ハイスクールD×D 四天龍の王   作:DECADE

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Life.74 腸、見せます。

「ギャスパー、せめて顔を見せてちょうだい。無理に出した私も悪かったわ」

「うぇぇぇぇぇぇん……外怖いぃぃぃぃ……」

 

 泣きじゃくるギャスパーは頑なだった。

 

 昨日の夜に部屋に閉じこもってから、夕方の今現在までずっとこんな感じだ。俺たちも休み時間や昼休みに部屋の前で説得してみたが、ギャスパーはその度に泣いて拒絶した。それで、会談の打ち合わせを控えた部長にもお願いしたんだけど……てんで意味が無いようだ。

 

「そう言えばこいつ、俺が吸血鬼ってわかった時、凄い怯えてましたね」

「……ギャスパーの父は、吸血鬼でも名門。けれど母親は人間だったから、悪魔以上に純血を尊ぶ吸血鬼では親兄弟にさえ蔑まれたの。人間界に逃れても、化け物と忌み嫌われて、居場所を得られなかった……。時間を停められている間は、何をされてもまったくわからないんだもの。怖がっても不思議はないわ。その上、ギャスパーは吸血鬼としても神器の持ち主としても破格の才能を持っていた」

「……アーシアと、同じってわけですか」

 

 全てを癒す優しさと神器を持ったがために、魔女と呼ばれ、教会を追放されたアーシア。

 

 聖書の神が死んでも、神が残した神器(セイクリッド・ギア)プログラムは稼働している。だから人は、神器を与えられる。

 

 強力な力は否応なしに持ち主をあらゆる渦中へと叩き込み、結果、不幸になるやつも少なくはない。

 

「ぼ、僕……こんな力いらない! 皆停まっちゃうんだ! 皆、僕を怖がる、嫌がる! 僕だって嫌だ! 仲間の、友達の停まった顔を見るのはもう嫌だぁ! ……うぇぇぇ」

 

 吸血鬼と人間……どちらでもまともに生きられず、路頭に迷っていたギャスパーは、ヴァンパイアハンターによって一度殺された。そこを部長に拾われたが、強力過ぎる力を制御できないギャスパーは封印を受けて、今回解禁された……。

 

「これでは、(キング)失格ね……」

 

 沈み込む部長の横顔へ向き直ると、俺は腹の底から力強い声を上げた。

 

「部長! 後は俺に任せて下さい! せっかく出来た男子の後輩なんですから、俺が何とかしてみせます」

「イッセー……わかった。貴方に任せるわ」

 

 一瞬、考えこむ仕草を見せたが、すぐに部長は笑顔でそう告げてくれた。足元に紅い魔方陣を展開すると、ギャスパーの部屋へ憂う視線を向けながら、姿を消した。

 

 静寂が広がる廊下にて、俺は扉を前に胡座をかいた。

 

「ギャスパー、お前が出てくるまで、俺は一歩もここを動かないからな!」

 

 息巻いてワームホールから天照の血液パックを引っ張りだし、一気に飲み干す。

 

 暖かな旨味が舌を中心に全身を満たす中、俺は扉を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間……夜になって、俺は心中に浮かんだことを口に出した。

 

「……怖いか? 神器と、俺達……それに、自分自身が」

「……」

 

 無言に構わず、俺はしゃべり続ける。

 

赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)……ドライグを宿したこいつを使って、俺も随分長く戦ってきた。と言っても、お前や木場みたいな才能なんか欠片もなかったからな。特訓、修行でくぐり抜け続けて、色んな事にも対応できるように多くを学び続けて……気がついたら、世界をほぼどうにでも出来るなんて、とんでもない位置に立っていた」

 

 なおも、話し続ける。

 

「体だって散々鍛えた挙句、覇気とかグルメ細胞とかチャクラとか仙術とか神格とか色々入って、最近じゃあ悪魔に生まれ変わって、写輪眼なんて特別な眼ももらって、更に吸血鬼化だ。……俺は、まだこの先も変わり続けるだろうさ。変わることもそうだけど、それを楽しんでる自分がいるのが恐くて堪らない。だけど、前に進もうって思う」

