隣の席のオタクな彼が想像以上にカッコよかった話   作:わたぬき

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 私こと、篠原涼(しのはらすず)は自他共に認める清楚系女子だ。

 

 日々お手入れしている艶のある黒髪は胸元で揺れ、スカート丈は校則ぴったり。

 笑う時は控えめに、声は柔らかくワントーン上げ、言葉使いは丁寧に。

 

 そして何より、周りの空気を読む事を徹底している。

 

「涼〜! 今日のプリントってどこまでが範囲だったっけ〜!?」

「あ、そこはね、ここまでだよ」

「わーい! ありがとう!」

「良かったら、教えようか?」

「え!? いいの? ありがとう〜!」

 

(ここでフォロー入れておけば、好感度+2。よし)

 

 そして、自分で言うのもなんだが結構腹黒い所はある。

 何せ、このクラスで中心的人物になるにあたって、慎重に行動して、関わる人間も吟味しているのだ。

 自分の評価に繋げそうな人物なら、積極的に関わり、そうでないなら手助けする程度に留めて距離を置く。

 これも全て、私のこのクラスでの立ち位置を確たるものとするため。

 そのために委員長にもなったし、内申点を上げて、良い大学に入り、良い所に就職をして、私をこれまで一人で育ててくれたママに親孝行をするのだ。

 

 こうして私はいつもの様に、心の中で点数計算をしながら、私は今日も一軍女子グループの中心に立っていた。

 

 そんな私が、高校二年生に進級して最初に味わった不運。

 

「一年間、よろしくお願いするでござる」

 

 隣の席の男だった。

 

 新屋公仁(あらやきみひと)

 

 自他共に求めるオタク。

 一人称は「拙者」、語尾は「ござる」。

 瓶底眼鏡に跳ねまくった髪、そして話すと妙に早口な彼。

 

 正直印象は最悪だった。

 この令和の世にまだ、こんな絶滅危惧種みたいなオタクが存在している事に驚きを隠せない。

 

 一応、彼のことは噂で聞いていた。

 こんな感じなので、悪い意味で目立っているのだ。

 女子からは『キモメガ』と言う蔑称で呼ばれていることも知っていた。

 

 そんな彼と隣の席になってしまったのだ。

 正直嫌な顔をしそうにもなったが、そこは腹黒清楚の意地を見せて、何食わぬ笑顔で、新屋くんに挨拶を返したのだった。

 

 ──ー

 

「委員長殿、プリントは委員長殿に提出でよろしいか?」

「……え、ええ、受け取るわね」

「かたじけない」

(かたじけないって何)

 

 私の事を「殿」って言ったり、変な言葉使いをする事以外は、新屋くんは特筆するところがない男子だ。

 良く言えば、害が無い。

 

 私に話しかけてくる男子は、どこか下心が見え透いて、どうにも苦手ではあるが、新屋くんはそういった目線などを向けてこない。

 話は端的に済ませるし、あまり関わりたく無い私にとってはありがたい。

 

 そして意外な事に、新屋くんには友達が多い。

 休み時間になる度に、男子の友達が新屋くんにひっきりなしに話しかける。

 

「公仁〜! 昨日の見たか!?」

「ああ! あなあすでござるな! 見たでござるよ〜!」

 

 アニメの話で盛り上がるオタクの友達はもちろん……。

 

「公仁、今日一緒に帰らね?」

「あ〜申し訳ない、和久殿。今日は予定がある故……」

「おっけ、また明日な」

 

 あろう事か、学校で女子に人気の、氷上和久(ひがみかずひさ)くんとも親しげに話している。

 ど、どう言う事なの? 新屋くんの交友関係が分からない。

 

 意外な事に、新屋くんは男子からの人望は厚い様だった。

 ……内申点のため、ここは私も彼と積極的に関わるべきなのか? 

 いや、いくら男子に人望があろうと、彼が女子と話している所は見たことがない、そんな彼に私が積極的に絡んでいって、変な噂が立つのはごめんだ。

 

 それに彼も、私に話しかけられたら警戒するだろう。

 ここは触らないのが良さそうね。

 

 こうして私は放課後、帰宅の準備をしていた。

 

「涼! 今日、どこ行く?」

「あ、ごめんね、そろそろテストだし勉強しなきゃ」

「え〜! テストってまだ一週間もあるじゃん! 遊ぼーよ!」

「あかねはもっと危機感持った方がいいよ」

 

