ハイスクールD×D 四天龍の王   作:DECADE

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Life.4 悪魔、始めました。

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーッ!!!」

 

 深夜、暗闇に包まれた街中を、叫びながらチャリで爆走する男が一人。俺だ。

 理由は簡単。簡易版の魔方陣の、チラシ配りだ。

 

 欲望を持った人間がこのチラシを手に願いを込めると、悪魔が召喚される仕組みだ。

 渡された携帯機器には、部長の縄張りであるこの町のマップが表示されていて、欲深い人間がいる証である赤い点が点滅していた。

 ひたすらチャリを漕いで、赤い点の場所にある家のポストにチラシを突っ込んで、また走る。

 

 既にこれを何度も繰り返したが、まだ終わりじゃない。

 

「ちくしょおおおおおおおおおお! 仕方ないよな! 仕方ないもんな!! 俺、悪魔だもんなあああぁぁぁーーーーッ!!」

 

 まともに聞こえていれば、近所の人を根こそぎ叩き起こしかねない程の声量で叫びつつ、俺はペダルを漕ぎ続ける。

 

 全ては、夢の為だああぁぁぁーーーっ!

 

 

 

 あの日、オカルト部に呼ばれた日に時は遡る。

 悪魔の翼はすぐにしまった。日常生活を送るには、あまりに不便すぎる。

 慣れてくると飛べるようになるらしいが、龍の翼でもまともに飛べなかった俺が、はたして飛べる日なんてくるんだろうか……。

 

「私の元に来れば、あなたの新しい生き方も華やかになるかもしれないのよ?」

 

 リアス先輩はウインクしながら言ってきた。

 俺は、悪魔として転生した事で、主であるリアス先輩の下僕として生きていかなきゃいけないらしい。

 

 人間から悪魔に生まれ変わったものは、必然的に転生してくれた悪魔の下僕として生きていかなければならない、悪魔のルール。

 聞いたことはあるけど、知っているのと納得する事は全くの別問題だ。

 

「でもね、悪魔にも階級があるの。爵位、ていうね。上級悪魔、勿論私も持っているわ。生まれや育ちも関係するけど、成り上がりの悪魔だっているのよ」

「本当ですか? いまいち信用できない……そもそも、悪魔として偉くなって、何の得があるんですか?」

 

 文句を垂れる俺に、先輩は何やら耳打ちしてくる。

 紅い髪からいい匂いがして、脳みそ痺れそうだ。これも魔力か?

 

「やり方次第では、モテモテな人生も送れるかもしれないわよ?」

 

 ――っ!!

 

 その一言が脳内を駆け巡り、疑い、警戒なんて言葉を次々と砕いていく。

 

「どうやってですか!?」

 

 思うよりも先に口が動いた。

 スケベ根性も、ここまでくれば我ながら大したもんだ。

 

「純粋な悪魔は昔の戦争で多くが亡くなってしまったのよ。その為、悪魔は必然的に下僕を集めるようになったの。新しい悪魔を増やすためにね。

 悪魔も人間同様性別があるから、子供は生まれるわ。それでも自然に元に戻るには、相当な時間がかかってしまうの。悪魔という存在は極端に出生率が低いから。それでは堕天使に対抗できない。そこで素質のありそうな人間を悪魔に引きこむ事にしたの。下僕としてね」

「やっぱり、下僕じゃないですか」

「そんな残念な顔をしないの。話はここからよ。ただそれだけでは悪魔の数を増やすだけで、力のある悪魔を再び存在させる事はできない。だから、悪魔は新しい制度を取り入れたわ。力のある転生悪魔にも、チャンスを与えるようになったのよ。力さえあれば、転生者でも爵位を授ける。そのせいもあって、意外と世間に悪魔は多いわ。私たちみたいに人間社会に潜り込んでいる悪魔も少なくないしね」

 

 成程、統治者の求心力を上げつつ、出世を餌に頑張らせて、強い悪魔を増やす。そして、そんな成り上がりがまた転生悪魔を増やす。

 ありふれた、と言えばそこまでだが、妥当なやり方だ。

 

 だが、重要なのはそこじゃない!