「……どうしてですか? もしかしたら、大切な何かを失うかもしれないのに……どうして、そこまでまっすぐ生きていられるんですか……?」

 

 ようやく帰ってきた返事にも、素直な思いを伝える。

 

「俺は馬鹿だから。立ち止まるって選択が出来ないんだ。自分が足を止めてる間に、誰かが泣いてたらそれこそ後悔する。それを前に痛感したんだ……」

「前に?」

「――フェニックスとのレーティングゲームで負けた時、皆が次々と倒れていった。闘うってのはそういう事だ。覚悟はしてた。けれど……俺には力があったんだ。手前勝手に封をしてた特大の力が。俺は自分が怖いからってそれを無視して、挙句、部長を泣かせちまった。今でも心と脳に焼き付いててな……あれはキッツいんだ」

 

 ギィ……。

 

 鈍い音を立てて、扉がわずかに開かれた。

 

「……フェニックスとのゲームのことは、僕も聞いてます。だけど、その時も僕はここで……」

「別に責めてるわけじゃないし、そもそもそんな資格は俺にはない。出来なかったお前と違って、俺はやらなかったんだ。けど……もう違う。俺はやるし、お前も出来る。だろ?」

「でも、僕なんかがいても、迷惑をかけるだけで……」

 

 ギィン!

 

 万華鏡写輪眼で、扉から覗くギャスパーの赤い瞳を覗きこむ。

 

「俺はお前を迷惑だなんて思わねえぞ。悪魔として、吸血鬼としての先輩で、学生としての後輩で、仲間なんだからさ」

「先輩……」

 

 ようやく、ぬいぐるみを抱えて外へ出てきたギャスパーへ、俺は身を乗り出した。

 

「力を貸してくれ、ギャスパー! 俺と一緒に、部長を支えよう! お前が怖いと思うもんがあるなら、全部俺がぶち砕いてやる!」

 

 ニカッと笑って、俺は腕を差し出してみた。

 

「やっぱ、俺の血を飲んでみるか? そうすれば、お前の神器だってうまく――」

「怖いんです!」

 

 俺の言葉を遮って、ギャスパーは震えだす。

 

「生きたものから、直接血を吸うのが。ただでさえ、自分の力が怖くてたまらないのに、これ以上何かが高まったりしたら……僕は……僕は……」

「うーん……そんなに嫌か? 俺はお前の能力が羨ましい限りだけど」

「……羨ましい?」

 

 心底驚いたギャスパーへ今度は素直に煩悩を語り始める。

 

「時間が止められるって最高じゃねえか! 学校中の女子のパンツを匍匐前進で覗いたり、巨乳の女と戦ってる最中に時間を止めて荒ぶった状態のおっぱいをじっくり鑑賞したり、部長や朱乃さんのおっぱいを好き放題……あああああ! 妄想が止まらん!」

「……先輩って、優しいですね」

 

 うつむきながらも嬉しそうに笑ったギャスパーはそんな事を言い出した。

 

「この力は、人に嫌われるだけのものだと思ってたのに、羨ましいなんて言われたのは初めてです。しかも、具体的な例まで……」

 

 頭に手を置いてワシャワシャと金髪を撫でてやりながら、俺は再び笑いかける。

 

「馬鹿野郎。俺達はどうであれ、神器を与えられた。運命だとか宿命だとか知ったことじゃないけれど、それが現実だ。こいつを与えた神様や力を呪ったり恨んだりして、一生過ごすつもりかよ? もっと前向きに生きてみろ」

「――っ」

 

 心底驚いた表情のギャスパーを前に立ち上がると、俺は篭手を出した左腕を天井へとつきだして叫んだ。

 

「いいか、ギャスパー! 俺はどうにかして、この赤龍帝の力を部長の、リアスのおっぱいへと譲渡したい!! これが今の俺の目標なのだ!」

 

 まっすぐな想いを耳にして、ギャスパーはパッと輝くような笑顔を向けて立ち上がった。

 

「すごいです、イッセー先輩! 伝説級の力を持ちながら、そこまで卑猥に前向きになれるだなんて! ぼ、僕には到底及ばない思考回路です! イッセー先輩の煩悩って、勇気にあふれているんですね!」

 

 ハハハハ! そりゃそうだ! 伊達に殺されかけた相手にまで欲情したわけじゃないぞ!

