『とっておき』に続く扉の前に立つと、部長が表面に彫られたレリーフを興味深そうに注視し始めた。やっぱり部長は舌だけじゃなく眼も肥えてるんだな。
「これはまた見事な彫刻ね。今まで見てきた中でもトップクラスだわ」
「ありがとうございます。結構自信作なんですよ、これ」
ドライグの東洋龍版をイメージして彫ったんだけど、本人含めて割りと好評だったりする。
「しかし、随分と雰囲気漂う趣だね」
中々するどいじゃないか、イケメン。この扉、延いては奥の部屋の強度は研究所全体の中でも特に図抜けている。
科学、魔法、錬金術の三つの技術を合わせて作り出された恐ろしく厳重なこの部屋に力づくで入れる者は、世界に十もいない筈。正規の手段でここをあけられるのは俺だけだ。
……真っ当な方法で開けられる奴の方が少ない、なんて指摘は言いっこなし。鍵なんて実際そんなもんじゃん。
龍のレリーフの眼を軽く弄り、カメラを露出させる。そこを覗き込むと、発信された微かな電磁波が角膜から視神経、更に奥の脳へと達し、海馬から食の記憶を瞬時に読み取る。
『グルメID、認証』
バシュン!
音声の直後、一枚目の扉が横にスライドし、オルトクリスタル製の二枚目の扉が露わになる。それに合わせてドライグもグラスアート風です。
取っ手のダイヤルを掴み、ガラスのドライグに目を凝らす。焦点がぶれるまでじっと睨み続けて、ぼやけたドライグから浮き出てきた番号通りにダイヤルをいじる。この隠し細工のお陰で時限変更は平気なんだけど、両方同時にやらなきゃいけないのが面倒なんだよな。
ガチャン。
小さく重い音を立てた扉をゆっくり引いて開けると、最後の扉……というより、壁が目の前に出てきた。
錠前も蝶番も鍵もない。完全に枠と一つになった、正真正銘の一枚板だ。
そして最後のドライグは普通にドラゴン。原点回帰万歳である。
実際、最後の扉が一番開けるのが楽っていうのはどうなんだろう。俺に限って、だけどな。
パン。
手を打ち鳴らし、目の前に聳える壁の材質、超抗力オルトニウムの組成を頭に浮かべる。幾度と無く繰り返した工程の後、両手を壁に押し当てた。
バシュウウウウウウウ!!
「よっ……と!」
ギイイイイイイ。
壁から扉になった超金属の塊を全力で押し開き、ようやく懐かしの場所へ足を踏み入れる事ができた。その瞬間、多種多様なオーラが息苦しいまでに吹き付けられ、すぐに静けさを取り戻す。
内装はさっきの大部屋と大差無いが、大きな違いが一つ。幾つも並ぶ透明な四角いケースに入った武器には、例外なく鎖がこれでもかと巻きつけられている。
にも関わらず、全ての武具が見るものを圧倒する高濃度のオーラを放ち、それが部屋中を荘厳な雰囲気を満たしている。
……それよか、開錠が厳重すぎて何度やってもちっとも慣れない。俺のグルメIDでしか解除できない電子ロックに、俺以外認識できない魔法細工の番号。極めつけは俺しか錬成できない超抗力オルトニウムの壁だぞ?