 

「じゃあ、やり方次第じゃあ、俺も爵位を!?」

「ええ。不可能じゃないわ。それ相応の努力と年月はかかるでしょうけどね」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 思わず、全力で叫んでしまった。脳内で、獲らぬ狸の皮算用が止まらない。

 

「マジか! マジッすか!! それって、つまり! 俺が! 俺がハーレムを作れる!?」

「ええ、爵位を得れば、可能でしょうね。下僕になら、貴方がしたいようにしても良いんじゃないかしら」

 

 脳天に、雷が落ちた感じだ。

 

 この世に生まれて、早十七年。

 

 紙芝居屋のおっちゃんにおっぱいの素晴らしさを教えてもらって、十年。

 

 小学校でモテる奴とモテない奴の格差を思い知って、五年。

 

 中学校で夢見るも、ハーレム等馬鹿な夢だと諦めて、二年。

 

 ならばせめて普通に彼女を作ろうと思い立って、その彼女にドスッと殺られたのがつい先日。

 

 人間のままならば、一生童貞でも仕方ないと諦めかけていた。

 

 そんな俺に……こんな……こんな……。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉッしゃぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!!! 悪魔、最ッッッッ高ぉおおお!! 信じらんねェ! 夢じゃないよな! 今なら俺秘蔵のエロコレクションも捨てられ――」

 

 ウルトラがつきそうな程のハイテンションに流されて、思わずとんでもない事を言いそうになった事に気がつき、一気にクールダウン。

 

「いや、アレは駄目だ。俺の宝だ、マイプレシャスだ。誰に何と言われようとも、死守して見せる。それとこれは別だ。うん、別だ!」

「ふふ、面白いわ。この子」

 

 愉快そうに俺を見て笑う先輩。今日だけで一体何回先輩を笑わせているんだろうか。

 主を楽しませるのも、ポイントに入ったりしないのかな。

 

「あらあら、部長が先ほどおっしゃっていた通りですわね。『おバカな弟が出来たかも』だなんて」

 

 うふふとにこやかに笑う姫島先輩。

 あはは、さりげなく酷いなぁ。まったくもって否定できないけど。

 

「というわけで、イッセー。私の下僕という事でいいわね。大丈夫、実力をつけていけば、何れ頭角を現すわ。そして、爵位も貰えるかもしれない」

「はい、リアス先輩!」

「違うわ。私の事は『部長』と呼ぶ事」

「部長……わかりました! 俺に『悪魔』を教えて下さい!」

 

 勢いのいい俺の返事に、先輩は心底嬉しそうに、それでいて小悪魔的に笑う。

 

「ふふふ、いい返事ね。いい子よ、イッセー。いいわ、私があなたを男にしてあげる」

 

 そう言って、部長は俺の顎を指でなぞる。

 

 うおおおおおぉぉぉ! 年上のお姉さまから言われたい事ベスト3に入る言葉が出てきたーーーっ!!

 

 やべぇ、興奮する!

 

 この人の元で、俺は悪魔として成り上がる!

 どうせ人間には戻れないんなら、ひたすら突き進むだけだ!

 

 なんて、経験のせいか、割とあっさり自分の事を受け入れられる。

 うん、この世のものとは思えない怪物と戦いまくった経験も、こうなって見るとあながち悪いもんでも無いと思えてしまうから、不思議だ。

 

 ありがとう、神さん。死地に放りこまれる度に恨み事を言っていたし、悪魔になったからと言って、更に激化しそうに思えるけど、今は感謝しておきます。

 ていうか、モテモテとかハーレムに釣られて、テンションが天井知らずになっている事が一番の原因だと思う。

 

 エロくて良かった。変態で良かった。煩悩のままに生きる男で良かった! いま、真剣にそう思える。

 人でなくなったから悩むなんて、俺らしくない。もっと、希望を持って生きていこうじゃないか!

