はあ……。
自転車をこいで、依頼者の元へ向かい最中。
悪魔になってから、何度目とも知れない溜息をつく俺だった。
ていうか、予想通りの
ぶっちゃけ、捨て駒じゃねえか。まあ、部長が下僕をそんな風に使うとは思わないけど……。
ちなみに、部長の未使用の駒は、騎士、僧侶、戦車が一つずつと言っていた。兵士に関しては何も言わなかったが、言う必要もないだろう。
何故僧侶が一つかは、あのはぐれ悪魔退治の日に聞かされている。
「私の『僧侶』は既に存在するの。ここにはいないわ。他の所で他の命令を受けて、私の為に働いてくれているの。機会があれば、あなたにも紹介するから」
だ、そうです。リアス部長の僧侶かぁ……。どんな奴なんだろう? 希望としては、女の子だったらいいのは絶対だけど、俺を除いた面子から考えると、間違いなくそいつも凄いんだろうけど……。
そして、これまた間違いなく、そいつを含めた中で、一番ヘボいのは俺だよな。こんな事で、上級悪魔になんてなれるのか?
魔力が低すぎて魔方陣から依頼者の元へジャンプできない。
契約を取りに行けば、変な事ばかりして終わってしまい、一つも契約をとれていない。
前代未聞の落ちこぼれ悪魔。それが、今の俺だ。
自分で思ってて悲しくなってきた。
しかも、兵士だと分かった時には、木場からは同情される始末だし。思いだしたら、改めて腹がたってきた。悪気がないのが更に悪い。
あのイケメンが! 自分は騎士だと思って! 似合ってるのが更にムカつく!!
……でも、いい奴なんだよな。俺とも普通に話してくれるし。
小猫ちゃんも、案外毒舌な所があるし、俺へのツッコミもきついけど、普通に接する分には何の問題もない。
朱乃さんも、怒らせなければ問題は無い……筈だ。
リアス部長も、厳しい所はあるけど、とても優しい主だ。何より美人だし。
部長と言えば、夕方のやり取りが思い起こされる。
「また小猫の召喚が重なったの。今夜一件お願いできるかしら」
「はい、部長」
「今度こそ、必ず契約を取ってくるのよ。私の期待を裏切らないで」
「……はい」
なんとしても、契約を取らなければ。千里の道も一歩からだ。
「ハーレム王への道は遠いぜ……」
依頼者の家に到着し、インターホンを鳴らすも、反応は無い。良く見れば、電気もついてない様子だ。
モバイル機器で確認してみるけど、間違いなくこの一軒家だ。
試しに扉に手を掛けると、あっさり開いた。
「鍵も掛けてないのかよ。不用心だな」
そう言いながら、一歩屋内へ立ち入った時。
ドクン。
心臓がひときわ高い音を打った。
正常な住宅街の一軒家では、普通まず感じられない空気。
殺意ともう一つ、嫌な感情が混じった、ろくでもない気配だ。
まともに考えれば、ここで一応連絡を取っておくべきなんだろうけど、試しに携帯を取り出すと、やっぱり圏外だった。
結界が張られている。目当てが俺か、ここの依頼者さんかはわからないけど、逃げる気になればそう難しくもないだろう。
「……でも、ここで逃げ帰ったら、いよいよ部長に合わせる顔がないよな」
警戒心を引き締め、家に足を踏み入れる。一応、靴は手に持って。やましい事があるわけじゃないけど、念のために、ね。
外から見た通り電気はついておらず、一階の奥の方に僅かな灯りがあるので、そっちの方へ行ってみる。
近づいてみると、微妙にドアが開いているのが分かる。……すげえ嫌な気配だ。しかも、これは……。
「ちわース。グレモリーさまの使いの悪魔ですけど、依頼者の方、いらっしゃいます?」
不自然にならない程度に声をあげる。
一番ありがたいのは、これが単なる気のせいという話なんだけど、もう絶対にあり得ない。