 

「僕もなんだか、少しだけ勇気が湧いてきました!」

「そうだろうそうだろう! いいか、この右手は、部長のおっぱいを揉んだことすらあるんだぞ! 他にも上級悪魔と女神、そして超凄腕の魔法使いのもだ!」

 

 具体的にはシーグ、エオス、ガイア、そして聖さんだ。皆それぞれの魅力を持った、素晴らしい乳だった!!

 

「ほ、本当ですか!? そんな……主である上級悪魔の、む、胸に触れられるだなんて……」

 

 立ち話も何なので部屋に入って腰を下ろすと、更に話しを進める。

 

「実は譲渡の話も、魔王サーゼクス様の提案なんだ」

「ええ!? 世界をも滅ぼせる神滅具(ロンギヌス)の可能性を、そんな斜め上の方向へ……やっぱり魔王様は最強なんですね!!」

「ああ、俺はあの人に一生付いていこうと思ったね!」

 

 ガチャ。

 

「流石だねぇ、イッセー君。もうギャスパーくんと打ち解けてるだなんて」

「よお、木場。ちょうど良かった! 俺は今、ギャスパーと話しながらグレモリー眷属男子チームの連携を考えてたんだ!」

 

 やっぱりさ、男同士だからこそ出来うることってのがあるよな!

 

「へえ。それは興味深いね」

「フッフッフ……聞いて驚け! まず、木場に守られつつ俺がパワーを倍加し、それをギャスパーに譲渡! そして、ギャスパーが停止させた女の子を俺が触り放題にしている間、お前が俺を守りぬく! 完璧な布陣だ!」

「…………イッセー君。僕は、イッセー君の為ならなんでもするけど……一度、真剣に今後のことを考えようよ? そんなにエッチな事にばかり力を使ってると、ドライグが泣くよ?」

『……木場は良い奴だなぁ」

 

 涙声を出すなよ、ドライグ! 女好きはドラゴンの雄としては自然体だろ!

 

『それはそうかも知れん……だがなぁ……だが! 初めて乳を揉んだ感動で禁手化(バランス・ブレイク)した時と言い、何故お前は赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)のパワーアップの時に限って、大抵エロにひた走る!!? 雷龍帝の脚甲(ライディング・ギア)も、重龍皇の胸甲(ローディング・ギア)も、重龍皇の鎧(ローディング・ギア・スケイルメイル)もあんな真剣な流れで覚醒したくせにッ!』

 

 ……あー、うん。そう言えばそうかも。昔っから、割りと赤龍帝の篭手ってエロで強くなってたよな。その度にドライグは心痛を訴えていたけれど、バオウやガオウの神器は真っ当に強くなっているのが、相当キテいたということか。……本気(マジ)でごめん。

 

『うぅぅ……最近、夢見が悪い。このままいくと、なんだかひどく嫌な予感がするんだ……』

 

 出来るだけ気をつけるよ。相棒。

 

『そうしてくれ……だが、強くなるには越したことはない。いけると思ったら、構わず突き抜けろ』

 

 ありがとうよ、ドライグ。

 

 ……さて、木場よ。

 

「うるせぇイケメン! 哀れみの目で見るな! ちょっと動いただけで女が靡くお前はいいさ! 俺なんか目が合うと催眠にかけられて好き放題されるとか言われてんだぞ!」

 

 実際、写輪眼ならできるけどさ! 散々特訓してようやく短時間の幻術が出来るくらいだけどね!

