ズズ。
「只今戻りました」
ワームホールを潜って部室に到着するなり、皆の視線が集中する。俺と目があった部長は、他の部員たちを見回して言った。
「じゃあ、行くわよ」
部長のお言葉に、皆が緊張の面持ちで頷いた。
今日はいよいよ三大勢力、トップ会談の日。既に時間帯は夕方を超えて夜へと差し掛かっており、休日の学園全体を強固な結界が覆っている。
で、俺はと言えば、今朝早くに修行を分身たちに任せて研究所へと足を運び、ずっとアスカロンを鍛えあげていた。そんで会談開始ギリギリに終わったので、空間を飛んで帰ってきたわけだ。
ここへ来る前に一旦学園の外へ出て、少し見てみたが……殺気立って一触即発の悪魔、天使、堕天使の軍勢がもう結界の外をガッチリ固めてた。いや、これ交渉決裂なんて話になったら即戦争起こすんじゃないかってくらいの鉄火場状態だった。
しかも、懸念はもう一つ。どっちかというと、交渉決裂よりもこっちの方が可能性は高いと思うが。
一応、結界の外から様子を伺ってる神様連中にもいざって時はと頼んだけれど……杞憂で済んで欲しいもんだ。
「それで、ギャスパー……いい子で留守番しているのよ。会談中に何かの拍子で貴方の力が暴走したら、大変なことになるからね。わかってちょうだい」
「は、はい」
テーブル前に置かれた段ボールから顔を出して、ギャスパーが返事をする。
「小猫も、ギャスパーをお願いね」
「……はい。ギャー君、お菓子もあるよ」
「ありがとう、小猫ちゃん!」
一緒に留守番することになった小猫ちゃんが、そう言ってテーブルに大量の菓子が入った箱を置いた。
俺はギャスパーの前に屈みこんで、懐から取り出した携帯ゲーム機を持たせてやる。
「大人しく留守番してろよ、ギャスパー。これ貸してやるから。後、紙袋もあるから、寂しくなったら存分に被れ」
「はい! イッセー先輩!」
心配をかけまいと努めて明るい笑みを見せてゲーム機を持つギャスパーに、改めてこいつを何とかしてやろうと腹を決めた。
コンコン。
「失礼します」
会議室の扉をノックした部長が室内へ足を踏み入れ、俺達もその後ろへと続いていく。
最初に目を引いたのは、シックなデザインだが作りは実に見事なテーブル。会談の為に特別に用意したものだと聞く。三方から囲むように席に着くのは、サーゼクス様とセラ、ミカエルさんにアザゼルだ。当然なんだが、全員正装している。
サーゼクス様とミカエルさんはともかく、年中魔法少女のセラと着物姿しか見たことのないアザゼルの服装は、若干物珍しかった。
落ち着いた緑の女性服に身を包むセラはびっくりするほど普段とは違った清楚で上品な雰囲気を醸し出していて、俺の視線に気づくと、軽くウィンクしてみせた。……不覚にも、少しときめいてみたり。
アザゼルは当たり前だが着物姿ではなく、赤紫のコートという悪役っぽいが風格漂う姿で腕を組んでいる。
それぞれの背後にも、壁に寄り添う形でついている者達がいる。悪魔側は会長と副会長。そして、天使側はガブリエルさんと……
「イリナ!?」
驚くゼノヴィアの声に、俺達へ若干険しい視線を向けたイリナは無言でそっぽを向いた。
そして、堕天使側にはあのヴァーリ。腕組をしながら俺へ挑戦的な目つきを向ける奴の姿は、どこかアザゼルと通じるものがあった。……師弟関係、もしくはそれに近しい間柄ってことかな。
しかしふと気になったが、席はもう一つだけ空いている。ていうか、この気配……。
