ミルたんとの魔法少女アニメ鑑賞の次の日。
俺は一旦家への帰路をとっていた。
はぁ。
溜息しか出ない。
昨夜はミルたんとの魔法少女のアニメDVDを鑑賞していた。
無駄に熱い演出と、泣けるストーリーに朝まで見入ってしまった。
契約はまたも破談。しかしアンケートでは最大級の賛辞を貰う。前代未聞のオンパレードに、部長も困惑していた。
しかし、何故俺の契約者はこうも変態ばかりか。
「あはは、兵藤君はそういう感じの人に選ばれる魔力があるんだろうね」
爽やかに笑いながら、木場がそんな事を言ってきた。
それでいて本人は美人のお姉さまに呼ばれる率が相当高いと聞く。
死ね、イケメン!
それはエロいのか! エロい願いなのか!
想像しただけで、再び
「はわう!」
俺が怒りに燃えていると、突然後ろからそんな声が聞こえた。
何か、路面に転がるような音がしたな。
振り向くと、そこには如何にもなシスターが転がっていた。
手を大きく広げ、顔面から路面へ突っ伏している。漫画みたいな転び方だ。
「……だ、大丈夫っスか?」
見た以上ほっとくわけにも行かず、俺はシスターに近寄って、手を差し伸べる。
「あうぅ。何で転んでしまうんでしょうか……ああ、すみません。ありがとうございますぅぅ」
声からすると、俺と同年代かな。
手を引いて起き上がらせる、その瞬間。
ふわっ。
風でシスターのヴェールが飛んでいく。すると、中で束ねていたんであろう金髪がこぼれ、ストレートのブロンドが夕日によって美しく輝いていた。
真正面から、シスターの素顔を直視する。
――っ。
俺は一瞬心を奪われていた。
金髪の美少女。グリーン色の双眸は余りに綺麗で引きこまれそうだった。
綺麗だ……。それ以外の感想が持てない自分の頭の浅さが気にならないほど、見入ってしまう。
「あ、あの……どうしたんですか……?」
訝しんだシスターが、俺の顔を覗き込んできた。
「あっ。ゴ、ゴメン。えっと……」
何も言えない。見惚れていたなんて言えるわけがないだろう。
だって……だって……この子は……。
俺の理想の女の子像(金髪美少女版)そのまんまなんですよ! 見惚れたってしょうがないだろう!?
余りの衝撃に混乱しそうになる最中、彼女が方にかけている旅行鞄に目が行く。そういえば、この町でシスターを見かけたことなんてない。
とりあえず、少し離れた所にあった彼女のヴェールを拾って手渡す。
「りょ、旅行?」
ふとすればナンパしているようにも思える俺の質問に、彼女は首を横に振った。
「いえ、違うんです。実はこの町の教会に今日赴任する事になりまして。あなたもこの町の方なのですね。よろしくおねがいします」
人事異動みたいなもんか? 教会も大変だ……。
「この町に来てから困っていたんです。その……日本語がうまくしゃべれなくて、道に迷ったんですけど、言葉が通じなくて」
困惑顔でシスターは胸元で手を合わせる。
日本語がしゃべれないのに俺と普通に話せてるのは、悪魔の特性である『言語』で、もっとも聞きなれた言葉に勝手に変換されるってやつか。うん、本当に便利だな。悪魔。
「教会なら知ってるかも」
町はずれにある古びた教会。行った事は無いが、知識としては覚えている。
でも、あそこって今は使われてたっけ?
「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございますぅぅ! これも主のお導きですね!」
涙を浮かべて微笑むシスターは、本当に可愛いと思う。
だけど、彼女の胸元にあるロザリオに対して、自然と拒否反応が出てしまっている。
そうだよな。俺、悪魔だもんな。本当なら、彼女に関わるべきじゃない。
でも、困っている女の子を放っておく事は、絶対に出来ないし、する気もない。
こうして、俺は金髪美少女のシスターを引き連れて、教会へ向かう。
教会への道の途中、公園の前を通り過ぎる。
「うわぁぁぁぁん」
その時、子供の泣き声に、公園の方を見てみると、膝を抱えて子供が泣いている。膝には血と一緒に土埃もついているので、転んだんだろう。
「だいじょうぶ、よしくん」
お母さんがついているし、大丈夫だろうとそのまま行こうとしたが、後ろをついてきていたシスターは、それを見るなり男の子の所へ近寄って行った。
「おいおい」
しょうがないので、俺も後を追って公園へ入る。
シスターは子供に声をかけながら頭を優しく撫でていた。
「大丈夫? 男の子ならこのぐらいの怪我で泣いては駄目ですよ」
言葉は通じてないんだろうけど、その表情は優しさに満ち溢れていた。
シスターは掌を子供の摺りむいた膝へ当てる。
次の瞬間、シスターの手から淡い緑色の光が発せられ、子供の傷口を照らしていた。
これって……
光が消えて、シスターが手を離すと、子供の傷はすっかり消え去っていった。
あの光を見てから、俺の左腕が疼く。多分、彼女の神器と共鳴しているんだろう。
回復タイプの神器……初めて見るな。
