レイナーレが消し飛んだ後、緑色の光が宙に浮かび、ゆっくりと部長の手元に落ちてきた。部長はそれを俺に手渡すと、緑色の光が指輪を形どる。
部長を見ると、部長は小さくこくりと頷いてくれた。
俺は壊滅しきった教会の、奇跡的に無事な一角の長椅子の上に横たわる、アーシアの元へ寄ると、冷たくなったその手をとって、指輪をはめた。
「部長、すみません……あんだけ言っておきながら……俺は……」
アーシアを、救えなかった。
守ると誓ったのに。
救うと決めたのに。
友達になったのに……。
不甲斐ない自分に、また涙がこぼれる。眷属になってから、我ながらよく泣く。
「泣くことはないわ。あなたは、悪魔としての経験が足りなかっただけ。誰もあなたを咎めたりはしないわ」
「でもっ……でも、オレぇ……」
誰が許しても、俺が許せない。どんなに無様でも、頬を伝う涙は途切れない。
アーシアを救うという目的を果たせなかった。その事実が、どうしようもなくのしかかる。
「イッセー、これは何だと思う?」
その部長の声に振り向くと、部長が手に何かを持っていた。涙でぼやける視界を袖でぬぐって、よく目を凝らす。
「チェスの、駒?」
部長の髪と同じ色合いの、紅いチェスの駒だ。
「正しくは、
「部長……まさか」
「前代未聞だけど、このシスターを悪魔へ転生させてみる」
床へ横たえたアーシアの体の下に、魔方陣が展開される。そこへ部長が、魔力を注ぎ、呪文を唱える。
「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ。いま再びこの地に魂を帰還せしめ、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が僧侶として、新たな生に歓喜せよ!」
詠唱が終わり、魔方陣が消えると、僧侶の駒がアーシアの中へ溶け込むように入っていった。そして、アーシアにつけた指輪が緑色の光になって、駒と同じようにアーシアの中へ入っていった。
ピクリ。
僅かに体が動いた。次に目蓋がゆっくりと持ち上がり、あの綺麗な、翡翠色の瞳が現れた。
「――――んぅ……アレ?」
アーシアが、ゆっくりと起き上がる。
「アーシア……部長!」
俺が言わんとすることを、聞く気はないと言わんばかりに、部長は背を向けた。
「私は悪魔をも回復させる、その力がほしかったから転生させただけ……後はあなたが守ってあげなさい。先輩悪魔なんだから」
部長の言葉に、俺はまた涙を溢れさせた。でも、さっきの後悔と自責の涙とは違う。これは感謝と、喚起の涙だ。
ああ、俺は……この人の眷属になってよかった。
「……イッセーさん?」
事情をうまく飲み込めていない様子のアーシアが、俺の名前を呼ぶ。
俺の名前を、呼んでくれているんだ。
俺は、思いっきりアーシアを抱きしめた。
暖かい。鼓動がはっきりと伝わってくる。間違いなく、彼女は生きている。
「……帰ろう、アーシア」
『オキナイト ダメダゼ キアイヲイレロ!』
……今日はボーイッシュ少女ボイスか。毎度毎度、どういう選出なんだ。
神さんからもらったこの目覚まし。異様なほどすっきり起きれるんだけど、今まで聞いてきた感じ、少なくとも五百種類は超えてるんだよな……。まさか知らない間に増えてるんじゃ……。
って、そんなことよりも、今日は早めに部室に行かないと!
急いで跳ね起きて、ババッと着替えて制服に袖を通して、部屋を飛び出した。
「おはようございま~す」
挨拶しながら部室の扉を開けると、部長がソファーに腰掛けながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら、おはよう。ちゃんときたのね。傷の具合はどう?」
「はい、アーシアのおかげで完治しました」
「そう、さっそく僧侶として活躍してくれたみたいね。あの子の回復能力は、やっぱり凄いわ。堕天使が上に黙ってまでほしがったのも頷けるくらい」
今日は朝から集まりがあるといわれていたんで、まだ学校が始まる前に来た。
それはそれとして、別に聞きたいことがあったんで、部長の向かいに座る。
「部長、あの……
「ええ」
「じゃあ、俺と同じ
ただでさえ、木場やら小猫ちゃんやら朱乃さんやら、とんでもない実力者ぞろいの面々。そこに回復のスペシャリストのアーシアまで加わって、これ以上強いやつが増えると、俺の立場がなくなるよな……。
おいていかれないよう、必死で追いつかないとな。
なんて考えていると、部長はカップを置いてから、一言。
「私の兵士はイッセーだけよ」
……え?
あ、あの……それって、どういう……。
ま、まさか告h……いやいや! それはないって!
慌てふためく俺を尻目に、部長は立ち上がって俺の後ろへ歩いてきて、そっと俺の胸の前に両腕を回して、腕を組んだ。無論、豊かなお胸様の感触もばっちり……、
うああぁぁ……こ、これはもしかしてもしかするのか!?
「人間を悪魔へ転生させるとき、転生者の能力次第で消費する駒の数が変わるのよ」
……いや、どうやらそういう感じじゃない。まあ、わかってたけどさ。
それに、部長の胸の感触は健在だから、ほとんど悔しくなんてない! むしろうれしい! って、駒の消費?