 

「いや、世界中の女神から戦争を起こすレベルで想われてるイッセー君に言われても……」

「それはそれ! これはこれだ! っておいギャスパー! なんでまたダンボール入ってんだよ!」

「すいません……人と話すとき、この方が落ち着くんです。あっ、大丈夫です、蓋は閉めないんで」

 

 体育座りでダンボールに収まるギャスパーは、実際凄い落ち着いた様子だった。

 

「あ~、落ち着きますぅ。これですよぉ。段ボールのなかだけが、僕の心のオアシスなんです……」

 

 ……なんだこの一体感。女装以上に違和感なさすぎだ。女装と段ボールの似合う吸血鬼。新ジャンルにも程が有る。

 

「そんなに人と顔を合わせるのが嫌かよ? ならこれとかは……」

 

 適当に錬成した茶色い紙袋に穴を二つ開けて、頭にかぶせてみた。

 

「……あれ? なんか落ち着く……あれあれ? ちょっといいかも……」

 

 ガバッ!

 

 ブツブツとつぶやくと、ギャスパーは唐突に段ボールから立ち上がり、両手を前に突き出してのろのろと歩き出した。いや、ゾンビかお前は。

 

「どうですか~? 似合いますか~?」

 

 穴の開いた部分から赤い眼光がギラリと輝いて、得も知れぬ迫力を生んでいる……なんか変質者的に怖い!

 

「これ、いいですねぇ。僕にあってる気がしますぅ」

「……俺、初めてお前を凄いと感じたよ」

「本当ですか!? これなら、僕も先輩みたいに吸血鬼としてハクがつくかも……!」

 

 いや、それはどうだろうか。完璧に変態だもん。

 

 まあ、何れにしても、ギャスパーの恐怖心も少しは和らいだようだ。

 

 他人を停めれば嫌われる。その恐怖に追い込まれる心身を少しでも助けられるなら、どんな苦労も軽いもんだ。

 

「ぃよし! 男同士、(はらわた)見せ合って話そうじゃねえか! 第一回『女子のこんな所が好きだ告白会』! まずは俺だが、おっぱいと脚だね!」

 

 苦笑しつつ話に付き合う二人に、やっぱ男だけの会話ってのも大事だと痛感した。

 

 ついでに、木場も意外とスケベだとわかった。

 

 

 

 

 

 ジュズルルルルル。

 

 翌日の放課後。ウズメの刺激的な血を飲みながら石段を登ると、鳥居が見えてきた。……伊邪那美を奉る神社か。というか、確か街中に天照と月読の神社が揃っていた筈。どうやら、元々の担当の神に交代を迫ったらしい……その神には食材送って埋め合わせたけれど、本当に俺って色んな所に影響与えてたんだな。

 

 と、三分の二も登った辺りで、見知った人影が現れた。

 

「いらっしゃいませ、イッセー君」

「朱乃さん」

 

 巫女衣装に身を包んだ朱乃さんに付き従って、更に石段を登る。

 

「ごめんなさいね。急に呼び出してしまって」

「いえ。ギャスパーの訓練は夜からですし、問題ありません。それで、部長は?」

「サーゼクス様との最後の打ち合わせの後、こちらに来るそうですわ」

 

 会談か……未だに、要求ってやつが浮かばない。あんまり偉ぶるのも気分悪いし、かといって半端な事言ってお茶を濁すと他の神々がむかつきそうだし……ああもう、面倒くせ。

 

 いざとなったら手当たり次第に女でも要求しとけって神さんは言ったけど……ライザーじゃあるまいし、それは幾らなんでもなぁ。そんな方面で鬼畜にはなりたくない。

 

「朱乃さんは、そっちに行かなくてもいいんですか?」

「あちらはグレイフィアさんがいらっしゃいますし、ある方をお迎えする仕事がありますから」

「ある方、ですか」

 

 どうやら、もう間近に来てるらしいな……二人、か。まったく、トップが揃って腰が軽すぎるというか、それだけの事態なのかねぇ……神さんがクロウ・クルワッハとの戦いの様子を三大勢力のあちこちに見せたっていうけれど、やっぱりあれは衝撃的だったんだろうか。

