「やれやれ……これでようやく貯めこまれていた貴方関連の案件に片がつきますよ。契約の再開と更新も問題なしです」
パラパラと書類を速読で確認した鬼灯様は、書類を懐に仕舞いこむと、金棒を肩に担ぎあげた。
「すいません、あんなに必要な書類があっただなんて……弱体化して地獄の仕事を休んだのも急だったから行きづらかったし、どうしても必要な書類がある時は連絡がかかってきてたから、つい……」
「もういいですよ。しばらく超常の世界や荒事からはできるだけ離れた方がいいといったのは私ですしね。と言うより、これらの書類が必要になったのはつい最近です。それまではそれこそ二、三年ぐらいほっといても別に構いませんでした」
……部外者も居るところで、鬼灯様が些細とはいえ内情を語りだす以上、それは聞いている相手に知らしめる必要があるということだ。つまり、あの書類が必要になった原因は俺にある、ということだろう。
「まあぶっちゃけ、貴方が悪魔になったことであちこちが無駄にざわついてましてね。今後も地獄や高天原との関係を持続していく確証が欲しくなったんですよ」
「あ~……やっぱりですか……」
他勢力から恨まれる事も多いと言われる三大勢力を受け入れる程、大らかで適当な日本の神々とはいえ、流石にそこはきっちりしておきたいよな……。
「幾ら天照様、月読様、伊邪那美様のお気に入りとは言え、限度というものがあります。増して貴方は新参とはいえ、
「はい……」
確かに……悪魔になった時点で高天原や地獄に報告しておけば、鬼灯様にこんな手間をかけさせることもなかったかも知れない。
そうだよな……俺には大きな権限と、義務と責任が既にあるんだ。なのに、皆は俺に時間をくれている……それがどれだけ恵まれていることなのか、改めて身にしみる。
「ほ、鬼灯殿……いま、なんと……」
「ああ、やっぱり知りませんでしたか。なら説明しておきますが、イッセーは度重なる戦功と規格外の実力を評価され、
シン……と静まった室内に、鬼灯様の説明の続きが行き届く。
若干申し訳なく思えてくる程、皆呆気に取られている。サーゼクス様でさえ口元をひくつかせているくらいだ。
「とはいえ、神になったのはほんのニ年前の話でしたし、本人の神格そのものはまだ微々たるものです。だからこそ、神格は対象外と聞く
人を指さして随分な事を言った後、鬼灯様は普段通りのキツい目つきでこっちを見た。
「イッセー、まだ知らせていない称号や肩書があるのなら、いい機会ですから洗いざらい話しておきなさい。でないとまたこんな事が起きますよ」
うーん……そう言われても、これ以上の称号なんて……あ、あった。
「あとめぼしいのは、初代孫悟空からもらった
生きたまま仏になんてなりたくないし、悟りを開けるほど達観するなんて、煩悩に生きる俺にはとうてい無理だ。何より、あのクソジジイの関係者になるだなんて御免こうむる。何をさせられるかわかったもんじゃない。
「まあ、だいたいその辺りくらいでしょう。そういえば、サーゼクス王。イッセーの待遇についてですが、流石に今回の一件に際して、現状通りの下級悪魔というのは他の神々も黙っていないと思いますが、その辺りについてはどうでしょうか」
「……わかっています。差し当たって、兵藤くんに対しては悪魔の駒を渡すことで、将来的な上級悪魔への昇格を約束するものとしています」
冷や汗を垂らすサーゼクス様の返答に、鬼灯様は顎に手をやって考えこむ。
「まあ、貴族主義の冥界としてはその辺りが落とし所としては限界でしょう。元人間の転生悪魔、それも叩き上げ中の叩き上げによる急な立身出世を認めてしまっては、旧家は立つ瀬がないわけですしね。前例が出来るというのは何処にとっても大きな意味を持ちますし、ベターな選択肢だと思います」
「ご理解いただけて、幸いです」