これに加えて、中の武器も超抗力オルトニウムの鎖を何重にも巻きつけた上から時空を魔法で固定して、更に数千桁の時限変更式パスワードでガードしているという、どんな怪盗も裸足で逃げ出す超セキュリティ。最初はもっとゆるかったんだけど、重要物が増えるごとに度重なるバージョンアップを行い、遂にはこんな風になってしまった。
まあ、レプリカとはいえ性能面はほとんどオリジナルと同等だから、これでも足りない位ってのはわかってるけどさ。コピーの許可をもらった手前、壊すわけにもいかないし。
「これが俺のとっておきです。鎖が巻き付いてますけれど、前にある名前が書かれたパネルに触れると立体モデルが出てくるんで、観賞には不自由しないはずですよ」
「ええ。それじゃあ……」
ん? 唐突に部長が押し黙ってしまったと思いきや、すぐに駆け出して武器の一つに張り付いた。何事かと皆が追いかけ、パネルを見て唖然としている。
近づきながら武器の方を見て、納得した。ああ、これは驚くわ。
「
「驚くことはないですって。これもレプリカです。しかも神さんが昔オリジナルを元に作ったって言う偽物をまた真似た奴ですから」
威力だけはオリジナルに匹敵するって言われたけど、あくまでこれは神器を模した武器だから禁手化も出来ないし、聖書の神自体とはなんの関係も無いから
それでも物が物なわけで、ここで封印されてるんだけどね。神殺しの性質は危なっかしすぎるから、今まで数回しか持ち出した事ないし。
ふらふらと覚束ない足取りで皆が動き出すと、それぞれが別々の場所で目を見開いている。
「グングニル、ミョルニル、レーヴァテイン!? 北欧の神々の武器でも、最高峰の三つじゃないか!!」
「こちらは……海神ポセイドンの持つ槍と、冥府の神ハーデスの隠れ兜に、主神ゼウスの雷霆の槍!」
「あー、まあ。色々ありまして。一応、許可をもらって複製品を作ったんですよ」
他はともかく、
「……こっちの、剣とか槍とかは」
「あっ、そっちはケルト神話の奴。槍はブリューナクにゲイ・ボルクで、剣が右から順にフラガラッハ、クラウ・ソラス、カラドボルグだよ」
どれもこれも、持ち主の神々に直で食らわされたからその威力は身をもって知っている。特にブリューナクは一番痛かったなぁ……。今喰らったら間違いなく消滅できる。
「あのぅ、こちらの方は……」
「そこはインド神話。ブラフマーのブラフマーストラに、ヴィシュヌのナンダカとスダルシャナとシャールンガ。でもって、シヴァのトリシューラにピナーカ」
これが特に思い出深いんだよな。トリシューラとピナーカ。この槍と弓は、在る意味何よりも勝るシヴァの強さを証明した逸品だ。
「こ、こっちの銘の無い武器は何だ? さっきの部屋の武器でさえ及びも付かないオーラを感じるぞ」
「それは俺のオリジナル。フェンリルの爪牙で作った剣とか、テュポーンの骨で作った斧とか、色々」
何度見ても、あの時の激戦が鮮明に目蓋に浮かぶと同時に、あの二匹を嗾けやがった
『……約束は約束だ。私はこの時より――を捨てよう』
うわ。苛立つ余りいらん事まで思い出しちまった。
幾らむかっ腹立ってたからってなんであんな案に乗っかったんだ。オーディンの爺さんと一昨年の俺の馬鹿野郎!
……でも、結構おいしかったよなぁ、むふふ。
やっぱ単純なエロさで言うんならフレイヤとアフロディーテが飛びぬけてたけれど、ヘラの貞淑な色っぽさも捨てがたいよな。アテナはスタイリッシュで知的な完璧美人だけど、割と抜けてる所が可愛いし、ウォルプタスとアルテミスは清楚で愛らしい。
ヘルも表面上は冷たいけれど優しい所もあるし、ヘスティアはおっとり、ヘメラはポワッとしてて一緒にいると落ち着くし、エオスは明るくて話してて楽しい。モイラのばあさん達とノルンの三姉妹には仕立ても教わったし、在る意味一番付き合いが深い。