子供のお母さんも、目の前で起こった事にきょとんとしている。
「はい、傷は無くなりましたよ。もう大丈夫」
子供の頭をひとなですると、俺に向き合った。
「すみません。つい」
彼女は舌をだして小さく笑う。
お母さんは頭を下げると、子供を連れてそそくさと去って行った。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
子供はお母さんに連れられながら、感謝の声を残していった。
「ありがとう、お姉ちゃん、だってさ」
俺が通訳すると、彼女は嬉しそうにほほ笑む。
「その力……」
「はい。治癒の力です。神様から頂いた素敵なものなんですよ」
少女はほほ笑むが、その顔には少し陰りが感じられた。
神器は、ほとんどが人間の範疇でしか機能しない物ばかりだ。しかし、中には俺の赤龍帝の篭手の様に、人間の範疇を超えた力を持つものも存在する。
神さんからは、そう言った神器を持った者は、迫害され、疎まれる者も珍しくないと聞かされた。生まれつき発動できるわけでないと言っても、何事もなく過ごしている俺は相当恵まれている部類だという。
この子も、神器の影響で苦労してきたんだろうか……。
かといって、俺も神器を持っている、なんて言える空気じゃないしな。
会話が行ったん途切れて、再び教会を目指して歩く。
数分も歩くと、古ぼけた教会が見えた。
あー、やっぱり教会って言ったらここしかないよな。相変わらずボロい。
使われてる、なんて話は聞いた覚えがないが、明りがついてるから人はいるみたいだ。
ゾクッ。
教会を目にした時から、嫌な汗が止まらない。防衛本能がずっと警鐘を鳴らしている。
当たり前だ。俺は悪魔。神様とか天使に関係する教会なんて、既に敵地もいいところ。
部長にも、神社や教会には近づかないように言われているし。
「あ、ここです! 良かったぁ」
取りだした地図とメモを見比べて、シスターが安堵のため息を漏らす。
ここで正解だったんだね。よかったよかった。
長居は無用。日も暮れてきたし、お暇しよう。
美少女シスターと別れるのは惜しいけど、俺は悪魔、彼女はシスター。
境遇を超えた恋には憧れるけど、そういう次元の話じゃない。
さっきからずっと、本能が教会を恐れてる。体中が震えてたまらない。
「じゃあ、俺はこれで」
「待ってください!」
別れを告げて、立ち去ろうとするが、シスターに呼び止められた。
「私をここまで連れてきてもらったお礼を教会で――」
「いや、そろそろ用事があるんで」
「……でも、それでは」
君の気が済まないのは分かるけど、俺も命が危ない。残念だけど、今回は無理だ。
「俺は兵藤一誠。周りからはイッセーって呼ばれてるから、イッセーでいいよ。で、君は?」
俺が名乗ると、シスターは眩しいくらいの笑顔を向けてくれる。
「私はアーシア・アルジェントと申します! アーシアと呼んでください!」
「じゃあ、シスター・アーシア。また会えたらいいね」
「はい! イッセーさん、必ずまたお会いしましょう」
深々と頭を下げてくれるアーシアに手を振って、別れを告げる。彼女は俺が見えなくなるまで、ずっと見守ってくれた。
本当に、優しくていい子なんだって、理解できた。
「二度と教会に近づいちゃ駄目よ」
夜の部室にて。俺は部長に厳しく叱られていた。
「教会は悪魔に取って敵地。踏み込めばそれだけで神側と悪魔側の間で問題になるわ。今回はあちらもシスターを送り届けたあなたの厚意を素直に受け止めてくれたみたいだけれど、天使たちはいつも監視しているわ。いつ、光の槍が飛んできてもおかしくなかったのよ?」
マジですか……。
本能が警鐘を鳴らすのは、伊達じゃなかった。ていうか、俺って天使とは腕試し以上で戦ったことは無いんだよね。
悪魔とかエクソシストなら、はぐれと戦った事もあるけど、天使は堕ちれば堕天使になるだけだから。
「教会の関係者にも関わってはだめよ。特に『
部長は青い双眸で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。いつになく真剣だ。
「は、はい」
「人間としての死は悪魔への転生で免れるかもしれない。けれど、悪魔祓いを受けた悪魔は完全に消滅する。無に帰するの。何も感じず、何も出来ない。それがどういう事か、あなたわかる?」
……無。わかるか分からないか。どちらか答えろと言われれば、分からない。それが無だ。
反応に困る俺を見て、部長はハッとなって首を横に振った。
「ごめんなさい。ちょっと熱くなりすぎたわ。とにかく、今後は気をつけてちょうだい」
「はい」
「あらあら。お説教は終わりましたか?」
俺と部長の会話が終わった。そこへ、いつの間にか朱乃さんが俺の背後まで来ていた。
「おわっ」
朱乃さんは様子変わらず、いつも通りのニコニコ顔だ。
「朱乃、どうしたの」
部長が問いかけると、朱乃さんは笑顔を消して、表情を曇らせる。
「討伐の依頼が、大公から届きました」