僕らの目の前で展開されていくその
全身が鎧に覆われると、全身から吹き出すオーラが一気に増大され、兜から出る長髪をたなびかせながら、僕らにその威容と力を見せつけていた。
あの魔力のオーラは……イッセー君と同じく、圧縮された魔力……つまり、暗黒魔闘術だ。
通常の魔力と性質を大きく変えたそれがどれほどの恐ろしさなのかは、彼と何度も手合わせをした身で思い知っている。その上、魔力に乏しいイッセー君とは違い、魔力量だけならば部長さえ超えている彼女の暗黒魔闘術の威力は、僕には想像だに出来ない。
「……さて、お前がリアス・グレモリーか」
そして、彼女はゆっくりとオーラを静かに濃縮させると、背中越しに僕らを睨み、芯まで凍てつくように冷たい殺気を吹雪の様に叩きつけてきた。
……気を抜いただけでも凍えてしまいそうだ。イッセー君のそれには及ばないけれど、僕らを怯えさせるには十分過ぎる!
彼女は薄っすらと光って見える紅い眼で僕らを一瞥すると、絶対冷度の視線でもって部長を射抜いた。
「魔王サーゼクス・ルシファーの妹にして、元七十二柱の第五十六位グレモリー公爵家の次期当主。その美貌と優しく社交的な人柄から、中級、下級悪魔に絶対的な人気を誇る。
兄同様バアル家出身の母から受け継いだ破滅の魔力から『紅髪の
一切の感情が排除された声は、耳から脳に突き刺さるような錯覚を覚えるほどの刺々しさが含まれ、それは尚も続く。
「現在では駒王学園の高等部三年生、及びオカルト研究部の部長として人間界で暮らし、そして……兵藤一誠を眷属にした。……ハッ。身の程知らずをこうも地で行くとはいっそ感心できる」
鼻で笑う様に言葉を切った彼女は、初めて……怒りという感情を覗かせた。
「大体あいつもあいつだ。多少力を封印された程度でこんな箱入りお嬢様の下僕にまで落ちぶれるとは、役不足にも程があるぞ。馬鹿とスケベに飽きたらず阿呆まで取り揃えたのか? あの脳みそミルフィーユ男が!!」
「手間暇かけてるだけに、褒めてるのか貶してるのか微妙ですね。それも何かの縁、というものでしょう? しかもほら、彼女巨乳ですし」
「……チッ!」
宥めすかそうとするキンブリーの言葉に、榊氷美神は腹立たしげに舌打ちをすると、視線を前のイッセー君へと戻した。
「まあいい。今はとにかく、あの馬鹿を殴り倒す。……お前は少し休んでろ、サイラオーグ」
「久しぶりだというのに挨拶も無しか。お前らしいがな」
突然の声に眼を向けると、そこには多少汚れた格好だが、目立ったダメージは無いサイラオーグ氏の姿があった。アレほどイッセー君に圧倒された上に、あの凄まじい一撃を受けてこうも無事だなんて……。
僕の心境を余所に、キンブリーは帽子を手にとって、恭しく一礼した。
「主の無礼、心からお詫び申し上げます。それで、サイラオーグ様。戦った感じはどうでした?」
服の汚れを払いながら、サイラオーグ氏はイッセー君を見る。その顔は、どこか嬉しそうにも見えた。
「相変わらず笑うしかない強さだが、やはり全盛期に比べればかなり力が落ちているな。まだ全力ではない様だが、俺の見立てでは精々最上級悪魔クラスと言った所だ」
「なるほど。――なら十分に勝ち目は有るな」
自信に満ち溢れた宣言を述べ、榊氷美神はキンブリーを伴って、イッセー君へと歩み寄っていった。
「やはりお前も随分と力を付けたようだな。ならお言葉に甘えて、見学がてら少し休ませてもらおう」
「ああ、しっかり見ておけ。今の俺達でどれ程通用するのか……少し確かめるぞ、ジェリー」
「はい。氷美神様」
吹き荒れる冷気は刺すような冷たさを増すばかりだというのに、どこか熱のようなものを感じてならない。そんな主に対して、帽子を抑えながらキンブリーは野次のような激を飛ばす。
「今度は、泣かされないで下さいね」
「当たり前だ。むしろ……泣かす!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!」
悠然と叫んで立ち向かう二人を、イッセー君は雄叫びをあげて右足を猛然と動かし、レッグナイフで迎え撃った。
「ゴウ・バウレン!!」
光に包まれた貫手と大剣が巨大な刃を打ち砕くが、その間にイッセー君は榊氷美神の背後を取り、両手両足をそれぞれ首と腹部に回して組み付いた。締めあげられる直前、榊氷美神の鎧が脱皮するように表層が剥がれ落ち、本体は滑るような形でイッセー君を振り払う。
「氷遁・霜剥がし」
剥がれ落ちた部分の鎧が霜となってイッセー君の腕と足に張り付き、一瞬だが猛獣の如き動きを鈍らせる。その一瞬を付いて、従者は動き出した。
「隙ありです」
そう呟いたキンブリーが片手で剣を突き出す。
ギィィン!!