 

 極超新星爆発にブラックホールにグランドクロスに時間逆行にグレート・アトラクター。でもってそれ以上の肉弾戦闘力だもんな。流石に腰が重いのがデフォのお偉いさんでも慌てたか。

 

 そういや、映像の最後らへんがひどく乱れたって話だけど……やっぱりオーフィスが原因らしい。あいつが現れる件からは、誰も見ていないって話だ。一応、無限に負けたとは言ってあるけど。

 

 やだなぁ……また変な疑い掛けられんのか? 俺とクロウ・クルワッハが結託してたとか。つっても、他の神話に睨まれてる状況でそんな根拠の無い話を大っぴらにするのはいないと信じたいけど。今度こそ短気なのが戦争仕掛けかねない。

 

 考え事をしている間に、鳥居の目の前まで来た。普通の悪魔なら、鳥居を超えるとダメージがあるって話だけど……。

 

「うふふ。ここは裏で特別な約定が取り交わされていて、悪魔でも大丈夫ですわ。そもそも、八百万の神であるイッセー君にダメージなんてある筈ないと思いますが……」

 

 そりゃそうですけどね。躊躇なく鳥居をくぐるが、見事に問題なし。眼前には古いがかなり立派な本殿が立っていて、特に荒れた様子も無い。

 

「結構、立派な神社ですね……けど確か、ここの神主ってだいぶ前に亡くなって……」

「ええ。無人になった神社を、リアスが私のために確保してくれたのです」

「彼が赤龍拳帝殿ですか?」

 

 さっきから感じていた気配が近づき、声をかけてくる。上を向くと……金色の輝きが、視界を覆い尽くした。

 

 バオウの雷より淡い、神聖な輝き……その発光源たる二つの人影が、頭上の金色の輪を輝かせ、それぞれの背に生える十二枚の金色の翼を羽ばたかせながら降りてくる。礼服の上に胸当てと肩当てのみの鎧とマントを身につけた、男と女だ。

 

 男性の方は金髪のストレートな長髪、端正ながらに優しげな顔立ちで、それでいてある種の荘厳な空気を身にまとっていた。

 

 女性の方も金の長髪だが、こちらはウェーブがかかっている。凄い美人だが、おっとりした雰囲気が柔和でとても落ち着く印象を受ける。スタイルも抜群で、乳も非常に大きい。思わず拝んでしまいそうになる。

 

 地に足をつけた二人は翼をしまい、男性が優しく微笑みながら近づいてくる。

 

「はじめまして赤龍帝、兵藤一誠殿。私はミカエル。天使の長をしております。成る程、まさしくドライグのオーラの質。懐かしい限りです。しかも貴方自身のオーラの力強さは勿論の事、ドライグに匹敵するオーラが三つも……これは、計り知れません」

 

 そう言って握手を求めてきた手を握ってから、後ろの女性を方を見る。

 

「どうも。それで、そっちの人は……」

 

 聞くと、ミカエルさんが下がり、その女性が前に出て恭しく礼を取った。

 

「はじめまして、赤龍拳帝殿。私はガブリエル。四大熾天使(セラフ)の一人です」

 

 ……熾天使が二人とは、また大物が来たもんだ。

 

 

 

 

 

 朱乃さんに通され、本殿の中へと入る。広々とした一室で畏まって正座する朱乃さんを余所に、俺は前にでるミカエルさんと後ろに控えるガブリエルさん、二人の天使と立ち会って対峙していた。下級悪魔って立場なら座ってしかるべきなんだろうけど、生憎俺の立場はそれを許してくれない。

 

 トス。

 

「それで、今日は一体全体何の御用で?」

 

 ワームホールから飲み干したパックとイザナミの血液を入れ替えて、ストローをさしつつ聞いてみる。……この肌がピリピリする、否応なしに警戒を強いられる感覚。何を持ち出してくるんだか割りと興味がある。

 

「今日は、貴方にこれを差し上げようと思いましてね」

 

 パァァァァァ!

