Life.13 今、平和です。
『ケホン、ケホン! あ、あの……朝です。起きてください……ケホン、ケホン、ケホン! ……お願いです、起きて……ケホン! 起きてください、起きて……』
バン。
時計を止めると、いつものように眠気が少し残りつつも意識がはっきりする、起きるにしても寝るにしても最高の状態になった。
病弱っ子バージョンか、初だな。やっぱり絶対バリエーション増えてる。神さんが定期的にコレをいじってるのか、それとも神さんのPCから転送されてるのか……まさか時計が自力で?
それはともかく、時計を見ると……。
「まだ四時半じゃねえか……」
もう一度布団にもぐり、目をつむ……ろうとして、何でこんな時間に目覚ましをかけたのかを思い返してみる。
え~と、昨日の放課後、部室に行って。で、入ってすぐにブラジャーとパンツを見つけて、小猫ちゃんにどつかれたけど、それはアーシアので……ってこれはいい!
で、部室を出るときに、部長に明日から特訓だから、午前五時前に迎えにいくといわれて、その日は本屋によって、巨乳特集本を……ってこれもいいんだよ!
……なんだ、じゃあ今日はもう一眠り……アレ? これって昨日の記憶だよな? で、今日……。
「!!」
布団を払いのけながら起き上がって、窓の外を見ると……部長が赤く美しい御髪を風になびかせながら、自転車にまたがっておられた。
俺の視線に気づいたのか、そっと口を動かす。
早くなさい。
「いま行きます!」
ばっと着替えを済ませて、俺は階段を駆け下り――ようとして、近所迷惑のため足音を消して静かに降りた。
「私の下僕が弱いなんて、許されないわ!」
お叱りを受けつつも、特訓開始。
最初は走りこみ。まあ、基本だ。住宅街を走り回りつつ、目的地の公園を数十キロと遠回りしながら目指す。慣れているので、少し汗はかいているが息は切らしていない。
そして、目的地の公園に到着するなり、ダッシュへ移行。それを済ませると、今度は腕立て伏せ。
部長が俺の背中に乗っているが、この位の負荷はなんでもない。数トンは下らないであろう鉄塊に比べたら……ねぇ?
むしろ、部長が背中に乗っていてくださるおかげで、やる気全開ですとも!
柔らかいお尻の感触が、体を動かすごとに重力の法則に従って押し付けられるから、もう張り切るっきゃないだろう!
べしっ!
「あう!」
突然の尻の痛みに、思わず声を出してしまった。
「邪念が入ってるわ。腰の動きがやらしいわよ」
「そ、そりゃ……部長を乗せているかと思うと、お馬さん根性がMAXになりますよ」
「ふぅん。随分余裕ね。それじゃああと二百くらい追加しましょうか?」
望むところです! だから尻たたきはご勘弁を……。
「それはそうと、そろそろ来る筈なんだけど……」
「え? 誰か来るんですか?」
「すみませーん」
突然の声に、地面にへばりついたままでそちらを見ると、バスケットを抱えたアーシアが走ってきた。
「イッセーさん、部長さん! 遅れてすみま……あぅ!」
あ、こけた。
「はい、お茶です」
「ああ、ありがとう」
ベンチに座りながら、注いでもらったお茶を啜る。腕立ての後もトレーニングをこなして、つかれきった体に水分がいきわたる。
「アーシア、どうしてここに?」
「部長さんに呼ばれまして……」
「部長に? あの、部長、どうしてアーシアを?」
一声かけてみるが、部長はなぜかあさっての方向を向いたままだ。
「部長?」
もう一度声をかけると、部長はハッとなってこっちを向いてくれた。
「え、ええ。それじゃあ、いきましょうか」
「行くって、どこへ?」
ランニングですか? 俺のペースにつき合わせるのは、アーシアにはちょっときついんじゃ?
