地上の風は、軽い。
だが地底の空気は、重い。
そもそも、なぜここにいるのか。
朝のことだ。
神霊廟の庭で箒を動かしていたところ、背後から声が落ちた。
「布都、地底って行ったことある?」
振り向けば、
屠自古が腕を組んでいる。
「ない」
「鬼が宴会してるらしいよ」
「ふむ」
興味は、なくもない。
そこへ廊下の奥から穏やかな声。
豊聡耳神子が微笑していた。
「異なる土地の空気を知るのも、修行のうちだよ、布都」
「修行ですか」
「酒量の、じゃないよ?」
屠自古が笑う。
「行ってくれば? どうせ暇でしょ」
「暇ではない」
だが。
気づけば足は旧地獄街道を下っていた。
天井は遠いが、空はない。
代わりに、橙色の灯りがゆらゆらと揺れている。
どこからともなく笑い声と、杯のぶつかる音。
来るつもりはなかった。
本当に。
「おう、来たな!」
豪快な声が響く。
赤い角。大きな盃。
星熊勇儀が豪胆に笑っている。
「呼ばれてはおらぬ」
「顔に“飲みたい”って書いてあるぜ?」
「書いておらぬ」
だが、勧められた盃は受け取ってしまった。
重い。
中身も、盃も。
香りが強い。鼻に抜ける。
「地上のやつは薄いんだよ」
勇儀がどん、と布都の背を叩く。
肺の空気が少し抜ける。
「乱暴である」
「褒め言葉だろ?」
違う。
横からひょこ、と小さな影。
猫耳がぴくりと動く。
火焔猫燐が興味津々に覗き込んでくる。
「神霊廟の人ってお酒強いの?」
「我は強い」
「ほんとに?」
疑いの目。
布都は盃を傾ける。
一口。
二口。
三口。
……熱い。
喉から腹にかけて、火が落ちるようだ。
だが顔には出さぬ。
「どうだ」
「強がってる顔してる」
「しておらぬ」
勇儀が大笑いする。
「いいねぇ、地上の連中は反応が素直で」
「我は素直ではない」
「そこが素直だって言ってんだ」
理不尽である。
奥の卓では、さらに一人。
第三の目をゆらりと揺らしながら、静かに酒を傾ける。
古明地さとりだ。
「こいつはまた珍しい客だ」
勇儀が叫ぶ。
第三の目が少し見開く。
「……強く見せたいだけですね」
「読むな」
「読まなくても顔に出ています」
地底は厄介だ。
隠し事が通じぬ。
さとりは微笑する。
「でも、嫌ではないのでしょう?」
布都は盃を見つめる。
酒の表面が、橙の灯りを映して揺れる。
笑い声。
足音。
どこかで誰かが歌っている。
騒がしい。
荒い。
だが、嘘がない。
「……嫌ではない」
正直に言うと、さとりの目が少し柔らぐ。
「もう一杯!」
勇儀が注ぐ。
「待て」
「遠慮すんなって!」
どぷん、と溢れそうになる。
布都は慌てて支える。
「多い」
「気のせいだ」
「気のせいではない」
燐がくすくす笑う。
「顔赤いよ?」
「赤くない」
「赤いってば」
頬が熱い。
視界が少しだけ、揺れる。
地底の灯りが、やけに柔らかい。
どれくらい経ったのか分からぬ。
石畳に腰を下ろし、背を壁に預ける。
勇儀はまだ笑っている。
燐はどこかへ走っていった。
さとりは静かにこちらを見ている。
「また来ますか?」
さとりが問う。
「……気が向けば」
「向きますよ」
断言。
「どうして」
「今日、少し楽しかったでしょう?」
布都は黙る。
盃の底には、ほんの少しだけ酒が残っている。
重い空気。
騒がしい笑い。
遠慮のない手加減。
地上とは違う。
だが。
「……否定はせぬ」
そう答えると、勇儀がまた豪快に笑った。
「よし! 次は勝負だな!」
「何の」
「飲み比べ!」
「やらぬ」
即答。
だが、たぶん。
次に来たときも、盃は受け取るのだろう。
地底の酒は重い。
だが、悪くない。
石畳の冷たさが、少し心地よい。
布都は目を細め、橙の灯りを見上げる。
空はない。
けれど、ここにも確かに、居場所のひとつがあった。
本日、飲み過ぎ未遂。
そして少しだけ、上機嫌であった。
どうも、居酒屋の枝豆です。
結局連載にするっていうね。
書いてて楽しいのが悪いと思います。
今回は地底回ということでね。
布都ちゃんが地底行ってるところが想像できなくて書くの思ったより大変でした(笑)。
こんな駄文を連載していいのかという気持ちもありますが、
勝手ながら連載させていただきます。基本自己満なんで。
できれば、感想などほんっとに励みになりますので是非是非お願いします。お願いします!!!!書くことない人はフトチャンカワイイヤッターって書いていってください。
それでは、またどこかで。