部長より少し高めの彼女と同じ丈を持った大剣がイッセー君のオーラを貫通し、甲高い音を立てて鎧と衝突した。更にキンブリーは柄を握る手と空いた片手を触れ合わせると、そのまま剣の腹に沿う形で滑らせ、黒い装甲へ触れた。
バシィィィィ!!
見覚えのある青い閃光が視界を埋め尽くす中、鎧へ触れた手にオーラが集中し、万感の思いを込めた言葉が綴られる。
「――爆遁・
ドン!!!
重厚な衝撃音と共にイッセー君が吹っ飛び、そして――
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!
ミサイルが直撃した様な大爆発が巻き起こり、凄まじい爆炎がイッセー君の姿をかき消した。
今日だけで何度目かも数えきれない衝撃に唾を飲み込むと、いつの間にかバリアの内部で座って休んでいたサイラオーグ氏が口を開いた。
「上手い。イッセーの鎧の表面を爆弾に変えた上で、爆遁のミサイルを叩き込んだか。あれなら多少は効いてるかも知れんな。
……あいつ、キンブリーは爆弾狂でな。門式錬金術によって、触れた物を爆発性の物質に変化させることを得意とする上に、更にチャクラ式忍術の中でも希少な血経限界の爆遁を会得している。おかげであいつと戦うといつもいつも爆炎と爆風に悩まされていた」
「……チャクラ式忍術?」
またしても初めて聞く単語に、僕はオウム返しをすることしか出来なかった。こんな時、イッセー君ならもっと積極的に聞けるんだろうな。考えてみると、彼はそう言った知識欲に関しても非常に旺盛だった。
「んっ? もしかしてイッセーから聞いてないのか。まったくあいつは……師匠達に『自分が知っていることを他人が知っている前提で考えるな』と散々言われただろうに」
ため息をついて頭を掻くと、サイラオーグ氏はすっと立ち上がった。
「イッセーはああ見えて、必要だと判断した事以外は喋らない男だ。特に自分の事は聞かれない限り話そうとも思わない位でな。とりあえず、あいつを正気に戻したら根掘り葉掘り聞いておいた方がいいぞ、リアス」
未だ放心気味の部長の視線を背中で受けながら、サイラオーグ氏は再びバリアの外へ出て、榊氷美神達の元へ歩いて行く。
ほぼ同時に、煙の中からイッセー君が姿をあらわすが、鎧も含めてその姿には一切のダメージが認められない。
そんなイッセー君を尻目に、サイラオーグ氏は榊氷美神へと声をかけていた。
「氷美神、久々に戦った印象はどうだ」
「……野郎、性懲りもなく手加減しやがった。絞め技ではなく殴るか呪文でも撃っていれば、それで済んだだろうに!」
「以前のお嬢様であれば、あれで終わっていたのは確かですがね。でもまあ、あれが私であればもっと手荒にやったのも確実ですけど」
忌々しそうに吐き捨てる榊氷美神と、呆れた様子で帽子を直すキンブリー。二人とも程度の差はあれ、そこにはイッセー君への不満と憤りが含まれていた。
「しかし、相変わらずいい音で弾けますね。けれどイッセー……今の貴方、美しくない。どんな時でもエロと熱血で突き進んだ貴方が、今更殺意と怒りに身を任せて暴れ狂う? 新手のギャグにしても笑えませんよ」
「その癖、俺への手加減は忘れないってか? ふざけやがって……意地でも正気に戻して、馬鹿面殴り飛ばす!!」
幼なじみの罵声を尻目にイッセー君は合掌の構えをとると、マスクに隈取りのような模様が浮かび上がり、ここへ来て更にオーラが増大した。
戦慄する事しか出来ない僕らを余所に、既にサイラオーグ氏達は臨戦態勢の構えをとっていた。
「仙術まで使えるか。もう封印は全て解除されたと考えた方がいいな」
