ハイスクールD×D 四天龍の王   作:DECADE

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Life.37 騎士、おかしいです。

 パーン! パーン!

 

 球技大会の始まりを知らせる花火が鳴り響き、多くの生徒がウォーミングアップを始めていた。

 

 まず最初のクラス対抗戦。種目は野球。対する相手チームは、学園一のイケメン、木場のクラス。しかも野球部が多数、更にエースがいるクラスというのもあって、メンバー選びは少し難航していた。特に上手くすればヒーローになれるが、下手すると戦犯扱いになりかねないピッチャーという大役は、ほとんどのやつが敬遠気味。そこへ名乗りを上げたのは学園一の変態、つまり俺だけだった。

 

 クラスの連中は半分諦め、半分(負けたときに罵れる)期待で賛成した。要は負ける前提である。

 

「プレイボール!」

 

 審判の号令で始まり、まずは向こうの先攻で始まる。

 

「兵藤ーー! くたばれー!」

「ピッチャー返しだ、バッター!」

「急所は目だ! 目を狙え!」

 

 散々な罵倒の嵐の中、一、二、三を凡打に討ち取り、あっさり攻守交代。観客からはため息の音。しかしエースの投げる本格投球に手も足も出ず、三者三振であっさりチェンジ。

 

 そして四番。出てきたのは野球部のエース。木場ほどではないが、爽やかイケメンと評判のアスリートだ。だがあまりに調子こいた態度から、男子の評判は木場より遥かに悪いし、何割かの女子も好きではないと語っている。

 

 キザったらしく笑みで手を振り愛想を振りまき、おまけに部長を見つけた途端投げキッスまでしやがった。これがバーリトゥード野球でない幸運に感謝しろ。

 

 更にバッターボックスに入る直前、突如うちのクラスのベンチへ歩み寄ると、長椅子に腰掛けるアーシアの手をとって、その手の甲にキスをして、気障な台詞を並べ立てる。

 

「今、君の為に白い花火を打ち上げて見せる。そうすればきっと悪い魔法も解けて、王子様が誰なのかも分かるようになるよ」

 

 アーシアが反応に困っているのをどう勘違いしたのか、ニコッと微笑むエース。似たようなこと何人に言ってやがる。

 

 バッターボックスに立った途端、エースはビシッと左の空へバットを掲げ、ホームランを予告する。相手が俺とあって、沸きに沸く観衆。女子がきゃーきゃー騒ぐ中、エースは俺へ顔を向けて、見下した笑みで挑発してきた。

 

「おい、兵藤。ホームラン予告を崩すためだからって、敬遠なんかするなよ? 負け犬なりに矜持くらいは持てば、少しはかっこもつくだろ、ハハハ!」

 

 カチン。

 

 頭の回路の一部が一気に加熱された。俺と同じく、エースを睨む部長のほうを見て、こっちを向いた部長が頷く。GOサインはもらった。

 

「安心しろ。ど真ん中でストレートを放り込んでやる。打ちたきゃ打ちやがれ」

「ハハハハ! それはいいや。引き立て役の自覚があってなにより……」

 

 ズバァァン!

 

「……へ?」

 

 誰かの気の抜けた声を無視して、二球目を叩き込む。

 

 ドバァァァン!!

 

 オカ研のメンバーを除いた全校生徒が沈黙に浸るのを尻目に、三球目のボールを投げ込んだ。

 

 ゴパァァァァァン!!!

 

 壮絶な音がキャッチャーミットから発せられ、ど真ん中のストレートを見逃し三振した気障野郎は呆然と立ち尽くす。ゆるゆると腕を上げた審判は、弱弱しく宣言する。

 

「ス、ストライク。バッターアウト……」

 

 うわああああああ!!

