四凶、そしてデスザウラー。俺が推し量る限り、五体全てが上級の戦神、闘神と肩を並べる化け物だ。
これに加えて、まだクロウ・クルワッハまで控えている……。
こうなったら……本気で、奥の手を使うしか無い。
問題は、あの馬鹿が来てくれるかどうかか。ただでさえ気まぐれな上に、代償は払ったとはいえ、俺が約束を反故にした事には違いない。だが、そうでも来てもらわないと困る。
考えこむ俺を尻目に、デスザウラーと名乗った黒いゾイドがゆっくりと口を開け、巨大な砲身を露わにした。
ギュィィィィ……。
デスザウラーから何らかの装置の稼動音が聞こえると同時に、膨大なエネルギーが砲身から光となって伺える。
『本当に……他の研究者の全てが紛い物にしか思えないレベルだよ、君の賢者の石は。変換するでもなく、体内で生成すればそれで済むなど……祝砲ついでに、ご覧に入れようか。これが新たなるデスザウラーの、新たなる荷電粒子砲だ!!』
荷電粒子砲――。
その単語を耳にした瞬間、頭に浮かんだのはシンプルな一つの決定だけだった。
絶対に、あれを撃たせてはいけない。飛び上がって、頭部に最大呪文をぶちかまそうとするが……
ドガァァァァァァァッ!!
「ッッがは!!」
「大人しくしていろ。今はまだ、な」
檮杌に踏みつけられた瞬間、ワームホールを通って距離を取ると、ようやく気づいた。
デスザウラーの荷電粒子砲は俺ではなく、全く別の方角を向いている。
射線を追ってみると……その先には、遠く放れた市街地に建設された巨大シェルター。気配や電磁波からも、相当な人数が収容されていることがわかる。
思わずデスザウラーを見返すと、とてつもなく愉快に弾んだ声が頭に響いた。
『言った筈だ。これは祭りの祝砲……四つの凶獣と滅尽の殺機龍の復活と生誕の為のね。ならば……祝物と祝杯、そして祝歌は、死肉と血、そして嘆きと断末魔が相応しい』
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
怒りに吼える俺が取った行動は、奴への突撃ではなく、射線上への転移だった。
怪物相手に五対一で勝てるだなんて自惚れやしない。だが、死んでもそれだけはさせやしねぇ!!
『やはり、そうくるか。我等も少し試してみようかと思うんだが、四凶の面々もそれでいいかね』
面白そうに呟くデスザウラーの思念に、四凶はこちらへ向かうでもなく、笑いながら言い放った。
「それで死ぬようならとっくにくたばってるだろ。好きにしな」
「死んだら喰うぅぅぅ! それだけ!」
「坊やなら大丈夫さ。デスさんのしたいようにしな」
「満場一致だ。やれ、デスザウラー」
『では……ご期待に答えよう』
一際、光が強く輝き……一気に弾けた。
ドギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!
あらゆる物質を原子レベルで破壊する極大の光が迫る中、俺はあらん限りの心の力を振り絞り、最大呪文の一つを唱えた。
「シン・バベルガ・グラビドン!!!」
ドギャアアアアアアアアアアッッッッ!!!
分厚く巨大な重力の壁が、荷電粒子を下方へ押し付けて防いでいる。
だがしかし、こいつの威力は……想定通りに想定以上だ!
防御に適したシン・バベルガ・グラビドンですら半ばまで押し切ってくるこの出力……チャーゼル・ドラグドンを撃つ暇がなかった以上、どのみち他の最大呪文じゃ吹き飛ばされていた。
しかも……一体どれだけ持続して撃ち続けられるんだ!! 既に三十秒は経過しているのに、まるで威力が落ちねえ! これも、賢者の石の恩恵か!? 我ながらなんて物を作りやがったんだ!!
こっちは……もう限界近いってのにッ……!
まだか……まだなのか、皆。
『逃げろ相棒! これ以上はもう無理だ!』
ドライグの警告どおり、心と体が悲鳴を上げるが、断じて呪文を途絶えさせる訳にはいかない。
そんな事になれば、俺はともかくシェルターは確実に消し飛ぶ!