仙術……限られた存在しか習得する事が出来ない筈のそれを、イッセー君が……。氏の言葉にどこか納得している自分がいるのは、もう不思議でも何でもなかった。
彼を僕の常識なんかで計ろうとしたのが、そもそも間違っているんだ。
「ハッ。上等! なら、今度こそ手加減なしってわけだ」
「ヘタすれば一瞬で塵も残りませんけどね」
「そら、来るぞ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!」
叫びながら駆け出すイッセー君の象が近づくに連れてぶれていき、十体の分身となって三人へと跳びかかった。
サイラオーグ氏は勿論の事、達人寄りの妙手クラスの空手と暗黒魔闘術を扱う榊氷美神、共に達人級の域に達した体術と剣術で迫るキンブリー。イッセー君を除いた僕らでは、例え万全の状態だとしても、誰一人として太刀打ち出来ないだろう。
それを纏めて相手にするばかりか、規格外の気当たりと速さを持って繰り出される残像はそれぞれが本物同然に攻撃を繰り出し、数の不利を物ともせずに三人を圧している。さっきのチャクラ式忍術とやらを使わないのは、イッセー君の消滅の呪文を考慮しての事だろう。
しかも……。
ギィン!!!
――――ッッッッ。
時折こちらへ向けられる、あの赤い瞳。天井知らずにどんどん強まる殺気に、僕はとっくに身体の震えを抑えることを諦めていた。火打ち石の如く打ち鳴らされる歯と、爆発しそうな程激しい鼓動を刻む心臓の音に耳を傾けなければ今にも意識を手放してしまいそうだ。
朱乃さんも子猫ちゃんもゼノヴィアも、ほとんど僕と同じ様子だ。オルトさんは若干の汗はかいているが、表面上はまったく変化が見られない。汗をかくアンドロイドという事実を考察する方向へ逃げ出そうとする思考を寸でで抑え、部長とアーシアさんへ視線を巡らせると……二人は震えながら、血の気が引いて蒼白同然の顔でイッセー君を見続けていた。
まだ実戦にはほとんど慣れていないアーシアさんは勿論、直接狙われている部長に至っては、今にも倒れてしまいそうに見受けられる。それでも、二人は決して獰猛で恐ろしい現実から眼を逸そうとはしない。強い信頼を込めた視線で、ひたすらイッセー君を射抜いている。
……その根拠を問うだけ野暮ですよね。
堕天使の時も、フェニックスとのゲームの時も、象熊の時も……エクスカリバーの時も。イッセー君はいつだって、僕らや皆のために命を張り続けた。だから……僕らも、イッセー君の為に命を張ろう。
他の三人へ眼を移すと、分かっていると言わんばかりに力強い眼差しを返してくれた。
彼が何故あそこまでの怒りを覚えたのかは僕には理解しようもない。けれど、絶対に部長を殺させなんかしない。部長は勿論、イッセー君の為にも。
しかし、決意を固める僕らの前で繰り広げられているのは、僕らより高みに居る三人が蹂躙と言える程一方的に捻じ伏せられる悪夢のような光景。折れそうな心を必死で補強していると、藍色の鎧、それを装着する榊氷美神がイッセー君に投げ飛ばされ、背中からバリアに激突し、身を翻して着地し……傍目からも理解できる程明確な怒りを放ち始めた。
蹲った体勢で怒りに打ち震えながらイッセー君を睨む彼女の姿は、一切ダメージが見られない。他の二人は、最早無傷な部分など存在しないと言っていい程の惨状にも関わらず、殴打の跡はおろか録に傷ひとつ存在しない。
……何故かは分からないけど、イッセー君は彼女を傷つけないように戦っている。実力差を考えれば出来ないわけがないのはわかるけれど、それを三対一の乱戦、しかもあの怒り狂った状態で……。本当に君はどんな神経をしてるんだ、イッセー君。
「イッセー、どこまで……お前はッ」
ヴン。