……でもやっぱり、おっぱいにおいてはガイアが最強だよな。手にずっしりと、しかし吸い付くような感触を思い出して、空を掴む。原初の地母神は伊達じゃない。
しっかし思い起してみると俺って、世界各地の有名な神は大概殴ってるんだよな……。つーか女神だって普通に戦ってたし、アフロディーテとかアテナに至ってはほぼ血祭りに上げた。やりすぎたとも思うけれど、別に後悔はしていない。
アフロディーテはエオスに色狂いの呪いをかけていた上に、アレスと一緒になってヘパイストス先生を公然の場で侮辱した挙句、先生の鍛治の腕まで嘲りやがったもんだから、未だにあれ以上は無いって位にブチキレた。
アテナはメデューサとアラクネの一族からの嘆願が理由だったんだけど、話をつけにいったらこっちもこれでもかとヘパイストス先生を馬鹿にするから一気に加熱した。
決闘の代理に立ったアレスをフルボッコにした後、アフロディーテは自慢のご尊顔も含めたお美しい姿を徹底的に殴り尽くしたし、アテナも呪いを解くと言い出すまでボコり続けた。
よく買いかぶられるけれど、俺は別に女を殴らない主義なんて持っちゃいない。必要となれば普通に顔でも殴るし蹴る。戦場でそんな気遣いが出来るのは絶対的強者だけだ。信念を抱えて死ぬような覚悟は、俺には持てない。
第一、許せない者は老若男女を問わず許せない。悪いと思えば誰でも殴るのが俺の主義だ。
……けど部長の眷属になった以上、それだけじゃ確実に不味いよな。
ライザーの時みたいにいくケースなんて少数なんだし、もっと世渡りってのを学ばないといけない。
月の都みたいな事は今後も出てくるだろうし、昇進すればもっと色々と考えなきゃいけない事も増えるだろう。
好き勝手出来て、我武者羅に頑張って、思うがままにやっていればよかった昔とは、もう全然違うんだ。
『オマエハ――強イ』
……こんな時に、なんでガオウ、しかもよりにもよってこの一言がチラつくんだか。
俺は、これっぽっちも強くなんて無い。本当に強ければ、こういう事にも難なく対処できてるし、一々悩む事もないはずだ。現にサイラオーグさんや氷美神は、似たような状況でも一人で難なく対処しきっていた。俺なんかは頑張るだけしか能が無いんだから、足りない頭でも何とかしなきゃいけない。
凡人でも頑張れば多少はマシになるって事を、俺は今まで実感してきたはずだ。
ぐに。
「まーたつまらない事で悩んだ顔して。せっかく久々に帰ってきたんだから、もっと笑ってくれよ」
神出鬼没はいつもの事として、無理やり人の口の端を掴んで強引に笑みを浮かばせて言う事か、それ。
むに。
「ほーら。大好きなおっぱいだよ? 美味しいご飯も在るし、イッセーの人生が全て揃ってるよ。早く行こう」
俺の人生はエロと食だけか! ……強く否定できねえ自分が情けない! 後、弾力のあるおっぱいが相変わらずいい感触でした!
「……って言いたい所なんだけど、ちょっと先にあの二匹のところへ行っててくれない?」
「あの二匹……あっ!」
アレか! ハードがほぼ完成してから二人に任せてたけど……たった二年で終わらせたのかよ!?
けど……そうか。発見してからもう彼此七年、目覚める気配もなかったあいつらが……遂にそこまで行き着いたのか!!
「イッセーがいない間、色々と私達も試行錯誤を繰り返してね。何とか完成間近に漕ぎ付けたから、最後の調整は頼むよ」
「その間にこっちも最後の仕上げをやっちゃうから、その間に済ませちゃいなよ。じゃあ、グレモリー眷属の皆さーん。お先に食堂へ案内しますんで、一旦外に出てくださいーい」
ライリに急かされ、皆が出た部屋をしっかりと閉めなおしてから、急ぎ足で格納庫へ向かう。
待ってろよ、お前ら。今から命を吹き込んでやる!