だから……
ビシ!
肉が裂けようが。
メキ!
骨が折れようが。
ギギギ!
神経が潰れようが、そんなことはどうでもいい。
他ならぬ俺自身が、守りたいし守ると決めた。だから守る。それだけだ。
アーシア、部長……二人は許してくれたけど、それでも俺はあの時の俺を許せない。
やっときゃよかった、ああすればよかったなんて……もう、後悔はしたくないんだよ!
だからよ、相棒達! お前らの力を俺に寄越せ!
その気になれば世界を幾らでも滅ぼせるドラゴンの力を! その中でも最強と謳われた、天龍の力を!!
そいつを、俺は守りたいものを守るために使う!! 気に入らない破壊を覇壊するために使う!! そんな俺の生き様を、存分に笑えばいい! そんな俺に付き纏って、幾らでも上へ登ればいい!
それに……。
あんな化け物共に遊ばれて、腹が立たねえ訳がねえだろうが!! 赤龍帝、雷龍帝、重龍皇に喧嘩を売った意味を、魂にまで刻むんじゃなかったのか!!!
奮い立てよ――誇りを失くしたドラゴンなんざ、ただの蜥蜴だろうが!!!
『……クククッ!! 言ってくれるじゃないか。歴代最弱の上に、ついさっきまで誇りにも封をしてたクソガキ風情が……。だが、だからこそお前は面白い。……いいじゃないか! なら好きにしてみせろ、歴代最高の相棒よッッ!!!!』
『我 等 天 龍 也!!!!』
『我等ガ目指スハ天ノ先……アノ程度ノ輩ガ如何程ノ障害カ!!!!』
ああそうだ……。
「俺を……俺達を!! 舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
呪文を消して、鎧の表面を集光パネルへ変化させ、吸収機能を全開にする!! 荷電粒子だろうがなんだろうが、全開の吸収力なら全てのエネルギーが俺に集まる!
この段階の出力は、今の俺ではまだ制御できない。対象を絞ることも出来ず、下手すりゃ半径数十キロ圏内全ての存在のエネルギーを吸い尽くして枯渇させてしまいかねないが、この荷電粒子砲の莫大なエネルギーならその心配も要らない!
ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!
「お……あ……がああああああああああああああああッ!!!!」
だがやはり……吸収の負荷とエネルギーは俺に壮絶なダメージを生じさせる。いくら集光パネルがビームを吸収すると言っても、エネルギー自体の桁が違えば当然負担はでかくなる。
おまけに……荷電粒子砲に籠められたデスザウラーのオーラと邪気は、四凶と同じく猛毒も同然。自他ともに認める雑食の俺でさえ、とても長々と耐えられたものじゃない。鎧の下では絶え間ない破壊と再生の繰り返しが行われているが、そのバランスはどんどん危うくなっている。
「オオオォォォォッ!!」
俺と同じく檮杌に踏みつけられた筈のマラコーダが、全身の負傷を物ともせずに極大の魔力弾を撃った。しかし、檮杌が吐き出した炎は呆気無く決死の一撃を焼き払い、マラコーダを覆い包んで遠くへと吹っ飛ばした。
その光景に、俺は歯を食いしばることしかできない。
痛みと熱に耐え忍ぶ中、唐突にエネルギーの荒波が弱まり、遂には消えた。崩れかける意識を持ち直すと同時に吸収を止めると、そのまま落下する。受け身を取ることも出来ず、荒野に鎧が強く打ち付けられてうつ伏せになるが、両腕に無理やり力を込めて上半身を起こし、膝に気合の叱咤を入れて曲げ、足に根性を注入して持ち上げる。
立ち上がるだけで存在するのが嫌になるような激痛が全身を苛むが、動こうが動くまいが痛いのなら、動いた方がいいに決まってる!
