ふと気がつけば、壮大なパイプオルガンの音が聞こえる。
目を開けて、周りを見渡せば、不気味な石像が置かれながらも、立派な建物の中にいた。
「ちくしょう! ありえねー!」
「これはなにかの間違いだ!」
見れば、目の前には礼服を涙でぬらしながら、なお号泣する松田と元浜がいた。
「イッセーが……結婚なんてぇー!!」
「これは何かの陰謀だー!!」
「はあ!? なに言って……て、なんじゃこりゃー!!」
見れば、俺も白のタキシードを身に着けている。
あまりの衝撃に狼狽していると、後ろからもすすり泣く声が聞こえてくる。
振り向けば、これまた着物と紋付袴に身を包んだ両親が、涙を流していた。
「イッセー! 初孫は女の子だよー!」
「うぅ、立派になって! 性欲だけが自慢のどうしようもない子だったのに!!」
また言いたい放題だな、おい!
……ていうか、これなに? 何か周囲には、色々と見知った人もいるし。
そういえば、さっき松田が、結婚がどうとか……結婚?
誰が?
――って、俺か!?
「きょろきょろしては駄目よ。イッセー」
と、いきなりの声に、横を向くと、そこには純白のドレスに身を包んだ、リアス・グレモリー部長のお姿が……。
―――美しすぎる。
悪魔でありながら、女神にも匹敵する清楚さと神々しさ。それでいて、蠱惑的な魅力を持った、矛盾しているはずなのに自然なあり方。
……俺、こんな凄い人に憧れていたんだ。
「リアス様ー! お綺麗ですわー!」
「リアスお姉さま! どうしてあんな男と……」
―――そ、そうか。これは、俺と部長の結婚式。
どういうわけだか、俺と部長は、いつの間にかそんな関係になって、こんな展開になっていたんだ!
ああ、何がどうなってるんだかよく分からないけど、部長と結婚できるんなら、問題ない!!!
……それはともかく、結婚といえば、絶対にはずせないものがある。
――――夜の営み!! しかも新婚初夜!!
『いらっしゃい、イッセー』
頭の中で、裸の部長がベッドの上で手招きしてくる。妄想がとまらない。
部長は、名門悪魔の跡取り娘。当然さらにその跡を継ぐ子供がいなければならないわけで。そのためには、それなりのことをしなければならないわけで。すなわち。
部 長 と エ ッ チ で き るッッッ!!!!
うおあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
なんなんだよ、この展開! いままでの不運の裏返しか!? だったらありがとう、神さん!!
「それでは、誓いの口付けを」
な、なに!? テンパってたら、いつの間にか神父っぽいおっさんがさっさと事を進めていた。
部長はこっちを向いて唇を差し出してらっしゃる!!
ま、まじか、まじなのか……。
待て、落ち着け。これは神聖な誓いのためのものだ。エロスではなく、アガペーをもって成すのだ!
悪魔が愛の種類を語るとか、悪魔同士の結婚式に神父とか、突っ込みどころ満載だけど、そんなもん、部長の瑞々しい唇の魅力の前には些細なことだ。
あらぶる鼻息を必死に抑え、いざ、平静を整えて、部長の唇へ――
『随分と盛り上がっているな、相棒』
――ッ!!
この、低く迫力のある声……ガキの頃からずっと付き合っている、あいつの声。
しかも、随分近い……。
『そうだ、ようやく戻ってこれた』
……周囲を見渡すと、いつの間にか、何もかもが闇に消えていた。
まるで無重力になったように、足元が覚束なくなる。そんな中、懐かしい響きのほうを向くと、血のように赤い眼が開き、俺を見据える。同時に、真っ暗闇に飲まれた空間が、灼熱の炎によって照らし出された。
俺の眼前に姿を現した、溶岩のように赤く、熱い鱗に覆われた巨体。その鱗に覆われた太い腕から生える鋭い爪も、でかい口から生える牙も、忘れるわけがない。
「……起きたのか。ドライグ……ていうか、お前!! よくも部長とのめくるめく淫夢を邪魔してくれやがったな!! どうしてくれんだ!?」
あんな完璧なイメージ、一生に数回できるかどうかだぞ!?
『ふっ、相変わらずだな。悪魔になっても変わらないようで嬉しいぞ、相棒。なぁに、生まれ変わったお前に適応するために少々時間はかかったが、それに見合うだけの土産は持ってきてやったぞ』
「……土産?」
『ああ。とはいえ、元々お前が望む望まないに関わらず、御さねばならない代物だ。さもなくば……こいつ等はお前だけでなく、全てを喰らい、飲み干すぞ』
こいつ等?