「まったく、こんな状況でふざけるなよ。レクナ」
「ははは。ごめんごめん、ちょっとした茶目っ気だって」
部屋の隅の方へ振り向いてみれば、俺の最初の眷属たる
微かに動いた表情筋から俺の内心を見ぬいたのか、マラコーダは満面の笑みで背後の女性たちへと手を差し伸べて紹介し始めた。
「そのまさかさ。彼女たちは私の眷属。
話をふられて、片手を腰に当てながら、もう片方に弓を握ったビキニアーマーを纏った筋肉質な女性は、ゴーグルを上げて特徴的な重瞳を魅せつけながら挑発的に笑い、戦斧に盾を持つフルプレートアーマーの相方を一瞥した。
「勿論。その為に私達も悪魔への転生なんて話を受けたんだ。……約束は守ってもらうわよ」
「……」
無言の圧力を放つマーマデュークと、分かりやすい殺気を向けてくるミルドレッド。
砂漠のど真ん中に生き埋めにした程度で死ぬとは思ってなかったけど、こんな形で再開するとは……。
物騒極まる二人の達人を押しのけるように、腰に両手を当てた大陸仕立ての道着姿の人虎が俺の前に出てくる。
「ひっさしぶりだなぁ、ほんと。あれから、弱くなったけど強くなったんだってな? けど、私も負けちゃいないからさ、昔よりもド派手にやろうぜ」
頭に生える黄色と黒の縞々模様の毛に覆われた耳をピコピコと動かしながら、鋭い爪で頬を掻いて獰猛に笑う美剛に苦笑する。十二回戦って十二回とも半殺しにしたのにまだ懲りてないとは、さすがに恐れ入るよ。
美剛が離れるなり、自然に、そして素早く懐へ滑り込んだ女を思わず抱きしめて、きめ細かい黒髪を指でかき上げ、更に手を舐めるようにまとわりついてくる九本の尾の吸い付くような肌触りを堪能する。
……流石は元祖傾国の美女。殺意や敵意が無いとはいえ、俺がこんな不用心な行動を取るとは。まあ、下手な真似される前に対処できる自信はあるけど。
周囲の微妙な空気を察して距離を取ると、豪華な着物を艶やかに着こなす妲己は口元を袖で覆いつつ、含みを持たせて笑った。
「フフフフフ……天の頂をも超えた身で、尚も満ちること無く求め続けるとは……はてさて、相も変わらずイッセー様は恐ろしいわ。それでこそ、白面金毛九尾の狐と呼ばれし、この妲己が今一度寄り添おうと認めた男子。フフフ」
意味深に笑う妲己は、室内の全員へ言い聞かせるように自らの二つ名を口にする。
中国、インド、日本の三国を渡り歩いた大妖怪中の大妖怪であり、九尾の狐、天狐、空狐を含む全ての妖狐の頂点に立つ最強の妖狐、白面金毛九尾の狐、妲己。
……よりにもよって、こんな場所のこんな時にこんな形でこんなクソ面倒くさい雌狐と再会するとはな。ため息をつく俺に、再び妲己が豊満な肢体を押し付けるように正面から寄りかかり、俺の胸部に両手を添えて恍惚とする。……まあ、おっぱいは嬉しいが。
「あぁ……無駄すら無駄にならぬ程、鍛えぬかれたこの肉体……あの熱い逢瀬が克明に蘇るわ」
「逢瀬って、俺を拉致って拷問した時の事を言っているんだよな?」
「ええ。それと……イッセー様の手で塵のようにされた時もよ」
発端は俺の師の一人である万物を知る吉兆の神獣、
そこで妲己は色んな意味で珍しい凡人である俺に若干の興味を抱いたらしく、悪女の本分とばかりに誘惑してきたが、当時は少し尖ってた時期だったのでその誘いを正面から突っぱねたんだが、これがいけなかった。