 

 途端、部屋の中を輝かしい光が照らしだすと、宙に一本の長剣が現れた。

 

 聖剣……しかも、こいつって!?

 

「ゲオルギウス――聖ジョージ。彼が持っていた龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の聖剣、アスカロンです」

 

 アスカロン! 神さんが複製こそ持ってるけど、実物を見るのは初めてだ。聖剣の中でも結構特殊な部類に入るぞ!?

 

「特殊儀礼を施しているので、あらゆる意味で特殊な貴方でも扱えるはずです。赤龍帝の篭手に同化させる、といったほうが正しいでしょうか」

 

 ジュズルルルルル。

 

 舌に残り、それでいて上品な薄味のイザナミの血を味わいつつ、ミカエルさんの説明に幾らか納得する。が、それがかえって神経を逆撫でした。

 

「なんでまた、こんな希少品を俺に? それにこれを渡すだけなら貴方だけで十分なはずだ。なのにこの色々と騒がしい時期に、天界一の美女にして天界最強の女性天使を同伴させて……邪推するなって方が無茶ですよ? 俺が馬鹿なのは認めますけれど、女や物を渡せば済むほど浅はかだと考えられるのは不愉快ですね」

 

 ギィン!

 

 万華鏡写輪眼を出して気当たりをぶちまける俺に、朱乃さんとガブリエルさんが息を呑む。しかし、ミカエルさんは微笑みこそ収めて表情を引き締めたが、落ち着いた雰囲気は決して揺るがない。……流石は現天界のトップって所か。

 

「……出張の時を狙われ、クロウ・クルワッハの思惑に嵌まった我が四大熾天使の一員、ウリエルがジュナザード氏を足止めした事で、貴方の危機に間に合わなかった氏は大変怒り、同じく激怒した他の師の方々と共に天界に殴りこんで大暴れされました。元凶と目されたウリエルに至っては何故生きているのかと思わされる惨状で、あらゆる希少な薬や術を用いて最近ようやく回復した程です」

「……うちの師匠たちがすいません」

 

 そこは謝るが、俺のために皆が怒ってくれた事そのものは嬉しい。

 

「いえ。知らなかったで済まされるものではない以上、仕方のないことです。その場はなんとか矛を収めていただけましたが、(じん)からも大層釘を刺されました。貴方の一件を軽んじていると見られてしまえば、それは十分に攻めこまれる理由になりうるとね。言ってしまえば、三大勢力で他の神話勢力が最も敵意を抱いているのは、教えを広め続ける我ら天界。悪魔、堕天使はともかく、我々だけでも排除したいという神々は、決して少なくはないでしょう」

 

 ……悪魔になってからは天使とは一番関わりが遠かったけど、そこまで尻に火が点いてたのか。確かにハーデスや帝釈天と酒に付き合った時、とにかく神とか天使に向かって文句言いまくってたもんな。あいつらは特に他の神話が嫌いで他も似たようなことばかり言ってたから、いっつも流してたけど。

 

「ですが逆に、それ程世界中にとって重要人物である貴方と関われたのは、ある意味では好機だと私は考えます。知っての通り、三大勢力は先の大戦後、大きな争いこそありませんが、小規模な小競り合いは未だ頻発しています。ただでさえ種族そのものが疲弊している状態で、このままでは皆滅ぶ……そうでなくても、他の神話勢力が攻め込んでくるかもしれません」

 

 うん……少し神々の記した歴史に目を向けると、その手の話は幾らでも存在していた。だからこそ、ここ数十年の世界は類を見ないほど落ち着いた状況らしい。

 

「今回の会談は、三大勢力が手を取り合い、争いをなくす良いきっかけです。加えて、世界中に縁が深い赤龍拳帝殿がいれば、他の神話ともうまくやれるかもしれない……。過去の大戦で一度だけ三大勢力が協力した、赤と白の龍が戦場をかき乱した時のように、再び我々が手を取り合えるよう、歴代最弱の才能と歴代最強の実力を併せ持つ、歴代で最も異例な赤龍帝である貴方へと願をかける。それが、このアスカロンを差し上げる理由です」

