では、どうぞ。
昨日はキツかった。部長、夜でも容赦なく特訓を課すんだもん。
「元々、夜の住人だものね、私たち」
ということで、昼間の数倍のトレーニングを行ったが、神さんに比べればなんてことはない。三日ぶっ続けで動いて、丸一日眠りこけるなんて無茶をしたこともある俺には、数時間の睡眠での回復なんて造作もない。根性と執念と回復力が、最大の自慢だ。
で、二日目の今日。午前は勉強会ということで、他の皆と一緒に集まった俺とアーシアは、悪魔の知識を教えられることになった。
魔王やら天使やら堕天使やらのお偉いさんの名前を覚えさせられたんだけど、いくつかの名前は神さんから時々聞いたことがある名前だったので、比較的覚えやすかった。
授業が一段楽したとき、隣に座る木場が、改めて問題を出してきた。
「それじゃあ、おさらいをしようか。僕らの仇敵、神が率いる天使の最高位の名と、そのメンバーを答えてもらおうか」
「『
「正解。じゃあ次に、僕らの王、『
「ルシファー様、ベルゼブブ様、アスモデウス様。そしてなにより、女性魔王のレヴィアタン様!」
「正解……なんだけど、レヴィアタン様だけ凄い熱の入りようだね」
「当たり前だろ! いつか、必ず謁見してみせる!」
全女性悪魔の頂点! 絶世の美女! 唯一の女性魔王! そりゃ気合も入るってもんだろ!
「では最後に、堕天使の組織と、幹部全員の名前を言ってもらおうか」
「堕天使の中枢組織が『
堕天使とはアーシアの一件以前ではほぼ接触したことがないけど、まさか全員が全員あんな苛烈ってことはないよな?
『腐った餓鬼が、気安くその名前を呼ぶんじゃないわよ!!』
……いらないことまで思い出しちまった。
しかし、性根が腐っていたとはいえ、あいつの行動にも一理はあった。
堕天使は組織ぐるみで
襲われるほうにとってはたまったもんじゃないけど、自分たちの敵になる可能性を潰すって言うのは確かにもっともなことだし、なにより俺みたいな神滅具《ロンギヌス》の暴走なんてやばすぎる。とはいえ、あいつらには世界を守るなんて思想は欠片程度あるかないかなんだろうけど。
各陣営の講義が一通り終わったところで、アーシアが立ち上がった。今度はアーシアが、俺たちに授業してくれる番らしい。
「コホン。では、僭越ながら私、アーシア・アルジェントが、
前に出て前口上を述べるアーシアに、拍手を送っておこう。あ、赤くなった。可愛いなぁ。
「え~っと。私の所属していた協会では、エクソシストは大きく分けて二種類になります。テレビや映画に出てくるような、聖水や聖書をつかって人に憑依した悪魔を祓う『表』の悪魔祓いと、悪魔の脅威となる『裏』のエクソシストです」
表のエクソシストが相手する人に憑依した悪魔というのは、大体が悪魔の名を騙った悪霊らしい。有名な悪魔の名前を使えば、それを信じ込んだ人に対する影響は確実に強まるからなんだそうな。
「イッセーも出会ってるけど、私たちにとって最悪の敵は神、または堕天使に祝福された悪魔祓い師よ。歴史の中で、多くの戦いを繰り広げてきたわ。光の力と、常人離れした身体能力で、全力でこちらを滅しにくるわ」
部長の言葉に、あのイカレた神父、フリード・セルゼンが思い浮かんだ。
悪魔だけでなく、それと関わった人間にまで危害を加える、狂気と殺意、そして戦いの才能に満ち溢れた男。壊れてはいたけど、あの男は間違いなく強かった。
しかも、あいつは俺に執着している。あの手のタイプは絶対といっていいほど諦めが悪いからな……今度会うときまでに、もっと強くなっておかないと!
