後、めっちゃ時間かかってすいませんでした。
ベッドから上半身を起こした状態で口を開けると、レクナはウキウキしながら箸を動かす。
「はい、あ~ん」
箸に挟まれ差し出されるのは、タレに包まれたその身を燦然と輝かせるギガ豚の角煮。捕獲レベル2904の猛獣であり、猛毒を含む特殊調理食材。
それを捕獲、調理した上であ~んまでしてくれる、胸元とミニスカが眩しいナース服姿のレクナ。
俺の世話を焼けることが心底嬉しいと満面の笑みで告げてくれる美女の手料理を頬張り、格別の旨味と幸福を噛み締めている中、右隣から冷たい言葉が吹雪いてくる。
「おーおー、熱いことだ。熱すぎるから部屋の中を冷やしていいか? 具体的にはセルシウス度で−273.15 ℃、ファーレンハイト度で−459.67 °F位まで……」
「絶対零度は勘弁してくれ、ロカ。俺らはともかく病院が無事じゃすまないって」
ロカ・アルカード――ついさっき、請われて俺が名付けたばかりの
「最初の眷属だからと余り図に乗るなよ、レクナ。言っておくがその程度の牽制で気が引ける程、私の想いは軽くない」
「ハハハ、流石は狼の神だねロカ。負け犬よりかは聞き応えのある遠吠えするじゃん。もっと吠えたら? 合いの手もいれるからさ。ほら、ウォンウォーン」
一瞬、病室が無音に包まれ、レクナは刃の如く硬化させた尾の先をロカの心臓の前に突き付け、ロカは銃口をレクナの心臓に向ける。傍から見れば緊迫したこの場面、二人は競うように燃料を投下する。
「陰険」
「覗き魔」
「ぶりっ子」
「ストーカー」
「お前も似たようなものだろうが、先だっての経緯を私が知らないと思っているのか」
「結果そうなっただけだし。本当なら私はもっと真っ当に会いに行くつもりだったから。どっかの獣みたいに人の寝室に踏み込むとかしないっての」
「ほお、そうかっ。じゃあ今度はおむつでも履いておいたらどうだマグロ!?」
「アァ? 今度こそ微塵に砕かれたいか雌犬!!」
「なあ、二人共」
俺を挟んで怒気をぶつけあう二人に、傍の棚に置いてあったメロンとパイナップルを持って、それぞれに差し出す。
「これ剥いて食べさせてくんない?」
「「はーい」」
お願いを聞くなり、二人揃って青筋浮かぶ鬼の形相から一転した可愛い笑顔で返事を返してくれる。素直にフルーツを受け取って手早く剥いてくれる辺り、やっぱじゃれ合ってただけだったか。
ガチでキレたなら、こんな考案段階で安全思想が駆逐された最終殲滅破壊兵器の様なこいつらが一々口論なんかするわけ無い。即殺しにかかるに決まっている。
とはいえ、話を逸らした格好にも関わらずこうもすんなり言う事聞いてくれるのはやっぱりまあ、それだけ俺も想われてるって事なんだよな。うん、嬉しい事だ。
そのまま二人から交互に食べさせてもらっていると、インターフォンのチャイム音がやたら広い病室に響く。魔力で普段着を身につけたレクナが受信モニターのスイッチを押すと、これまた珍しい四人が映しだされた。
一応、こんな大病院の最上級個室に運び込まれただけに誰か来るかなとは思ってたけど、全員揃ってくるとは少し予想外だった。
「はい……って、なにその組み合わせ? 麻雀帰り?」
レクナの冗談に、先頭に立ってモニターに映るアザゼル先生が溜め息をつく。
『もしそうならどんだけ良かったか。そこら辺の理由も含めて話すから、取り敢えず開けてくれ』
「お見舞いの品は?」
『そう言うと思ってちゃんと冥界の銘菓持ってきた』
「だって。イッセー、いい?」