「煮込み終わる頃にはイッセーも戻ってくるだろう。それまでゆっくりしていてくれ」
広々とした食堂。そこにいたオルトに案内され、比較的大きめの円卓に付いた私達は、向かう形で座った日青明とライリ・アスカムラインから眼を離せずにいた。
どちらもその気になれば、こちらが自覚するより早く私達の命を奪える実力者。しかも彼女たちは私達……特に私に対して、かなりの悪感情を抱いている事はさっきのやり取りからも明白。加えて、さっきはストッパーになってくれたイッセーも不在。これで緊張するなというのは無理な話よ。
けれど……いえ、だからこそ、彼女たちに怯えたりはしない。
彼を知るのならば、これは避けては通れない道程の筈。だから、私は真っ直ぐに、彼女たちの目を見据える。
そんな私を見て、二人は愉快気に頬を吊り上げた。
「へえ、もっとガタガタ震えるかと思ってたんだけど、思ってたより気丈じゃん」
「単なる虚勢でも無さそうだしね。まあ、イッセーに惚れ込むんなら、その程度の度胸はあって然るべきだけど」
私達の心情を見抜いた上で、余裕綽々と言った体ね。
私達よりもずっと長くイッセーと一緒にいて、私達が知らない彼を知っている人たち。恐らく、彼女たちも……。
「勿論、私達はイッセーが好きだよ」
「うん、惚れてる」
『!!』
「だから当然、命を救ったとは言え愛しの彼を悪魔にしやがった小娘が気に入らないのは分かるよね?」
自分から暴露するだなんて……。
驚く私達を余所に、二人は挑発するような視線を私に向けてきた。
……訊かれる前に言ってしまえ、という事ね。――上等じゃないの。ここで受けて立たなきゃ女が廃るわ!
「お生憎様。過去がどうあれ、今の彼は――兵藤一誠は私の眷属よ。例え貴方たちがどれほどの存在であっても、彼を手放す気は無いわ」
啖呵を切った私を、彼女たちは面白そうに、けれど嘲笑う様に見据えている。
「私の『眷属』ね。よく言ったと褒めてあげたい所だけれど、まだ少しお目出度いね」
……踊らされた形である事を否定はしないけれど、それでも今の言い方は少し釈然としないものを感じる。
それじゃあまるで……イッセーが私の眷属である事自体が……。
……。
……!!
「気づいてもらえたかい? 物分りのいいお嬢さんで良かった」
「ま、しょうがないと思うけど。こんなケース、私達だって想像してなかったんだし」
「部長? どうかされましたか?」
朱乃の声で、思考に埋没しかけた意識が引き戻された。
まさか……いいえ、やはりと言うべきね。そうでもなければおかしいのは、最初の時から考えていた筈よ。だって……。
自覚できるほどの暗い顔を見せる私を見かねたのか、日青明がため息をついて、話を切り替えた。
「とりあえず……思い出話でもどうだい。君らもイッセーの研究を見たんなら、気になって仕方ないだろう?」
「……そうね」
恐らく私だけでなく、オカルト研究部の全員が抱いたであろう感覚。一言で言い表すなら、違和感。若しくは、歪さといってもいい。
それは紛れも無く、イッセー自身に対するものだったから。
「イッセーは
……それは、おそらく。
「ドラゴンは様々な力を呼び寄せる。それはある種の引力と言ってもいい。そして、イッセーはそこに関しては良くも悪くも長けていた」
確かに……私達の周囲で様々な事が起こり出したのは、イッセーが来てからだったわ。
「私や明。神や貴方もまた、イッセーの持つ引力に引かれ、巡りあったと言える。当然、その中にはイッセーに友好じゃないものもいるってのは分かるよね?」
「だからイッセーは、生き延びる為に力が必要だった。受ける教えの全てにおいて、彼は必死で修行を積んだよ。それは間近に居て、指導した事もある私達でさえも畏怖の念を抱く、鬼気迫るものだった。リアス・グレモリー。君は榊神を知っているかい?」
「ええ。何度か会ったことはあるわ」
イッセーの一番の師であり、両親を除けば最も長い付き合いであろう人物。お兄様やグレイフィアでさえ、計り知れない所があると評していたわ。
「彼は理不尽なまでに万能だが、時間操作系の魔法に置いては更に出鱈目だ。そこに関しては私も彼に一歩譲らなければならない。外での数時間が結界内における数年分の時間経過とした上で、老化はさせず成長のみを行わせる。そんな都合が良すぎる芸当が、神には出来る」
何度かイッセーに訊いたことはあるけれど、どこまでも突き抜けた人物ね。
「これは時間的に大変有利を得られるものだけど……どれだけ才能に満ち溢れていようと、師が優れていようと、まず精神がもたない。果ても無い道を平然と歩き続ける事が出来るのは、根っからの馬鹿か狂人だけだ」
「言いたい事は分かるわ。だけど、イッセーはそうだったんでしょう?」
こくんと、ライリ・アスカムラインが頷いた。
「あれは努力の天才どころか、化身、権化と言った方が良かったね。当時、イッセーと一緒に修行を積んでいたのは何人かいたけれど、誰も彼もが億に一つと言っていいレベルの才能の持ち主ばっかりだったもんだから、周りの成長の早さだけに眼がいったイッセーは、自分が進歩していないと錯覚してたんだ。なのに諦めも腐りも間違った努力もせずに、ひたすら基礎を積み続けたのはイッセーらしかったけどね」
それを聞いて、私は心の中でほっと息をついた。
只管に基本を守り、そこからの発展を目指す。私や朱乃に魔力の指導を受けていた時もそうだった。まあ、それで生まれたのが
なにはともあれ、やっぱりイッセーは昔からイッセーだったのね。
「そうして何十、何百、何千年分もの時間をかけて、イッセーはあらゆる武を磨き続け、やがて――達人と呼ばれる領域に至った。幾ら時間的優位があったとはいえ、その努力は狂気の域だったよ。多くの強敵、師、好敵手に恵まれた結果ではあるけれど、最大の理由はイッセーの性分……自分の価値を省みない所だ。近年はそれが更に深まっているみたいでね」
価値を……省みない?
