俺の周りが変な奴ばっかなんだけど? 作:ヤバい奴らがわちゃついてるの好き好き侍
ゼンヅが来て二週間が経った。俺の毎日は特に変わりない。
いつも通り朝、日が昇る頃に起き出して、村の周りに魔物が出ていないか確認を行う。一度家に帰って軽く食事をとり、家の中のことを一通り行って暖炉に火を入れ、しばらくすると起き出してくるアストやゼンヅの朝食を用意してやる。
昼頃になれば村の男連中の監視を行いながら畑仕事をしたり、冬支度を手伝ったり、アストやゼンヅの昼食を用意したり、
「ロウさん! 広場の方で喧嘩してる奴らがいてぇ!!」
村人たちの喧嘩の仲裁を頼まれて行ったり。
「っせーな、」とぼやきながら、洗い物の手を止める。玄関へ駆け込んできた男を見ると、随分と慌てた様子だ。たかだか喧嘩だろ?
「どこの誰と誰だよバカなことやってんのは……」
「それが、」
と、思ったら村の独り身男が家庭持ちの女に手を出して旦那と喧嘩になったらしい。
「バカ過ぎだろ……」
俺そんなバカのために仲裁に行かなきゃダメか? 大体何考えてたら他人の嫁に横恋慕する気になるんだ? もう殴らせとけよそんなバカ。
思わず眉間を押さえてため息を吐いた。
「あっ、ヒェ、すみません! あの、やっぱり俺らで解決するんで、テキトーになんかボコしとくんで!」
俺がキレてるとでも思ったのか、男の目に怯えた色が混じる。……まあなんだ、見慣れた表情だな。つーかテキトーにボコしとくって何? 何が解決するやつなんだそれは。
「いいよ、俺が行く」
「なんだ、行くのか」
背後から急に声が聞こえて、ギクリと肩が跳ねる。先程までは台所に居たはずなのに。
「ゼンヅ、」
「くだらない用事だ。貴様が行く必要があるのか? 私のおやつの準備は?」
ばっさりと切り捨てられて、苦笑が漏れた。こういう、真っ直ぐに自分の事しか考えてなさそうな発言は、中々こいつらしくていい。
「おう、行く」
答えながらささっと身支度を整える。……と、言っても、
「おやつは帰ったら準備してやるから、アストを起こさず大人しく待ってろよ」
そのまま振り返らずに後ろ手を振って家を後にした。……アストが昼寝から起きる前に戻れるといいんだけど。
⭐︎
結局、俺が家に帰った頃にはアストはもう起き出していた。
横恋慕野郎を旦那から引き剥がしたところまでは良かったんだが、その後からちょっとごたついたんだよな。
一応どっちの話も聞いてやるかと思ったら、なんと横恋慕野郎と旦那と嫁は幼馴染なんだと。そんで、実は昔は横恋慕野郎と嫁の方が仲が良くて、でも男女の仲になったのは旦那と嫁の方で。
俺も、ならまだ気持ちに整理がついてなくてもしょうがねーとこはあんのかなとか、でもこんな狭いコミュニティでややこしいことしてんじゃねーよとか、思うところはあったわけだ。
そうしたらよ? それはそれとして冬の備蓄に不安があったから旦那の家から薪を盗んだって…………。
じゃあほとんど前半の情報いらねーじゃねーか!!!!!! 何を聞かされたんだよ俺は!!!!