無言で頷く俺を見てから、レクナはロックを解除すべくドアへ足を運ぶ。すぐさま戻ってきたレクナが引き連れてきた錚々たる顔ぶれの中で、最初に目についたのは安堵の微笑みから溜め息をつくサーゼクスだった。
「イッセー君。大事無いようでなによりだ」
「たくっ好き勝手に暴れやがって、この歩く最終戦争が。お前らのお陰であの一帯、灼熱の火山地帯と極寒の氷原地帯が半々に広がる悪夢みたいな光景になってんだぞ? しかも地脈や地下構造まで巻き込んで作り変えた上に周辺への影響が無いってどんだけだ」
次にアザゼル先生が、苦笑しながら紙袋を手渡しつつ文句を言ってきた。早速中身を取り出す俺を尻目に、レクナが携帯で妲己と話しながら返す。
「いいじゃん。どうせあそこはイッセーの土地なんだから。うちの
「あーあー、そっちは好きにやってくれ。取り敢えず今日の用事は別件なんだ」
そう言って、アザゼル先生は懐からタッチパネル式のタブレット端末を取り出すと、銘菓をかじる俺の前に翳してみせた。表示されているのは何かの折れ線グラフで、極端に伸びている所の下には日付が書かれている。
「イッセー、この日付に見覚えはあるか?」
空いてる方の手で画面をスライドさせ、見ていくと……ふと思い至った。
「これ……全部俺が
その答えにアザゼル先生はタブレットをしまうと、呆れた表情で腕を組んだ。サーゼクスも口元を掌で覆って沈痛な面持ちだし、ミカエルさんに至っては諦めの境地と言った体で片手で顔を覆って天を仰いでいる。
え、え。なにこの空気? 俺また知らない間になんかしでかしてたの?
「あぁ~~~っ。もうなんていやぁいいんだか……取り敢えず、どういう話なのかと言うとだ。お前、黙示録の四騎士は知ってるか?」
「はい。さっき襲われて返り討ちにしましたけど」
「ハァッ!? マジかお前。そういや、高級ホテルで騒ぎを起こしたって話は聞いたが、まさかそれか!?」
それまで知ってるなんて、流石は先生だな。
「いや、それはここにいるロカがレクナとやらかした事なんですけど、ホテルで襲われたのは事実ですね。あ、それとこっちは俺の新しい眷属のロカです」
「お初にお目にかかる、三大勢力の指導者諸君。兵藤一誠の眷属、
ベッドに腰掛け、手足を組むという不遜な体勢。それが嫌味な程謙虚過ぎると思わされるオーラは、各種族において最高峰の力を持つ四人を身構えさせるに十分過ぎた。
「ホロケウカムイって……アイヌ神話かよ。
「まあ……文字通り死ぬほどですかね。今回も細胞一片で繋がったってくらいヤバすぎましたし」
呆れつつ同情を寄せられるが、自覚を持った上で諦めてる俺としては苦笑するしか無い。イカレきった変態でも、心底愛し愛されてるのは事実だし。脳も心臓も心も魂も割って見合ったから間違いない。
ふう、と息をつくと、先生は腕を組んで、説明する。
「まず、大本から話すとだ……あれは三大勢力の大戦末期、神と魔王が死んだ後の事だ。既にどの陣営も長年の争いと多くの損失に疲弊しきってる状況で、これ以上の戦争継続は本気で滅亡に直結すると考えた俺は、いち早く停戦の考えを固めていた。そこで、死んだ神に代わって天界を率いるミカエルと、悪魔側で最も強く、停戦派の筆頭だったサーゼクスの二人に声を掛けて、戦争停止の為の秘密会談を行っていたのさ」
初っ端から凄い歴史の裏側語りますね。そこで、レクナがなにやらはたと気づく。
「確か、その時にサーゼクス君が戦争を継続しようとしていた旧魔王派を叩く代わりに、その間天使も堕天使も悪魔側のクーデターに介入しない事を約束したんだっけ?」
「そうだが……何でお前がそんなん知ってんだよ」