「昔から神はイッセーに様々な技能、技術、技法を教え込んできた。戦闘関連は勿論の事、錬金術、鍛治、料理、芸術と、とにかく様々だ。それらを修め、並ぶものの無い力量を持ちながら……どうにもイッセーの中では、その能力の価値が自分の価値に直結していないんだ」
「そうと知ったとき、私と明も含めた師匠連中は頭を捻ったよ。一体何をどうしたらこんな面倒な精神構造に至るんだってね。刹那的な面が強く出た結果かもしれないけれど、最近は特に酷い」
……ようやくわかった。
前々から、ずっと不思議には思っていたの。
イッセーは十二分過ぎる程に高い能力を持っているのに、卑屈にも思えるくらいに自分を貶めているところがある、という風にも見えていたわ。
その理由は、能力と自分を切り離して考えていたから。
さっきの違和感の正体もそれ。自分が作った物がどれほど凄くても、それを作った
「とはいえ、悪い事ばかりでもない。さっき言った様に、その性分は常に驕る事なく自分を磨き続ける方向にも働いているし、イッセーは自信が無いからといって拳が鈍るタイプでもない。むしろ自分を格下と考える事で、どんな相手にも油断無く戦うというメリットもある」
「まあ、そんな桁外れの技術も能力も、大半はバオウとガオウの封印の時に一緒に封じたんだけどね。特に身体エネルギーと精神エネルギーのバランスが崩れたチャクラと、本能レベルで刻み込んだ達人級の武術は、弱ったイッセーを殺しかねないから。
……そういえば、貴方たちはバオウとガオウの事は聞いてる?」
「一応、イッセーから『異世界から来た天龍クラスのドラゴン』と聞いてはいるわ」
私達のまったく知らない、異世界の存在。それを身体に収めるというのだから、規格外すぎて想像もつかないわ。……そうよ。本来なら、そこで既に思い至らなければいけなかったはずなのに。
「なら、しっかりと補足しておこう。あれは正確にはドラゴン、いや、そもそも生き物でさえなかったんだ」
「……どういう意味なの?」
「数千年前って言ってたっけ。どことも知れない異世界からやってきたあれを次元の狭間で最初に見つけたのは、神だったらしいんだ。その時のあれはまだ、ぶつかり合う無限の雷と夢幻の重力っていうひたすら絶大な『現象』だったんだよね。放っておけば色んな世界に影響を及ぼすのは確実だったから、そこへ神があれこれやらかして、何とか龍の形を与えて鎮めようとしたんだってさ」
「ところが、形を持った二体は、更に激しく激突しただけだっただ。いや、それまではあくまで現象同士の接触でしかなかったのが、明確な意志を持って絶対的な力をぶつけ合うドラゴン同士の戦いになってしまったんだ。だから神は、極めて強固に作った世界に二体を閉じ込め、世界ごと封印した」
……話のスケールが余りに大きすぎて、少しついていけなくなってきたわね。横目で皆を見てみれば、案の定ほぼ全員が呆気にとられてるみたいだわ。ゼノヴィアに至っては、かなり遠い眼をしているようだし……。
それでも、これがイッセーの背負う物だと言うのであれば、私は知りたい。
「ところが二年前、二体の力の根源である無限と夢幻は争う毎に高まり続け、確実に完成度を高めていた事が分かった。そのままいけば封印の世界を破壊し、やがては次元の狭間をも破壊しかねなかった。そこで、神は『二体をイッセーの体内に封印する』事を思いついた」
「……それが、イッセーが力を落とした理由なのね?」