 

 悲鳴とも怒号ともつかない叫びを上げて、生徒たちが騒ぎ出す。

 

「なんだあれ! ボールが変形してなかったか!?」

「イカサマってレベルじゃねーぞ! ヤバイくらい速過ぎる!」

「いや、それ以前に兵藤、腕とか滅茶苦茶な筋肉に見えんだけど! 着痩せで済むのかアレは!?」

「あれが兵藤? なんか変わった感じしない?」

「騙されないで! あいつはお姉さま達を汚す害虫よ!」

「でもあたし、あれよりはあっちのほうが良いかも……」

 

 ふっ、生徒達の評価が揺れ動くのが手に取るようにわかるぜ。次のバッターに急かされてようやく、気障野郎はトボトボとベンチへ引っ込んでいく。

 

 そこからはもう容赦なし。速球だけでなく、変化球、緩急を織り交ぜて、徹底的に三振を量産していく。そして九回裏、俺のサヨナラホームランで試合が終わる。

 

 熱狂ともいえる勢いのままに勝ち進み、ついには優勝まで決めてしまった。そんな状態で、男女別のテニスでも俺が代表で出ると言った時には、周りも何も言わなかった。そしてストレート勝ちで優勝。その時の学園中の困惑と混乱は筆舌に尽くしがたいほどだったが、俺としては勝って当然だ。

 

 あんな拷問以上の特訓を受けて負けたら泣くに泣けんわ! 使うボールは全部比重を金より重くしたオリハルコンを仕込まれた玉で、そんなのでひたすら特訓させられてんだぞ! おまけに爆弾まで混ぜるとか、神さんもう殺しにきてるでしょ!?

 

 恐怖と悪夢の特訓を思い出して涙ぐむ俺を、アーシアが袖を引っ張って現実に戻す。

 

「あ、あの……部長さんの試合ですよ」

 

 あっ、そうだった。部長が女子代表として、試合してるんだった。おまけにその相手が、支取蒼那先輩なんだよな……ギャラリーもみんな興奮しまくりだ。

 

「キャー! お姉さまぁぁぁぁぁ!」

「グレモリー先輩、最高ぉぉぉぉ!」

「会長さまぁぁぁぁぁぁ!」

 

 俺の時はザワつくくらいだったってのに、極端だなぁ。まあ、多少のスポーツを身に着けたところで、俺とあのお二人とは比べるべくも無いか。

 

 そんなことより、部長のテニスウェア! ミニスカートから覗く太ももが最高に素敵だ!

 

「会長ぉぉぉぉぉ! 勝ってくださぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 匙のヤツは『生徒会』と刺繍された旗を振って、力いっぱい応援している。さっき俺との試合で一ゲームどころか終始0で終わってに落ち込んでたとは思えないくらい元気だな。

 

「おくらいなさい! 支取流スピンボール!」

「甘いわ! グレモリー流カウンターをくらいなさい!」

 

 高速回転するボールを返そうとする部長だが、ボールは低空を跳ねて転がった。ていうか魔方陣が見えたんですけど、あれって魔力だろ!

 

「すげぇ! 魔球だ!」

 

 誰かの叫びに、全員が魔球と連呼する。確かにある意味魔球だけど、それで納得するのか!? 平和すぎだろ!!

 

「やるわね、ソーナ。流石は私のライバル。けど、私の魔動球は、百八式まであるのよ!」

「受けてたつわ、リアス。支取ゾーンへ入ったものは全て打ち返します。それが私の、貴方への愛!」

 

 もう完全にスポ根もののノリだな。見ているほうも興がのってくる。

 

「うふふ、リアス。負けたほうが小西屋のトッピング全部つけたうどんを奢る約束、忘れてはいないわよね?」

「ええ、私ですらまだ試していないそれを、貴方に先を越されるなんて屈辱だわ。絶対に勝たせてもらう!」

 

 ……賭けの対象が庶民的過ぎますよ、お嬢様がた。まあでも、こういう所もお二人の魅力の一つってところかな?

 

 結局、拮抗を続けた激しい対決は、両者共にラケットが壊れたことで同時優勝で片がついた。そりゃあんな激しいプレイングしてたらな……。

 

 そして迎えた部活対抗戦。種目はドッジボール。……嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

 

「ブ、ブルマ……」

 

 突然何を言ってるんだと我ながら思うが、しょうがないじゃないか。金髪美少女アーシアちゃんが学園指定のハーフパンツでなく、ブルマーを身に着けてたら!

 

 うおおお、おみ足が眩しすぎる! アーシアは顔を真っ赤にしてもじもじしてるし、可愛いなぁもう!!