 

「ハーレム王に、俺はなるっ!!」

 

 冷静に考えてみれば、この時俺は部長の魔力に影響されていたんじゃないかと思う。

 だが、そんな事は些細なことだ。

 ハーレムが作れるんなら、ほぼ全てどうでもいい。

 

「改めて、自己紹介します! 兵藤一誠、悪魔始めました! 今後ともよろしく!!」

「ええ、よろしく」

 

 こうして、俺はオカルト研究部の末席に名を連ねると共に、リアス・グレモリーの下僕として生きる事となった。

 

 

 

 そして、悪魔宣言から数日経った現在。

 俺は夜になると、チャリで爆走していたのだった。

 

 まず、旧校舎の部室で、深夜に集まる。

 これは夜の方が悪魔としての力を発揮できるからだ。

 夜に力が増大するのとは逆に、朝には弱くなる。俺が朝起きられなくなったのもそれが原因だ。慣れれば朝の日差しぐらいなら平気に成るらしい。

 

 光は毒。そう部長に言われた。光を扱う、堕天使や天使と出会ったら、即座に逃げろとも言われた。

 

 部長に悪魔に転生されてから、しばらく放っておかれたのは、自分の変化に自分で気づいてほしかったかららしい。

 頃合をみて俺を呼び寄せるつもりだったが、それがちょうど堕天使――ドーナシークに襲われた日だったんだから、運命を感じる。

 

 何はともあれ、俺はリアス・グレモリーの眷属悪魔として、最初に悪魔社会の仕組みを勉強する為に、下積みとしてチラシ配りをやっていた。

 

 部長曰く、最初に両親と出会った時に魔力で両親を『説得』したらしい。

 うん、魔力って本当に凄い。

 

 しかし、部長が駒王学園の領主で、影の支配者であるという事実に比べれば、まだ軽い方だ。学校関係者のお偉いさんも悪魔に繋がりがある人物で、グレモリー家に頭が上がらないという。

 学校は部長の私物に近く、夜中に平気で集まれるのもこれが理由だ。

 

 で、話はもどるが、何故あんな事をしていたかというと。

 魔方陣つきのチラシを、部長から渡された機器に表示されたマップ内、部長の縄張りにいる欲深い人間の家に届け、それを通じて召喚、契約し、代価を貰う。

 

 その為に、俺はひたすら夜道を自転車で走り抜ける。悪魔の力で仕事中は認識されなくなってなきゃ、スピード違反で捕まる勢いで。

 まあ、あまりの速度に、人を五回、猫を二回ほど轢きそうになったけど……。

 

 しっかし、毎日結構な枚数をばら撒いてるのに、全然モニターの点滅は尽きないな。それだけ、人間の欲が深いってことか。

 

 一度悪魔を呼び出せば、それからは癖になって何回も呼ぶらしい。

 昼間は神や天使の時間で、夜は悪魔の時間だという。

 チラシは一度だけの使い捨てで、すなわち、俺の下積み仕事は永遠に続くという事だ。

 

 まあ、こういう小さなことからコツコツと、だ。

 いつかは大きな仕事をとって、そして……

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!! 早く女の子を囲んでみたいぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!」

 

 とにかく頑張る! 近道なんてものは求めない! 一個一個、レンガを積むように、努力あるのみ!!

 

 

 

 ある日の放課後。悪友二人と分かれ、旧校舎へ向かう。

 そもそもあのチラシ配りは、元々部長の使い魔がやっていた事だ。俺も繁華街で受け取ったし。

 ネズミやらコウモリを人間らしく化けさせて、昼夜問わずやらせていたらしい。

 

 ではなぜわざわざたった一人にやらせるのかというと、悪魔の仕事を一から教え込むためらしい。

 これは、リアス部長以外の皆がやっていたことだという。

 

 木場祐斗、塔城小猫ちゃん、姫島朱乃先輩、俺の悪魔としての先輩に当たる三人。

 

 ちなみに女子二人には、本人達から了承をとって、小猫ちゃん、とか朱乃さん、って呼ぶようになった。少しは距離を縮める為だ。そう、それだけだ! 他意はない!

 

 木場は木場のままだ。イケメン男を名前呼びなど断固断る。それに、ただでさえ先日の一件で俺と奴の間にフラグが立てられた(と認識されている)んだ。これ以上変な誤解を招きたくない。

 

 悪魔の事は、誰にも話していない。不用意にこんな世界に巻き込むなんて、危険にも程がある。

 

 でも、例外が一人、いや、三人いる。

 神さんには相変わらず連絡がつかない。いっつもぶらぶらしてる人だけど、今回は本当に期間が長いな。

 

 ……ていうか、もしかして俺、死んだと思われてないか? 