「当時にそうじゃないかって噂が流れてただけさ。何にせよ私としては大助かりだったよ。あの滓共とようやく縁が切れた上に、原初の悪魔でムカついたのも大体殺せたから心底清々したなぁ。――ま、バアルの糞野郎がクーデター派に合流したのは心底惜しかったけど」
嬉しそうに語ったかと思えば、急に殺意全開になったりと……数百年も昔の話を思い返すだけでよくそこまで感情が揺れ動くもんだ。数千年規模の鬱憤を晴らせた事はよほど心に残る思い出となっている模様で。しかもバアルって、初代バアルの事だよな? 確か、ゼクラム・バアルだったか。政治的影響力なら四大魔王より上とか言う。
めっちゃ含む所がありそうだけど、一体何が……いや、やめておこう。知られたい内容じゃあるまいし、下衆な好奇心で聞いていいことでもないだろう。……少しも引っかかるものがないと言えば嘘になるけど。
「それはともかく、秘密会談からどうなったんですか?」
緑目の怪物が起きる前に話の続きを促すと、先生はああ、と頷く。
「俺たち三人が雁首揃えて会議してた頃……詳しい経緯は未だ俺たちも知らないが、歴代最強の赤龍帝だったベルザードは、仲間を引き連れて四騎士と戦っていたらしい。その戦いの余波は次元の狭間の揺らぎという形で三大勢力の戦場まで及んだ事で、各勢力は混迷を極めちまった」
「既に争いに疲れきっていたとは言え、積み重なった怨憎は晴れていない。そんな状況で、最高位の光力と魔力が龍のオーラとぶつかり、波動となって次元の狭間を揺るがすような事態となれば、他勢力へ警戒と恐怖が強まるのは必然でした」
痛ましげに目を閉じて胸に手を置くミカエルさんは、気持ちを落ち着かせるように深呼吸する。
なんか……妙な感じだな。別に嘘をついてるって感じじゃないんだけど、どうも、『積み重なった怨憎』ってのが、やけに気になる響きだった。三大勢力だけじゃない、別の誰か個人を指し示すような……。
「事態を重く見た我々三人は、秘密裏に次元の狭間へ向かい、そこで瀕死のベルザード達と四騎士に遭遇してしまった。その時だったよ。ベルザードは三騎士の対処を我々と残った仲間たちへ託し、覇龍を使用して青き死に飛びつくと、自身の身と引き換えに彼女を封印して、そのまま次元の狭間へ消えていった」
『……』
サーゼクスの説明に、ドライグが少し動揺した。これが、ドライグがトップ陣の前で事の次第を話した方がいいって言ってた理由なのか。
……ていうか、彼女? 青き死って女なの? 気にはなるけど、今はそこは置いておこう。
「その後、私達はそこに残されたベルザードの仲間たちと共に、三騎士を冥界の辺境へと追いやり、仲間の一人であるペンドラゴン家の人物が持っていた
その封印が此度、支配の聖剣を持ち去られた事で破れてしまったのです。ペンドラゴン家の末裔と……ヴァーリ・ルシファーの手によって」
「ヴァーリが!?」
ミカエルさんから告げられた思いもよらない名前に驚く余り、銘菓を飲み込んで叫ぶと同時に立ち上がってしまう。まさかあいつ、三騎士と戦う気か……と思ったけど、それならあの戦闘狂はとっくに実行していてしかるべきだ。そして少なくとも、魔王級の存在がぶつかっておいて、騒ぎはおろか何かしらの噂も立たないというのはありえない。
「恐らく、ヴァーリとペンドラゴンの末裔の狙いはあくまで支配の聖剣だったんだろうな。向こうの家で失伝したかどうかはわからんが、少なくとも連中は封印の事なんか知りもしない筈だ。でなきゃあの馬鹿が、黙示録の騎士なんて有名所にちょっかいも掛けずにトンズラなんてありえん」
よく性格を把握してるだけあって断言するなぁ。流石は育ての親。興味あることにまっしぐらなあたりとかそっくりですしね。