 

「あの……桐生さんから、ドッジボールの正装はブルマで、イッセーさんも喜んでくれるって聞いて、それで……」

 

 桐生ぅぅぅぅぅぅぅぅ! ありがとうよ、この匠!! 礼しか言えねえぇぇぇぇぇぇ!

 

「ダメですか?」

 

 上目遣いで訊いてくるアーシア。――俺の心が真っ赤に萌える!!

 

「いや、最高だよ、アーシア。ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 アーシアの手をとって何度もお礼を述べると、頭上に?を浮かべるアーシア。

 

「気合をいれなさい、あなたたち」

 

 部長は先ほどまで凄まじいテニスをしてたとは思えないほど気力に満ち溢れている。そりゃもう、気合は十分に入りましたとも!

 

「オッス! アーシアのブルマでやる気は漲りました! 次もエンジン全開でいきます!」

「良い返事よ、イッセー! 頑張ったらご褒美をあげるわ!」

 

 ぶ、部長のご褒美……。先日の朱乃さんの出来事が頭で回想されて、煩悩に火がついた!

 

「うおおおおおおおっ、おっぱいぃぃぃぃぃ!!」

 

 部長のおっぱいは俺のもんだ! あわよくば、その先まで……。

 

 ふんず。

 

「ぎゃぁ」

 

 普段の非力さからは想像もつかないほどの威力で、アーシアに足を踏ん付けられた。痴漢撃退の為に俺が教えた通り、踵でつま先を蹴るように踏んで、ちゃんと踏みにじっている。

 

「イッセーさん。例のものを配ったらどうですか?」

 

 頬を膨らませたアーシアは不機嫌にそう言う。最近は俺への暴力まで覚えて、反抗期に突入したアーシアちゃん。それはそれとして、俺はとある品をとりだした。

 

「皆! これを巻いてチーム一丸になろうぜ!」

 

 オカルト研究部の刺繍がされたハチマキ。俺の手製だ。最初に手に取ってくれたのは部長。それに続いて皆が手を伸ばす。

 

「準備がいいわね。……すごい出来栄え。イッセーは本当に手先が器用なのね」

「いえいえ、練習すれば誰だってこれくらいはできるようになりますよ」

 

 小さな穴の開いた机越しにひたすら縫い物していればね。いまでは目隠ししてドライグが縫えますよ。

 

「……予想外の出来栄え」

 

 お褒めに預かり恐縮です、小猫さん!

 

「あらあら、確かに他のチームも共通の帽子やユニフォームを着用していますしね」

 

 その通りです、朱乃さん!

 

 皆が額にハチマキをするなか、木場だけはハチマキを手に持ったままぼーっと見つめる。まだスイッチ入ってないのかよ。

 

「ほら、木場もさ」

「……うん、ありがとう」

 

 礼の言葉も、心ここに非ずって感じだ。競技が競技だし大丈夫だろうけど、少し不安だな。

 

「……とりあえず、今は試合しようぜ。勝つことに集中しとけ」

「……勝つ、か。そうだね、勝つことが大事なんだ」

 

 明らかな深い念を込めた口調。それを意図的に押し込めて、木場は口をつぐむ。

 

『オカルト研究部の皆さんと、野球部の皆さんはグラウンドへお集まりください』

 

 アナウンスの呼び出しがかかる。心機一転、意識を切り替えて、俺は戦場(コート)へ赴いた。

 

 

 

 

 

「狙え! 兵藤を狙うんだ!」

「ところがぎっちょん!!」

 

 何度目かの豪速球を避ける俺。開始早々から、ずっと連中は俺だけを狙っている。理由は単純明快。俺しか狙うやつがいないから。

 

 学園二大お姉さま、二年生一の癒し系天然金髪美少女、学園のマスコット。この辺りは当然ターゲット外。残りは男子二人だが、片方は男子の敵にして、全学園女子のアイドル。心情的には当てたくても、女子の反応を考えれば外さざるを得ない。となれば、一人しかいないだろう。

 

 学園一の変態にして、今や鬼畜野獣。美男美女ばかりのオカ研に侵入する病原菌以下の害物。ヘッドショットで始末しろ。あのケダモノを討ち果たせ。そんな全校生徒の悪意が俺に集中しているのだ。