「ただ、善意としてアドバイスを差し上げるなら……イッセーを下に置いておくというのは、非常に危険ですよ」
深々としたため息に追いすがるが如く、感慨深い言葉が続けられた。
「権利がないというのは義務がないということであり、自由と責任は必然、組織より本人に比重が置かれます。そうとくれば、この食欲、性欲、知識欲、闘争本能は誰よりも強い不屈の馬鹿は幾らでも無茶も出鱈目もやりつくします。彼は自分のケツは自分で拭く男ではありますが、上としては心臓に悪いことこの上ない。大王が目を白黒させる様子は面白かったですが、私としてもあちこちで騒ぎを起こされては少々おっかないです」
あの鬼灯様が、俺の事をおっかないと思ってただなんて……その事実が俺もおっかないです。
「ですが、根は誠実で真面目ですから、権利と義務さえ与えれば多少の自重はしますよ。甚だ見逃し難い悪や理不尽にはそれでも暴れますが、そこはむしろ評価するべきです。こういう己の領分を死んでも譲らない男というのは、昨今では割りと希少ですからね」
そこまで言って、鬼灯様は俺に向き直った。
「イッセー。地獄や高天原に深いつながりを持つ存在として、それに違わぬ行動を願いますよ。暴れるなとは言いませんが、少なくとも暴れ方は考えなさい」
「はい……肝に銘じておきますよ。またすぐ肝ごと吹っ飛ぶかも知れませんけど」
今日既に、一回自分で消し飛ばした後だし。
「じゃあ魂にでも刻んでおいて下さい。それで駄目なら存在自体に書いておきなさい。では、私はこれで失礼します」
そう言い残してスタスタと去った鬼灯様の背中が部屋を出て行ってから、アジュカ様が俺に近づいてきた。
「では取り敢えず……兵藤一誠君。君の中の悪魔の駒を確認させてもらうよ」
「あ、はい」
頷くなり、アジュカ様は俺の胸の前に小さな魔方陣を無数に展開させ、そこに記された悪魔文字や数字、更には見たこともないであろう文字に眼を剥いた。
「これは……!! 俺のプログラムを何かが上書き……いや、混ぜ込んだ上で再編している!? 駒の特性、力も変質して、八つ全てが
「あ~……十中八九それですね。アレは単純なパワーだけでなく、装備に至るまで俺に関する全てを強制的に埒外の域まで跳ね上げますから、何が起こっても不思議はありません」
赤金の窮覇龍に関しては、発現させた俺どころか、力の大本のドライグでさえ何から何まで分かってるわけじゃないしな……。今まででた推論で最も可能性が高いのは、
次元が違いすぎるエネルギー量の為に計測や記録はほぼ不可能だし、俺自身が探ろうにもあの形態は俺の精神状態も戦闘に特化する形で研ぎ澄まされるせいで、正気を保つだけで精一杯だ。
……やっぱり、あれは最後の切り札だな。安定した制御こそ出来ているが、それは俺の心身の強靭さに物を言わせた力技でしかない。
宇宙を自在に操れる程の魔術を可能とするエネルギーや、天文現象以上の威力を肉弾戦で叩き出す力なんてものは、あくまで片鱗に過ぎない。何が起こってもおかしくない脅威とも言える未知こそが、
……そんなものをねじ伏せる俺って、今更だけど確かに理不尽の塊だよな。定石も何もあったもんじゃない。
「なんともはや……しかし流石に情報量が膨大すぎて、再編が若干上手くいっていない箇所があるようだな。ふむ……なら、俺が調整してみよう。それでうまくいく筈だ」
「そんな事が出来るんですか!?」
「製作者を舐めてもらっちゃ困るよ。それに、どうやら根本的に理解できない程変化している部分は安定して、逆に元の形から変わっていない所が不安定になっているみたいだ。どうやら、俺の元々のプログラムを丁重に扱った結果、少し無理が出たみたいだね……作り手としては嬉しいくらいだよ」