「三騎士の目的はただ一つ。彼らの主にして『本体』である、青き死の復活に他なりません。今は所在を掴みかねているようですが、三騎士と青き死の縁の深さからすれば、いずれ彼女に辿り着くのは時間こそかかれど容易といえます……何としても、先んじて青き死の封印を見つけ、封印を強化するか、別の地に移さなければ」
「だが、現状でその封印に辿り着く手立てがない。その鍵がベルザードが遺した四つの宝珠だという事は判明しているが……」
「それが、これだろう?」
事も無げにそう言うと、ロカは緑色の宝玉を乗せた掌を室内の全員に見せつけ、呆気にとられる周囲に構わず無造作に手中の玉を俺に投げよこした。
余りの扱いに苦笑しつつも、受け取った玉を手に説明する。
「とまぁ、こんな感じで既に一個は手に入れてあります、はい」
「――……~~ッッッお前ホントッ、よくやりやがったなぁオイ!」
なんか、先生の中で一瞬すっげえ複雑な感情のうねりが巻き起こったようだが、最終的には褒めておく事に落ち着いた様子。他の方々も色々言いたそうだったが、目星もついていなかった重要アイテムが手に入った事を喜んでおくようだ。
「で、先生。さっきのグラフとこの話の関係ですけど……要は俺が覇龍を使いまくったせいで
諸々の事情と、最初に見せられたデータとすり合わせるとこういう話になる筈だ。冷静さを取り戻したアザゼル先生が、椅子に座りながら頷く。
「ああ、それだけとは言わんが、他に考えられん以上、大きな原因はそれで間違いない」
「だけど、そのベルザードの後にも覇龍を使った赤龍帝は何人もいるだろう? 回数が多いからって、なんでイッセーが連中の活性化の原因って分かるのさ」
レクナの指摘に、先生は俺から渡された銘菓をあっという間に食って答える。
「普通は数十年のスパンに一、二回程度の覇龍がほんの三年足らずに十回以上も使用されてるってだけで、原因と目するには十分過ぎる。挙句の果てには赤金の窮覇龍なんて覇龍の強化態まで見出すくらいだぞ? これ以上の要因が存在したら、青き死の封印自体がとっくにぶっ壊れてても可笑しくねえっての!」
マジですか……覇龍を多用する事は色々と心配されてきたけれど、こんな全く意図しない所にまで影響してただなんて……。
「ともかく、封印の元まで辿り着ける手段の目星がついているのは幸いです。青き死の解放だけは、何としても阻止せねば……」
微笑みを消し、普段の優しく荘厳な雰囲気とはかけ離れた鬼気迫る様相を纏う熾天使の長に、改めて事態が相当デカくなっていることを再確認させられる。
「だけどまあ、そう手っ取り早くもいかないんですよね……なあ、ロカ」
名付けたばかりの名前を溜め息混じりに呼ぶと、当の本人は俺の手の宝玉を一瞥して愉快げに笑っていた。
「そうだな……私達としてはイッセーと戦うための口実に過ぎないと言っても、その玉くれを得るために四方八方手を尽くしたのも事実。それを対価もなしにはいそうですか、とは流石に厳しいところがある。他の協力者二人も同じだろうよ」
頭をかきむしるアザゼル先生に二個目の銘菓を差し出すと、今度はゆっくりと食べながら呆れた様子でロカを見る。
「まったく、呑気に
「お褒めに預かり光栄だよ、総督閣下。その慧眼で持って、頑張って最後の一つを探すといい」
「言われなくてももうやってる。まあ、イッセーが残り二つを揃えるまでには手がかりくらいは見つけてみせるさ」
嫌味の欠片も無い激励を受けて、アザゼル先生が俺に笑いかける。言外に、だからさっさと所在がわかっている三個は集めろと言われている気がするのは気のせいじゃないだろう。
