿り着くと、そこにいたのは
これはあまり一般的ではなく、俺自身も開拓村に来てから知ったことなのだが、魔物にも雌雄が存在する。奴らは交配し、子孫を残すのだという。骨柵に使われている
ともかく、この
そもそも開拓村の周りは基本的に
空き家の中は仮の物置になっている。保管してあった
少し高くなった視点から、
目標過たず。粉末は
途端、
頭が冷えたのか我に返った様子の雌熊は、鈍色の額をむずがる様に何度か揺らしながらじりじりと後退し、それから骨柵に背を向けて森の奥へと帰っていった。
⭐︎
「っていうことがあったんだよ」
「なぁ、ロウくん。それはツッコんだ方がいいやつか? 普通そんな
昼食を終えた頃まだ食卓についてダラダラしていた四人に朝あったことを雑談程度に話すと、呆れた顔でカインがため息をついた。そんなコト、とはどこにかかっているのだろうか。空き家の屋根に登ったこと?
「全部ですけど〜?!」
長い手足をジタバタとさせて、カインが唸る。振り回される腕を嫌そうな顔をしたゼンヅが身を捩って避けていた。カインはちょっと自分の大きさ……長さ? を考えて動いた方がいいんじゃねーかな。
「でも、お前らも出来るだろ?」
屋根の上から熊避けを当てる程度のこと。なんなら屋根の上に上がる必要すらないんじゃないのか。
俺の言葉に八つの目玉は揃いも揃ってパチリと瞬いて、それから少し困った様な色を乗せて見合わせた。
「ロウさんは……なんというか、僕たちに対する期待値が高いよね」
眉を下げたアストが笑う。
「魔術なしだと僕らは難しいよね、ゼンヅさん」
「私に話を振るな。やる予定もないことの是非など知らん」
「俺だってまず屋根に上がれるかどうか……」
「いやお前の身長的にそれは出来ておけよ」
カインはそこまで貧弱ではないはずだが……まあ身体の厚みはそうでもなく、身長以外は割りかしそこらにいる人間と相違ないかもしれない。だとしても無駄に足なげーんだから屋根くらいサッと登れとけよ。
「此方は……そうさなぁ、風向きによりけりよな。飛距離は問題ないかとは思うが」
ふふ、とフィフィーリオが微笑む。
「フィフィは筋肉あるもんな〜腹筋もバキバキなんじゃないか?」
「ふむ、見たいのならば見せてやるのも吝かではないが」
「結構ですぅ〜!」
フィフィーリオはアストやゼンヅ、カインとは違って魔力壁も出していない。少なからず魔力があるのは見えるんだけど……基本的には魔術による補助を行っていないらしい。まあ前に“魔術が得意ではない”と言ってたもんな。
カインとフィフィーリオが戯れているのを聞きながら、俺はまた言葉を続けた。
「……出来ないか?」
本当に?
八つの目玉はまたしても目と目を見合わせた後、それぞれ苦笑したり、鼻を鳴らしたり、唇を尖らせたり、はたまたにこりと微笑んで見せたりした。
「同じ結果を持って来れるかって質問ならそれは勿論出来るよ?」
「チンケな魔物程度、追い払うなど造作もない」
「出来るけど〜?! 魔術ありならお茶の子さいさいですけど〜?! あったり前じゃん!」
「
じゃあ出来るんじゃん。
なんだったんだよさっきまでのやりとりは。
⭐︎
日は暮れて、夜。
夕食を終えたアストやゼンヅは早々に自室に戻っている。
「もうさぁ〜アストくんもロウくんもめちゃくちゃ俺のこと舐めてない? 俺二人よりスゲーお兄さんなのに! 悪党なのに!」
食後の皿を洗う俺の前には酒を飲みながら管を巻くカイン。
「敬え〜恐れろ〜!」と駄々を捏ねる姿はとても年上には見えない。なんだか今日はカインがうだうだしているところをよく見かける日だな。
「別に舐めてはねーけど」
尊敬もしてないけど……とは言わない。言わないが間違いなく伝わった様で、カインは治安の悪い舌打ちを鳴らした。
「まぁそう怒るな、尊敬とは常の態度の積み重ねや真摯な心から勝ち取るものぞ」
ごくごくと酒を飲みながら、カインの隣に腰掛けたフィフィーリオが諭す様に言う。こいつ一応聖職者の立場のくせにかなり酒飲むんだよな……まあその
「そして恐れというのは未知が生むものである」
──曰く恐怖とは、不明瞭さが根源である……とのこと。
フィフィーリオは昼間はあまり見せない悪辣な顔でにんまりと口角を上げた。
「カイン、其方は日常にあり過ぎる。己の本性を思い出せ。邪に浸れ。恐れられたい? 違うであろう、其方の本懐は」
フィフィーリオがカインの顔を覗き込む。金色の瞳に、酒でやや赤らんだ顔のカインが写っている。
じわり、とカインから漏れる魔力が場を侵食する。アストの場を塗り潰すような魔力とも、ゼンヅの冷たい圧迫感のある魔力とも違う、どろりとした粘性のある生暖かい魔力。
気味の悪さに思わず手元が狂う。ガチャリと皿と皿のぶつかる音が妙に響いて聞こえた。
と、同時に場の空気が緩む。魔力は霧散し、カインはわざとらしくくしゃりと顔を歪めた。
「うわーん酔ってるとフィフィの甘言にうっかり乗っちゃいそうで怖いんだけど〜?!」
「乗るが良い乗るが良い」
「やめんか」
泣き真似をして見せたカインと煽るフィフィーリオの頭をパシリと叩く。酒の席でのノリだとしても趣味の悪いやつらだ。つーかやっぱり仲良いなこいつら。
濡れた手を布巾でおざなりに拭ってカインの向かいに座る。俺が何をしたいかわかっていない様子のカインへ向けて、俺はまだ片付けず机に出したままだったマグを傾けて見せた。
「おら、一杯だけ付き合ってやるからさっさと寝ろ」
「え〜ロウくん珍しいじゃん」
「うむ! 時には良い事よな。さぁ飲めよく飲め疾く飲め」
酒瓶を逆さにする勢いでフィフィーリオが酒を注いでくる。おいこいつやっぱり酔ってるんじゃねーか? まあいいか、夜だし。
こうして、穏やかとか言えないまでも、和やかに、賑やかに春の夜は更けていく。
──遠くから雨音の気配が近づいていた。
ストックが尽きたのでここからは不定期更新です