なんて決意を固めてる内に、アーシアが小瓶と本を手に取った。
「それで、エクソシストの必携のアイテムは、二つあります。一つがコレ。聖水です。悪魔の皆さんは、絶対に触れないようにしてください。大変なことになりますから」
大変……。そういえば、はぐれ悪魔を退治するときに、神さんから持たされた超聖水。最初はうさんくさいもんだと思って疑ってたけど、いざ使ったら、引くほど効果抜群で。
……うっ、思い出したら朝食が逆流しそうになってきた。普通の聖水ならあそこまで惨いことにはならないだろうけど、肌が焼け爛れるくらいにはなるだろうな。恐ろしい。
「アーシア。貴方も触れちゃいけないのよ。悪魔なんだから」
「うぅ、そうでした。私、もう聖水に直に触れられません……」
ショックを受けるアーシアだけど、悪魔なんだから仕方がないって。
「役に立つかどうかは分かりませんが、後で幾つか製法もお教えします」
何気に口調に得意げな感じが見えるけど、ここは流石と言っておこうか。
「それで、次は聖書です。……この聖書、小さい頃から毎日読んでいた大切な一品なんですけど、いまでは一節でも読むと、凄まじい頭痛がするので、困っています……」
「悪魔だもの」
「悪魔だからね」
「……悪魔」
「うふふ。悪魔は大ダメージ」
「うぅぅ……でもでも! ここの一説は、とても素敵な―――あぅ!! ……うぅ、主よ、聖書を読めなくなった罪深き私をお許し……あぅぅ!!!」
部員の総ツッコミを受けてなお、アーシアは聖書を開いてダメージを受けて、更に流れるように祈ってまたダメージ。めまぐるしいことだ。神様、こんな健気な子のお祈りくらい、見逃してください。
ドドドドド!! ガッ、ゴッ、ドガッ!
深夜。目を覚ました俺は、同じ部屋で眠る木場を起こさないように抜け出して、別荘からそれなりに離れた森の中で、必死で木を殴り、蹴り、突き、刺す。こんなことをしても、皆に追いつけるなんて思っていない。それでも、気は逸り、身体を動かさずにはいられない。
……二日一緒に修行して、よく分かった。皆は俺と違って、才能に満ち溢れている。
木場の剣術における天性の素質と、死に物狂いで身に着けた技術。それは俺が一生を賭しても追いつけないと思わされるものだ。
アーシアは既に魔力で炎や水、雷を小規模ながら扱えるほどになっている。俺は未だに進歩が見えず、米粒程度の魔力が精々。
小猫ちゃんも、格闘技におけるセンスは間違いなく俺を遥かに超えている。技術では我流の彼女と、ちゃんとした師匠について長年の鍛錬を積んだ俺にまだ一日の長があるかもしれないが、小猫ちゃんに師がつけば、あっさりと追い抜かされるだろう。加えて、彼女の身体能力は俺よりも数段上だ。
朱乃さんと部長に至っては、比較するまでもない。高レベルでまとまった攻防。桁外れの威力の雷と、破滅の魔力。格の違いを思い知らされる。
何より、皆この二日間だけで明らかな進歩が見える。俺が唯一皆に勝ってるかもしれない膨大な戦闘経験から、それが分かってしまう。
俺にはない才能と、それに奢ることなく、研鑽を積むことが出来る強い精神。
……俺は、
皆の足を引っ張りたくない。そう思って、必死に特訓をがんばった。けれど……。
俺自体が、既に足手まといそのものなんだ。
「……クッ!」
情けなさに涙がでそうになるが、そんな無駄は許されない。
才能が無いんなら、努力で補うまでだ! 今までだって、ずっとそうしてきた!
俺より強いやつと戦った事だって、何度もあった! 今回も同じことだ!
皆の足を引っ張るわけには……部長の負担になるわけには行かないんだ!!
バゴォ!
そう言い聞かせて、木に全力の拳を当てた直後、幹は砕け、俺の反対側に木が倒れる。
乱れた呼吸を満たそうと、肺を動かすうちに、涙がこぼれてきた。
「チクショウ……だせぇ」
そう呟いて袖で顔を拭うけど、またすぐに頬がぬれる。なんで、泣きっぱなしになってるんだよ。師匠が見たら笑うぜ。
「―――笑うかよ」
……え?
唐突に、背中からかけられた声に、全身が凍りつく。
俺はこの声に、何度も叱られて、何度も無茶させられて、何度も導いてもらった。
「お前が泣くときは、大体いつも他人の為だ。それも、今回は仲間の足を引っ張りかねない自分自身の不甲斐無さゆえ。それを笑えるやつなんて、いるかよ」
どうしてこんなところにいるのか。何でこんなタイミングで来たのか。
言いたい事は山ほどあるけど、この人の名前を思い浮かべたら、それ以外全部吹き飛んじまった。
「今回はまた長引いちまって、悪かったな。それじゃあ―――」
振り向いて、そこにいたのは、やっぱりあの人だ。
遅すぎますって、師匠!
「イッセー、修行を始めるぞ」
「神さん!!」
「で、この間の電話なんだけど、おっぱい大好きって俺に言ってどうすんだよ。どういう風に聞こえたんだ」
「って、このタイミングでそれですか!?」
ああ、やっぱり変わらない。話が急に切り替わるところとか、そのまんまだ……。
ちなみに一話の電話の内容は、
「おーい、イッセー。この間欲しがってた絶版の『世界の巨乳のスキマ』手に入ったけど、今すぐとりに来るか?」
……ごめんなさい。