面倒になったので横恋慕野郎改め泥棒野郎はテキトーにボコして捕縛の後、管理人のナンセルに引き渡してきた。
「なんか、思ったより面白いことがあったみたいだね?」
「ねーよ」
あは、と笑うアストの寝癖を直しながら深いため息が止まらない。
「だからくだらない、と言ったんだ。ところで今日のおやつ……これはなんだ?」
「あ?」
黙々とおやつを食べていたゼンヅがやっと口を開いたかと思ったらコレだ。くだらないとはなんだ。その通りだけど。
「あー……バクム粉の生地を薄く伸ばして……なんか具を入れて巻いたやつ」
「クレープだね」
クレープかあ。
なんか簡単に作れるからと思って、帰宅直後に腹ペコに見守られながら焼いたおやつだったが、これにもやはりちゃんと名前がある。
「クレープもいいけどさぁ、」
もちもちと、クレープをナイフとフォークで切り分けようと悪戦苦闘していたアストが唇を尖らせる。
「ハンバーグも作ってったら」
あっ、アストのやつ手掴みに移行しやがった。面倒になって諦めてんじゃねーよ行儀わりーな。
汚れた手を拭うために布巾を濡らす。手を拭うだけなら、井戸水を汲んだ瓶からじゃなくて、近くを通ってる川の水を貯めといたやつでもいいよな。
「だから、作れってんならせめて作り方を教えろよ。俺ははんばーぐ? を知らねーんだから」
アストに布巾を手渡しながら言うと、アストは少し考え込むように瞼を閉じた。
「ハンバーグの作り方かぁ」
「あー、いやまあ、急に言われても難しいよな?」
アストは子供だ。いくら俺からすれば途方もないような強者であったとしても、生きている年数が少ないのだ。やつの知識の中に、食べたい物の作り方がなかったとしても無理はない。俺だって、作れはしても名前すら知らないんだから。
「挽き肉と玉ねぎを
「しっかり出てくんのかい」
俺の一瞬の同情と共感を返せよ。つーかなんかわかんねー単語もぼろぼろ出てきてたし。
「ね、作り方わかったら作ってくれるんだよね?」
「ふむ、つまりハンバーグとは挽き肉のステーキだな? 素晴らしい。出てくるのはいつだ?」
「気がはえーよ」
そうなの?
「聞いた感じ、今ある材料だとなんか不足があんじゃねーか? いや違うな、不足どころじゃねーわ挽き肉がねーんだよ」
実際肉は包丁で叩けばいいだけだから、ないことはないんだが。でもこいつらの食べる量のことを考えると、ちょっとな。だって肉を叩くのって結構大変だ。昔やらされたことあるけど、俺の力が足りなかったせいか逆に力を入れ過ぎていたせいか、しばらくの間手がヒリヒリしていたことを覚えている。苦労の割に保存も効かないんだよな、挽き肉。
「ってわけで、まあいい肉が手に入ったらな。考えといてやる」
正確には肉を挽く道具が手に入ったら、かな。王都や大きな街の方では、どうやらそういう道具があるらしいことは聞き及んでいるので。
「ちぇ〜、じゃあクレープで我慢するか……」
「そうしろそうしろ……て、作らせといてコラ」
ぶつくさ言っているアストの額を軽く弾くと、見ていたゼンヅが喉の奥で笑った。
⭐︎
夜になれば、ナンセルへの報告がある。変わらず何故か俺の家にナンセルが来るというので、アストとゼンヅに夕食を取らせて各々の部屋に追い立てた。
「窃盗犯についてですが、
「やっぱりそうなるよなあ」
今日の報告といえばやはりどうしてもあの泥棒野郎の事になる。
黒髪を耳にかけため息を吐くナンセルに同意して、俺も頷いた。
ここは
「被害者側のご家庭はどうでしたか?」
「あ〜……、まあスゲー怒ってたよ。元々お互い深い仲らしくてな」
「……事に及ぶ前に、何らかの形で報告を上げてもらえれば、」
それはそう。
冬の備蓄が不安なら人様のところから掠め取るんじゃなくて、まずすべきなのは管理人への報告だし、盗む前に誰かに相談すべきだった。
「悪かったな、俺も気がつかねーで」
「いえ、ロウさんの職務はあくまで“用心棒”です。貴方はかつて襲来した盗賊を退けましたし、今だって魔物を討伐している」
「まあ、うん」
「いずれにせよ、開拓村としては大したことのない罪です。……村八分には、されるかもしれませんが」
「それは上手くやらなかった野郎の自業自得だな」
この場合の隔離は、どちらかというと旦那側が加害者に回らないための処置であるといえる。何せ泥棒野郎は横恋慕野郎でもあったわけで。距離を離して頭を冷やさせよう、という腹積りなのだろう。
「ええ、ですからロウさんはお気になさらぬよう。それよりも、引き渡しが速やかで助かりました」
「おー」
日が落ちて暗い部屋を、蝋燭と暖炉の灯りだけが照らしている。深く落ちた影はいつも通りなのに、何故だかナンセルが不思議な表情を浮かべている気がした。
「ロウさん、共同生活には慣れましたか」
「あ? ああ、シーツな。持ってきてもらっちまって悪いな」
ナンセルの視線の先にシーツが二枚あるのを見て、そう言葉を返す。今までは一人だったから最低限家のものしか置いていなかったが、せっかくなのだから、とナンセルが預けていたシーツを持ってきてくれたのだ。
「いえ、それほどの手間ではありませんから、お気になさらず」
でも高々村の用心棒が管理人に物の運搬させてるのってなんか……なんかなあ?