プライドに火が点いた妲己はその後数十回にわたって俺を誘惑し続け、その全てが上手くいかなかったことに心底腹をたて、騙された白澤様の言い付けで店までやって来た俺を散々甚振った挙句、更に秘密の隠れ家へと拉致。そこで、多分東洋に存在する拷問は全て体験したと思う。
四肢は焼かれ潰され切り取られ、目も鼻も耳も歯も舌も局部も抉られたが、激痛を伴う再生の秘術によって傷や失った部位を再生されてはまた壊されるの繰り返しだ。あとで聞いたが、あの術は常軌を逸した激痛の余り、通常は廃人になるか狂死するかという禁術中の禁術らしく、そんなものを恐らく百回以上は施されておいて我ながら何故精神が壊れなかったのかと思う。
一言自分を抱きたいと言えば開放すると言っていたが、あそこまで行くと俺も意地を張って耐え忍んだ。やがて明とライリが隠れ家を突き止め救助に現れた結果、二人に叩きのめされた妲己は死に体で逃亡。不用心に妲己を信用した白澤様も激怒した二人と鬼灯様によって瀕死の重傷を負わされていた。
そして数年後、大陸の奥地にて再会するなり再び俺を捕らえようとしてきた妲己だったが、こっちも白澤様を利用した事はもちろん、拷問された事もちっとは根に持っていたので、巨大な狐の正体を現した妲己を動けなくなるまでブチのめした。
その後、とりあえず尾を全部引きちぎってから全身の皮も剥がして、爪も牙も全て根本からもぎ取った後、適当に治療して放置したんだけど、なんでまた、レクナの眷属に……。
俺から離れて楽しそうに笑う幾星霜と生き続けた雌狐には、渋面する俺の内心が手に取るようにわかるんだろう。聞いてもいないのに、俺の訊きたいことを言ってくれる。
「当然、私から売り込んだのよ。直接侍るのはちょっと気が引けるから、ね?」
乙女の様に目元を潤ませるが、これが演技にすぎないのは眼の奥に燃える情欲の炎からも明らかだ。けれどまあ、文句なしに可愛いのは流石と言う他ない。
しかし、レクナは額に指を当てて盛大なため息をつく。
「よく言うよ。美剛を勧誘して妖怪仙人の秘境から帰る途中の私に近づいて、開口一番『イッセーの眷属になれるよう便宜を図れ』なんてほざいた上に断られた途端襲い掛かったくせして。あのまま殺してやっても良かったけど、一応名の通った妖怪だし、使えると思ったから下においてやったんだ」
憮然と吐き捨てるレクナへ、妲己は可笑しそうに笑いながら振り向いた。
「あら、イッセー様への誘惑を手助けをするという私の提案に乗ったのは事実でしょう? 後、私にはイッセー様の領地管理、及び付随するデスクワークを担っている自負はありますわよ? ねえ、研修中のマラコーダ様」
痛いところを突かれたらしく、一瞬目元がぴくりと動いたレクナは苦笑した。
「はいはい、ごめんね。そっちは教えられてる身で」
「ご謙遜を。確かに最初は消しゴムのカス以下の、役立たずというのも憚られる塵加減でしたが、最近は折れた鉛筆くらいの役にはたっていますわよ」
実に分かりやすい罵倒に額に血管を浮かべてキレそうになるレクナの正面へ移動して、頭を撫でて落ち着かせる。
「とりあえず、色んな意味で頑張ったのはよくわかったよ。偉い偉い」
「……ふふふ。でしょう?」
ギギュッ。
満面の笑みで尾を伸ばし、潰す勢いで思い切り胴を巻きつけてから即開放すると、レクナはテーブルへと歩き、椅子を引いて手で示した。
……まさか、それってそういうことかよ?