爆発しそうな感情に注意を払うかの如く、ゆっくりと立ち上がった榊氷美神の鎧が、若干変化をしている。具体的には、鎧の脚部。膝から下が青みがかった白に変わり、猛獣を思わせるような爪が生えている。それは色合いと少々の形状の差異を除けば、イッセー君の
あれは、
「『俺』をッッ!! ――――無視するつもりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッッ!!!」
『
悲痛な叫びに乗って脚部の宝玉から放たれた声と共に、彼女の鎧が更に変形していく。背中にはまるで水晶のように透き通った巨大な氷の龍の翼が生えて、足の爪は更に大きく鋭く、手の方も鋭い爪が現れている。
全体的なシルエットが大きくなり、オーラもイッセー君に迫る程に増した榊氷美神は、見ているだけで体の芯まで凍りつきそうな冷たい雰囲気を醸し出す。
……同じ静の武術家として分かる。彼女は今、一切の感情を飲み込み鎮め、気と共に押し固めた。今さっきの感情の揺れは、エクスカリバーの一件での僕以上だったというのに……悔しいけど、静の者としては彼女のほうが三段階は上にいるようだ。
「……ただ全力で、貫き穿つ。それだけが、俺がお前に『俺』を示す唯一の方法だ」
冷淡かつ凄みを含んだ宣言の後、左手を上に、右手を下に動かし、天地上下の構えをとった。
「――勝負!!」
『Jet!』
背中のブースターを吹かせてイッセー君へと肉薄した彼女は、己の全てを振り絞るように呪文を唱える。何かをしようとする彼女の空気を察したのか、サイラオーグ氏とキンブリーがイッセー君から離れた。
「シン!! バウレン!!!」
フッ。
榊氷美神とイッセー君が僕の眼に映らないほどの速さで動き……。
ガシィッッッ!!!!
次の瞬間、互いに向き合い、両の手で手刀を形作った榊氷美神の左手がイッセー君の右をかする形で突き出され、右手の方はイッセー君によって両手で捕らえていた。
よく見れば手刀がかすった右腕の外側部分の鎧は抉られる形で破壊されており、直撃していればイッセー君でも無事では済まなかった事は想像に難くない。が、どんな必殺技も当たらなければ意味が無いのが現実であり、今のが彼女の全霊を尽くした奥義だというのも明白。
現にイッセー君に右手を掴まれた瞬間に、榊氷美神の鎧が解除され、口からは夥しい量の血を吐いてしまう。そのままイッセー君が彼女を投げ飛ばすと同時に、二人が動いた。
「第七驚門、開!!!」
ドウッッッ!!!!!!
サイラオーグ氏が碧いオーラを纏った瞬間、即座に氏はイッセー君へと殴りかかった。パワーもスピードも傍目からして段違いに増したと分かるサイラオーグ氏に、イッセー君も全力で対抗する。
どちらかの拳が相手に当たる度に重々しい衝撃音が振動と共に轟き、外れた攻撃の余波でさえミサイルが落ちたような破壊を周囲に及ぼす。そして何より、強く純粋な闘志のぶつかり合いは、誰の心にも威圧感だけではない何かを与えていた。
ほぼ戦争と言って過言ではない戦いの間に、キンブリーが剣を正眼の位置に構えると、刀身が縦に割れキンブリーの全オーラが剣へと注がれる。
ドゥウウウ……。
着実に濃度と密度が高まっていく力は、剣から放たれる光によって僕らにその凄まじさを知らしめる。その輝きが周囲を照らしだすまでに強まった頃、サイラオーグ氏がイッセー君に殴られながらもカウンターで蹴りを頭部に叩き込み、僅かに身体を揺らせた。その隙を突いてイッセー君の真横に移動したキンブリーは、二つに分かれた剣先をイッセー君へと向けた。
「爆遁・
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!!!!