「流石に二天龍以上のドラゴンを取り込むのはイッセーにも負担でね。赤龍帝の篭手も、禁手化も出来なくなっちゃったくらいだし。その甲斐あって、バオウとガオウは一昔前に比べれば全然おとなしくなったよ。
ま、あの連中も言っちゃえば無限と夢幻に引きずられてたしね。ちなみにあいつらを天龍って呼んでるのは、他にトップクラスの龍を現す名前が思いつかなかったからだってさ」
「そして……そんな真似が可能だったイッセーが、どれ位の位置にいたのかは理解に容易いよね」
ようやく……いいえ。イッセーの凄まじさを語りつくすのであればまだまだ足りないのでしょうけど、今回に必要な前置きはこれ位なんでしょうね。
「強さにおける世界のトップ陣は、オーフィスを頂点、グレートレッドを例外として、インド神話のシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマー。須弥山の帝釈天。アースカルズのトール、フェンリル。オリュンポスのハーデス、テュポーン。エジプト神話のアテン。ケルト神話のルー。こんな所だけど……イッセーは通常の
――。
「更に……
――――。
耳に入る名前。その全てが有名すぎて目眩がしそうになるというのに、もう一つ、聞きなれた名前が、それらと同格に並び、称されている。
覚悟はしていたはずなのに、思考がどうしても追いつけない。言葉を出そうにも、喉、舌、唇が、まるで思ったとおりに動かせない。
聞かなきゃ……いいえ、言わなきゃいけないのに。
最初から私よりも遥かに強かったイッセーが、私の眷属になった理由を。
そんな私を置き去りにするように、明がその原因を告げた。
「厳重な封印をされているとはいえ、そんなイッセーを君が眷属に出来たのは……私とライリがイッセーの身体に仕込んだ非常用の魔法装置のお陰だよ」
無邪気な笑顔を向けて、ライリが続ける。
「めちゃくちゃ薄い、シールみたいな機械でね。普段は無色透明で皮膚にぴったりくっ付いてるんだけど、イッセーが生命の危機に瀕した時に起動して自動でイッセーを回復させるし、何らかの救命、若しくは蘇生手段が図られた時にもそれを補助、ブーストするんだ。普通の医療にも効果を発揮するような仕様にはなってたけれど、まさか
耳から入った言葉を聴いて、私が思い浮かべたのはかつて、瀕死のイッセーに向かって言った言葉。
『どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ。あなたの命。私の為に生きなさい』
あの時の自分が、いかに滑稽で取り返しのつかない真似をしたのかを、私はこの瞬間に思い知った。
「……やかましいな、こいつらは」
「だからこそ役に立つのよ。そいつらに任せておけば、嫌でもあそこへたどり着けるわ。外部が駄目なら内部から。技巧で駄目なら力尽くってね。貴方しか扱えるものがいないのだから、お願いね」
「わかっている。俺も俺であそこには用があるしな。お前らこそ準備を進めておけ。付き合うと決めた端からこけられでもしたら、俺まで馬鹿のようだからな」
「はいはい。男ってのは種族どころか世界を問わずに、どこまでも見栄っ張りよね。フォローする女の身にもなって欲しいわ」
「自分勝手が基本姿勢の、快楽至上主義者がよく言えるものだ」
「あら。人に合わせる気があるだけ、私はマシな部類だと思うけれど?」
「知らん。とにかく俺の仕事はキッチリこなすから、そっちもぬかるなよ」
「ええ、勿論。……この残酷で美しい世界を心行くまで味わいつくす為にも、ね」