出せる限りの気当たりを持って対峙する俺に、遠く放れた五体の獣は嬉しそうに唸っている。
分かってる……こいつらは、俺を『今すぐ殺す気はない』。
奴らが本気なら、さっきから何度も死んでる。
あの荷電粒子砲も、確実に最大出力じゃなかった。
……正直、その理由に心当たりはある。
だけど……それが分かったからと、事態が好転する理由にはならない。
ならない……んだけどな。
俺って本当に、運がいいのか悪いのか。
ああでも、とりあえず会えて嬉しいし、助かったのは事実だからいいか。
スッ……。
目の前に慣れ親しんだ気配が現れた事に安堵して、前へ倒れこむ俺を、誰かが胸で優しく包み、そっと抱き締めてくれる。それが誰かを本能的に察した途端、俺は鎧を解除して身を委ねた。
ああ……この白檀と伽羅に混じった匂い。なにより、筋肉と脂肪のバランスがとれたこのふかふかのおっぱいが一番落ち着く。思わず寝てしまいそうだ。
でも、何より礼を言わないと。俺の空手の師匠にして、初恋の人に……。
「……聖さん……ありがとう」
「お礼を言う前に、まずは休みなさい。まったく、無茶ばかりして。少しは心配する私達の身にもなりなさい」
優しく諭す尼公に次いだのは、顔だけならば絶世の美少年たる男性のからかい。小柄な体躯ながらかつては英雄、邪神と呼ばれたと豪語する、グルメ界の果樹園の主たるシラットの師、シルクァッド・ジュナザードは、ホワイトアップルを丸齧りながら特徴的な笑い声を上げた。
「カカカ! 説教のつもりなら、その緩んだ頬を引き締めるべきだわいのう。年甲斐も無く惚気けよってからに、酒の肴が増えるばかりじゃわい。なあ、魔神よ」
話を振られたムエタイの師、現在はグルメ界の牧場主を勤めながら、鍛えあげられた巨大な筋肉は全盛期から更に磨きをかけられているであろう裏ムエタイ界の魔神、ソムバットは、嘆息しながら言った。
「ジュナザード、軽口もその辺りにしておけ。それより連中がそろそろ動くぞ。紫、神綺、結界は念入りに頼むぞ」
クルー・ソムバットの声に応えるのは、幻想の郷から冥府へと降り立った妖怪の賢者とその式たる九尾の狐。
「ふふ……こちらは抜かりないわ。あなた達こそ、楽しみ過ぎないようにね。藍、行くわよ」
「はい。紫様」
「イッセーちゃんはご飯を食べて休んでて。悪い子の相手は皆がするから。ね、ゆうかりん♪」
魔界の神の弾んだ声を余所に、USCは既にスイッチが入っていた。
「そうねぇ……フフフ、随分とまあ、嫐りがいのありそうなデカブツじゃない」
「四凶……随分と久しぶりなのに、まったく変わってないようで……じゃあ、いきますよ、皆! 可愛い馬鹿弟子を痛めつけてくれた礼をしましょう!!」
バッ!
この中でも最強に位置する門番が宣言した瞬間、全員が飛び去り、交戦を開始した。途端、再生力の限界を迎えた俺は、口から大量の血液を吐き出し、聖さんの服に掛かってしまう。
ドボァ!!
「ず……ゴブッ!! ま……エ゛ヴォッッ!!」
声を出そうとする度に、瘴気と邪気にズタボロに蝕まれた内蔵から搾り出された血の塊がビチャベチャと聖さんの服を汚し、謝罪どころか一層失礼を重ねてしまう。見かねた聖さんがそっと俺を地面に寝かせ、横向きに正座をして膝枕の格好を取った。ああ、慣れた弾力が心地いい……。
暖かい目をした聖さんに優しく飲ませてもらった癒水のお陰で、内臓器官は一気に再生するが、瘴気と邪気は未だに内部を侵している。とはいえ、だいぶ楽になったのは事実だ。ため息を付く俺に、どこからともなく現れたマダラさんが何かを包んだ笹を差し出してきた。匂いからして、スプライトサーモンにイカマグロの寿司だ。
「戦闘準備を整えるだけで精一杯だったんでな。大した食材ではないが、今のうちに少しでも食っておけ」
「いえ、十分です……。この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます」
受け取るなり、笹をそっと剥がして中身を綺麗に瞬食する。内部に入った栄養が細胞の全てに行き渡るが、とてもじゃないが猛毒を打ち消すにはまるで足りない。だが……
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!