そう言って、更に無数の魔方陣を展開させて、調整を開始された。どうもなんというかこう……魂の深い部分がこそばゆく感じるような気がする。
「しかし、噂以上に凄いな君は……。神器に別の要素を加えて強化するやり方は古今東西試されたと聞いているし、俺も眼にしたことはあるが……これほど親和性が高く、可能性を感じさせられるものは初めてだよ」
「それって……
手元を動かしながらも好奇心は抑えられないのか、話しかけてくるアジュカ様に返事を返す。
「ああ……どちらも神器と極自然に融合し、リンクしながら互いの性能を引き出しあっている。しかも、協調そのものによる君への負担はほぼ皆無と言っていい。これは想像を絶するものだよ。果てしなく高度な製作技術と、神器に宿った魂の協力があってこそ成し遂げられる御業か……」
「それほどでも……魔人経典をここまで仕上げるのにも幾度とない手直しが必要でしたし、龍一文字はそれ自体が特別ですから。用途を能力上昇や一定の能力付加に限定すればもっと簡単かもしれませんけど、生憎やるときゃ徹底的ってのが師匠たちの教えでして……究極万能を求めてたら、いつのまにかこんなおっかない代物に仕上がってました」
「異世界から時折流れ着く技術や魔法を一手に受け止め、それらを管理、研究する外なる天の知を識る者……
篭手から飛び出した無数の幾何学模様が次々とページを象り、俺の手元に集まると、赤い表紙に緑の宝石が埋め込まれた一冊の本と化した。
「はい……原典のソロモンの鍵に始まり、アッピンの赤い本、レメゲトン、ラジエルの書、エヌマエリシュ、エメラルド・タブレット、創造の書などの著名な本から、外から来たネクロノミコン、ナコト写本、エイボンの書、屍食教典儀、無名祭祀書、妖蛆の秘密、金枝篇、セラエノ断章、ルルイエ異本、水神クタアト、法の書、黄衣の王の内容も一字一句漏らさずそのまま書き写し、独自の内容も加えた上で賢者の石等の最高以上の素材を持って生み出された、俺の最高傑作の一つです」
「どれも超弩級の有名所かつ、危険の代名詞の様なものばかりだな。話には聞いていたが……君は本当に、内容を劣化させずに写本を作る事が出来るのか」
「翻訳なしの、そのままの言語でやればそう難しいことじゃないですよ。内容を理解した上で、それに耐えられれば、ね。使われた材質や籠められた魔力とかの再現にも限界はあるんで、原典とまったく同じ物を量産できるわけじゃないですし、そもそもあんな危険物を複製するとかリスクがデカすぎるんで数えるほどしか書いたことは無いですけど」
大体は魔導書のオリジナルを譲ってもらう交換条件として、譲られた魔導書と相手が持っていない幾つかの魔導書の写本を書いたんだけど、あまりの再現率に驚いて突っ返された挙句、わざと日本語や英語に訳して性能を劣化させた方を要求されたりもした。
けど無理もない。何せ外から来た魔導書は大半が外の神や異界の魔術、儀礼、文化を記したものなんだけれど、それがまたドギツイの何のって。特にネクロノミコンの原典アル・アジフやナコト写本、ルルイエ異本と言ったトップクラスに至っては、超一流の魔法使いでさえ目次に目を通しただけで気が触れかねない。あれはまともな人間は視界に入れることすら憚られる代物だ。
俺があれらを読破し理解し、なおかつ原典と同じ内容を同じ言語で記す事が出来るのは……甚だ異常なまでの精神力と、師匠たちに叩きこまれた知識に尽きる。我ながら、俺ってそればっかだな。
だからこそ、それら危険な書物に記された外の魔法を平気で扱う俺は、魔法使いの業界では異端中の異端として知られている。
つっても、これだけの魔導書を使っても、普段は精々が他の能力の制御や発動を補助したり、強化魔法で身体能力を底上げするくらいなんだけど。天文現象は燃費が凄いし、その他細かい技はどれも危険すぎたりエグすぎたり俺とは相性が悪かったりだ。チャクラと覇気さえあれば遠距離戦は事足りるし、正直魔法使いを名乗るには色々と足りなさすぎる。