「で、ドライグ。そろそろ聞かせてくれよ。何でお前あんなに連中に恨まれてるんだ。単に主を封印したってだけにしては、色々と様子がおかしかったけど……」
『……おのれドライグ!! 肉体が滅びてなお、どこまで主を、我らを苛む……ッ!!』
主と呼ぶ青き死への強い想いから溢れ出る、多くの時を隔ててもなお衰えることを知らない怒りと憎しみ。青き死を直接封印したベルザードや、現赤龍帝の俺にも敵以上の認識はなかったと確信させられる程、その念はひたすら真っ直ぐにドライグへ向けられていた。
水を向けられたドライグは宝玉を点滅させながら溜め息をつくと、ゆっくりと語り始めた。
『――奴らと俺達の因縁は、あの時から……俺とアルビオンの魂を幾重にも切り刻み、神器に封印した直後、聖書の神が死んだ時から始まった』
「!?」
初っ端からぶちかまされた爆弾に、お歴々も驚愕と沈痛が入り混じった複雑な空気になる。
「確か、聖書の神が死んだ原因は天界側でもはっきりしてないって話だったけど……まさかそれが?」
『俺にも詳しくは分からん。神器に魂を封じられて最初の記憶が、聖書の神が死んだ瞬間だったというだけだからな。もしかしたら他に原因があったのかもしれんし、俺達への処置は神の命に何ら影響していないのかもしれん。
ただ事実として、神は俺達を神器に封じた直後に死んだ。そして、それは二天龍が神を殺したと考えられるに十分過ぎるだろう。少なくとも、四騎士はそう思っているのだからな。
神の死によって天界のシステムに綻びが生じた影響は、四騎士の封印にも及んだ。そのままであれば完全に破壊されていたであろう封印を守るために、青き死以外の三騎士は封印から目覚め、その守護にあたった。しかし、連中にとってそれは瑣末事に過ぎない。奴らが最も許せない事は――青き死の眠りを妨げかけた事だ』
え? 眠りを妨げるって、それじゃあまるで……。
『そうだ、相棒。青き死は……目覚めることを望んでいない』
「……その理由は、私から話しましょう」
瞑目したまま前に出るミカエルさんは、まるで懺悔をするかの如く静かに語り出す。
「黙示録の四騎士には、語り継がれるような終末に際する地上の命の選別だけでなく、もう一つの役割がありました。それは我ら天使も含めた神の被造物――即ち三大勢力の何れか、若しくはその全てが著しく人間へ害を及ぼすようになった際のカウンターです」
「カウンター……つまり、四騎士はそれだけで天界、冥界の全てを相手にできる力がある、と?」
思わず問いただした俺に頷き、ミカエルさんが続ける。
「その力故に、青き死は多くの者に畏れられ、疎まれていました。その境遇に耐えかねた彼女は神へと牙を剥いた結果、終焉を迎えるその時まで封印の中で眠りにつくこととなったのです。それは神の慈悲であり、幼く純真な彼女への救いでもありました」
封じ込めることが慈悲、救いか。それを何もわからない外野の俺が身勝手というのは流石に浅慮だろう。
それに俺が何を言うまでもなくミカエルさんの表情は、悲嘆と後悔に沈みきっている。
室内に蔓延する悲壮な空気をあえて無視して、ドライグを促す。
「で、ドライグ。あの赤い騎士の口振りからして、それだけじゃないんだろう? 他には何があったんだ」
『……かつて歴代最強だった赤龍帝、ベルザード。あの男は歴代で唯一、白龍皇を二度倒した男だった』
ああ、それは聞いたことがある。
だが次に相棒から告げられた事実は、俺の感情を盛大に揺さぶった。
『奴が最初に倒した白龍皇には、一人の娘がいた。そして二度目に倒した白龍皇は――その娘と、ベルザードの子供だった』
ッ!!