なぜなら―――あのドアの先から、血の臭いがするからだ。
そっと中を覗いてみると、灯りはロウソクだったことが分かる。
ドアを開けてみて、中の光景に俺は絶句する。
リビングだ。ソファー、テレビ、テーブルが置いてある、ごく普通のリビングの様相。
日常を湛えるそれを台無しにするかのように、非日常がその場を征していた。
それは勿論、床のロウソクや、この嫌な気配もある。
だが、一番の異常は――リビングの奥。逆十字の恰好で壁に打ちつけられた、人間の死体だ。
……男性だ。かなり手ひどくやられている。全身が切り刻まれ、傷口から内臓も零れている。
手のひら、足、胴体に釘が撃ち込まれ、それで壁に固定されている。
「……んっ」
腹からこみあげてくるものがあったが、何とか堪え切った。
今までにこんな風に惨い死体を見た事は何度もあったけど、これはかなりのモノだ。
尋常じゃない。まともな神経があれば、ここまでは出来ない。
見れば、男が打ちつけられている壁に、血文字が書かれている。
「これは……」
「『悪い人は、おしおきよ』」
突然の声。気がつかなかったが、リビングのソファーに誰かが座っている。
「――って、聖なるお方の言葉を借りて……みましたぁ!」
そいつは、舌を出した不気味な表情で振り向き、立ち上がって俺に向きあう。
「んふふ。これはこれは、悪魔君ではあ~りませんか~。俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属している少年神父でござんす!」
礼儀正しく名乗って一礼したかと思えば、ふざけた様に手足を躍らせる。外見は白い髪と赤い瞳の美少年だが、中身が全てをぶち壊している。
「神父?」
「まあ、悪魔みたいなクソじゃないのは確かですが」
赤い瞳に、殺意と敵意を込めて睨んでくる。
「お前が、あの人をやったのか」
壁の死体を指差すと、やつはまるで講釈をたれるように難なく言った。
「悪魔に頼るなんてのは、人として終わってしまう事……エンドですよ、エンド! だ~から殺してあげたんですぅ!! クソ悪魔とクソに魅入られたクソ共を退治するのが、俺様のお仕事なんで!!」
そこまでいうと、奴は剣の柄と、銃を取りだして、柄から光の刀身を現した。
完璧にイカレてやがる。こいつ……。
「お前、はぐれエクソシストだな?」
俺がそう言うと、奴は実に面白そうに笑いながら肯定してきた。
「イエスイエスイエ~ス! まあなんていうか、方向性の違いっつ~の? クソジジイどもが俺をイラネって言うから、こっちから出て行ってあげましたよ!! 退職金代わりに、何人かの首をもらったけどねぇ!!」
敬虔にして忠実な神の信徒たるエクソシストでも、中には戦いに狂う奴もいる。こいつは明らかにその口。しかもかなりヤバい部類に入る。
「サイコ野郎が……」
「ああん!? なに、生意気言ってんすかぁ!? OKOK。そんなに死にたいんならこちらもお手伝いしてやるよ! いまからお前の心臓に、この刃をおったてて、このかっこいい銃で、お前の頭に必殺必中フォーリンラブしちゃいまぁす!!」
ダッ!
再びイカレた表情を作ると、神父が飛びかかってくる。横薙ぎに振るわれた剣を飛んで避けると、後ろから射撃が加えられた。
何とか体をずらして避けるが、ほんの僅かに太腿に掠った。
痛ぇ! この痛み、覚えがある。しかも、音がしなかったぞ! やっぱりあれも普通の弾じゃない。
「エクソシスト特性祓魔弾。お味はいかがぁっすかー!」
ふざけやがって! でも、これは油断してるんだったら、これに乗じない手は無い!
