羽をしまって、深くため息をつく。
久々の二段階目は、やっぱりきくなぁ……ふらついて今にも倒れそうだ。
「おっ……と!?」
とん。
よろける俺を、誰かが受け止めた。見れば、木場だった。
「お疲れ、イッセー君。まさか一人で堕天使を倒すなんてね。凄いじゃないか」
例のごとく爽やかに笑いながら、肩を貸して支えてくれる。俺ほどじゃないが、こいつもボロボロだ。
「遅ぇぞ、イケメン王子」
「君の邪魔をするなって、部長に言われてたんだよ。それに、手助けなんて必要なかっただろう?」
そりゃそうだけど……って、おい。なんだって?
「部長が?」
「そのとおりよ。あなたなら倒せると信じていたもの」
「部長!」
いつの間にか、壁に背を預けて、部長が立っていた。
「用事が済んだから、ここの地下にジャンプしてきたの。そしたら、裕斗と小猫が、大勢の神父相手に大立ち回りしているんですもの」
「部長のおかげで助かりました」
「なんだよ……心配して損したじゃねえか」
軽く悪態をつくけど、こっちはいろいろ発散した直後なんだ。大目に見てくれよ。
なんて考えていると、部長が俺の目の前まで来る。
「凄かったわね。あれがイッセーの本気?」
「は、はい……一応、もう少しくらいはいけますけど」
「フフフ、頼もしいわね。あれなら、堕天使を倒したっていうのも、何の不思議もないわ。あの人の言った通りね」
……あの人?
「見事なものでしたわ。それにしても、魔力が全然感じられませんでしたけど、あれは魔力ではないのですか?」
すぐ傍までよってきた、朱乃さんに聞かれる。
「はい。あれは覇気っていって……まあ、気の一種だと思ってください」
などといっていると、外から小猫ちゃんが入ってきた。
黒い羽を生やしたボロボロの女を引きずりながら。それが誰かは言うまでもないけど、俺が外までぶっ飛ばした、レイナーレだ。
「部長、持ってきました」
も、持ってきたって。完全もの扱いですか。
ぽいっとレイナーレが床に投げ捨てられ、その前に部長が仁王立ちする。レイナーレは、ヨロヨロと顔を上げて、部長を見上げた。
「はじめまして、堕天使レイナーレ。私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主よ」
「グレモリー一族の娘か!」
「短い間だけですけど、どうぞお見知りおきを」
軽く会釈する部長に、レイナーレが不適に口元をゆがめる。
「……ふん。勝ち誇るのは結構だけど、甘いわねぇ。まだ今回の計画で、私に助力している堕天使達がいるわ。彼らがくれば――」
「こないわよ」
レイナーレの言葉をさえぎり、部長はすっと懐から何かを取り出して、手を離す。
ひらひらと宙を舞いながら床に落ちるそれは、三枚の黒い羽だった。
「あなたのお友達は、当の昔にイッセーが片付けているもの」
部長の宣言に、レイナーレが一瞬ほうけるが、すぐさま意味を解し、声を荒げて否定する。
「嘘よ! ありえないわ……堕天使が、たかが悪魔に成りたての小僧如きに!」
「なんとでもおっしゃい。とはいえ、同属のあなたがその羽をみれば、それが彼らのものだってことくらい、わかると思うけど? まあ、私も最初は信じていなかったけどね」
再び部長に論破されて、堕天使は床に落ちている同胞の成れの果てをみて、絶望した。
「以前、イッセーを襲った堕天使ミッテルト、カラワーナに会ってから、堕天使が何かの計画を立てているのは察していたけれど、それは堕天使全体の計画かと思っていたから、静観することにした。
けど、それにしては動きがおかしいと思ってね。そこで朱乃をつれて調べにいったら、ビンゴだったわ。敵地で実行されるほどの計画を任された者がやられて、ただ黙っている筈はない。ということは、この計画はあなたたちの独断だと確信したの」
そうか……部長が言っていた『用事』って、そのことだったのか。
「イッセーの実力を甘く見すぎたわね。あの子は、この私の下僕なのよ」
威風堂々と言い切るその言葉の中身は、自分に対する確固たる自信と、それに裏づけされた俺への信頼。ひしひしと感じる威厳に、再び胸が熱くなるのを感じる。
「部長は、滅亡の魔力を有した高い実力から、上級悪魔の中でも天才と呼ばれるほどのお方だからね」
「別名、『
俺に補足説明するように、主をたたえる木場。朱乃さんも、すかさず随分と物騒な通り名を披露してくれる。
……滅殺姫。おっかない異名だ。とんでもないお人の眷属になったんだな、俺は。