微かに元気を取り戻した嗅覚が捉えた微かな香りに本能が反応を示し、追従するように腹の虫が叫ぶ。今まで何度も俺の命を救ってきた、この感覚。
その前に寄り道しなきゃいけないが、問題はない。
そうと分かれば、居ても立ってもいられない。名残惜しいが聖さんの膝から頭を上げて、ゆっくりと立ち上がり、背中越しに二人へ告げる。
「ちょっと行ってきます。すぐに戻りますから」
ワームホールを通り移動した先は、師匠たちと争いを繰り広げる四凶とデスザウラーが少し小さく見える程度の距離。元いた場所からそう離れていない荒野に、あちこちが焼けただれた姿のあいつが横たわっていた。
「……あっ、イッセー。どうしたの?」
近づく俺に気づくなり、気の抜けた返事を返すマラコーダの肩に手を回し、上半身を抱き上げて目を合わせながら言った。
「マラコーダ……お前のお陰で、俺は大事な事に気づけたよ。何事も最後の決め手となるのは常に自分の心……その教えの、本当の意味がな」
「そう……イッセーの役に立てたんだ。嬉しいよ」
そう言って微笑むマラコーダは、痛みなど感じていないかのような安らぎに満ちていた。
だが、その奥にはどうしようもない程の熱が溜まっているのが、俺には透けて見えた。
それをわかった上で、あえて淡々と、冷徹に言葉を紡ぐ。
「……左腕及び、全肋骨が複雑骨折。全身打撲で複数箇所に内出血、筋断裂も起こっている。肝臓、腎臓は内蔵破裂。ついでに大体の骨にヒビが奔ってる。ダメ押しに檮杌の炎による火傷だ。
「ああ、やっぱり? さっきから動こうとしても動かなくってさ」
平然と頷くマラコーダの心の底、熱とそれにかかる圧力が高まったのを、俺は見逃さなかった。
最後のひと押しとなる言葉を、俺はマラコーダの心へ放り込んだ。
「……悔しいか」
「――勿論。ああ言ったけど、私も悪魔としてのプライドくらいは身につけている。全力も出せずに雑魚として蹴散らされてお終いだなんて笑えない展開は、死んでも御免だ!!」
「ならお前……いっぺん死んでみるか?」
そう言って、俺は大口を開けて……犬歯を大きく伸ばし、マラコーダへと晒す。
「それ……吸血鬼?」
「さっき成り立ての、インスタントもいい所だけどな。それでも、一応……吸血鬼化の方法くらいは教わってる。ついでに、余分な魂の引き剥がしも出来る可能性があるが……どうする?」
俺の言わんとする所を理解したであろう、大きく瞳を開いたマラコーダは、一秒で答えを返した。
「お願い」
「速いなおい! ……まあ、そう言うだろうと思ったけど」
「当然でしょ。どうなろうが、私は私だ。増して、惚れた男の物になれるのを躊躇する程、腰が引けた女と思われちゃ困る」
~~ッッ!! この流れでそんなストレートな事いうか!! ぐっと来るじゃねえかチクショウ!
「あぁもう! 分かった! それなら……いくぞ」
「うん……」
ガブッ!
マラコーダの首筋に噛み付き、二本の長い犬歯で焼けただれた皮膚を突き破ると、微量の血液と、十一の魂を吸い取った。
「あ……ッ♥」
っておい! なにエロい声だしてんだよ! 真面目にやってんだぞ、俺は!!
煽られる性欲と腹の中で暴れるマレブランケの魂をどうにか抑えこみ、体内に取り込んだマラコーダの血液に俺の血液を混ぜ込み、牙からマラコーダの体へと戻す。
ビクッ!!
跳ねるマラコーダの体を抱きすくめると、変化はすぐに訪れた。
ものの数秒で完治したのを確認し、牙を抜いてから日留来を発動させて地面に手を当てる。
「口寄せ・地獄門!!」
ゴゴゴゴゴゴ!!