「あの公園の時点で、私の駒は
「お、俺一人で、駒八つ!?」
凄え……
俺だけだったら、一つ分の価値もあるか怪しいってのに……。
「それがわかったとき、絶対にあなたを眷属にしようと思ったの。そして、あなたは最高だったわ」
白魚のような美しい指が、俺の頬を優しく撫でる。
「『
――最強。男なら、誰であれ心惹かれるフレーズ。
最強の兵士……いい響きだ!
などと考えていると、部長の顔が近くにあった。
次の瞬間、額にやわらかい感触が……。
「これはお呪い。強くおなりなさい」
もしかしなくても、額にキス。
―――……う、うう、うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!
キス! Kiss! 接吻! 口付けだよ!
あああああ! 凄い感触だった! 柔らかい弾力が肌に触れて、それで……。
頬でも唇でもなかったけど、女の子のほうからなに言わずに初めて、キスして貰えた!!
部長! 俺がんばります! どんなに弱くたって、強くなって見せます!!
「と、あなたを可愛がるのはここまでにしないとね。新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないわ」
嫉妬? 新人って……。
「イ、イッセーさん……」
少し低めの声に、立ち上がりながら振り向けば、アーシアが笑みを引きつらせていた。
「ア、アーシア?」
なんだこの感じ? なんで怒ってるの? エッチなのはよろしくないんでしょうか?
「そ、そうですよね……リアスさんは……いえ、リアス部長はお綺麗ですから……それはイッセーさんも好きになってしまいますよね……いえ、ダメダメ! こんなことを思ってはいけません! ああ、主よ、私の罪深い心をどうかお許し、ああうッ!!」
たった数秒間に物凄く可愛く動いたかと思えば、突然頭を抑えて蹲ったアーシア。いや、マジで可愛すぎだって。って、それどころじゃないか!
「アーシア、大丈夫か!? どうしたんだ!」
「急に、頭痛が……」
「当たり前よ、あなたは悪魔になったのよ? 悪魔が神に祈れば、ダメージくらい受けるわ」
あきれたように部長が呟く。
「うぅ、そうでした。私、悪魔になっちゃったんでした」
アーシアは頭を離して立ち上がると、複雑そうな表情でそう言う。
「後悔してる?」
そう部長に訊かれると、アーシアは表情を一変させて、首を横に振る。
「いいえ、ありがとうございます。どんな形でも、イッセーさんと一緒にいられて、幸せです」
―――。
な、なんと言えばいいのか……とりあえず、猛烈にうれしいのは確かなんだけど、それ以上にこっぱずかしいっつーか……ねえ?
「あ、あはは……そ、それより、その格好……」
ここまできて、俺はようやくアーシアの服装に眼がいった。
駒王学園の女子の制服。これを着てるってことは……。
「似合いますか?」
これまた可愛くはにかむアーシアに軽く笑いかけて、部長を見ると、部長は立派なお胸様を張って、あっさり答えた。
「私の父が、この学園の経営にかかわっているのよ。これくらい、造作もないわ。イッセーが頼み込むまでもないわよ」
知らなかった……この学園って、そこまで悪魔との関わりが深かったんだ。
ていうか、やっぱり教会のアレ、聞かれてたんですね。
「アーシアはあなたと同い年らしいから、同じ二年生ね。クラスもあなたのところにしたわ。今日は転校初日ということになっているから、フォローよろしくね」
部長……数々のご好意、重ね重ね感謝します!
「よろしくお願いします、イッセーさん」
礼儀正しく、ぺこりと頭を下げるアーシア。
「ああ、よろしく。あとで、俺の友達二人も紹介するから」
松田も元浜も、俺がアーシアを紹介したらどんな反応を見せるかは簡単に予想できる。悔しがるあいつらの顔を想像するだけで、しばらくは笑いとおせそうだ。
「おはよう、イッセー君」
「……おはようございます、イッセー先輩」
「ごきげんよう、イッセー君」
ドアを開けて現れたのは、木場、小猫ちゃん、朱乃さんだ。
二人に挨拶をしないところをみると、もう先に済ませたんだろう。俺がビリってわけか。
朝にも多少は慣れてきたって言っても、悪魔の先輩のみんなに比べれば、まだまだだな。たかが朝の集会程度って思うけど、こういうのは下っ端こそ一番に来ないとだし。追いつけるようにがんばらないと。
最強の兵士になるためにも、な!
「さて、全員そろったところで、そろそろ新人の歓迎パーティーを始めましょう」
といって、部長が指をパチンとならすと、テーブルにケーキが出現した。魔力かぁ……そのうち俺も、こんなことができるようになるかな? ケーキ崩す心配をせずにすむから、結構真剣にいいかもしれない、コレ。
「イッセー」
「え?」
ケーキに見とれている俺に、部長が微笑みかけて。
「あなたは最高だったわ」
最高の、ほめ言葉をくれた。
「……ハイ!」
強くなります。なって見せます。
前よりも強く、誰よりも強く、あなたが誇れるくらいに強く。
それが、俺の新しい目標です!