「――そもそも、あなたはイッセーの神器を勘違いしているわ。この子の神器は、単なる
「!!! ……神滅具。神をも討ち滅ぼすと伝えられる最強の
悪かったな。そもそも、人間限定で宿るのが神器だ。凡人にだって、神滅具が宿ることもあるさ。
といっても、俺はいろんなやつに満場一致で、歴代最弱って言われてるけどな。……神さんは、お前はお前の成長をしろって言ってくれたけど。
「伝承の通りなら、十秒ごとに持ち主の力を倍化させ、神や魔王さえも凌駕するほどの力を発揮するといわれているわ。まあ、その分、パワーアップには相応の時間を要するけどね……」
そう、それが俺の神器の弱点のひとつだ。
「でも、さっきは急に力が増大したみたいでしたけど、あれは……」
朱乃さんの疑問に、俺は左腕の篭手を翳して答えた。
「マキシマムドライブ……俺が編み出した、ブーステッド・ギアの機能の一つですよ。俺の今現在の限界までの強化、その更に一段階上まで、一気に力を強化する。最大で三回まで重複可能で、発動中はどんな怪我を負っていようが、どんな毒を食らっていようが、問答無用で動けるようになります」
俺の語る内容に、みんながみんな驚きを隠せないようだ。あの無表情な子猫ちゃんですら、目を見開いている。
ただし強力な分、当然リスクもでかい。けど、それはまた別の機会でかまわないだろう。
「……とても面白いわね。悪魔になってからたったこれだけの期間で、私の予想をいくつも超えてくれる。本当に面白いわ、イッセー。あなたは最高の
なでなでと、フリーズ状態からもとに戻った部長が、俺の頭を優しくなでてくれる。みんなも暖かい視線を俺にくれる。
恥ずかしいけど、嬉しいです。
「さて……それじゃああなたには消えてもらうわ、堕天使さん」
俺の頭から手を離し、再び堕天使に向き直ると、部長はさっきまでの雰囲気を一変させ、冷酷な目つきで堕天使をにらむ。
「もちろん、その神器も回収させてもらうわ。それはあなたが持つべきものじゃない」
「じょ、冗談じゃないわ! この力を得るために、私はここまで準備を整えたのよ!? アザゼル様とシェムハザ様から、愛を得るために――」
「愛のために生きるのもいいわね。でも、あなたのはあまりにも薄汚れていて身勝手過ぎる。とても見過ごせるものではないわ」
部長が手をレイナーレに向けたとき、廃墟となった教会に、再び姿を現したものがいた。
「俺、参上」
クソ神父、フリード・セルゼンだ。
あの野郎! 今更何のようだ!
「あららら? 上司さまのピンチですか? 何があったんだかわかりませんが、非常にわかりやすいですねぇ」
「ちょうどいい、助けなさい! 褒美は何でもくれてやるわ!」
レイナーレが神父に叫ぶが、フリードは即座には動かない。
「へぇ~、何でもですか。それって本当に何でもですか? なんならあなたさまとの熱~い一夜をくれますか? それなら非常にやる気が出るんですけど」
「な、なにをふざけているの! 早く助けなさい、命令よ!」
感情のまま、怒りと焦りで叫ぶが、フリードはそれを冷ややかに見ている。
本当に救いようのない馬鹿だ、こいつは。この状況でも、あくまでフリードを駒としかみなしていない。
「あ~らら。命令ときちゃいますか。それじゃ、ここでお暇させてもらいますわ。どう見ても超弩級に不利なみたいですし? ご褒美もなしじゃ、やってられませんわ」
「し、神父が悪魔を前にして逃げるというの!? 私は誇り高き堕天使よ!? 私を救うべきでしょう!」
「クソ悪魔に圧倒される、クズな上司なんて願い下げで~す! ――レイナーレ様、やっぱあんた駄目っすよ、頭ゆるすぎ。そんなんだからこうなるんっしょ? 神様に見放されたんだから、今更人間如きに見放されたっていいんじゃないっすか?」
言いたいだけに言って、レイナーレから完全に視線をはずした。
そして次に、満面の笑みで俺を見た。
って、なんで俺?
「そこのクソ悪魔く~ん? たしかイッセーくんだっけ。君ってば随分素敵な能力を持ってたんだねぇ。決~めた。俺様、お前にフォーリンラブ。殺したい悪魔、トップ5にランクインです、おめでとう! 次に出会ったら、ぜひとも素敵な殺し合いがしたいから、よろしくね!!」
殺意みなぎる満面の笑みで、おぞましいことを言ってきやがる。
「てなわけで再び――はい、ちゃらば!」
ばっと身を翻して、あっという間に消えやがった。逃げ足はや!