背を向けたまま、俺は左手にブーステッド・ギアを装着する。そして、密かに覇気を練り上げ、拳に集中させる。
「おいおい、たったこれだけでビビっちゃったんでちゅかぉ? つまんねえぞ、オラァ!」
予想どおり、蹲ったまま動かない俺に苛立った奴は、後ろから襲いかかってきた。
「そこだぁぁぁ!」
『Boost!』
俺は猛烈な勢いで反転しながら立ち上がると、そのまま、剣を逆手に持った神父目がけて拳を叩きつけた。
「がぁっ!?」
胸に一撃受けた神父は、うめき声をあげて吹っ飛ばされるが、それでもしっかりと立っていた。
「ゴバァッ! て、テメぇぇ……クソ悪魔の分際で、楽しませてくれるじゃないですかよぉぉ!!」
血を吐き出しながら吠えて、銃口をこっちに向けてくる神父に、俺は構えを取る。
こんな狭い室内じゃ、大技は無理。なら、拳に覇気を集中させて、ひたすらぶん殴る!
「きゃあああ!!」
神父に向かって飛びかかろうとする俺の背後で、誰かが悲鳴を上げた。聞き覚えのある、女の子の声だ。
振り返れば、俺が先日出会った、金髪の美少女シスター――アーシアがいた。
「おやおや、助手のアーシアちゃん。結界は張り終わったのかなぁ?」
神父はアーシアに声をかけるが、アーシアは聞く耳持たず、壁の惨状に目を奪われている。
「こ……これは……」
「そぉっか、そっかぁ。君はビギナーでしたなぁ!」
実に明るい声色で、神父は語る。まるで工事現場の気のいいオッサンの様にも感じるが、そこにはあからさまに、隠す気もない狂気と悦楽があった。
「これが俺らのお仕事。悪魔に魅入られた駄目人間を、こうして始末するんっス」
「そ、そんな! あっ!!」
アーシアが、室内に入ってきて初めて神父の方へ目を向ける。当然、神父と向かい合っている俺も視界に入る。
そして、俺とアーシアの眼が合ってしまう。
「イッセーさん?」
「……アーシア」
互いに相手の名前を呟くが、込められた感情には温度差があった。
アーシアの方は、俺がこの場にいる事に対する疑問だろう。そして俺の方は、こんな形で合ってしまったことへの後悔だ。
「なになに? 君たちお知り合い!?」
実に愉快そうにはしゃぐ神父が、酷く不快だ。
「どうしてあなたが……」
絞り出すようなアーシアの声に、俺もまた、声を絞り出して答えた。
「ごめん。俺――悪魔なんだ」
「悪魔? イッセーさんが?」
「騙してたんじゃない! だから、君とは。もう二度と、合わない方がいいって……決めてたのに」
俺の言葉に、アーシアは目に涙を浮かべている。その姿に、胸が光の毒を受けた時の様に痛む。
「そ、そんな……」
「残念だけど、アーシアちゃん。悪魔と人間は、相入れまっしぇ~ん。増してや僕達、堕天使様のご加護無しでは、生きては行けぬ半端者ですからなぁ~」
堕天使? そうか、この野郎。教会を追いだされて、堕天使の組織に身を寄せたくちか!!
堕天使も、悪魔と同じく、大戦で多くの戦力を失った。そこで、こんな風に表で生きていけない奴とかを戦力として迎える事がある。
聞いてはいたけれど、こんな奴を加えるって、どんだけ人材不足だよ!
けど、アーシアも? なんでだ? 何故アーシアみたいな信心深いシスターが、こんなイカレたエクソシストと同じ所にいる?
俺の考えを断ちきるように、神父が剣を向けてきた。
「さぁて。アーシアちゃんも来た事だし、チョチョイとお仕事完了させましょうかねえ! 覚悟はOK? なくても行きます!!」
チクショウッ! 今は、こいつを片づけるのが先決か!