 有り得ない話じゃない。神さんと最後に携帯で話をした時、俺は滅茶苦茶瀕死の声で、おっぱい大好きなんて返してしまった。あれをピンチと思わず何と思う。しかも、電池切れで電話が切れる、という死亡フラグ付き。

 

 まさか……とおもったけど、無いな。

 

 神さんなら死んでるかどうか自分で確認しにくるだろうし、それこそ直後に会いに来てもおかしくない。いや、そっちの方が自然だ。

 なにより、俺が死んだだけで住居を移動するとか、神さんの性格からしてありえない。

 

 あの人は多分、俺の墓に線香を上げつつ、どこぞの伝説の男の墓よろしく墓石を削って持っていくくらいはやりそうだ。いや、やるな、間違いなく。

 

 何だかんだ言っても、神さんの事はその内連絡がつくだろう。今はどうでもいい。

 

 それよりも問題なのはあの『二人』。もう二年になるけど、何処へ行ったのか。

 

 俺が悪魔になったって知ったら、どんな顔するかな……笑うかもしれないし、喜ぶかもしれないし、怒るかもしれないし、蔑むかもしれない。わかるのは、悲しんでも、憐れんでもくれないだろうという事だけ。

 

 今会えば、多分殺されるよな。戦いになったら、今の俺じゃまず勝てやしない。それでも逢いたいと思っちまうのは、あの別れ際のせいかな。

 

 ……神さんは、俺のせいじゃない、あいつが自分で道を決めただけだ、って言ってくれたけど……俺は、どうすればよかったんだ?

 悩みがぐるぐると頭を掻き混ぜ、どんどん思考が泥沼にはまっていく。そのせいで、自分が今どこにいるのかも失念していた。

 

「イッセー!! 聞いているの!?」

「へ!?」

 

 突然の声に、はっとなって辺りを見回す。窓には暗幕が引かれ、床に立てられた無数の蝋燭が室内を照らす。俺は、いつの間にか部室の魔方陣の中心に立っていた。

 

 朱乃さん、小猫ちゃん、木場、そして部長。暗い部室の中に、皆が勢ぞろいしていた。部長が少し怖い目で俺を睨んでいる。

 そこでようやく気がついた。ずっと考え事してて、部室についた事に気づいてなかったのか!? どんだけ悩んでたんだよ、俺!

 

「まったく、どれだけ深く考え事をしているの。その様子じゃ、最初から全然聞いていなかったのね?」

 

 部長の視線が刺々しい。どうやら、部室についてからも、結構な間上の空だったみたいだ。

 

「す、すみません!」

「まあまあ、いいじゃないですか、部長。彼もまだ悪魔になったばかりで、思い悩むのも仕方がありませんわ」

 

 にっこりほほ笑みながら、朱乃さんが俺をフォローしてくれる。

 

「もう……しょうがないわね。もう一度最初から説明するから、今度はちゃんと聞くのよ?」

 

 朱乃さんのフォローに、部長はハァッとため息をついた。

 はい、ごめんなさい。今度こそ聞き逃しません。

 

「イッセー。あなたのチラシ配りも終わり。よく頑張ったわね」

 

 部長が笑顔で告げてくれる。そうですか、終わりですか! 

 

「改めて、貴方にも悪魔としての仕事を本格的に始動してもらうわ」

「おおっ! 契約取りですか!」

「ええ、そうよ。もちろん初めてだから、レベルの低い契約内容からだけれど。小猫に予約契約が二件入ってしまったの。両方行くのは難しいから、片方は貴方に任すわ」

「……よろしくおねがいします」

 

 ぺこりと頭を下げる小猫ちゃんが、とてもかわいらしい。

 小猫ちゃんの代わりか。それでもいい。

 

 たったひとり、夜中に自転車を猛烈な勢いで漕いで、人獣を傷つける恐怖と闘うよりはずっといい。

 

 他の部員は魔方陣の外に出ていて、中央の朱乃さんが詠唱する。

 すると、魔方陣が青白く淡い光を放っている。

 

「あ、あの……」

「黙っていて、イッセー。朱乃は、いまあなたの刻印を魔方陣に読み込ませている所なの」

 

 訪ねようとしたら、部長に怒られてしまった。

 