躊躇う俺に、サーゼクスが顔を向ける。
「どうぞ席へ。赤龍拳帝殿。貴方を立たせておくような無礼等、もとより選択肢には無い」
言われて、椅子へ腰掛けて組んだ両手をテーブルに乗せると、レクナは妲己達を伴って、俺から少し離れた位置で立つ。そして、再びサーゼクスが口を開いた。
「紹介する。私の妹とその眷属だ。先日のコカビエル襲撃の一件では、彼女たちが活躍してくれた」
「ご苦労様でした。改めて、お礼を申し上げます」
「悪かったな。俺の所のもんが迷惑をかけて」
それぞれが部長たちを見て、礼を言うミカエルさんと、不敵な笑みで適当な謝罪をするアザゼル。一々反応してたらキリがないので、ここはスルーしよう。
「これで全員が揃った。それでは、会議を始めよう」
こうして、三大勢力+
とはいえ、俺の出番は恐らく最後の最後。最初はお偉いさん方が語る内容をひたすら聞いているくらいしか無い。この順調さならそう遠くはないだろうけど。
「というように、我々天使は――」
「そうだな。そのほうがいいかもしれない。このままでは、悪魔を含め三勢力は確実に滅びの道を――」
「ま、俺らはとくに拘る必要もないけどな」
ぼっと聞いているのも退屈なんで、音弾を部長へ飛ばしてみる。自分の報告を後に控えて、ずっと緊張しているみたいだし。
(部長、緊張する必要はないですよ。いざとなったら俺もフォロー入れますから、肩の力を抜いて、冷静に行きましょう)
耳に届いた俺の声に、部長は微笑んで頷く。すると、今度は朱乃さんが小声で呟いた。
(あらあら、こんな時でも部長とイッセー君はラブラブですわね)
(イッセーから勇気を貰ったのよ。ありがとう)
そう言ってもらえると、俺も嬉しいです。安堵すると、サーゼクスが背後を見やる。
「では、リアス。そろそろ、先日の事件について報告を頼むよ」
「はい」
前に出る部長と会長。そして魔力でテーブルの上に映像が浮かび上がり、コカビエルの一件の映像、それに合わせて部長が手元の資料を元に、事件の概要を説明する。
極度の緊張にさらされながらも淡々と説明を続ける部長へ、わずかばかりの助力として応援の視線を向ける。
「――以上が、私、リアス・グレモリーと、その眷属が関与した事件の顛末です」
「私、ソーナ・シトリーも、彼女の報告に偽りがないことを証言いたします」
「ご苦労。下がってくれたまえ」
「ありがとう。リアスちゃん、ソーナちゃん☆」
映像が消え、全てを言い終えた部長たちへ魔王二人が労いの言葉を掛ける。うん、何事も無く終わってよかった。
「さて、リアスの報告を受けて、堕天使総督の意見を伺いたい」
「意見もなにも、その一件に関してはコカビエルの単独犯、それだけだ」
「あずかり知らぬと、それで済むとお思いですか」
サーゼクスの問いにも、相変わらずアザゼルは不敵な笑みを崩さず、ミカエルさんの指摘も、全員からの視線もどこ吹く風だ。
「幾らなんでも、そこまで甘く考えちゃいねえよ。まあ、あいつも俺が直接この街に潜伏してたとは思わなかっただろうさ。ここは中々いい街だぞ」
「話を逸らさないでもらいたい」
サーゼクスの言葉に、アザゼルはおどけて返す。
「まあまあ。だから白龍皇に頼んで処理しただろ。とはいえ、その後の軍法会議でコキュートスの永久冷凍刑こそ決まったが、野郎にはまんまと逃げられちまった。こっちも全力で行方を追っちゃあいるが、グルメ細胞を宿したとなるとグルメ界へ渡った可能性もある。そうなると美食屋か再生屋を頼る他なくなるんで、そこはもう少し待ってくれや」
確かに……並みの堕天使程度じゃ、グルメ界の人間界の環境でも即死しかないからな。とは言え、広大極まるグルメ界はその異様な環境もあって、安全危険を度外視すれば身を隠す場には事欠かない。何の手がかりも無しじゃ、まず見つけることは不可能だろう。
ミカエルさんが、嘆息しながら言う。
「それも大きな問題ですが……もう一つの問題は、コカビエルが事を起こした動機です。コカビエルは、あなた方に不満を抱いていたと聞きますが」
「ああ、自分が武術家としての命を捨てた戦争が中途半端に終った事が、相当不満だったんだろう。俺は今更、戦争なんかゴメンなんだけどな」
「……不満分子ってことね」
「そこに関しちゃ、お前らも色々と面倒くさいじゃねえか」
呟いた単語に対するアザゼルの返しに、セラがつらそうな表情で俯いた。
……本当に、政治ってのはどこも複雑だよな。
「その一件は今のところ、今回の件とは関係がない。今回の会談の目的は――」
「もう面倒くせえ話はいい。とっとと和平を結んじまおうぜ。お前らも、最初からそういう腹だったんだろう」
……。
思いがけない人物の口から最初に出た言葉に、部屋中のほとんどが息を呑んだ。
確かに、胡散臭さで言えばダントツどころじゃないもんな。気持ちは非常によく分かる。