――白い閃光が、一気に解き放たれた。
咄嗟に目を覆った僕らが視界を取り戻して、最初に見たものは……鎧のあちこちが損傷したイッセー君と、全身に攻撃を浴びるキンブリーだった。
血反吐を吐く彼女の襟を背中越しに回した手で掴むと、榊氷美神に対するそれより遥かに手荒く遠くへと投げ飛ばした。
「――
ゴッ!!!
サイラオーグ氏が組んだ両手を突き出すと、巨大な白い虎がイッセー君へと飛んで行く。徐々に小さくなって自分へ向かってくる獣へ、イッセー君は拳を握りしめた。
「――昼虎・
ゴッ!!!!
同様に組んだ両手を突き出したイッセー君は、自身が出した虎と共にもう一つの虎へ突撃すると、数瞬の鬩ぎ合いの果てに打ち砕く。小さくなる虎はやがてイッセー君の拳と同サイズまでになり、イッセー君の拳によってサイラオーグ氏の身体へと叩き込まれた。
ドンッッッ!!!
「ガハッッ!」
次の瞬間、全身の至る箇所から血が吹き出した氏の身体が、スローモーションの様に崩れ落ちる。
が……。
ガシッ!
倒れこむと同時にイッセー君の膝に両手でしがみついた。そして……。
ドゴッ!
イッセー君はその背に拳を叩き込み、今度こそサイラオーグ氏は完全に意識を断たれた。
……静かに、静かにイッセー君が、僕らの方を向いた。その歩みは牛歩のごとく遅く感じられ、けれど確実にこちらへ向かってくる。
オーラは最初に比べれば少々減っている程度だけど、鎧の損傷はかなり大きい。歩く度に何処かから血が垂れて、内部もそれなりにダメージを負っているのは明白だ。――しかし、そんな事実は何にもならない。
殺気は一歩ごとに濃厚になり、己の怒りを買った部長を罰するが如く、心を深く痛めつける。
彼我の距離が十mまで縮んだ辺りで、イッセー君が口を開く。
「オルト……スリープモード」
ガクン。
その一言で、オルトさんの身体が大きく揺れ、同時にバリアが揺らぎだす。
「申し訳、あり、ま、せん。イ、ッセー様の、わ、たしへの、絶対、命令権が……」
プツン。
最期まで続けることも出来ず、彼女は膝を付いて座り込んだ。同時に、最期の命綱であるバリアが掻き消える。けれど、力を吸われる事はない。
……そんなことをする必要は、もう無いからだろう。
イッセー君はもう、眼と鼻の先にいる。最早、震えさえ起きない僕らの耳に、主の信じがたい言葉が飛び込んできた。
「皆……私から離れなさい」
思わず振り返れば、部長は強い眼差しを持って、イッセー君を睨んでいた。
「イッセーの狙いは、あくまで私よ。邪魔をしなければ皆に危害は加えない筈。だから……」
「お断りします」
反射的な回答を口にしてから、聖魔剣を生み出してイッセー君と部長の間に立ちふさがる。彼の写輪眼からは、激しい怒りとは相反する冷めた色が見える。
ああ、馬鹿だね。自分でもよく分かるよ。どうあがこうがどうにもならないと痛い程わかっているのに、あがこうとしている。けどね、イッセー君。
この馬鹿さ加減は、君から学んだものなんだ。いくら君でも、この馬鹿な行動を馬鹿にはさせないよ。
朱乃さんも、小猫ちゃんも、ゼノヴィアも、同様にイッセーくんへと身構える。
アーシアさんだって、両手を広げて部長の前に立った。
「あ、あなた達、何をやっているの!! 早く……」
「ええ、一刻も早く……イッセー君を正気に戻しますわ」
「……スケベでも、馬鹿でも、強くても、おっかなくても、イッセー先輩はイッセー先輩ですからね」
「
「私も……何も出来なくたって、逃げません!」
凄いだろ? これも全部、君の馬鹿が伝染した結果なんだ。
その大本の君が、一体何をやってるんだ。誰に何をしているのか、ちゃんと理解しているのか。
「……部長。僕らは、貴方に恩ある身です。そして、僕らは貴方が大好きなんです」