 

 ……一切の嘘がない事はわかる。にしても、色々混ざった俺に願掛けと来たか。

 

「……それで、ガブリエルさんに関しては?」

「率直に言って、幾ら言葉や態度で謝罪を繰り返した所で、貴方はまだしも神話勢力は納得しないでしょう。それでは上手くやるどころではありません。必要なのは、もっと目に見える形で貴方に対する誠意を示すことです。そこで、貴方は三大勢力の強い女性の血に興味があると耳にしたので、ならば彼女を、と」

 

 ここまでぶっちゃけてくれるとはすがすがしい限りだ。そりゃあ、興味が有るのは事実ですけどね。

 

「貰えるってんなら、どっちもありがたく頂戴しますけど……俺の吸血に伴う副作用の事は知ってるんですよね?」

 

 パックをワームホールに捨てながらの俺の問いに、一ミカエルさんと入れ替わりで前に出たガブリエルさんが頷いた。

 

「はい。存じております」

「確か、天使は劣情や邪な感情に呑まれると、堕天するって聞いたんですけど……別に、抜いた血を貰うだけでも俺は構いませんよ?」

 

 天界一の美女を堕天させる。言葉尻は甘美だが、そんな事になったらどれだけの混乱が巻き起こるか想像もしたくない。多分最近嫉妬深い聖さんに六桁近く殺される。本望ではあるけどね。

 

 しかし、柔和な空気を纏いつつも強い意志を感じさせる微笑みを浮かべたガブリエルさんは、そっと近づいて首筋を差し出してくる。

 

「大丈夫ですわ。亡き主の為、天界のため、身を捧ぐは天使の務め。それに、受け取っていただく立場でそんな気遣いをしてくださる貴方でしたら、きっと問題はありません」

 

 うぅん、素直な信頼が眩しい限りだ……そもそも朱乃さんの目の前でこんな事を……かといって、ここでいかなかったら、むしろ困るのは天界とガブリエルさんだし……ええい、ままよ!

 

「この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます」

 

 ガブッ!

 

 肩を抱いた状態で首筋に牙が突き刺さり、吸い上げる血液の味わいが体中を駆け巡る。

 

 芳醇にして濃厚。けれど柔らかい旨みが血肉を沸かせ、ペースを早めようとする自分をどうにか落ち着かせる。

 

 ジュズルルルルル。

 

「……ふぅッん。ぁあ……」

 

 清楚な色気をはらんだ吐息に興奮しながら、限界と思われる所で牙を外し、唾液をまとわせた舌を穴の開いた肌に這わせる。……どうやら、問題なさそうだ。

 

「ご馳走様でした」

「……ありがとうございます」

 

 合掌する俺に赤い顔でそう言うと、再びガブリエルさんはミカエルさんと立ち位置を逆にする。

 

「では……こちらをどうぞ」

 

 ミカエルさんが両の掌を俺に向けると、アスカロンが宙を動いて、俺の手元へ送られる。

 

 赤龍帝の篭手を出して柄を握ると、一瞬で聖剣は粒子と化し、篭手に一度同化してから、左腕の甲の先端から刀身として現れた。

 

「……うん、素直でやりやすい。いじりがいがありそうだ」

「では、私達はこれで。申し訳ありませんが、時間がおしていましてね」

 

 頭の中を剣が埋め尽くす前に、熾天使達に対して考えていた事を問いただそうとしたが、既に二人は眩い翼を広げていた。

 

「あの! まだ聞きたいことがあるんです!」

「すいませんが、こちらも手が足りないのです。会談の席か、会談後に必ず伺いますので、ここはご容赦願います」

「……必ず、お願いします」

「主の御名に置いて、約束しましょう」

 

 恐らく最上級の誓いを立てて、二人の天使は十字の光を残して消えた。

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