「このまま三すくみの関係を続けても、今の世界の害になるだけだ。そうだろ?」
「……確かに、戦争の大本である神と魔王は消滅したわけですからね」
ミカエルさんの告白に、イリナはただ悲しそうな目をしていた。……やっぱ、この場にいる以上は知らされてるよな。
「神や魔王はなくとも種の存続の為、悪魔も先へ進まなければならない。ゆえに戦争は、我らも望むべきではない。次の戦争があれば、悪魔は滅ぶ」
サーゼクスの言葉に、アザゼルが同意する。
「そう。次に戦争をすれば、三すくみは人間界に大きな影響を及ぼして共倒れ。最悪、他の神話連中も争いだして、この世界は完全に終わる。俺らはもう戦争を起こせないし、起こしちゃならない。幸い、抑止力となってくれる存在も出てきてくれたわけだしな」
口角を上げつつも真剣な面持ちでアザゼルが俺を見ると、ミカエルさんが俺を見やる。
「そう言えば、赤龍拳帝殿は私に話があるということでしたね」
「覚えてて貰えたんですね」
「勿論です」
ちらりと、アーシアの方を見る。これから聞くことは、アーシアにとって辛いモノかもしれない。内容は伏せたが、今朝の修行の際にミカエルさんに訊きたい事がある旨を伝えると、アーシアはただ、俺を信じているとだけ言ってくれた。
だからこそ、俺は訊かなきゃいけない。
「……アーシアを、どうして追放したんですか」
俺の質問に、室内がなんとも言えない空気に包まれたが、そんなものは予測していたことだ。
驚きに目を見開くミカエルさんへ、再度追求する。
「あれほど、それこそ死ぬまで神を信じていたアーシアを、何故追放したんですか」
正直、エクスカリバーの事件でのコカビエルの発言で、多少のあたりはついている。それでも、俺は直接天使へ問いたださなければならないと思った。今なお信仰を持ち続けている、アーシアの為にも。
「……神が消滅した後、『システム』だけが残りました。加護と、慈悲と、奇跡を司る力と言い換えてもいいでしょう。悪魔祓い、十字架などの聖具へ齎す効果もその一環です」
それも、どこかの資料で見た記憶がある。似たような事はどこの神様もある程度やっているらしいが、やはりこういったものは作った本人でなければ難しいのが実情らしい。
「コカビエルは、神の時に比べて切られる信者の数が増えたと言ってました。それは……」
「仰るとおり、神がご健在だった頃に比べると、救済できる者は限られました。今は、私を中心にかろうじてシステムを動かしている状態なのです。故に、システムに悪影響を及ぼす可能性がある者は、遠ざける必要がありました」
「……アーシアの
俺の指摘に頷いて、ミカエルさんは続ける。
「信者の信仰は、我ら天界に住む者の源。信仰に悪影響を与えるものは極力排除しなければ、システムの維持は出来ません」
「――だから、予期せず神の不在を知ったものも、排除の必要があったのですね」
そう言って、テーブルへ近づいたゼノヴィアの方を向いて、ミカエルさんは目をつむって頭を下げた。
「そのために、貴方もアーシア・アルジェントも、異端とするしかありませんでした。申し訳ありません」
「頭をお上げください、ミカエル様。幼少の頃より、教会に育てられた身。多少の後悔もありましたが、今は、この悪魔としての生活に満足しております」
微笑むゼノヴィアの宣言に、俺は釣られて破顔する。最初の時は、あんなガチガチの信仰一筋のバーサーカーだったってのに……変われば変わるもんだ。
それに、俺たちとの生活にそこまでの思いを寄せてくれていたのは、とても嬉しい。
ゼノヴィアの隣へ出て、両手を組んだアーシアが言う。
「ミカエル様。私は、今幸せだと感じております。大切な人たちが、たくさん出来ました」
天上の思惑から、立場を追いやられた二人の少女が自らを幸福と称する。
システム維持の為に多くのものを切り捨ててきたであろうミカエルさんにとっては、複雑ながらも嬉しいものだったんだろう。
安堵の表情を見せた天使の長は、もう一度アーシアたちへ頭を下げた。
「あなた方の寛大な御心に、深く感謝します」
と、そこでアザゼルの視線がアーシアを射抜き、それに気づいたアーシアが身をすくめる。続いて、視線は俺へ移った。
「そう言えば、そこのお嬢ちゃんを騙して殺したうちの部下は、コカビエルの指示でお前さんの殺した奴と同一人物だったっけか」
「ああ、そうだ。天野夕麻、もといレイナーレ。俺の最初の女で、憧れてたあんたとシェムハザの愛を得る為に、アーシアの神器を欲した女堕天使だ。最も俺は最初っから弄ばれてただけで、初デートで殺されて、再会した後も散々罵倒されたけどな」
自嘲気味に語れる程度には、俺もこの事実を受け止められる様になったんだろう。
しかし、嫌味のつもりだった告白は、予期せぬ事態を背後にて発生させた。
ゴッッッッ!!!!