「なるほど……術の類は不得手と聞く君があれほどの魔法を操れる秘訣が、その魔導書というわけかい。神から聞いた話では、君の賢者の石は無尽蔵のエネルギー源であり、無限の情報集積、処理能力を備えているそうだが、それが法力を代替し、なおかつ魔法の演算を代行しているというわけか……うむ、やはり興味深いね」
「それでも魔法を使うのはあくまで俺ですから、演算の過程と結果は俺自身の頭に出力されます。ただでさえ馬鹿な脳みそなんで、莫大な情報量と処理速度に何度も神経焼き切れては回復させて、何度も何度も繰り返して慣れました」
魔導書自体に魔法力を補わせ、演算をさせたところで、使うべき本人を介さなければ、魔法の威力や精度は多少なりとも落ちてしまう。その解決策が、俺を出力機、もしくは大砲の砲身として扱うことだったが、あれは本当に苦労した……。
「最初は初歩的な魔法だけでも頭痛がして、中級クラスで鼻血を出して、上級にもなれば眼球や耳の中の毛細血管が破裂して、仕舞いには熱暴走で脳みそが文字通り沸騰しかけましたからね。我ながらよくあそこまで才能なかったもんですよ。はは」
懐かしさに、思わず笑いが込み上げた。痛くて苦しくて、死ぬのが怖かったのに、明やライリがいくら止めに入っても強行した。倒れる度に二人が心配そうな顔して抱き上げてくれるのが申し訳なくも嬉しくって、二人の教えを無駄にしたくないがためにやり通した。
遂には神経が完全に慣れきった時には、二人共安堵しきった顔でしばいてきたっけ。そのまま修行まっしぐらで、本当に俺っていつ死んでもおかしくなかったよなぁ。
「……なるほど、詫びた上で訂正するよ、赤龍拳帝殿。魔導書が秘訣などとは飛んだ思い違いだ。君でなければあれほどの魔法は操れない。げに恐るべきは、人の強さか」
額に汗を流しながらも口の端しを持ち上げて笑みを形作るアジュカ様は、畏怖と敬意を込めた眼差しで俺を見てくる。
それを毅然と受け止められるようになっただけ、俺も少しは今回の一件で変わったんだろう。
「……よし、完了だ。これで不具合は全て解消されたと思うよ」
アジュカ様が魔方陣を消すと、俺は魂とそこに連結する駒へ意識を巡らせる。
……うん、確かに馴染んでるように思える。
「ありがとうございます。これで、また問題なく部長の眷属を務められます!」
「眷属、か……。ふむ、少し頭の片隅にある程度だったが、やはり君は得難い存在だ」
そう呟くと、アジュカ様は俺の両肩に手を置いて、まっすぐ視線を合わせながらとんでもない言葉を吐き出した。
「兵藤一誠くん……俺の
……。
……はいいいいいいいいいいいい!?
ガタッ!
「あ、アジュカ様!! お戯れを! お言葉ですが、彼は私の兵士ですわ!」
席を蹴って立ち上がる部長へ、アジュカ様は俺の肩に置く手をそのままに顔を向けた。
「無論、トレードという形でさ。仮にも魔王の兵士ですら、彼の対価としては及びもつかないというのは分かっているから、そうだな……差し当たって、サーゼクスの派閥と俺の派閥で今対立している事案の幾つかを、こちらが折れるというのはどうだろう?」
「な……」
絶句する部長を好機と見たのか、更に魔王が畳み掛ける。
「当然それだけじゃない。君と君の眷属にも、色々と便宜を図らせるのは勿論、価値のある物を譲ろうじゃないか。そして兵藤くんには、俺が担当する技術部門の上位職の椅子と俺の権限で自由にできる全研究データの閲覧許可、早期に上級悪魔への昇格も約束しよう」
んな……。
「アジュカ、少し過ぎるぞ。鬼灯殿がベターと評してくれた今回の裁量を丸々無視するつもりか」