なんとなくだけど、あいつとは出会いそうな気がする。今まで戦ってきた中で、何度か味わったこの感覚。これは再戦を予感させる類のものだ。
うわぁ、嫌だな。もうあんなイカレ野郎とは会いたくないって……。
「下僕にも見放されるとは哀れね。堕天使レイナーレ。それじゃ、覚悟はいいわね?」
台詞とは裏腹に、少しの哀れみも含まず部長がレイナーレに言い放った、そのときだ。
フリードの逃げた方向を見続けていた俺の耳に、信じられない声が飛び込んだ。
「……イッセー君」
それはあの夕日のとき以来、二度と聞けないと思っていた声色だった。
反射的に視線を動かせば、そこにいたのは寸分たがわず、あの夕日の公園、あの日のデートで着てきた、清楚な服装の少女。
ついこの間まで、俺が馬鹿丸出しで熱をあげていた少女。
――俺を、殺した少女。
「お願い、助けて! あんなことを言ったけど……堕天使としての役目を果たすために仕方がなかったの!!」
「……夕麻ちゃん」
それは、偽の名。
彼女の本当の名前はレイナーレ。
俺を殺して、俺の友達を殺して、悪魔に成った俺を殺そうとした堕天使だ。そうとわかっていても、感情は抑えきれず、水を注ぎすぎたペットボトルのように堰を切ってあふれ出す。
「ほら、その証拠にこれ、捨てずに持っていたの! 忘れてないわよね? あなたに、買ってもらった……!」
あの、初デートの時。俺が買ったアクセサリーが、彼女の手首にあった。
「っ!! なんでまだ……そんなもん持ってんだよ」
痛みも疲れも無視して、俺は木場から離れて、足を前に動かす。みんなが息を呑むのが空気の震えで伝わってくるが、それを察する余裕なんか、ない。
「どうしても、捨てられなかったの……だって、あなたを……愛してるの!」
目の前まで来たところで、俺を見上げる彼女と目が合う。その目には、期待と懇願の色が映っていて――あの時と同じで、俺は映っていない。
「あなたなら、悪魔になんて負けないわ! 私を助けて、イッセー君!」
―――――――――。
ずっと悩んでた。
夕麻ちゃんは演技で、あのレイナーレこそがこいつの本性。
わかってる。理解してた。でも、納得はしていなかった。
夕麻ちゃんは夕麻ちゃんで、俺の思い出にしていたかったんだ。
でも、目の前の彼女は……
俺に対して、部長たちを倒すよう言ってきているのは……
紛れもない、あの日に惚れた夕麻ちゃんだ……。
そして……アーシアから命と神器を奪って、アーシアの慈愛に満ちた神器を出世欲のために使おうとしている堕天使、レイナーレ……。
どうしようもない現実が突きつけられて、俺の頭の中で、まだほんのわずかに残っていた残滓が、跡形もなく砕け散った。
「お前……どこまで……」
感情がこんがらがって、うまく言葉が出せない。
さっきの地下で、レイナーレに罵倒された時と似たような感じだけど、あの時以上に心は沈みきっていた。
俺は、『夕麻ちゃん』を背に部長に向き直った。後ろで、彼女が血生臭い期待に目を輝かせているのがわかる。
「部長」
ゆっくりと部長に向かって歩いて――その横を通り過ぎたところで、立ち止まる。
「……頼みます」
「!!?」
『レイナーレ』が、息を呑むのがよくわかる。
「私のかわいい下僕に言い寄るな。――消し飛べ」
「うぅっっあああああああぁぁぁ!!」
ドォン!
廃墟に響く断末魔と、あたりを一瞬照らす滅びの魔力。
ぶわっと上へ舞い散らされるのは、黒い羽。堕天使の、成れの果てだ。
でも、頭に浮かぶのは、どうしても夕麻ちゃんのことだ。
『付き合ってください』
告白されて、付き合って。
『明日は晴れだし、楽しみだね!』
デートの約束をして。
『イッセー君凄い、速ーい!』
ゲーセンでデートして。
『死んでくれないかな』
夕日の公園で、殺された。
……でも。
……それでも。
……好きだったんだ。
どうしても……信じていたかったんだ。
われながら、馬鹿だよな。
でも、そんな彼女は、もういない。
「――さよなら、夕麻ちゃん」
舞い散る羽へと、俺はせめてもの別れを告げた。