室内へと吹き荒れる憤怒を孕んだ殺気。恐る恐る背後を見れば、そこには美麗な立ち姿も雄々しく絶大なオーラを纏う、俺の兵士とその女王。
えっと……もしかして、俺を殺したってことしか知らなかったの? それとも、知ってはいたけど触りだけとか?
「……弄ぶ。まあ、まあまあまあ。それはなんとも豪勢な事で。世界を滅ぼせる龍を相手に、罵倒まで加えたと。それを人事の様に……察するに、アザゼル及び堕天使は滅びたいのですか?」
冷静にキレる妲己も怖いが、もっとヤバイのは、その隣のレクナだ。
「……………………………………」
度を超えた先を更に超えた怒りの余り、歯を食いしばって体中のあちこちに血管が浮き出るほど力んでいる。多分、そうでなければ今にもアザゼルを殺しに掛かりそうなんだろう。十二枚の翼は全て展開され、尾は今にも振るわれんと伸ばされ、瞳孔も開ききってる。
アザゼルは身じろぎ一つ出来ずに真剣な表情で固まっているが、それで正解だ。ミリ単位でも動けば、それだけで反射的に襲いかかりかねない。
ハァァ……つくづく愛されてるね、俺も。とは言え、ここで止めるのも主の務めだ。
「レクナ、妲己。落ち着け。事実は事実だが、俺はもう大して気にしちゃいない。こんな所で無駄に暴れるな」
「……」
「ですが」
ギィン!
万華鏡写輪眼に二人を映して、再度強く言う。
「もう一度言う。落ち着け」
「……はい。ごめんなさい」
「……冷静さを欠きました。申し訳ございません」
頭を下げる二人へ、俺の言い方も悪かったと音弾を飛ばしつつテーブルへ向き直すと、四人が四人とも、汗びっしょりで安堵していた。
「すいません。俺の説明の仕方が悪かったばかりに、うちの眷属が騒がしてしまって」
「いや……こっちこそ認識が甘すぎた。これが世界規模で起こってるわけか……成る程、そりゃあ上級神も動くわけだ。想像を絶するぞ、これは……」
頭を下げようとする俺を手で制したアザゼルは、口元に手をやって何やら慌てている。……まあ、世界規模でこんな事になってるんだよな、聞いた所。しかし、俺が直接出張って女神たちの怒りを鎮めるってのも、三勢力としては外聞が悪すぎるだろう。
そりゃあ、面子を丸潰れにしてちょうどいいとか言われるわけだ。
「とにかくだ、部下の不始末は俺のせいでもある。かと言って、今更俺が頭を下げた程度で終わることでもない。だから俺は、俺にしか出来ないことで、お前らを満足させようと思う。改めて、三すくみの外側にいながら、世界を動かす程の力を持っている、赤龍帝、白龍皇の考えを訊きたい」
「俺は強い奴と戦えればそれでいいさ」
壁に背を預けるヴァーリの返答は、単純明快だ。わかるけどさ。
「それじゃあ、赤龍帝……赤龍拳帝はどうだ?」
話をふられて、俺は素直な願望を告げる。
「俺もまあ……女に囲まれて、旨いもん腹いっぱい食って、適度に喧嘩出来れば言う事は無い」
「それじゃあ、いよいよ本題だが……お前さんは、俺らに何を要求してくれるんだ?」
要求、ねえ。一応、いくつか思いついたことはあるけどさ。
「神さんは、何も思いつかなけりゃ適当に女でも要求しろとか言ってたっけ」
「神らしい率直な意見だ。ちなみにそれを要求しちまえば、お前の主様どころか、そこにいるレヴィアタン、ガブリエルも思いのままだろうさ。勿論堕天使だって、綺麗どころが欲しけりゃ幾らでも献上するぜ」