「イッセーのお家よ」
……なんか、変な予感がする。
それにしても、さっきの部長の顔……なんか、物悲しげに見えたけど……なにかあったのか?
言われるがままに、住み慣れた我が家へ二人を連れてきてみれば、家の玄関前に、大量の段ボール箱が積み込まれていた。
「これはいったい?」
「私の私物です。すみません。思ったよりも多くなってしまって……」
俺の疑問に、アーシアが鈴を転がすような声で答えてくれる。って、私物!?
「部長、コレって……」
よもやと思うけど、この展開は……。
「そうよ、今日からアーシアは、あなたの家に住むの」
「よろしくお願いします」
「下宿先の希望を聞いたら、あなたの家がいいって」
畳み掛けるように部長が補足する。決定事項ですか!? そんなこと急に言われても!
家に上がるなり、テーブルを挟んで、俺は父さん母さんと顔を合わせている。隣には、部長とアーシア。俺を育ててくれたご両親様は、あごが外れんばかりに口をポカーンとあけて、目も飛び出さんばかりに見開かれている。こんな早朝から驚かせてごめんよ。
「あ、あしゃ、アーシアさん……だったかな?」
「はい、お父様」
若干の緊張は見られるが、アーシアは礼儀正しくピシッと座りながら返事をする。
「その……ホームステイするにしても、うちよりもほかのほうかいいんじゃないかな」
「……イッセーさんは、私の命の恩人なんです」
「恩人?」
「はい。海外からやってきて、一番お世話になった方なんです。だから、イッセーさんのお宅なら、私も、安心して暮らせると思ったんです」
「アーシア……」
気恥ずかしくなると同時に、胸が熱くなる。そこまで言ってくれるなんて……やっぱりいい子だ。
「でも、ご迷惑ならあきらめます……」
声を落ち込ませるアーシアに、母さんがあわててフォローを入れる。
「ああ、いや、駄目って言ってるわけじゃないのよ! 部屋も空いてないわけじゃないし。ただ……」
母さんがチラッっと俺を見て、父さんも同じく俺を見た後、腕を組んで渋い顔をする。
「うぅむ。家には、性欲の権化とでも言うべきバカ息子がいるからな……」
……おいこら、クソ親父。
「実の息子捕まえて言うことか!」
母さんもうんうんと頷いてるし! 否定できないのが更にムカつく!
停滞の様相を見せ始めた場を、部長の一言が動かした。
「では、今回のホームステイは、花嫁修業も兼ねて、というのはどうでしょうか?」
「「「は、花嫁!?」」」
なんですか、それは!? アーシアと部長を除いた、俺たち兵藤親子三人がそろって素っ頓狂な声を上げた。アーシアは不思議そうな顔でかわいらしく小首をかしげているし、部長はといえば、意味深な笑みを両親に向けている。
ぶわっ。
と、突然両親が涙を流したかと思えば、両手を組み合わせて向かい合った。
「か、母さん! イッセーがこんなんだから、一生孫の顔なんて拝めないと思っていたら……老後も独り身の息子を心配しなければならないのかと悲嘆にくれていたよ……」
「父さん、私もよ! こんな駄目息子によくもまあ! 性根だけはまっすぐだけど、追い詰められたら世間様にご迷惑でもかけないかと思っていたのに……」
二人そろって言いたい放題だ。俺、そこまで心配かけてたのか? ていうか勝手な未来予想立てんな!
「お父様、お母様、イッセーさんは駄目な方なんかじゃありません。とても素敵な方です」
「ああ、なんていい子なのかしら!」
アーシアが俺をかばうと、母さんは感涙のあまり嗚咽を漏らす。これなんてドラマ?