再び構えをとって向きあう俺の前に、アーシアが飛び出してくる。
まるで、俺を庇うように。
「ア、アーシア!?」
「おいおい、マジですか?」
神父の、狂気に歪んでいた顔は、今度は不機嫌に歪められた。
「フリード神父様、お願いです。この方をお許しください! どうか、お見逃しを……」
「キミィ……自分が何をしてるか分かってるのかな?」
「例え悪魔だとしても、イッセーさんはいい人です!! それに、こんな事。主がお許しになる筈がありません!」
アーシアが必死に主張する。でも、血に酔ったこの男に、それが届く筈もない。
「はああ!? 馬鹿こいてんじゃねえよ!!」
剣を縦に一閃。そして、アーシアの服が剣閃に沿ってに裂かれた。
「きゃあ!」
アーシアは、悲鳴を上げて体を掻き抱く。
ぐはぁ! み、見えちまった……あ、あ、アーシアの……ぴ、ピンク色……ってぇ、こんな時に何考えてんだ、俺ぇ!! そうじゃないだろ!
「アーシア!」
咄嗟に、アーシアを背中に回して庇い、神父を睨みつける。
「ああん? なあに、その反抗的なツラは? 自分の立場分かってますかぁ。普通さぁ、悪魔らしく卑屈に『靴でもお舐めしますから殺さないでください~』くらいは言うでしょ? 空気読んでくださいよ~。じゃないと俺様が面白くな~いじゃ~ん」
ふざけた面でふざけた事をぬかしやがる。しかし、どんなにふざけていても、こいつは間違いなく危険な相手だ。射撃といい、剣術といい、少し見ただけでもかなりの腕前だとわかる。
正直、こんな状況であまり戦いたい相手じゃない。でも……
ちらっと横目で、惨殺された遺体を見る。次に、後ろのアーシアを見る。その顔は、恐怖にひきつっていた。
「決めた。テメェは、この手でぶちのめす!!」
「ああ!? やれるもんならやってみろやあああ!!」
ガギンッ!
叫び声と共に飛びかかってきた神父が振るう光の剣を、拳で殴って弾く。神父は後ろに飛び退くと同時に、何発か撃ってくるが、壁を錬成して防御する。
『Boost!』
直後、二段階目の強化が行われる。後何段階か強化が欲しい所だけど……待ってらんねえ!
壁を飛び越えて、正面から突撃する!
「バーカ!!」
野郎は嘲笑いながら、空中の俺に銃口を向けるが――
「馬鹿はそっちだ、間抜け!」
パン!
空中で掌を合わせながら、啖呵を切る。
生憎、何の策も無しに飛び道具持っている相手を前に、狭い室内で空中に上がる程経験不足でも無いんだよ!
篭手を指パッチンの要領でこすり合わせ、小さな火花を作る。そして、空気中の酸素量を弄って、その火花を爆発させる!
とはいっても、俺の錬金術の腕じゃ、こんな狭い室内じゃそこまで大きくできない。神さんなら、これで家に被害を出さずにこいつを消し炭にするくらいはできるだろうけど、俺じゃ精々、脅かしくらいしかできない。そう、脅かしくらいにはなるんだ!
ボンッ!
「!?」
突然の爆発に、一瞬気を取られた神父は、銃弾を外した。それでも、脇を掠っている辺りは流石だ。でも、俺の拳はもう届く!
「おらああぁ!!」
『Boost!』
三段階目の強化。同時に、再び、左腕を振るう。が、今度は剣を盾に防がれてしまった。それでも、多少は効いている筈だ。
このまま一気に叩こうと、走りだした瞬間だ。神父が突然横に跳んだ。そして、銃を構える。
なんだ、いきなり。本気でとち狂ったか?