 

「イッセーを殺せぇぇぇぇ! 貴様のようなやつはクズだ! いちゃけないヤツなんだ!」

「アーシアちゃんのブルマ! バンザァァァイ!」

「リアスお姉さま、そして朱乃お姉さまの秘密を吐き出せ!」

「アーシアさんを青き正常なる世界に取り戻すんだ!」

「俺こそが! ロ・リ・コォォォォン、である!!」

「あたしだって! 木場きゅぅぅぅぅん!」

 

 ギャラリーからはさっきとは比較にならないくらいの罵声罵倒! いくらか変な声が混じってるし。こうなるのはわかりきってたけどな! 仮に悪友二人の働きがなくとも! ていうかあいつらは煽った程度だし、どうせ五十歩百歩だ!!

 

「戦略的には『犠牲(サクリファイス)』ってところかしらね。イッセー、頑張りなさい!」

「了解です! 御託はぁ……たくさんなんだよぉ!」

 

 俺に集中するボールを小猫ちゃん、または俺自身がキャッチ。猛烈な返球で敵を減らしていく。余裕で勝てるっていうか、俺を当てて外野にやった時点で、向こうはもう誰にも当てられなくなる。そう考えると、最初から勝ちは決まったも同然だよな。優勝も楽だ。

 

 なんて考えてたら、最後に残った例の野球部エースが、木場へ照準を定めやがった。

 

「クソォ! 恨まれても良い! イケメンめぇぇぇっ!!」

 

 おお、イケメンがイケメンにキレた! 俺ではなく、木場へボールを放りやがったぞ!

 

 しかし木場はまるで反応しない。また遠い目してやがる! いっそ外野へださせた方が……とも思ったが、さすがにあの状態は異常に過ぎる。下手に刺激するべきじゃないな。

 

 木場へ向かうボールを受け止めて、全力で投げ返す。鳩尾にめり込んだボールは倒れるエースとは反対に俺の元へと跳ね返ってきて、辺りはシン……と一瞬静まり、俺の手にボールが収まった瞬間、一気に弾けた。

 

『オカルト研究部の勝利です!』

 

 わあわあさわぐ周囲を余所に、ボールを木場の頭に乗っけてやる。そこまでやって、ようやく木場は俺の事を見た。

 

「……あっ、イッセーくん」

 

 イッセーくん、じゃねえよ。どこから意識飛ばしてやがった。

 

「木場。あんまり調子がよくないんなら、次からは最初から外野に出てろ。いいですよね、部長」

「そうね。無茶はするべきじゃないわ」

「わかりました。すいません」

 

 その後も破竹の勢いで勝ち進んだ俺達オカ研は、あっさり優勝を決めてみせた。そんな中でも、やはり木場はずっとそんな調子だった。

 

 

 

 

 

 夜の中、自転車を漕ぎながらひたすら頭に浮かぶのは、おっぱいではなくイケメンのことだった。

 木場のヤツ、一応大会中は何度か動いてくれたけど、あの消極的な態度はどうかしてるぜ。部長に幾ら怒られてもあんな状態なんだもんな。大丈夫じゃないのはわかりきってるけど、俺になんとかできるんならあそこまで悩むわけがない。

 

 あいつには何度か世話になってるってのに、その恩に少しも報いることができないとは、情けないったらないぜ。木場だけじゃなく、部長にもアーシアにも朱乃さんにも小猫ちゃんにも、俺は何一つしてやれやしない。天龍の力をぶちまけるしか能が無い自分の無能さが、つくづく嫌になる。

 

 ……って、俺が卑屈になったって、それこそ何の解決にもなんないだろうが。これ以上役立たずになってどうすんだよ。木場はおろか、アーシアにまで負けてんだぞ! 頑張って契約とらないと!