「!!」
「何より……悪魔の先輩として、主を放って逃げ出す姿なんて、絶対に彼には見せられません」
刹那、最初に動いたのは誰だっただろうか。どちらにせよ、はっきりするのは……。
僕らは抵抗すら出来なかった。一瞬どころか一撃だったのかもしれない。その判別すら付かない程あっけなく、僕らはイッセー君に排除された。
幸か不幸か、意識までは失わなかった僕は、必死に全身が軋み上げるのを構わずに身体を動かそうとした。何とか身体を持ち上げ、部長のもとへ急ごうとした僕は……。
ドズ。
鈍い音を便りに、その方向を向いてしまった。
腕から血が垂れる。その血は俺の血ではなく、俺が貫いた女性のものだった。
幾度と無くそこへ伸ばされた手は、今度は左右どちらでもなく、中心より少し左よりを狙っていた。
心臓を一撃で吹き飛ばした感覚が、拳から伝わってくる。
目の前で血を吐き出す彼女が両手をこちらへ伸ばすと、俺は思わず兜を収納し、その手が頬へ触れるのを許してしまった。
目を抉る。鼻をもぎ取る。耳を引き裂く。歯をへし折る。そのいずれの選択肢も行わなかった彼女が行ったのは、ただ愛おしげに顔を撫でるという、不可解な行動。
それが何を意味するのか、理解を拒む頭を見透かすが如く、彼女は口を動かした。
「……ほらね。私の言った通り。貴方は強いじゃない」
顔に撒き散らされる血飛沫でさえ、その微かな温もりで俺を慰めているかのようだ。何一つ言えず、ただ彼女の声を聞くだけの俺に、彼女はただ優しく微笑み、語りかける。
「ああ……気に病まないで。これは当然の罰なのだから。被害者の加害者に対する、正当な報復よ。……人である貴方を殺してしまった私が――今度は貴方に殺されるの」
殺す。そうだ。
死を与え、生を奪い、己の糧とする。食事に必要不可欠な概念にして、不可避の咎。それを俺はこの人に――リアス・グレモリーに行ったんだ。
助ける方法は、まだある。でも、俺にそれは行えない。道具が足りない。心が足りない。……資格が足りない。
「ああ、あぁ……もう駄目ね。言いたいことは一杯あるのに、時間が足りない。だか……ら…………最期に、一つだけ……」
無力な俺を受け入れるがごとく、部長は俺に……血の味を与えるキスをして、満面の笑みを浮かべた。
「イッセー……愛してる」
――――――――。
「あ、あぁッ……う、ぁぁ…………ーーーーッッ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
慟哭しながらも部長から腕を引き抜いたイッセー君の眼の文様が、変化していく。
九芒星と、その中で円状に繋がれた3つの勾玉。それが、部長が、己の死でイッセー君にもたらした変化だと理解した瞬間……。
ドゴォォォォンッ!!!
突如飛び出した人影が、イッセー君へ蹴りを見舞う。僕ら以上の吹っ飛び様を晒すイッセー君へ、その人影は気楽に語りかける。
「まったく、いつまで経っても手がかかるっていうのは結構複雑ですね。しかもこんなややっこしい事になって……どこまでも師匠泣かせな弟子ですよ、本当に」
嘆息する人影に、もう一人、部長の側によったもう一つの人影が声を掛けた。
「俺はもうとっくに諦めがついたさ。そうすると、今度は何をやらかすのかと期待すらしてくるが、これは流石に本気でヤバいな」
「当たり前です。その子は大丈夫ですか、マダラ」
「死んだ直後だからな。問題はない。お前こそ大丈夫だろうな」
「当然です。何度動の気のリミッターを外したイッセーを殴って止めたと思ってるんですか。さあ、仕置きの時間ですよ、この馬鹿弟子」
意識が闇に落ちる間際、その人影を見て最期に抱いた印象は……とても暖かかった。