「リアスさん! アーシアさんは、家で責任を持って預かります! いえ、預からせてください!!」
「ありがとうございます、お父様、お母様。イッセー、これで決まりね。アーシアをよろしくお願い」
父さんの返事に、部長もきれいな笑顔で返す。そして、俺のほうをみてこれまた素敵なお顔で微笑まれた。思わずほだされそうになるけど、とりあえずこれだけは言っておこうか。
「あの……花嫁修行と、花嫁になるのは全然違うんですが……」
父さんも母さんも、興奮しきって気づいてませんけどね。
俺の指摘に、部長はハッとした様子で笑顔を消した。
「……花嫁、ね」
それだけつぶやくと、天井をボーッと見つめる。
あの公園のときと同じ、ひどく物憂げな表情とともに。
こうして、アーシアが俺の家で暮らすようになって数日後。
今、俺の隣を清楚な金髪美少女が歩いている。
周りのやつらの好奇の視線が半端ない。
「どうしてアルジェントさんと兵藤が同じ方向から……」
「馬鹿な……何事だ……」
「うそよ、リアスお姉さまだけじゃなく、アーシアさんまで毒牙に……」
悲鳴とも怨嗟の声ともつかないざわめきの中、俺はアーシアとともに歩く。
まあ、そりゃそうだよな。最近までただのエロ学生だった俺が、こんな短期間で何人もの美少女と親しくしているんだから。
転校して数日でオカルト研の皆と同クラスの人気者になったアーシアが、俺の家でホームステイしていることは、すでに周知の事実。転校初日にアーシアがもらして、それが激震とともに学校中を駆け巡ったからだ。
「兵藤で大丈夫なら俺も」という理論に達した連中が、アーシアに告って即効撃沈したらしい。
以来、またいらぬ恨みを買った俺は、今現在も憎悪の視線を感じるが、より純度の高い悪意にさらされたこともある俺には木っ端の火だ。
学園の野郎どもは俺が美少女をとっかえひっかえにしていると思っているらしいが、現実はそんなに甘くはないのだ。
それでも、単なるスケベと思われているよりは数段気分がいいのは事実。
フフ、好きに嫉妬するがいいさ、男子ども。
俺は更なる高みを目指すぞ! フハハハハ!
「何か面白いことありました?」
うわ。調子乗ってたらアーシアが怪訝そうな顔で覗き込んできた。近い、近いよ。ブレークブレーク。
「い、いや、なんでもないって。それよりアーシア。学校の女子とはうまくやれてるか?」
協会で育ち、小さいころに聖女として祭り上げられたアーシアは、かなり浮世離れしている上に、祖国との文化の違いもあって、当然、戸惑うことも多い。俺もフォローしているが、何よりも同性の手助けが、精神的にも一番いい。
「皆さん、とってもよくしてくれていますよ。早く慣れるようにと、いろんなことを教えてもらっています。お友達もたくさんできました。今度、一緒に買い物に行こうって誘われてるんですよ」
うん、なかなかよくやれてるらしい。とはいえ、転校初日の様子を見る限り、無用な心配だったかな。むしろ、俺に対して気をつけるようにって注意を入れられてたくらいだからな……普段のイメージから、しょうがないとはいえ、せめて本人のいないところでやってくれよ!
とか考えてるうちに、学校に着いた。増すばかりの視線を気に留めつつ、教室へ行くと、悪友二人が顔を出した。
「アーシアちゃーん! おはよー!」
「おはよう、アーシアさん、今日もブロンドがキラキラ輝いてるね」
「おはようございます。松田さん、元浜さん」
見事なまでに俺をスルーしやがった二人に、アーシアがにこやかに挨拶すると、二人とも晴れやかな表情を見せる。さわやかなはずなのに、逆に不純に感じるな、こいつらだと。
「やはり、これだね。元浜くん。ゴミではなく人間として扱われるのは、すばらしい気分だ」
「ああ、そうだな、松田くん。美少女からの笑顔の挨拶は、やはりいいものだ。心無い言葉で傷ついたわれわれの心を癒してくれる」
……毛虫のごとく嫌われているこいつらにとって、アーシアの笑顔は想像以上の癒しを生んでいるらしい。まあ、俺もほとんど似たようなもんなんだけど。この前まではな!