両腕を広げる総督に、俺は思い切りため息をついてやる。
「ハァ、総督様は馬鹿抜かしてくれる。強権盾にしなきゃ、女の一人も口説けない玉無しなんぞと思われちゃ困るっての」
そんなん、こっちから願い下げだ。
吐き捨てる俺に向かって、アザゼルは自分の首を手刀で軽く叩く。
「それじゃあ……俺とサーゼクスとミカエルの首か? 正直、一番他勢力が喜ぶものではあると思うぜ」
軽口とはとても言えない内容と、それに相応する重苦しい響きに皆が固唾をのむが、俺は手をパタパタと振ってその空気をかき消すと、二度目のため息を盛大に吐き出す。
「ハァァァ……いるかそんなもん。生首集めて興奮するような性癖は無い」
「じゃあ、どうするんだ? ……言っておくが、適当にお茶を濁すってのは無しで頼むぜ? そもそも、提案を受けられるだけお前さんに感謝しなきゃいけない位、三勢力は切羽詰まってるんだ。多少擦れてるうちの連中はまだしも、天使や悪魔のお偉い方が今一番怖がってるのは、お前が俺たちから受けた事に対する不満が明確に解消されず、いつ爆発して自分たちに振りかかるかも知れないって事だ。そうだろ?」
アザゼルの言葉に、サーゼクスとミカエルさんが頷いて、頭を下げた。
「グレートレッドを呼びよせた上に自家製の醤油を対価に協力させ、星系を軽く滅ぼせる君の力を目の当たりにした直後の貴族達は、半ば恐慌状態に近かった。冷静さを取り戻した後でも、一刻も早く君への賠償を済ませる事を望んでいたよ。私自身、四大魔王を蹴散らしたクロウ・クルワッハを圧倒し続けた君に対して、どう詫びればいいのか想像もつかなかった」
「教会の幹部や上位の天使には、はっきり言って頭の固い人物も少なくありません。それが何の迷いもなく許しを請う事で一致する程、貴方の力は凄まじい物でした。どうか情けを掛けるのであれば、むしろ迷わないでください」
それに習うかのように、アザゼルも頭を下げた。
「今ああ言ったが、上はともかく、お前の怒りが爆発する事にうちの下の連中が恐れ慄いてるのが実情なんだ。加えて、今のマラコーダと妲己を見て、俺はお前に惚れ込む連中の入れ混み具合を完全に舐めていたってのを思い知った。頼む。助けると思って、容赦も遠慮も一切捨ててくれ」
揃いも揃って、俺に頭を垂れる魔王、熾天使、堕天使。
頬を一かきしながら、とりあえず考えていた事を口に出そうとした瞬間、全身から感じた嫌な予感に、合掌と共に仙人化を果たして、赤龍帝の篭手を出す。
「オン・ナガラジャ・テュハン・イセイ・ソワカ!」
真言によって篭手の中の魔人経典から術式を展開し、部屋一面に結界を張る。
続いて襲ってきた時間停止の感覚が、結界に阻まれたこの場所以外の学園全域へと広がっていった。
つくづく……俺の悪い予感は大体当たる。
九尾の狐の中でも、妲己は最強と位置づけさせてもらってます。
ちなみに、現状でイッセー眷属及び眷属の眷属で、イッセーに殺されかけていない面子は一人もいません。なんだこのバイオレンスハーレム。
後、ミルドレッドとマーマデュークは、原作のケンイチと同姓同名、同じ容姿に似たような経歴をもった他人と考えてください。彼女たちは転生者ではありません。