地面からせり出す鉄製の扉を前に、口から十一個の魂を開放する。
バガァッ!
待ってましたと言わんばかりに開いた門から巨大な骨の腕が飛び出て、魂達を即座に握りしめ、すぐさま門の中へと戻っていく。指の隙間から何かを言いたげに暴れるマレブランケの魂に、俺は手を振りながら言った。
「安心しろ、行き先は嬉し懐かしの地獄だよ。ただし……西洋じゃなくて日本のだけどな。閻魔大王と補佐官殿によろしくな」
ドォン!!
甲高い音を立ててしまった扉が再び地面に沈んでいく中、俺はマラコーダと共に立ち上がった。
手首を曲げたり、手を握ったり開いたりしながら、吸血鬼に変わった自分の体を確認するマラコーダの肩から手を離して言った。
「早々にこんな事頼むのもなんだけど、今すぐ師匠たちに加勢してくれないか? 手は多いほどいい」
「うん……それはいいんだけど、ちょっと違うなぁ」
「はっ?」
「イッセーは、私を吸血鬼にした……言わば主でしょう? なら、それっぽく命じてくれよ」
……本当に自由だなぁ、こいつは。どんな時でも自分の考え最優先だ。
「……いいのか? こんな下級悪魔風情に従って」
すると、マラコーダは俺の顔に手を這わせ、感触を楽しむように指で俺の唇を撫でてくる。
「言ったでしょ? 自由にやらぬもまた自由。誰に従うかは私が決める」
「……はあ」
根負けのため息をついてから、要望通りの言葉を吐いてやる。
「それじゃあ改めて……俺が戻るまでの間、師匠たちと一緒に、あの
「……ッッッ」
感極まる感情を一瞬で心の奥へと仕舞いこみ、無表情を装った体で、マラコーダは膝を突いて頭を垂れ、恭しく臣下の礼をとった。俺が差し伸べた手をそっと取ると、手の甲に口付け、裏返して掌にもキスをする。
あぁもう、あぁもう。あぁもう! あからさま過ぎてもう何も言えねえよ! 非常事態に暢気にすぎるけど、ここまで付き合ってる俺も相当な馬鹿だ!! ああそうですよ昔から痛感続けてますとも、どうせ俺は馬鹿でスケベだよコンチクショウ!!!
気恥ずかしさで内心大慌ての俺を余所に、マラコーダは顔をあげると、微笑みながら言った。
「―御意のままに、我が絶対王よ」
俺の手を放した直後、マラコーダの姿が掻き消え、巨大な炸裂音が師匠たちの戦場に響いていた。
……うああああああああああああああああああああああああああ!!!
恥ずい!! なんか凄い恥ずいやり取りしてた気がするぞ、俺! 小一時間くらい布団にこもって悶えてたい気分だけど、そんな場合じゃねえんだよなぁ!!
ああ、くそ! とにかく、今の出来事で確信した。
俺の求めているこの匂いは、確実に食材じゃあない。
……いや、食えれば何でも食材なんだから、これは正確じゃあない。
正しくは……本来食材とは捉えない物、だ。
それがわかっても、今は他に手段もない。連中の呪いは解呪、解毒にも相当な時間がかかるだろうし、体力を取り戻す宛も他には無い。
……考えてても仕方がない、か。まずはとにかく行ってみる!
