ふとにっき   作:居酒屋の枝豆

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寺と火と貴族と

 火はよい。

 

 静かに燃える火も、ぱちぱち弾ける火も、すべて美しい。

 火とは文明であり、威厳であり、そして時に示威でもある。

 

 ゆえに本日、我――

 物部布都は決意した。

 

「命蓮寺を燃やす」

 

「朝一番で言う台詞じゃないだろ」

 

 即座に突っ込んできたのは、もちろん

 蘇我屠自古である。

 

 縁側で茶を飲んでいたはずなのに、いつの間にか背後にいる。怨霊とは便利なものだ。

 

「これは宗教的情熱じゃ」

 

「ただの放火予告だよ」

 

「未遂だから問題ない」

 

「問題しかない」

 

 我は薪束を抱え直し、火打石を確かめる。油も少々。準備は万端。

 

 縁側では、静かに湯呑を傾けるお方。

 

 豊聡耳神子。

 

「布都」

 

「はい!」

 

「今日は何分で鎮火されると思う?」

 

「鎮火前提!?」

 

 神子さまは穏やかに笑う。

 

「前回は三分。前々回は一分半だったな」

 

「記録を取っておられるのですか」

 

「統計は大事だ」

 

 屠自古が鼻で笑う。

 

「今日は二分だな。風向き悪いし」

 

「なぜ皆、成功を信じぬ!」

 

「成功させる気かよ」

 

 山道を抜ける。薪が重い。だが心は軽い。

 

 見えてきた堂々たる門。

 

 命蓮寺。

 

 今日も凛としている。実に燃えが――いや、試され甲斐のある建築美。

 

「布都さん」

 

 先手を打ってきたのは

 寅丸星。

 

 朝からきっちりと立っている。

 

「本日は何用ですか?」

 

「宗教的情熱の発露である」

 

「放火ですね」

 

「断定が早い」

 

 星は小さくため息。

 

「一輪ー!」

 

 どしん、と地面が揺れる。

 

 雲居一輪と、その背後の巨大な入道。

 

「布都ォ! 今日は何焼く気だ!」

 

「寺である!」

 

「正直だな!」

 

 よし、ならば正面突破。

 

 火打石を打つ。

 

 ぱち。

 

 小さな火花。

 

 もう一度。

 

 ぱち、ぱち。

 

 よし、ついた。

 

 薪へ――

 

 ぼふっ。

 

 巨大な手が風圧で消す。

 

「入道!?」

 

「風圧消火だ!」

 

「新技か!」

 

 再挑戦。

 

 油を少し垂らす。

 

 ぱち。

 

 今度は勢いよく燃え上がる。

 

「今度こそ――」

 

 ざばああああっ。

 

 頭上から豪快な水。

 

「ぬおおお!?」

 

 見上げれば桶を掲げる

 村紗水蜜。

 

「水難事故は突然に!」

 

「事故ではない! 計画的水攻めだ!」

 

「消火は迅速に!」

 

 びしょ濡れである。薪が悲しげに煙る。

 

「布都さん」

 

 静かな声。

 

 振り向けば白い僧衣。

 

 聖白蓮。

 

「火は、破壊よりも灯りに」

 

「またその理屈!」

 

「今日こそ聞いていただきます」

 

 説法の構えだ。危険。

 

「火は煩悩を象徴し――」

 

「煩悩ではない、信念だ!」

 

「信念は他者を焼きません」

 

 ぐぬぬ。

 

 星が横で冷静に言う。

 

「本日は消火速度一分四十秒でした」

 

「縮んでおるではないか!」

 

「入道の成長です」

 

 一輪が誇らしげにうなずく。

 

 そのとき。

 

「布都」

 

 聞き慣れた声。

 

 振り向けば、いつの間にか境内に立つ屠自古。

 

「結果確認」

 

「来ておったのか」

 

「神子が様子見てこいって」

 

 なんと。

 

「布都」

 

 さらにもう一人。

 

 いつの間にか白蓮の隣に立つ

 豊聡耳神子。

 

「外交は穏便に」

 

「なぜ来られたのですか!?」

 

「布都の声が山三つ越えて聞こえた」

 

 そんなにか。

 

 神子さまは白蓮と穏やかに視線を交わす。

 

「火を囲んで語るのも一興では?」

 

 白蓮が微笑む。

 

「それは良い提案だ」

 

 十分後。

 

 なぜか境内中央で焚き火を囲んでいる我ら。

 

「これは和解の象徴です」

 

「和解しておらぬ」

 

「未遂ですし」

 

 星が淡々と言う。

 

 ぱちぱち、と火が鳴る。

 

 悪くない。

 

 周囲に座る面々。

 

 一輪は入道を小さくして隣に。

 村紗は水桶を抱えたまま。

 屠自古は腕を組み、呆れ顔。

 神子様は穏やか。

 白蓮は怪しい微笑み。

 

「布都」

 

 神子が言う。

 

「火は人を集める」

 

「……集まってますな」

 

「焼くより、囲んだ方が効率が良い」

 

「何の効率ですか」

 

 屠自古が即座に突っ込む。

 

 星が茶を差し出す。

 

「どうぞ」

 

「……いただこう」

 

 湯気が立つ。

 

 寺は燃えぬ。

 だが火は生きている。

 

「布都さん」

 

 一輪がにやりとする。

 

「明日も来るか?」

 

「……」

 

 少し考える。

 

「作戦を練ってから来る」

 

「来る気満々じゃないですか」

 

 笑いが広がる。

 

 火は静かに揺れる。

 

 本日も未燃。

 

 しかし。

 

 囲む火も、案外悪くない。

 

 ……いや、次こそは。

 

「布都」

 

 神子様が言う。

 

「その“次こそ”をもう二十回は聞いてる」

 

「歴史は繰り返すものじゃ」

 

「進歩しろ」

 

 焚き火が、ぱちりと弾けた。

 

 ――本日も、平和である。




二話ですね。布都ちゃんってかわいい顔して結構なことしてますよね。
とじこの壺すり替えたり命蓮寺放火しようとしたり。ま、そこもかわいいんですけどね。
次で最後になると思います。読んでくれている方には感謝!!
もしよろしければ感想など、すっごくモチベになるので是非お願いします。
では、また。
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