―――そのとき、俺は目を疑った。何故なら……ドライグの後ろに、さらに強大な二つの何かがいるからだ。
いや……いっそ絶大といってもいい。それほどまでに、存在に差がありすぎる。二天龍と呼ばれた、ドライグでさえようやく届くかどうか。
その存在を、俺は知っている。知らないわけがない。それでも、弱まった本能が、体が、野生が。
コイツらの存在を受け入れることを、全力で拒否している。
片方は、眩い
もう片方は、どこまでも暗い
金色は赤い眼で。
闇黒は青い眼で。
品定めをするように、俺を見ている。
と、金色の雷が動いた。おそらく、右手だろうか。体の一部分を俺に向けて、手のひらを俺にかざしているように思える。
『バオオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーッッッ!!!』
力が、吼える。
音の振動だけじゃない。存在全てを叩き潰されるような圧倒的な圧力。全身への圧迫感が収まるとともに、脚から、弾けそうなくらいに大きな力を感じる。
痺れる様な熱さと、砕けそうな痛み。その両方に全身が強張り、さらに脚は熱くなる。
スゥゥゥゥゥ――フゥーーーーーッ……
丹田に力をこめて、全身の緊張を抜きつつ、脚に力をこめる。矛盾したその二つを両立させる術を、俺は学んできたんだ。
『さすがだな。これで準備は整った。後は、切っ掛けさえあれば、現実でも扱えるだろう。しっかりしろよ。相棒』
と、ドライグと、金色と闇黒が消える。同時に、脚から鮮烈な何かが全身へ駆け抜け、体中を駆け巡り、刺激する。あまりの衝撃に、足元を見れば……
金色に輝く、俺の脚があった。
「うおあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
がばっと、上半身を飛び起こす。
「!?」
慌てて毛布を引っぺがして中を確認してみるが、そこにあったのは眠る前と寸分たがわない、俺の脚だった。黄金でも幻でもない。必殺は分からないが。
「はぁーーーーっ……」
えらい衝撃だった。周囲を見渡せば、そこは教会でも火の海でもない、慣れ親しんだ俺の部屋。時計をを確認すると、まだ十一時をまわったところだ。
「ああ……アーシアが先に風呂に入ったから、部屋で待ってる間に寝ちまったのか……」
今日は、アーシアの契約初デビューの日だった。チラシ配りからアーシアと帰ってきたところ、部長からそのことを伝えられた。
しかし、アーシア一人で契約を取りにいかせて、素直で清楚なアーシアが妙な奴に捕まったらと思うと、俺は黙っていられず、自分がついていくよう部長に訴えたんだ。
部長はその手の願いには専門の悪魔がいると言ったが、システムに絶対なんてない。幸い同行が認められて、アーシアのフォローを受けながら俺は初の魔方陣ジャンプを体験した。
……フォローするのにフォローが必要とは、これいかに。
まあ、俺のときとは違ってスムーズに契約を取れたから、よかったけど。
いや。むしろ、俺のケースのほうが特殊か……。うん、泣いてない。
まあ、それはともなく……。
「ドライグのやつ。起きるならもっと平和的に起きてくれよ」
左腕を見ながら、既に今一度眠ったであろう相方に苦言を呈する。
本能が大きいあいつらに恨むなんて感情があるとは思っていないけど、それでも怖いものは怖い。今の俺なら、対峙した瞬間に消し飛ぶからな。
――でも、さっきの夢は……
「土産、か」
脚を動かしてみるけど、別に違和感は感じない。何かが変わったようには、とても思えない。
「まあ、そっちは追い追い確かめていくとして……」
さっきの夢……惜しかったーーーーー!!
あそこでドライグの乱入さえなければ、少なくともキスぐらいはできたのに!!
ああ、返す返すもあのウェディングドレスの部長、綺麗だったなぁ~。
本当に部長と結婚……できるわけないか。
俺は所詮人間出身の下級悪魔。かたや部長は公爵家のご令嬢で、上級悪魔。
能力にしたって、
身分違いの恋に首を突っ込んだことは何度かあるけど、自分がそれを成就できるとは思えない。
……そもそも、部長くらいの家柄なら、許婚くらいいても不思議はない。いや、むしろいたほうが自然とさえいえる。
大体、根本的に俺は部長に男として見られているのか? いや、でも他人に世話をしてもらうのが当たり前な良家のお嬢様は、あまり羞恥を覚えないとどっかで聞いたことがあるな。少しの裸なら別にどうってことないって事か。
大体、異性として意識してもらえるのと、恋愛対象に見てもらえるのって、結構な差があるしな。
……考えれば考えるほど悪いほうに転がっていってしまう。まさに負のスパイラル。
ああ、もういいや。今日は寝ちまおう。風呂なんて、明日の朝入ればいい。
電気を消して、毛布をかぶろうとしたとき。
カッ!
突然の発光。光は輪を形作り、見覚えのある術式を描く。
これは、グレモリー眷属の文様だ。
こんな夜中に、誰かが俺の部屋にジャンプしてくる? 何のために?
万が一の可能性も頭の隅において、俺はベッドから立ち上がった。
いっそう強い光が部屋を照らし出した次の瞬間。魔方陣から、一人の女性が現れた。
―――さっきまで、俺が身の程しらずな夢を見ていた、紅い髪の美少女。
われらが主、リアス・グレモリー様その人だ。
「ぶ、部長!?」
なんでまた、こんなところに?
しかも、また思いつめた表情をしている。この前の、朝練とアーシアの引越しのときと同じだ。
そういえば、今日の悪魔家業の最中も、ずっと上の空だった。
部長は俺を認識するなり、ズンズンと歩いてきて、俺の目の前に来る。
ま、まさか、先ほどの夢の内容を見かねて? すいません!
が、部長の言い出したことは、そんなチンケな考えを余裕で消し飛ばした。
「イッセー。私を抱きなさい」
…………はい? あれ、おかしいな。部長がなんかおかしなこといってる。これも夢か?
ギュッ!
ためしに頬をつまんで捻った。うん、普通に痛い。つまり、夢は見ていない。
「私の処女をもらってちょうだい。至急頼むわ」
……ありえない、なんてことはありえない、か。凄いな。他人の人生訓を実感する瞬間なんて、早々ないよな。