息を呑み、一呼吸置いて落ち着く俺を待ってから、相棒は淡々と続ける。
『ベルザードもその二人も、決して争いを望んでなどいなかった。だが宿った人間がどうであれ、
唐突に語られた悲劇に面持ちを固くする歴々だが、次の瞬間、俺が口にした推論を聞いてその顔を更に驚愕に染めた。
「……その哀れな女は考えたんだな。二天龍への復讐を」
愛する夫と、愛する人達を血の連鎖に巻き込んだ存在。どちらに憎しみが噴き出るかを考えれば、答えはすぐに出る。篭手を通じて伝わるドライグの動揺が、首をふるかの様に肯定の意を伝えてきた。
『――執念と運命、そして因果が、その復讐を後押しした。もとより魔法の鬼才だった女は十年の歳月、各地を巡り、あらゆる要素を手当たり次第に揃え、遂に結実させたのだ。天龍すらも屠る力、聖書の神が生み出した最強の怪物……その封印を自身の命も含めた持てる全てと引き換えに破壊し、自らの元へ召喚する最大最悪の禁呪をな』
ここまでくれば、それがどういうタイミングで実行されたのかも予想がつく。
「そして、それは実行されたんだな。戦友の協力で妻を探し当てた、ベルザードの前で……」
復活したばかりの四騎士に、都合よく赤龍帝が仲間を揃えて挑んだという、秘められた伝説のさらなる裏側がそれか。ドライグの揺らぎは篭手の明滅となって外部にまで漏れる程だが、それを気にするものは誰ひとりとしていなかった。
『最期の瞬間、あの女は――ベルザードの腕の中で、泣いて笑っていたよ。一足先に、あの子と一緒に待っているとな』
「悲劇の後に残ったのは、妻を失った歴代最強の赤龍帝と、無理矢理に引きずり起こされた黙示録の使者。それで穏便に収まる理屈はどこにもないな」
『ああ。そして、後は既に知られている通りだ。ベルザードは命と引き換えに青き死を再び眠らせ、三騎士は残された仲間達と、三大勢力のトップによって封じられた。
……奴らからすれば俺は、主の眠りを幾度も苛み、自分達から引き離した悪因以外の何者でもないだろう』
――ようやく合点がいった。
赤き闘争があの戦いの中で見せた異常。ドライグへの怒りと憎しみの奥底に隠れていた、微かな迷いの正体が。
三騎士の忠誠心の高さは、怨敵たるドライグを前に己の感情を飲み込んで主の居所を問いただした事からも察せられる。だからこそ奴らは迷っているんだろう。
主とする青き死は解放を望んでいないけど、主を孤独に眠らせておく事も容認できるものじゃない。
だから奴らは、一層ドライグが憎くて堪らないんだ。青き死を孤独な眠りに追いやり、自分達を引き離す切っ掛けを作った赤龍帝が。
数秒程、目をつむって考えこむ。案外あっさり思いついた言葉を、そのまま宝玉に叩きつけた。
「事情は分かった。で、要は宝玉集めて封印強化すりゃいいんだろ」
がくっと何人かがずっこけるが、当のドライグは湿っぽく笑うばかりだ。
『ハハ……我ながら随分と重い話をしたつもりなんだが、ばっさり切ってくれるな、相棒』
「んな事言われたって、過去には今更何も出来やしないだろ。だったら俺がするべきことは一つ。青き死を起こさずに封印を締め直して、出来れば三騎士も纏めてぶち込んでこの一件を終わらせて、自分と相棒と過去の赤龍帝のケツを纏めて拭く。なにかおかしい所でも?」
あるっちゃあるだろうが、生憎と十七歳のガキに過分な期待を寄せられても困る。
俺は俺の考えうる範囲で、自分が納得の行く方法を選択しただけだ。
「というわけで、皆。俺はそういう方針でいきますんで。封印の術式の用意と最後の一個の捜索、お願いします」
結構大事な役目をぶん投げると、アザゼル先生は吹き出し、そのまま笑い出す。
「ハハハハハハハ! ほんっと単純な脳みそしてんなお前! ああ了解了解。難しい事はこっちに任せて、お前は女の相手に専念しな」
「フフ、流石は赤龍拳帝といった所かな。伊達に修羅場を生き抜いてはいないね。大した切り替えの速さだ」
サーゼクスも口元に手をやって上品に笑う。そんな二人に釣られたのか、ミカエルさんも病室に入って初めて表情を綻ばせ、苦笑気味に微笑んだ。
「少しだけ、デュリオが貴方に抱いている気持ちが理解できました。危なっかしさと怖いもの見たさで目が離せないとは、彼もよく言ったものです」
なんとも反論できない表現に、こっちも苦笑いしか出来ない。とりあえず、次あったらあの馬鹿からその辺詳しく聞かせてもらおう。
途中までの重苦しい空気が嘘の様に朗らかな雰囲気が室内を満たす中、ここへ来てからずっと黙り続けていた人物がゆるゆると手を上げた。