そう結論づけて、ワームホールを通ってみる。
ヴォン。
着いたのは、かなり広々としたパーティー会場。辺りには、当たり前のように大勢の悪魔。部長の婚約パーティーの時を思い出す光景の中、俺の感覚器官は大勢の中でも狂いなく、即座に目当ての『
呆気に取られる周囲を無視して掻い潜り、ドレスで着飾った金髪のツイン縦ロールの前に移動すると、可能な限り平静な態度を持って、最初の一言を告げる。
「えーっと、確か……レイヴェル・フェニックス、だったよな?」
待つこと十数秒、とりあえず名前を呼ばれた事は飲み込めたのか、口元を覆う扇子をゆっくりと下に下げながら、短く返答する。
「は、はい……」
ひとまず、深呼吸する。そして、要件を言った。
「お前を、喰わせてくれないか?」
……間が空く。
…………間が空く。
………………まだ空いた。
たっぷり一分以上停止してから、最初に動き出したのは、レイヴェルに付き添っていたライザーの
「……待て、待ってくれ! いきなり現れて、喰わせろとはどういう冗談だ!?」
「冗談でもなけりゃ比喩でもない、文字通りの意味だ。レイヴェル・フェニックス……俺の食料になって欲しい」
面と向かってとんでもない事を言い出す俺に、明らかに動揺するイザベラだったが、臨戦態勢どころか身構えもしようとしない。俺が力尽くに出るのであれば、自分ではどう足掻いても太刀打ち出来ないというのが理解できるんだろう。
その判断は正しい。おかげで俺も、事を荒立てずに話を進められる。
「端的に言うと……俺は今、吸血鬼の特性を持っている。そして、外にいる四凶にボコボコにされて、滅茶苦茶腹が減ってる。だから、レイヴェル・フェニックスの血液を限界まで吸わせて欲しい。ただし……俺も限界近いんで、最悪失血死の危険があることは言っておく。無論、努力はする」
「な……何を……」
「対価は後日、必ず払う! 今は一刻を争うんだ! いくら師匠たちでも、あの化け物共を相手にまったく被害を出さずに勝つことは不可能だ! あいつの助けがいる……そして、それには俺の全快が絶対条件なんだ!」
熱弁する俺に気圧されたのか、イザベラが一歩後ずさる。それとは逆に、前に一歩出た者がいた。
当の、レイヴェル・フェニックスだ。
その瞳には怯えではない、強い意思が宿っている。もう一つ、眩い輝きを湛えながら。
「……わかり、ました。ただし、対価は要りませんわ。むしろ、この行為自体が対価に成り得ます」
俺の知らない事情を口にするレイヴェルに、他の四人が色めき立つ。
「レイヴェル!?」
「何を言って……」
「落ち着いてください!」
「幾らなんでも、そんな……」
口々に、弱腰ながらも自分を止めようとする四人に向かって、レイヴェルは告げる。
「私は冷静です。むしろあなた達こそ、思い返してみなさい。これは、願ってもない機会ですわ。このくらいの事でもしなければ、決して他勢力は納得しないでしょう。むしろ、これでも足りるのか、というくらいですわ。万が一にも私が死ねば、それこそ事態は丸く収まります」
「な、なんてことを!?」
「でも、事実です!! 私達がとてつもない地雷を踏んだことはもうお分かりでしょう!? これで拒んで赤龍帝が死ねば、今度という今度こそ終わりですわ!!」
何だか全貌が見えるような見えないような会話が目の前で繰り広げられる中、俺は床を向きながら咳き込み、多量の血を吐き出した。
ビシャァ!
ああ、くそ。どこまでも連中は質が悪い。他人に感染しないのは救いだが、その分これでもかと対象の内部を攻め立ててくる呪いだ。おまけにさっき、魂の引き抜きなんて真似をしたからな……そろそろマズイ。
「なぁ……相談はいいんだけど、そろそろ決めてくれないか? 本気で死ぬかもしれないんで、ダメならダメで早くして欲しい……」
肩で息をし始めた俺を見て、今度こそレイヴェル・フェニックスは覚悟を決めたようだ。俺の目の前に歩いてくると、ドレスの右肩をずらし、首筋を晒してくれた。
「おい……直接でいいのか? 別に流した血でも……」
気遣う俺に、レイヴェルは精一杯の気迫をみなぎらせて、吠えた。
「そんなの手間でしょう!? 死にかけの腹ペコが要らない心配なんかしてないで、さっさと済ませなさい! それと……不死身のフェニックスを舐めないでください! 吸血ドラゴンの一人や二人の腹を満たすくらいの血、どうとでもないですわ!!」
……いい、覚悟だ。
「じゃあ――この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」
ガブゥッ!!!