 

「依頼先はここか」

 

 たどり着いたマンションへ入り、端末に表示された番号の部屋へと急ぐ。インターホンを鳴らして、顔を出したのは若干ワル系な感じの外人男性。

 黒髪に金色のメッシュが入っていて、顔立ちはもしかすると木場より整っている。少し危険なにおいが漂う辺りが、そういう雰囲気が好きな女性なら一発でコロッと落ちるだろう。年の頃は二、三十代だと思うが、見事なまでに浴衣を着こなしている。イケメンっていうより、ハンサムってところだな。ともかく、依頼人が何かをいう前にまくし立てる。

 

「どうも、悪魔を召喚された方ですよね? ああ、言いたい事はわかりますとも! 本当はお配りしたチラシから、ドロンっと現れるんですけど、ちょっと諸事情がありまして……」

「まあ、入ってくれよ。悪魔君」

 

 え? お、おお! 珍しくすぐに納得していただけた! 幸先いいぞ、俺!

 

 そしてお邪魔させていただいたお宅の中は、高級そうな家具や調度品でシックに纏まった、まさに大人の部屋だった。俺が今腰掛けてるソファーなんて、最低でもゼロが六個はつくだろう。いったい何やってる人なんだ?

 

 なんにせよ、あの『電磁波』は只者じゃあない。

 

「まあ、一杯やってくれや」

 

 そう言って、酒とツマミを乗せたトレイをテーブルに置く男性。年代物の酒をグラスになみなみと注ぎ、俺の前に出してくれる。

 

「いただきます」

「あ、そういや未成年みたいだけど大丈夫か?」

「ええ。酒は昔から呑まされてましたから」

 

 いまじゃ鬼と飲み比べができますよ。

 

「そうかい。それじゃあ、酒の相手も大丈夫だな」

「依頼って、それなんですか?」

 

 その気になればいくらでも綺麗なお姉さんを引っ張って来れそうなのに、少し意外だな。

 

「ダメなのか?」

「いえ、依頼人の願いを叶えて、それに見合う対価をいただければ、契約は成立しますんで」

 

 そう言って俺は、目の前の酒を一気に呷った。うん、美味い。

 

 

 

 

 

「はははは! 魔力が弱すぎて、召喚された相手の元へ自転車で? そりゃ傑作だな!」

「はい。俺も自分でそう思います」

 

 そこまで爆笑されると流石に少し複雑なんだけど、これも契約の為だ。むしろ笑い話になっただけマシってことにしておこう。逆の立場なら俺も笑うか驚くかだろうし。

 

「いやあ、楽しかった。それで、対価はなにがいいんだ?」

「あれ、もういいんですか」

「ああ。で、どうする? 悪魔だから魂とか?」

 

 ……軽い口調に反して、まったく冗談に聞こえない。やっぱりこの人、ただものじゃないな。

 

「いえ。酒の相手くらいでそこまではもらえませんよ。うちの主は明朗会計がモットーなんで」

「ほおう。じゃあ、あれでどうだ」

 

 男性が、自分の背後の絵画を指差す。……俺の見立てが間違ってなきゃ、相当な値打ちものと見える。

 

「複製画じゃないぞ」

 

 付け加えられた情報で、更に絵の価値が跳ね上がる。どう考えても、契約内容には役不足だ。

 

「今他に適当なものが無くてな。ダメなら魂しか……」

「絵で結構です!」

 

 他に選択肢が無い以上、しょうがないけどさ。

 

 

 

 

 

 厳重に梱包した絵を背負い、部室へ急ぐ。来たときのルートは危険すぎて、とてもじゃないけどこの絵を抱えてそんな真似はできない、というかしたくない。精神的にキツいわ。

 

 しっかし変な人だったな。けど、悪い人じゃない。それだけは察せられた。

 

 ともかく、契約は成立。野望に一歩近づいたってことだ。

 

「ハーレム王に、俺はなる!!」

 

 改めて決意を口に出した瞬間、携帯が鳴る。この音は部長からのメールだ。自転車を止めて確認すると、すぐさま方向転換。安全かつ迅速に急ぐと、ものの数分で到着する。壁沿いに自転車と絵を置いて敷地内に入ると、既に皆が揃っている。

 

 俺を見て、部長が申し訳なさそうに口を開く。

 

「ごめんなさい。急に呼び出してしまって」

「いえ。それで、あの工場の中にはぐれ悪魔が……いますね」

 