そう思ったけど、はっと気づいた。
銃口は、俺ではなく、俺の後ろにいた少女を狙っている事に。
「アーシアぁ!!」
急制動を掛けて、咄嗟に俺は、アーシアと神父の間の空間に、体をねじ込んだ。同時に、右足の太腿が強い痛みに焼かれる。
「ぐあっあぁ!」
怯んだ瞬間に、更にもう一方の足にも、弾丸が撃ち込まれた。
「ぐぅ!」
「イッセーさん!!」
アーシアが、悲鳴混じりに俺の名前を呼ぶ。そんな中、速攻で近づいてきた神父に向けて拳を放つが、簡単に避けられて、すれ違いざまに背中に一太刀入れられた。
「がはっ!」
神父は俺を蹴り転がし、アーシアに手を伸ばして顎を掴む。
「ひゃっひゃっひゃ!! まったく、悪魔の分際でお人よしってどぉーよコレ! お前みたいな見ず知らずの他人に同情するようなのは、砂糖並みに甘ぁ~いからねえ。絶対に庇うって信じてましたよ! お陰で俺様、上司に怒られずに済みますからねえ!!」
こいつ……アーシアが傷ついてもかまわなかったのかよ。言いたい放題言いやがって!
そして神父は、アーシアに詰め寄る。
「堕天使のアネさんから傷つけないように言われてたけど、これはちょっとお仕置きが必要か、な!!」
神父はアーシアの両手を上にして、袖を剣で壁に縫い付けて拘束する。そして、アーシアの体を弄りやがる。
「汚れ無きシスターが、神父に汚されるって……ちょっとよくねぇえ?」
「いやああああ!!」
腸が煮えくりかえる。こんな感覚に襲われるのは、結構久々だ。本当……久々に、ガチでトサカに来たぞ、この野郎!
「やめろ!!」
精いっぱいの怒りを込めて叫ぶが、野郎は銃を掲げて余裕の表情だ。
「おおっと。タダ見はご遠慮願いますよ、お客さん!」
「アーシアを……放せ!!」
全身に力を込めて、崩れ落ちそうな膝を支えながら絞り出した一言。対して、神父は口笛を吹きながら、アーシアを拘束していた光の剣を引き抜いた。
「ひゅ~。マジマジ? まだ戦うの? 苦しんで死んじゃうよ!?」
「イッセーさん、駄目です!!」
また、アーシアが泣きながら言った。それを見るたびに、傷の痛みなんてものが消え去るほどの怒りが、俺の体に力を与える。
アーシアを傷つけようとする神父に対する怒りと、そんなクソ野郎にやられて、アーシアを悲しませた自分自身に対する怒り。
この二つの怒りが、俺が倒れる事を許さない!
「言っただろ……てめえは、この手で殴り飛ばさなきゃ、気が済まねえんだよ!」
『Boost!』
四回目の強化。そこからの、瞬間的な解放!
『Burst!』
更に一段階、力が強化される。そして、その力を拳に込めて、全力で振り抜いた。
ドゴォッ!
「痛いぃ!」
バースト。俺が編み出した、ブーステッド・ギアの強化方法の一つだ。
通常、溜めこんだ強化の力はエクスプロージョンで一定時間保たれる。でも、バーストは逆に、その強化の力を一回の攻撃だけに集中させる。
何十秒も溜めこんだ力が、たったの一瞬でパアッ、だ。笑えちまうだろ?
その代わり、マキシマムドライブ同様、強化の力を一段階引き上げることができる。その強化段階から一段っていうのが、最大限界からの更なる強化のマキシマムドライブとは違う所だけどな。いわば、マキシマムドライブの下位互換だ。
その代わり、負担はとても軽い。無理をしない為の一撃戦法。それがバーストだ。
元々は、強化限界を超えたときのオーバーフローから生み出したものだ。
まさか、俺が反撃できるとは思っていなかったんだろう。神父はまともに拳を喰らって、床に倒れ込んだ。だが、すぐに立ち上がる。
クソッ! やっぱり、コイツ強い! 四段階からのバーストじゃ足りなかったか!