余裕に浸る俺に、松田が急接近する。明らかなボディ狙いに、俺は腹筋を締めて構える。
ドッ!
「ぬっ!?」
感触でまったく通じていないと悟ったのか、松田は続けざまにローキックを放とうとしている。が、甘い! 松田の足が迫るが、その足を下から軽く蹴っ飛ばしてやった。
「ぐぅぅ、おのれイッセー!」
足を押さえて後ずさる松田。どうだ、地味に痛いだろう。
「あ、あの、松田さん、どうしたんでしょうか?」
後ろから、アーシアがそっと耳打ちしてくる。今の一瞬の攻防を把握できなかったらしい。ていうか、インファイト過ぎて見えなかったよな。
「ああ、気にしなくていいよ。松田はたまにああやって、見えない敵と戦ってるんだ」
「えええ! ま、まさか、悪霊!? 松田さんはお坊さんだったんですか!?」
盛大な勘違い。坊主頭だからか?
「いやいや、そんな大層なもんじゃない。まあ、強いて言うなら、自分との戦いかな」
「自分との戦い?」
ああ、アーシアにはわからなかったか。ごめんな、曖昧なこと言って。
「くぅぅぅ! 自分が情けない! こんな清純な金髪美少女と一つ屋根の下で暮らすまでに堕落した男にも勝てないなんて!」
体力自慢のスポーツ万能なハゲが、なんか泣いてる。
「泣くな、松田! 泣けばより惨めになるだけだ! 泣くよりも前をみろ。神風を待ち、パンツを待ち望むんだ!」
眼鏡をとったら戦闘力が激減するメガネがかっこいいようでかっこ悪いことを言いながら泣いている。
アーシアの転校初日に、アーシアが俺の家にホームステイしてるって知っただけでも死んだからな、こいつら。逆の立場だったら、俺もああなっていたのか……。
哀れみの視線を感じ取ったのか、血涙が流れそうなくらいの勢いで二人とも俺を睨む。
「ちくしょう! リアス先輩と朱乃先輩の学園二大お姉さまに、一年生のアイドル子猫ちゃんに、とどめに金髪の乙女のアーシアちゃんだと! なんでお前ばっかり美少女と縁があるんだ!」
さあな。たぶん今まで何度となく地獄を見たご褒美じゃないか? なんならお前も希望をかけて見てみるか、命の保障はないけど。
「イッセー。一人ぐらい紹介してくれても罰は当たらないと思うぞ。てかお願いします、マジで」
泣きながらすごい勢いで元浜が迫ってくる。しょうがないな。
「ちょっと待ってろ」
俺は携帯を取り出して、あるところへ電話をかけた。数分して、話はまとまった。
「大丈夫な子が一人いたぞ。今日OKだとさ。友達も連れてくるって。これ、その子の番号と、メアド。まずはメールで連絡取ったほうが、幸せになれるぞ」
「サンキュー!」
今の今まで泣き叫んでいた松田が、速攻で俺のケータイを奪う。足の痛みもどこへやらだ。
すばやく番号を登録した二人から、俺は携帯を取り戻す。
「ああ、ありがとうございます、イッセーさま! このご恩は一生忘れません!」
「俺らもソッコー彼女作るからな! 今度トリプルデートでもしようぜ!」
ああ、早くも頭に春がきてやがる。幸せなやつらだ。
「で、どんな子なんだ? 美少女なんだろうな」
「ああ~……まあ、乙女だな。とてもきれいな瞳をしてる」
「乙女! なんて素敵な響きなんだ!」
「兵藤先生、あざーっす!」
嘘は言ってない。あんな澄んだ目は、アーシア以外では見たことがない。なのに、不思議と圧されるんだよな。
「ところでイッセーくん。『ミルたん』って、どうして『ミルたん』なんだ?」
本人に聞いてくれ。俺は聞けなかった。