「どの道、彼に上級悪魔になってもらう事は決まっているんだぜ? たかだか二、三年の違いなど、悠久を生きる悪魔にとっては誤差の内にも入らんさ。それに彼が俺のもとへ来てくれるのなら、きっと三年以内には最上級悪魔への道筋さえ立つだろう」
サーゼクス様のお言葉をあっさりと返して、再びアジュカ様は俺に目を向けられた。
「どうだろう、兵藤一誠くん。魔王の立場でありながら自分の嗜好を何より優先させる事が少なくない俺と、好奇心と欲望の為に幾らでも危険も無理も承知できる君は、ある意味よく似ている。俺達は虚空に見たこともない色の絵の具を塗りたくる様な、新しい物を作る快感に酔いしれる知の獣だ。ならば、互いの欲を満たすために共生関係を結ぶことは有意義な筈だ」
……。
予想外ではあるけれど、まったく興味が無いと言えば嘘になる。
幾ら悪魔の駒が貰えたって、立場そのものは下級悪魔の俺だ。どれだけ先になるのかも分からない上級への早期の昇格が約束されるのは、少なからず意味がある。部長達やサーゼクス様への提案だって、かなりのものだ。
なにより、稀代の天才たるアジュカ・ベルゼブブ様の研究の全て。それは確かに、同じ研究者として非常に魅力的な宝物だ。正直、喉から手が出るほど欲しいものではある。
この好奇心に動かされるままに好き勝手をやってきた身としては、知の獣という指摘に頷くしか無い。
無茶な理論を狂った方法で行う俺を止めてくれる皆に対して、俺は振り向いて笑うだけだった。心配をかける事に罪悪感や後ろめたさを感じていたことなんて、言い訳にもならない。俺は全てを天秤にかけた上で、知識欲と好奇心を優先させていた。それが全てだ。
……返答に詰まる俺の耳に、皆の音が届いてくる。
ところが、それは俺が思っているのとはまるで違っていた。
グレモリー眷属全員の脈拍、呼吸、心拍数が、考えていたよりも安定している。特に部長はトレードの話を持ちかけられた当初はかなり大きく響いていたのが、今では時折乱れが生じるだけだ。
これはつまり……俺がこの話を蹴ると考えているって事だ。微かな乱れは、万が一にという不安の現れ。それでも、この落ち着き様はかなり凄い。
つまりはそれだけ……皆は俺を信じてるんだ、よな。
今日一日、ここに至るまで散々ぶっ壊れた面を見せてきた、この俺を。
……まいったな。本当に。
正直な話……あれだけの力を見せつけた以上、皆との関係が変化することも覚悟していたつもりだった。宇宙を滅ぼすことすら容易い程の絶対的な力は、怯えられ避けられるには十分過ぎる。そう思っていた。
けど、そんな覚悟自体が、皆に対する侮辱でしか無かった。
数ヶ月も一緒にいて、俺はなおも、グレモリーの情愛を舐めていた。
そうだよな。
部長は、俺の主であるリアス・グレモリー様は……『力』に屈する様な、脆い『愛』なんかじゃない。毅然と美しく、強さと優しさを兼ね備えた『愛』を持って、皆を束ねる強い人だ。
眩しくて、綺麗で、暖かい
俺が、左腕をくれてやる程の
この帝皇が、主と仰ぐに相応しいと認めた
なら……答えなんか決まってる。
「アジュカ様。大変ありがたく興味深いお話ですが……お断りします。分野は違っても同じ研究者として、貴方を真剣に凄いと思います。貴方が今の俺より強いことも分かります。俺の研究や力を買ってくれているのもよく伝わりました。主とするに不服なんてありません。だけど……。
――それら全てを踏まえた上で、俺はリアス部長の兵士でいたいんです。だから俺は……ベルゼブブ眷属ではなく、グレモリー眷属である事を選びます」
すっと、俺の肩から手を外したアジュカ様は、顎に手をやって思案顔になられた。
「……ふむ。そうか。思っていたよりも、君は義理堅い……いや、この物言いは君にもリアス嬢にも失礼だな。ただ単に……君にとって、俺はリアス嬢より魅力的な主には映らなかっただけの話だ」