 バイサーと似たような臭い。それだけでなく、十や二十じゃきかない濃い血の臭いもする。電磁波も、恐ろしく歪んで見える。

 

「今夜中に討伐するよう、命令が下ってしまいまして」

「それだけ危険な存在、という事ね。中で戦うのは不利だわ。アーシアは後方待機。朱乃と私は外で待ち構えるから、小猫と裕斗とイッセーで、はぐれ悪魔を外に引きずり出してちょうだい」

「「「「はい、部長」」」」

 

 みんなが声を揃える中、木場は相変わらず物憂げな表情だ。

 

 けど、いざとなれば木場だって動くだろう。こいつは部長自慢の騎士(ナイト)なんだからな。

 

 それに不安要素は俺にもある。いくら使えても、この『眼』を測りかねているのは事実なんだから。そんな俺を察してか、部長が気にかけるように詰問してくる。

 

「イッセー。この間も聞いたけれど、もう一度確認しておくわ。その眼は大丈夫なの?」

「ええ。基本は雷龍帝の脚甲(ライディング・ギア)と同じです。肉体に直接くるタイプの神器だから、馴染むのに少し時間がかかってるだけですよ」

 

 先日のガオウの一件の後、神さんにこいつがどういう神器なのかをきいてみたところ……

 

『そんなものはお前が決めろ。雷龍帝の脚甲が倍速能力になったのだって、お前がバオウの雷をそういう風にイメージしていたからさ。あえて言うことがあるとすれば……その眼も恐らく、同じくらい出鱈目ができるってことだけだ』

 

 今のところ、こいつが何かしらの特殊能力を発揮している気配は無い。しいて言えば、この異常なまでの視力。

 

 その気になれば宇宙の果てまで見通せそうだし、動体視力も光速以上の速さを見切れるほどになっている上に、人や物から発せられる微弱な電磁波も捉えられる。そのくせ太陽を直視できるし、深海の底まで見えるっていう恐ろしい眼だ。そこまでできておいて、透視ができないのがひどく残念だった。

 それにつられてか、嗅覚も警察犬も遥かに超えるほど鋭くなっている。昔食った何かしらの食材が、今頃『適合』したみたいだな。

 

 これが能力でもなんでもないただの副産物っていうんだから、能力が発揮されたときがおっかなくて仕方ない。いまからビクついててもしょうがないし、使えるものは使うだけだけどさ。

 

 赤龍帝の篭手と雷龍帝の脚甲をだしつつ、二人に声をかけて工場の入り口へ足を進める。

 

「いくぜ、木場、小猫ちゃん」

「……はい」

「うん」

 

 扉の前に立って待ち伏せが無いことを確認してから、扉を軽く蹴ってぶっ壊す。

 

 工場内は壊れた天井や窓から月明かりが差し込んでいて、思っていた以上に明るい。キョロキョロと周囲を見回し、鼻をきかせると、不意に奥の物陰に動くものをみつけた。

 

 俺の視線に気づいた二人が追従するようにそっちを見ると、可憐な容姿の女の子がこっちを覗き込んでいる。

 

「可愛い……けれどよ。口臭がキツくて全然ごまかせてねえぞ? はぐれ悪魔さんよ」

『Boost!』

『Ride!』

 

 肉と脂肪と骨、そして血の臭いを漂わせながらよろけるように物陰から出てくると、文字通り牙を剥き出した。

 

「ギシャアアアアッ!」

 

 ベギィッ!

 

 音を立てて頭から角が生やし、蜘蛛のような下半身で飛び上がると、天井に張り付いてすばしっこく動き回る。こいつもバイサーの同類だが、完全に正気をなくしてやがる!

 とにかく、ああいうちょこまか動くのには木場が最適だ。同じコトを考えたのか、小猫ちゃんが木場へ呼びかける。

 

「……裕斗先輩、お願いします」

 

 だけど、木場のヤツは地面を見つめたまま、身動き一つしない。おい! 幾らなんでも戦闘中だぞ!

 

「……裕斗先輩!」

「……あっ、ごめん!」

 

 再度呼びかけられてようやく剣を抜く木場だが、敵は待っちゃくれない。真上をとって、下半身から白い液を小猫ちゃんへ飛ばす。この臭いは溶解液か!