「ペッ……面白いねえ。何処まで肉を細切れに出来るか、世界記録に挑戦しましょうかぁ!!」
神父が剣を上段に構え、三度飛びかかってくる。
こうなったら……マキシマムドライブで片づける!
「いやあああ!」
「ぎゃっははは!」
悲鳴と笑い声響く中、俺はブーステッド・ギアを解放――しようとした、その時。
突然の衝撃に、一瞬気が抜けた俺は、ガクッと膝をついた。そして、目の前に赤い光を放つ、最近覚えたての文様が空に描かれている。
「魔方陣!」
ガギンッ!
そして、魔方陣から出現した誰かが神父と俺の間に割って入り、鍔迫り合いとなった。その背に、俺は声を上げる。
「木場!」
「兵藤君、助けに来たよ」
木場は神父と剣を合わせながらも、スマイルを送ってくる。
お前、余裕だな……。
「あらあら、これは大変ですわね」
「……エクソシスト」
「みんな!!」
朱乃さんに、小猫ちゃんも来た。
こんな状況で来てくれるなんて……。
チクショウ! これまた久々に、悔しさ以外で泣けてきちまう!
「ひゃっほう! 悪魔の団体さんのご到着ぅ!」
一旦距離をとる神父に、木場は剣の切っ先を向けながら言った。
「悪いね。彼は僕らの仲間なんだ」
「おおお、いいねそういうの! なにかいぃ? 君が攻めで彼が受けぇ!?」
こいつ、なんて事言いやがるぅぅぅっ!
お前、男で外人だろ! なんでそんな知識があるんだよ!
やめろ! 心底やめてくれ! ただでさえ最近学校で、妙な視線に晒されてんだから!
ていうかこいつ、こんな状況でさえこっちを馬鹿にしてやがる!
どこまでイカレてんだ!
「……神父とは思えない下品な口だ」
「上品ぶるなよ、クソ悪魔ぁ。てめえらクソ虫を狩ることが、俺の生きがいだっ! 黙って俺に殺されりゃいいんだよ!」
「悪魔だって、相手を選びますわ」
頬笑みを浮かべる朱乃さんだが、その視線にははぐれ悪魔の時以上の敵意と殺意が感じられる。
だが、向けられている当の本人は、自分の体を抱きしめるように悶えている。
「いいよ、いいよその熱視線! ああ、これは恋? いや、殺意? ンヒヒヒヒ! 殺意は向けるのも向けられるのもたまらないね!」
「なら消し飛ぶがいいわ」
不気味な笑みが張り付いていた神父の顔が急変し、その場を飛び退くと、黒い魔力がその場に当てられ、床の一部を消滅させた。
当然、それは最後に魔方陣から出て、俺の前に現れた人。
紅の髪の少女。俺の主。リアス部長だ!
「私の可愛い下僕を、可愛がってくれたみたいね」
「部長!」
「おお、これまた真打ち登場!? はいはい、可愛がってあげましたがそれが何か!?」
クソムカつく神父の挑発から目をそらして、部長は俺に目をやった。
「大丈夫? イッセー……」
部長の気遣う視線に、自分が情けなくなる。
本当……部長や皆には、カッコ悪い所しか見せてないよな、俺。
「はい、すみません。俺……叱られたばっかなのに……俺、またこんな事!」
またしても、部長の期待に沿えなかった。それどころか、こんな面倒を掛けちまうなんて……。
叱責の一つも飛んでくるかと思ったけど、部長は膝を曲げて、うなだれる俺の頬に手を当ててくれた。
「こんなに怪我しちゃって……。ごめんなさい、はぐれエクソシストが来ていたなんて……さっきまで結界が張られていて、気付かなかったの」
部長が、悲しそうな顔で俺に謝っている。その事が、嬉しいと同時に、より一層自分の情けなさを感じさせられた。
「あぅ!!」
「あにしてんだよ! このクソアマ! 結界は! おめえの仕事! だろうがぁ!」
悲鳴の方を見れば、アーシアが神父に足蹴にされていた。
「アーシア!!」
部長はすっと立ち上がると、強いまなざしで神父を睨みつける。
「私は私の下僕を傷つける輩を、絶対に許さない事にしているの。特に貴方の様な下品極まりない者に自分の所有物を傷つけられることは、本当に我慢ならない!」
圧倒的な迫力だ。
部長の周囲を、髪と同じ紅い魔力の波動が包み込む。
「おっと……この力まずくね? つか、かなりヤバァ?」
気圧される神父を余所に、家具を持ち上げていた小猫ちゃんが、鼻をクンクンさせながら報告する。
「堕天使、複数……」
部屋の天井に、部長達のものとは異なる青い魔方陣が展開する。
「あはっはっは! 形成逆転っすなー! 皆さんまとめて、光の餌食ケテーイ!!」
堕天使が来る? まさか……夕麻ちゃん?