「すいません。けれど、それが俺の結論です」
「いや、いいさ。こっちこそとんでもない事を言い出して済まなかった。リアス嬢、君にもとんだ迷惑をかけたね」
話をふられた部長は、一呼吸置いてから、アジュカ様へと言った。
「いえ、彼ほどの存在であれば、アジュカ様が欲しがるのも無理はありません。だからこそ……私も、彼に相応しい主となれるよう、より一層の精進を誓う所存ですわ」
強い口調で宣言した部長は、俺としっかり目と目を合わせて、その奥に滾る決意の炎を見せつけた。
ギギュッ。
部長とアイ・コンタクトを交わした直後、俺の胴体に尾を巻きつけたマラコーダが、締め付けを強めながら正面まで歩いて、唇を尖らせる。
「ねえ、いつまで待たせるんだよ。もういいでしょ? 駒の調整が終わったんなら、今度こそ私の番だ」
「分かった、分かったから離せ、肋骨が軋んでるから。後もう少しで内蔵か骨が逝っちゃうから」
渋々尾が解かれた後、気を取り直してアタッシュケースを開くと、悪魔の駒が透き通るような透明から、燃え上がるような真赤に染まった。更に一つ一つが傍目にも分かるほどの力強いオーラを纏いだし、今にも弾けそうな様子だ。
「これは……つくづく規格外だな、君は。王として駒とリンクした途端、全ての駒が変異の駒と化すとは……いや、むしろ駒の変化や赤金の窮覇龍の事を考えれば妥当な位か。君に合わせればそうもなるよな」
「それじゃあ……兵士でやってみるか、マラコーダ?」
「うん、構わないよ。どんな駒だろうが、私はイッセーの剣であり、盾であり、鎧であり、女だ。永劫、帝皇の傍に誰よりも早く侍る者であり、その所有物であり続けるとも」
「よし……じゃあ、行くぞ」
ケースから取り出した兵士の駒をかざし、床にマラコーダを中心として魔方陣を展開させる。駒を握りしめながら、胸の内から沸き上がってくる呪文を紡いでいく。
「我、兵藤一誠の名において命ず。汝、マラコーダよ。今この時において、その身と魂に証の力を取り込みて、我が下僕悪魔と成れ。汝、我が兵士として、新たな生に歓喜せよ!」
魔方陣が消え、同時に手の中の兵士がマラコーダの体内に融け込むように入っていった。マラコーダは軽く胸を擦ると、静かにオーラを纏いだした。量こそあまり変わらないが、質では明らかに数時間前よりも上に見える。
「凄いな……新たな生と謳うだけの事はあるよ。ただ転生しただけでこれほど力が上がるもんなのか」
「いや、
「アジュカちゃんったら抜け駆けばっかり☆ 私だってイッセーくんを眷属にしたいって考えてたのに、リアスちゃんが持ってっちゃったから我慢してたのよ? けれど、そういうことなら遠慮はしないわよ☆ ねえリアスちゃん☆ イッセーくんちょーだい☆」
混乱の一途を辿りかけたその場を収めたのは、料理を終えて俺に挨拶に来た聖さんで……セラとマラコーダにもみくちゃにされる俺を見た途端、笑顔の端に数本の血管を浮かべて……必殺の正拳突きが、俺を魔王の居城から叩き飛ばしたのであった。
ああ、もう……頼むから仕事させてくれ。
「おかえりなさいませ、お嬢様。久方ぶりのイッセーはどうでしたか」
「どうもこうもないわよ。相変わらずのモテっぷり。今度は
「しかし、それほどであれば、逆にお嬢様としてもやりやすいのでは?」
「そうね……仮にこのままグレモリー家の婿養子になったとしても、イッセーの影響力ならそれだけという訳にはいかないわ。うまくすれば、子供だけなら産めるかもね……」
「ですが、やはり最善はイッセーをお嬢様の眷属とした上で、アガレス家に入ってもらうことですね」
「それは勿論だけれど……大事なのは名より実よ。特にイッセー相手はね。……正妻から奪い取るくらいの気概は持っていかないと、抱かれる事も無理そうだもの」