俺が首を捻っていると、ナンセルは首を横に振って口を開いた。
「私が言いたいのはそうではなくて。最近この家に迎え入れたお二人のことです」
アストとゼンヅのこと。
朝から暖められた暖炉。自分以外の声が響く家。朝昼夕と食事を要求するに飽き足らずおやつまで要求し騒ぐ姿。おいしいとはしゃぐ声。
「あ、あ〜……、うーん、うん……多分……?」
「私は、貴方は誰かと一緒にいた方が良い人だと思います。だから、事さえ起きなければ、きっと貴方にとって良い選択をしたのだと、思います」
何と言うべきか、困って悩んで何とか返すと、慈しまれた。多分。そしてそれ以上にデカめの釘を刺されたような気がする。
「うん」
「……今後の夜の報告は、七日に一度にしましょう。それから特別何かあった時に」
ナンセルからの突然の申し出に、目を瞬かせる。
「いいのか?」
「ええ、開拓も落ち着いてきましたし。……それに、」
ナンセルが苦笑いして、声を落とした。
「私の方で今結婚話が持ち上がってまして、毎夜は時間が取れなさそうなんです。お手数おかけしますが、何かあれば直接屋敷の方へいらっしゃってください。私の方で何かあれば──」
ナンセルは一枚のスカーフを取り出して、俺に見えるように広げた。
青く染められた生地に、煌めく金糸で何らかの民族紋様が刺繍されているようだ。
「これを、執務室の窓から出しておきます。貴方なら見えますね、ロウさん」
管理人の屋敷は村から見て遮る物がない。であれば、このスカーフを見逃すことはないだろう。
「ああ、見える」
「では、そういうことで」
そう言うなりナンセルが
「もう帰んのかよ?」
「ええ、そうします。私もあまり
「では、七日後に」と言って、ナンセルは帰って行った。いつも通りの後ろ姿が闇に紛れるまで、なんとなく黙って見送ってしまった。
⭐︎
暖炉に残った灯りを頼りに、手元を動かしていく。一定のリズムで、淀みない手つきで。
「貴様はやはり職人だな」
背後から突然聞こえる声は、もはや諦めた方が良いのだろう。アストは笑って取り合わないし、ゼンヅは気が付かないこちらが悪いのだと宣う。
「作っているのはなんだ? 毛糸で……マフラーか、セーターか……」
「ハイハイ、お見通しですね! どっちもだよ」
外の暗さに相応しい音量で答えると、ゼンヅはふん、と鼻を鳴らした。
「早く寝ろ。貴様の朝は早いのだし、暗がりで細かい作業を行うと目を悪くする」
「へーへー、キリの良いところまでいったらな」
大体目が悪くなるって本当かよ? 聞いたことねーけど。
「医学的な根拠があるかは知らんが、経験則だ」
そっかあ……。
「いや思考と会話すんなや」
「大きさから見て、アストの分と私の分か? 貴様の分は?」
無視された。まあ実際今作ってるのがアストとゼンヅの分なのはその通りなんだけど。
「俺の分は前の冬からのがあるからいいよ。代謝も良いし」
正確には最初の冬に作ったやつ、だったか? 少し毛がへたってきてはいたが、まだ使えるはずだ。
なのに、ゼンヅは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、暖炉の前にある椅子に腰掛けた。ぎしり、と木が撓む音がする。……いや不機嫌そうなのは俺の勘違いかも。いつも気難しい顔してるし。
「早く寝ろ」
そう繰り返し、検分するようないつもの鋭い視線は俺の手元を映している。
僅かな残火が編み針と毛糸を照らして、落ちた影が揺らく。パチン、と小さく跳ねる音が静寂に響いた。