「……さて、それじゃあ御三方。悪いんだが、少し席を外してもらえるか。兵藤くんと眷属の二人に少し話があるんだ」
もう一人の魔王、アジュカ・ベルゼブブ様の言葉に、三人はそれぞれの顔を一瞥すると、小さくうなずいて扉の方へ足を向ける。
「では、我々はこれで。イッセー君、頑張ってくれたまえ」
「失礼致します。貴方に主のご加護のあらんことを」
「じゃあな。次の喧嘩はもう少し控えめにやれよ」
そう言って三人が去っていった扉が完全に閉じた所で、アジュカ様は俺達三人をじっと見ながら口を開いた。
「さて……兵藤君、ロカ殿。単刀直入に聞くが、先の戦闘中に君らが行ったプロモーション……あれは、
「ッ……はい」
アジュカ様の指摘に動揺が奔る中、俺の胸中で
悪魔の駒には王の駒が存在しない。技術的な問題で完成していないそれの代わりとして、上級悪魔となった者は各領の領主、または魔王の城に王である事を登録する事で眷属を持つ権利と、悪魔の駒を渡されると聞いている。
そしてそれに纏わる噂は常に囁かれ続けてきたそうだ。中には、王の駒は宿したものに圧倒的な力を授けるなんてのもあったとか。
ロカが王へのプロモーションを口にした事も、俺の駒の影響で変異した事によるイレギュラーなプロモーションにその噂に肖った名前を付けた、で話は済む。
だが、今はっきりと王の名称を出したのは他でもない、悪魔の駒の生みの親だ。その重みは、俺やロカのそれとは比べ物にならない。
アジュカ様は感情を感じさせない透き通った視線をレクナへ向けると、レクナは不敵に笑った。
「レクナ殿。貴方も同様のプロモーションが行える、と見て間違いはないでしょうか」
「勿論。わざわざ開発者が出向いてくるという事は、やはりこれは相当な代物らしいね。ついでにここまで早く動くってことは、君自身イッセーとイッセーの駒がこれに至る可能性は頭にあったって事だ」
諦めるように溜め息を吐くと、アジュカ様は懐から一つの、見慣れない形状の駒を出した。
「一応は調整に手を貸したわけですからね。とはいえ、やはり実物を見た瞬間は驚きも一入ですよ」
「それって……まさか」
「ああ、そうだ。これが王の駒の実物だとも」
「ッ!!!」
一見、普通の駒とは大差がない。駒から感じられる波動だってそこまで差異は感じない。だが、俺達が発揮した圧倒的なパワーアップとその名称を考えれば、そこに秘められた力の程は想像に固くない。
「既にわかっているだろうが、王の駒の特性は他の悪魔の駒とは一線を画する。故に存在が秘匿された。単純明快な力の強化……しかし十倍、百倍以上の強化を齎すこの駒はあらゆる意味で危険過ぎるからね」
「成る程、力に溺れた連中の叛意と横行を恐れたってわけだ。で、更に場合によってはリスクも存在するんだろう?」
レクナが自分の胸を親指で示す辺り、こいつも王へのプロモーションで相当な反動を受けたんだろう。
「あまりに強すぎる者や特異な能力を持つものが使用すると、オーバーフローを起こすようでして。更に言うと、仮に眷属悪魔が昇格した場合、元の駒と王の駒の融合、重複は危険だと判断した側面もあります」
だからロカは王へプロモーションした途端、力の制御で手一杯になってたのか。しかも俺の場合、その負荷が八倍だからな。あれだけのダメージを受けるわけだ。
「神格、魔王クラスでは命の危険や後遺症の可能性もあり得たんですが、まさか反動を受けつつも普通に扱ってみせるとは。兵藤君に至っては、八つの駒でプロモーションを行ったというのに……一時は天龍すら凌駕した強靭な肉体か、はたまた無尽の精神力か、それとも不屈の魂か、その全てか。とことん興味深いな、君ってやつは」
顎を撫でながら妖艶に笑うアジュカ様の目は、俺が知るマッド共に勝るとも劣らないものを宿していた。好奇心と知識欲が混ざり合ったその視線から逃れるように、話題を先に進めようと試みる。
「そ、それでアジュカ様。結論だとやっぱ、王へのプロモーションはしないほうがいい……というか、するなって事ですか?」
ここまで聞けば、秘匿されるべき王の駒の存在を知らしめかねない王へのプロモーションなんか論外だとはわかっているが、やはり俺としては使える切り札は持っておきたい。すると、アジュカ様は首を横に振ってあっけらかんと言い放つ。
「いや、検査した結果、君らには一時的な反動と負荷しかないようだし、別に使っても良いんじゃないかな」
めっちゃ軽! え、駒の秘匿はいいんですか!?