白い柔肌に牙を貫通させ……コントロールの効く範囲で、全力で血を吸い始める。
「あ、あああぁ!? うぅぅん……はああああああああああああーーーーッッ!!!」
妙に艶っぽいレイヴェルの声をBGMに、俺は命の液体を嚥下し、その味に歓喜していた。
濃厚さで言えばマラコーダのほうが上だが、同様に存在する独特のコクは比べがたい味わいを宿している。なにより、吸血鬼に変える必須工程とは違う確かな吸血鬼の食事は、俺に言い難い充足感と実感を与えていた。
分かる。胃が、腸が、細胞が、この血を喜んで受け入れ、進化している。
いや、それどころか……。
なんだこれは……はは、イザベラじゃないが、冗談みてぇじゃねえか。
その異変に気づいても、止まらない、止められない。食欲に突き動かされ、ペースを早めながらも、レイヴェルの体に腕を回し、その状態に気を配る。
やがて、限界と思われる兆候が現れ始めた辺りで、ゆっくりと血を吸うペースを落とし、人生初の吸血を止めた。
牙を外し、事後処理に治癒効果のある唾液を纏わせた舌で首筋を数回舐めると、レイヴェルは呻くような声を上げて、失神した。やっぱり、限界だったみたいだな。
駆け寄るイザベラにレイヴェルを委ね、呪いも瘴気も消え果てた臓器の機能を確認がてら、息を吸って吐いて、手を合わせながら感謝を口にする。
「ご馳走様でした」
「……吸血鬼のいう台詞じゃないな」
突っ込むイザベラに、立ち上がりながら相槌を打つ。
「いいんだよ。どうせ俺は俺なんだ。俺の食事の作法は守る」
そう言って目の前にワームホールを作り出し、一旦振り返った。
「起きたら、礼を言っといてくれ。美味かったってな」
軽く笑みを浮かべた俺に何も言えない四人を放って、俺は再び、四凶の前へと躍り出る。
自覚できるほど様子の変わった俺に、五体は心底嬉しそうな殺気を叩きつけてきた。
その空気を無視して、俺は懐から小さな瓢箪型の入れ物を取り出し、片手でフタを開ける。
途端、辺り一帯に広がる芳醇にして刺激的な香りに、四凶とデスザウラーの動きが、一瞬止まる。そこへ師匠たちの猛攻が加わって再び動き出すが、明らかに意識は俺の手の瓢箪、正確にはその中身へ注がれていた。
すげえだろ。神々さえ魅了した、俺のお手製の醤油は。
あらゆる食材の出汁をとり、念入りに熟成させたこの醤油は、原液なら全ての存在の食欲をむき出しにする。例え……次元の狭間を悠々と飛び回る、脳天気な『夢幻』でもな。
同じように取り出した皿の上に、とろりとした醤油を垂らす。
皿を持った右手をそのままに、背後に現れた気配に声を出す。
「明、準備はいいか」
「勿論。特大の
「よし……じゃあ、俺の魔導書を……」
促されてライリが取り出したのは、一冊の赤い本。宙に浮き、ひとりでに開いたそれが虹色の幾何学模様で出来たページを晒すと、バラバラに分解されて、赤龍帝の篭手に吸い込まれた。
これで、準備は整った。
「オン・ナガラジャテュハン・イセイ・ソワカ」
神々に承認された俺の真言を唱えると、俺の足元に赤龍帝の紋章が赤く光る。それに呼応して、空中に巨大な魔法陣が浮かび上がる。その色は、当然、赤。
その真ん前に醤油の入った皿をこぼさないように投げつけると、俺は全力で、あの馬鹿野郎の名前を叫んだ。
「――来やがれ!!! グレートレッドォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
ゴクン!!
腹の底からの叫びに答えたのは、魔法陣から出てくるなり皿ごと俺の醤油を飲み込んだ、グレートレッドの嚥下音だった。
吸血鬼化の方法は、色々考えてこんな形にしました。ここまで手軽なのはライリ、そしてライリの眷属であるイッセーだけです。他の吸血鬼はもう少し面倒くさいと考えています。