 この床に書き込まれた「グレモリー」を表す魔方陣は、召喚するもの、契約を結びたい者にとって、俺たちを表す記号だ。

 魔力の発動も、この魔方陣を絡めたものになる。

 皆の体にはこの魔方陣が大小各所に書き込まれていて、魔力の発動と共に機能する。

 

 俺は魔力の扱いが初心者なので、まずは魔力のコントロールから始めないといけない。

 と、思っていたら。

 

「イッセー、掌をこちらに出してちょうだい」

 

 部長の言う通り、俺は左手をパーにして差し出す。

 部長が俺の手をとって、掌を指先でなぞると、掌が光り出す。

 俺の手に、この部屋の魔方陣が移されていた。

 

 おおっ!

 

「これは転移用の魔方陣を通って依頼者の元へ瞬間移動する為のものよ。契約が終わるとこの部屋に戻してくれるわ」

 

 なるほど、つまりこの掌のは、帰還用のマーキングですか。

 

「朱乃、準備はいい?」

「はい、部長」

「さあ、中央に立って」

 

 促されて、魔方陣の中央に立つと、より一層強く魔方陣が青く光る。

 力が湧きあがってくる感じだ。眷属の特権か?

 

「魔方陣が依頼者に反応しているわ。これからその場所に飛ぶの。到着後のマニュアルは大丈夫よね?」

「はい!」

「いい返事ね。じゃあ、行ってきなさい!」

 

 テンション上がってきた! 初仕事、絶対に完遂させてやるぜ!!

 ……だけど、何故かな。妙に嫌な予感もする。

 

 なんかこう、餃子を焼く時になって、具を入れ忘れてるのを思い出しそうっていうか……。

 しかし、そんな俺の心情などお構いなしに、魔方陣は光を強め、俺の体を包み込む。俺は眩しさに目をつむった。

 

 気にしていたって仕方がない! まずは、目の前のお仕事だ!

 

 

 

 ―――――――……アレ、移動したのか?

 

 目を開けてみるが、場所は変わっていない。部室のまんまだ。

 皆の方を見ると、部長は額に手を当てて、困った顔。朱乃さんは「あらあら」と残念そうな顔。木場の野郎は溜息をつく。ムカつくが、何がどうしたんだ?

 

「イッセー」

「はい」

「残念だけど、あなた、魔方陣を介して依頼者のもとへジャンプできないみたいなの」

 

 ……その一言で、俺は記憶の片隅に引っかかっていた出来事を思い出す。そして、最悪な予想が頭の中で出来あがってしまった。アツアツほやほやである。冷めないうちにだしてしまおう。

 

「俺の魔力が、とてつもなく低いから、ですか?」

 

 こくりと、部長は肯定する。

 

「魔方陣によるジャンプは、悪魔なら子供でも出来る初歩の初歩よ。あなたの魔力が低すぎて、魔方陣が反応しないの」

 

 なっ。

 

「なんじゃそりゃああああああぁぁぁ!?」

 

 無情な現実に、ただ絶叫するほか無かった。

 

 我ながら……才能無いにも程が有るだろ!!

 

「……無様」

 

 小猫ちゃんが無表情でぼそりという。心を痛烈な一撃で抉られ、がっくりと膝から床に崩れ落ちた。

 

「あらあら、こまりましたわねぇ。どうします、部長」

 

 朱乃さんも困り顔だ。情けなくて、涙しか出ない……。

 しばし考え込んだ部長は、はっきりと言い渡してくる。

 

「仕方ないわ、イッセー」

「はい!」

「足でいきなさい」

「足!? つまり、物理的にですか!?」

 

 泣きながらおどろく俺。理には敵ってますが……

 

「ええ、チラシ配りと同様にして、依頼者の所へ赴くのよ。魔力が無ければ、他の部分で補いなさい」

「チャリですか!? チャリでお宅訪問する悪魔が、どこの世界に存在するんですか!?」

 

 ピシッ。

 

 小猫ちゃんが的確に人差し指で俺を指摘する。小猫ちゃあああああん! 俺、君に何かした!? いや、評判だけで嫌われてもしょうがないとは自覚してるけどさ!