 話しかけて来たのは、桐谷(きりたに)あかね、私の中学からの友達だ。

 いい子ではあるし、コミュニケーション能力はとんでもなく高い彼女。

 しかしバカである。

 唯一、私の腹黒さを知っていて、それでいて話しかけて来てくれる稀有な存在。

 しかしバカである。

 

「いいじゃん〜!」

「もう、それで前日にいつも泣きついてくるのは、あかねじゃない、今回は絶対に手伝わないからね」

「え〜!」

 

 そんな事を言う彼女を放っておいて、私は帰路につく。

 まあ、そんなこと言って、多分泣きついて来たら助けてあげてしまうんだろうなぁ〜と思いながら、教科書の入った重い鞄を持ち直した時の事だった。

 

 帰り道の公園に差し掛かった時の事だった。

 

「わー! ボールが」

 

 子供が遊んでおり、ボールが公園の外から、道路に飛び出てしまったのだ。

 小さな女の子が、ボールを追いかけて車道へ飛び出す。

 目の前から車が走って来ており、飛び出した子供に気づいてクラクションを鳴らす。

 

 私が一番最初に気づいた。

 危ない!! と、咄嗟に声を出したつもりだった。

 

「あっ!」

 

 言葉が詰まり、その叫びは私の喉から出てこない。

 人間は咄嗟のことになると、急には動けない事がこの時になって分かった。

 

 あ……! ダメ! 轢かれるっ!? 

 

 私が体が動けず立ち竦んでいると、背後から人影が飛び出した。

 

「まずいっ!」

 

 切羽詰まった、男の人の声。

 視界を横切る人影。

 

 その人は、少女を突き飛ばす様に抱えて歩道へ押し戻し、ギリギリで二人とも車を躱す。

 

 転がる音、風圧。

 そして、静寂。

 

「…………っ!」

 

 息を呑んだ私の視線の先、地面に尻餅をついて、苦悶の表情を浮かべている男の子。

 それは隣の席の新屋公仁くんだった。

 

 眼鏡が衝撃で外れ、アスファルトに転がる。

 

(……え)

 

 整っている、とは言い難い。

 飛び抜けてイケメンでもない。

 

 けれど。

 

 少女を支えながら、彼は言った。

 

「大丈夫かな? 怪我はない?」

 

 声が……違ったのだ。

 早口でも、「ござる」でもない、真剣な表情をした彼がそこには居た。

 

 びっくりしていた女の子は、徐々に安心したのか、小さく首を振る。

 それを見た、新屋くんは真剣な表情を変えて、安堵の表情を浮かべた。

 

「よかったぁ」

 

 柔らかくて、低くて、落ち着いた雰囲気。

 人懐っこい、安心させる笑顔。

 女の子を優しく撫でる気遣い。

 

(……なに、今の)

 

 胸が、キュッと鳴った。

 さっきまで「オタク」だった筈の男子が、私の目の前で一瞬で「ヒーロー」になったのだ。

 

 車の運転手も急いで二人に駆け寄り、謝罪し始める。

 新屋くんは笑顔で、運転手の人に手を振りながら、眼鏡を拾ってかけ直すと、またいつもの彼に戻った。

 

「いやぁ、危なかったでござるなぁ、拙者ちょっと死ぬかと思ったでござるよ〜! あはは」

(いや、戻るんかい!?)

 

 そんな一幕を目撃した、その日の夜。

 私はお風呂場で、今日の新屋くんの事を思い出していた。

 

『大丈夫かな? 怪我はない?』

 

 イメージと違う、真剣な表情。

 

『よかったぁ』

 

 そして、その後に見せた可愛らしい安堵の笑顔。

 ……え? 可愛らしい? なんで私こんな事思ってるの!? 

 

 私は湯船の中で、顔がどんどん赤くなるのを感じた。

 両手で頬をパンと叩いてみるも、一向に引く気配はない。

 

「……え? ……いやいやいや、嘘でしょ私!? 新屋くんだよ!?」

 

 でも思いつく場面はあった、プリントを彼が提出してくる時、丁度私の苦手な男子に話しかけられて、少し困っていたのだ。

 

 え? もしかして、あの時助けてくれた訳!? 

 

 今思えば、やや強引にプリントを渡して来た様な気がする……。

 それに案外紳士的なとこもあるし……かっこいい所も……。

 

 ………………そんな、終わった。

 

 私は湯船に口をつけてブクブクしながら、今の感情を整理する。

 いや、整理してしまった。

 

 私史上今世紀最大級のピンチ。

 

 どうやら、私は隣の席のオタクに…………恋をしてしまったらしい……。

 

 嘘でしょ……。

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