 

「やらせねえよ! フォークシールド!」

 

 小猫ちゃんの前に立って、でかく頑丈なフォークを盾として繰り出して、溶解液を防ぐ! 液を飛ばしたと同時に糸を伸ばしてこっちへ降りてくるはぐれ悪魔へ、気弾を撃つ!

 

 ドォン!

 

「ギシャアアア!」

 

 チッ! 多少は効いたがそれだけだ! 木場はまだ呆然と突っ立ってやがる!

 

「何してんだイケメン王子!!」

「!」

 

 俺の叫び声に反応して、木場がはぐれ悪魔の片腕を切り落とす。だが、着地の瞬間に足元の鉄パイプに足を取られて膝を着いた隙に、はぐれ悪魔が木場にのしかかる。口を大きくあけて木場の頭を噛み砕こうとする所へ、アッパー気味に拳を叩き込む!

 

『Burst!』

「暗黒魔闘術奥義! 地獄破斬撃!!」

 

 渾身の一撃をくらったはぐれ悪魔が、天井をぶちこわして外へと飛び出す。そこへ朱乃さんの雷が叩き込まれ、地面に落ちたところへ部長の破滅の魔力が襲い、影も残さず消え去った。

 

 二人と共に外へ出ると、朱乃さんも翼をはためかせながら降りてきた。

 

「バイサーのときよりイカレたヤツでしたね」

「心を完全に失っていて、最早悪魔とは呼べませんわ。緊急の討伐命令が出るのも当然ですわね」

 

 ああはなりたくない、と真剣に思うな。

 

 パン!

 

 後ろのほうで、乾いた音が鳴る。駆け寄った部長が、木場を引っぱたいた音だ。

 

「少しは目が覚めたかしら? 一つ間違えれば、誰かが危なかったのよ」

「……すみませんでした。調子が悪かったようです。今日は、これで失礼します」

 

 だが、それでも木場は相変わらずだ。赤くなった頬を気にもとめず、部長に頭を下げてその場を去ろうとする木場の肩に手を置いて、引き止める。

 

「待てよ木場。お前、最近幾らなんでも変だぞ?」

 

 戦いの場で気をそらすだなんて、コイツらしくないにもほどがある。皆の命にも直結する以上、幾らなんでも見過ごせない。

 

「君には関係ない」

 

 だが、木場は振り向きもせずに冷たく言い放つ。あまりの冷たさに、俺は怒りより先に困惑が湧いてくる。

 

「そうは言われても、俺だって心配しちまうよ。部長も皆も、心配してるんだぜ?」

「……心配? 誰が誰をだい? 悪魔は本来、利己的なものだ。まあ、今回は僕が悪かったと思うよ」

 

 そこまで聞いて、木場の奥にあるものに感付いた。腹の底で溶岩のように煮えたぎる強い感情。噴出しそうな怒りと憎しみを、こいつは必死で抑えている。ふとした拍子に爆発しそうなこいつを、俺はどうしてもほうっては置けないと感じた。

 

「もし、抱えてるもんがあるなら吐き出せよ。その為の仲間だろ」

 

 俺の言葉に、木場は振り向いて自嘲気味に答える。

 

「仲間。仲間か。イッセーくん、君は熱いね。けどね、僕は基本的なことを思い出したんだ」

 

 そう言って、薄暗いものを湛えた瞳を俺に向けた。

 

「基本?」

「ああ、そうさ。生きる意味だ。つまり、僕が何の為に戦っているか、だ」

「……部長の為じゃないのかよ」

 

 騎士の名に誇りを持った木場なら、そうなんだろうと頑なに信じていた。だが、あいつはそれを否定する。

 

「違うよ。僕は復讐のために生きている。――聖剣エクスカリバー。それを破壊するために、僕は生きているんだ」

 

 宣言する木場の表情は、俺の記憶にある日ごろの笑顔が霞んでしまいそうな程の強い決意が込められていた。

 

 学園一の美形王子。女子の人気を総浚いにし、剣の才能と魔剣の神器を備えた、俺より遥かに恵まれていると思っていた男。そんな木場の本当の顔を、初めて見た気がした。

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