「部長」
朱乃さんの声に、部長は即答で答える。
「今は、イッセーの回収が先決。朱乃、ジャンプの用意を。小猫、イッセーをお願い」
「「はい」」
朱乃さんは呪文を唱えて魔方陣を形成して、小猫ちゃんは抱え上げていた家具を乱雑に神父へ放り投げると、俺に近づいてきて、軽く肩で背負いあげてくれた。
「逃がすか! クソ悪魔ども……って、わたたたた!」
神父は家具を避け損なって、その下敷きになる。その間に、魔方陣が完成して、紅い輝きを放つ。
ジャンプの準備が整おうとする中、俺とアーシアの視線が合う。
甚だ身勝手な感想だけど、その眼はまるで、助けを求めているように思えた。
「部長! あの子も一緒に!」
気がつけば、そんな事を部長に言っていた。しかし、部長は素っ気なく言うだけだった。
「それは無理。この魔方陣は、私の眷属しかジャンプできないの」
「そんな……アーシア!」
愕然とした数瞬後、俺は必死で体をばたつかせた。
「放せ! アーシアを助けるんだ、放せ!」
そんな事をしても、小猫ちゃんの腕は緩みもしない。
今の俺には……こんな小さな子の腕を振りほどくだけの力もないのかよ!!
必死で手を伸ばすが、それが、金髪のシスターへ届く事は無い。
「アーシアァァァ!!」
「イッセーさん……また……また、いつか……どこかで……」
アーシアは目に涙を浮かべて、にっこりと笑った。
純真な少女の綺麗な笑顔が、光と共に消えていく。
「アーシアァァァァァァァ!!」
俺に出来たのは、叫ぶ事だけだった。
そして、俺は部室のシャワールームで、部長に抱きつかれながら治療を受けている。
必然、部長は生まれたままの姿で、俺もタオルを前に巻いただけだ。
俺、この前部長に治療してもらった時に、こんな事してもらってたのか……意識がなかったのが真剣に悔やまれる!!
ていうか部長、背中当たってるんですけど、わざとですか? 俺の一部がブーストされてしまいそうなんですが……。
一定の治療が済んだ所で、部室内で朱乃さんに包帯を巻いてもらう。部長はそのままシャワーを浴びながら、室内の話に参加している。
「完治には、少し時間がかかりそうですわ……」
「あのはぐれエクソシストの使った光の力が、相当濃いのよ」
はぐれエクソシスト。異端と判断されて、教会から追放され、堕天使の下僕に身を寄せた存在。
でも、アーシアがそうとは思えない。
「部長! 俺はあのアーシアって子を!」
シャワーから上がった部長に詰め寄ろうとするが、部長ははっきりと言った。
「どうであろうと、あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。これは事実なのよ」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
あの時、アーシアは助けを求めていたように思えた。でも、それを感じても、救い出すための力が、俺にはない。
女の子一人救えない。それが、今の俺の現実。
俺は……なんて無力なんだ。