 

「ほら、行きなさい! 依頼者を待たせてはだめよ!!」

「うわあああああん! がんばりますぅぅぅぅぅぅ!」

 

 泣きながらダッシュで部屋を去る俺を、皆はどう思ったんだろうか。

 

 いっそ笑ってくれ。

 

 

 

 滂沱の涙を流しつつ、俺は依頼者のアパートへと辿り着いた。

 前代未聞、魔方陣からではなく、自転車で移動する悪魔。こんなの何処捜したって俺ぐらいだろうな。ああ、また泣けてきた。ちくしょう! 

 

 とにかく、これ以上依頼者を待たせるわけにはいかない。表示されているドアの前にたって、ドアをノックする。

 

「こんばんは! 悪魔グレモリー様の使いの者ですが、すみません! 召喚された方はこの家ですよねぇ?」

 

 これでいい筈。悪魔の仕事中は特殊な魔力が働くから、契約したい人間を除いて、一般人には認知されないらしい。

 

「だ、誰だ!」

 

 中から聞こえてきたのは、狼狽した男性の声だ。

 

「えーと、悪魔です。新人ですけど、小猫さんのフォローできました」

「う、嘘つくな! 悪魔はチラシから召喚される筈だろ! 今までだってそうだったんだぞ!」

 

 そりゃそうだ。俺も同じ立場なら怪しむもん。

 でも、これが現実なんです。

 

「あ、すみません。俺、魔力がてんでないみたいで、魔方陣から出現出来ないんですよ」

「ただの変態じゃないのか!」

 

 その一言に、カチンときた!

 

「変態じゃない! 俺だって好きでチャリ漕いだわけじゃないわ! できるんなら瞬間移動したいよ!」

「逆切れすんな! ド変態!」

「ド変態!? ふざけんな! おれは悪魔だっつーの!」

 

 ドアを開けて文句を言ってくる依頼者。

 やせ形の、不健康そうな男だ。

 怒り心頭の男だったが、俺の顔を見るなり、いきなり顔を緩ませた。

 

「……ないてんの、君?」

「え? 俺が?」

 

 手で頬を触ってみると、濡れていた。

 ああ、そういえば俺、ずっと泣き続けてたな。

 

 

 

「そうかい。魔方陣から出て行けないんで、ショックを受けたのか……」

「みたいです」

 

 俺は室内に入れてもらった。のみならず、お茶も出して貰えた。

 全て、依頼者である森沢さんのご厚意と同情によるものだ。

 

 何でも普段は真面目に公務員をしているらしいが、人恋しさからチラシを使って小猫ちゃんを召喚し、彼女に一目ぼれして以来、彼女を召喚し続けているらしい。

 

「小猫ちゃんじゃないんだね……」

「すみません、あの子、人気らしいんで。つーか、可愛い系の担当らしくて」

 

 チラシを使用する際に、呼び出したい悪魔の名前を呼べば、呼び寄せられるらしいが、今日に限っては小猫ちゃんが忙しい為、担当者以外の悪魔、この場合、俺にお鉢が回ってきたわけだ。

 

「ぼ、僕、可愛い系のお願いを契約チラシに願ったんだけど……」

「可愛い新人悪魔って事で、一つ納得してくれませんかね」

「ハハハ! 無茶言うね、君! ここに祝福儀礼された銀作りの剣でもあったらブッスリ刺しちゃうところだよ!」

 

 笑ってるけど目はマジだ。素人に刺されるほど鈍くはないつもりだけど……。

 

「ちなみに、小猫ちゃんに何をお願いするつもりだったんですか?」

 

 俺の質問に、森沢さんは現品を出して答えた。

 小猫ちゃんと雰囲気が似ているアニメキャラに、コスプレして貰おうとしたらしい。

 うん、これは俺には無理だ。

 

「これは短門キユの制服だよ」

「ああっ! 暑宮アキノの」

 

 昨今話題になったアニメ、俺も悪友と共に見ていた。主に女性陣目当てで。

 

「悪魔君、君は短門は好きかい?」

「いえ、どちらかというと俺は夜水可子派です」

「理由は?」

「おっぱいです」

「――っ」

 

 迷いのない俺の答えに、森沢さんは一瞬言葉を失った。

 

「巨乳派かい?」

「はい、おっぱいには夢が詰まってる。これは断言できる」

 

 脳内で部長のプルンとした生乳が思い出される。

 部長、俺は部長のおっぱいに一目惚れしました。こんな事、目の前では言えませんが、部長のおっぱいは俺が死んでも守り抜きます。

 

 その後、少しの間巨乳と貧乳で話し込んだ末に、森沢さんは悔しさから泣きだした。さぞかし無念だろうに。

 少しして、森沢さんは涙をぬぐって落ち着いた。

 

「まあいいや、キミ、特技は何? 悪魔なら何かあるよね? こう不思議な力的なものが。ちなみに言うけど、小猫ちゃんは怪力が自慢だったよ。僕、お姫様だっこされたもの」

 

 自慢げにいう森沢さんだが、男としてそれはどうだろうか? まあ、人の性癖に口は出さない。

 

 特技、ねえ。うーん。

 とりあえず思いついた限りを言ってみる。

 

「料理、裁縫、掃除、洗濯と、家事全般。あとは拳法と錬金術ですかね。あ、後、ドラゴン波」

「器用と言っていいのか、不器用と言っていいのか。錬金術はともかく、ドラゴン波ってなんだよ」

「知らないんスか! ドラグ・ソボールの主人公の技で……」

「そんな事は知ってるわ! 僕らの世代なめんなよ! 何処の世界にドラゴン波が特技の悪魔がいるんだ!」

「ここにいます!」

「ならやってみろよ!」

「ええ、やりましょう!」

 

 ガラッ。

 

 窓を開けて、一歩後ろへ下がって、左手を突きだす。

 ブーステッド・ギアを形成させ、覇気を集中させる! 構えを取り、そして、解き放つ!

 直撃世代、みてろよ! これが俺の一撃だ!

 

「ドラゴン波ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ドオオオオオン!

 

 左手を一気に突き出すと、掌から発生した白い光が、闇夜を切り裂いて飛んでいく。

 

 ぶわっ。

 

 森沢さんは号泣しながら、本棚から、ドラグ・ソボール一巻を取り出してきた。

 俺の手をとり、熱い握手をしてくる。

 

「語ろうかッッ!」

 

 ぶわっ。

 

 俺の眼からも、今日三度目の涙があふれ出す。が、この涙は今までのどの涙とも違う、熱いものが籠っていた。

 

「ええ、語りましょう!」

 

 男二人の、熱く長い夜が始まる。

 

 

 

 結論から言おう。契約は破談だった。

 

 森沢さんの願いはどれも命を失うものであり、しかも札束に触れた瞬間に死ぬとか、美女を見た途端に死ぬなど、叶っても意味のあるものではなかった。

 俺が金を錬成した場合は、という話にもなったが、答えは同じ。金が森沢さんに触れた瞬間に命を落とす。

 

 結果、俺たちは一晩中ドラグ・ソボールごっこで過ごした。

 

「前代未聞だよ」

 

 そんな事を木場が洩らしていたが、そりゃそうだろう。

 

 椅子に腰かけた部長は、眉を吊り上げて黙りこんでいる。魔方陣から飛べない程魔力が低いうえに、契約も取ってこれなかったんだから、怒るのは当然と言える。

 

「……イッセー」

 

 低い声で名前を呼ばれた。初めて、部長に名前を呼ばれてビビった。

 

「はい!」

「契約が取ってこれなかった事については、まあいいわ。それよりも問題なのは、これ」

 

 そう言って、部長は例のチラシを手に取った。

 

「……契約後、例のチラシにアンケートを書いてもらう事に成っているのだけれど、『こんなに人と話していて楽しかったのは初めてです。彼とはまた会いたいです』……。これ、依頼人さんのアンケートよ」

 

 ――っ。

 

 胸が熱くなる。

 森沢さん……。俺、結局何もしてあげられなかったのに……。

 

「こんなアンケート、初めてだわ。契約は取れなかったのに、評価は最高なんて。私もちょっとどうしたらいいか分からなくて」

 

 この反応を見る限り、怒ってはいなかった様子だ。でも、俺が契約を遂行できなかったのは事実だ。

 

「魔方陣から飛べないほど魔力が低い。契約は取ってこれない。でも、依頼者からの評価は最高。前代未聞尽くしだけれど、とても面白いわ。イッセー」

 

 部長はそう言って笑ってくれた。その後、それでも契約は基本取ってくるように、と念を押された。

 部長、俺、頑張ります!

 

 

 

 次の日の夜。再びチャリを飛ばして依頼者の元へ。

 

 学園から三十分ほどの距離のマンションだが、ショートカットに次ぐショートカットで、十五分で到着した。

 

 道順は聞かないで欲しい。企業秘密ですから。

 

 ドアの前にたって、インターフォンをならすと、すぐに返事が返ってきた。

 

『開いてます。どうぞにょ』

 

 野太い声だ。『にょ』? いま『にょ』ってつけた?

 

 果てしない嫌な予感を心の奥に押し込んで、玄関から室内に入る。そして、想像を絶する存在が眼前に現れた。

 

「いらっしゃいにょ」

 

 圧倒的な巨体、そして圧倒的な存在感。

 鍛え抜かれた筋骨隆々とした肉体を、コスプレ衣装で包み、双眸から凄まじい殺意をむけつつも、瞳は純粋無垢な輝きを放つという矛盾した事をやってのけている。

 頭部には、猫の聴覚器官を模したもの、すなわちネコミミをつけていた。

 

 漢だった。漢字の漢と書いて「おとこ」と読める漢だった。

 

 俺は生唾を飲み込み、頬から一筋の汗を流し、緊張に震える手を握り締める。

 この圧倒的存在感。いつか闘わされた蠍蜘蛛や、巨大怪鳥にも劣らない程のものだ。

 油断すれば、理不尽な死が俺を襲う。直感からそんな事をも思えてしまう。

 

「あ、あの……グレモリーの眷属を、召喚しましたか……?」

 

 根拠のない恐怖が、膝を折ろうと襲ってくるも、懸命に堪え、依頼の話しをすると。

 

 カッ! 

 

 そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、漢の眼が光る。

 俺と彼の間がの空間が、闘気で歪んだような気さえした。

 

 来るかッ!?

 自分の立場も忘れ、思わず構えをとったその時。

 

「そうだにょ。お願いがあって、悪魔さんをよんだにょ」

 

 野太い声から、驚愕の語尾が飛び出す。

 にょ? やっぱりにょ!? 聞き間違えじゃなかったの!?

 馬鹿な、こんなことが許されるのか!?

 

「ミルたんを魔法少女にしてほしいにょ」

「異世界にでも転移してください」

 

 即答だ。

 無理です。無理すぎます。無理なんですって。マジで。

 あまりの答えに、俺は頭を抱え、混乱する。

 

 その肉体があれば、異世界を駆け巡ったって生きて帰ってこれるよ! 同じ無茶をした俺が保障する! 真理の扉だって突破できるさ! なんなら開くから!

 

「それはもう試したにょ」

「試したのかよ!」

 

 それ自体がもう魔法だろ!

 

「でも無理だったにょ。ミルたんに魔法の力をくれるものはいなかったにょ」

「いや、ある意味今の状況は魔法より凄いけどさ」

「もう、こうなったら宿敵の悪魔さんに頼みこむしかないにょ」

 

 いつの間にか宿敵にされているが、それは悪魔そのものをさしているのか、それとも俺個人を指しているのか……後者なら、断固断る。せめて力を取り戻すまで待ってほしい。

 

「悪魔さんッ!!」

 

 ミルたんの一言で、マンション全体が揺れた。

 

「ミルたんにファンタジーな力をくださいにょぉぉぉぉぉぉッ!」

「いえ、もう十分ファンタジーですよ! どんな世界でも通用しますって!」

 

 冥界や魔界でも打ち勝てるだろう。その肉体があれば。

 それ以上を求めちゃ駄目だって。過ぎた力は己を滅ぼすぞ?

 

 ちくしょう! 俺の依頼者は変態ばっかりか!? どうなってんだ、これは!

 俺も変態だからか!? 変態の相手は変態がしてろって事かよ!!

 

「ミルたん、落ち着いて! 俺でよければ相談にのるから!」

 

 とりあえず、また落ち着かせて話を聞こう。

 すると、ミルたんは涙をぬぐい、強面に笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、一緒に『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』をみるにょ。そこから始まる魔法もあるにょ」

 

 そして、漢と男の熱い夜が始まった。

 

 

 




 ミルたん、大好きです。無茶苦茶加減とキャラ性が実に好みです。
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