俺の胸中を察したのか、アジュカ様は駒を突き出しながら続ける。
「ただし……王のプロモーションは、あくまで兵藤君とその眷属に発現したイレギュラーに思いついた名前を自分達でつけた、という事にしておいて欲しい。幸いと言っていいのか、君は今日に至るまであらゆる意味でイレギュラー尽くしの存在だ。世間もそれで一応は納得するだろう。それに、上役達も君らに手を出せばどうなるかはよく分かっている筈だ」
その忠告に、王の駒に端を発する闇が垣間見えたが、それ以上に俺はどうしても聞いておきたいことがある。
「ところで、アジュカ様。王へのプロモーションですけど……これも
悪魔の駒には多くの隠し要素が含まれている。これも都市伝説の一種だが、少なくとも王のプロモーションがそういう類であっても不思議じゃない、というのが俺の本音だ。まあ、
しかし、アジュカ様は王の駒を仕舞うと、いたずらっぽく微笑んで言う。
「ご想像にお任せするよ。じゃあ俺も失礼しよう。礼を言うよ、神」
「なあに、仕事だからな。報酬はいつもの口座で頼む」
わ、気がついたら部屋の隅に神さんが。てかパイナップル丸かじりしてるし。
「神さん、いつもの事ながらいつの間に?」
「最初っからいたっての。この病室に結界張ってたんだ。でなきゃあんな機密事項の嵐を平気で喋れると思うか」
「そりゃそうですけど……」
「そんなことより修行だ。次の相手が相手だし、剣の達人を数人用立てた。ほら、行くぞ」
いきなり過ぎるのはいつものことだから良いんだけれど、次の相手? そういや、結局ロカの仲間って聞いてなかったな。
見舞いのお菓子を頬張っている所へ視線を向けると、こっちの意図を察したロカはにこやかに――とんでもない名前を口にした。
「そう言えば言ってなかったな。順番は私が最初で、次の相手はランスロット。そして最後が櫛灘美雲だ」
…………ハ?
「ラ、く、え?」
ハアアアァァァァァァァァ!!!???
「ランスロットに櫛灘美雲? よりにもよってあいつらかッ!!!」
「よりにもよってあいつらだとも。そう言えば二人共、何故イッセーに拘るのかと聞いた時……復讐だとかのたまっていたな」
復讐……ッ、確かに一度ボコった事あるし、そうされても文句は言わないけど、世界有数の化け物が目覚めるってこんな時にかよ!? 人のこと言えないけどイカれてるにも程があるわ!!
「よし、じゃあ行こう。あんま待たせるのも悪いからな」
困惑する俺の肩をポンと叩くと、一瞬で景色が切り替わる。
『
――咄嗟に禁手化と同時に篭手から刀を取り出し、四方向から襲いかかる斬撃を全て防いでから、俺は周囲を把握する。
そこは石造りの床が広がる、中華式と和式が混ざった広場のような場所で、いつもどおり
そしてまたしても姿を消した神さんの代わりとばかりに、俺を取り囲む四人の人影。何れも和風の衣装に身を包んだ男だが、その身から発する圧力は確実に神の領域。突然に襲撃に気を張る俺を前に、リーダー格と思わしき二本の曲刀を構えた男が名乗りを上げる。
「貴様が榊神の弟子か。俺は太四老の長、辰伶。この者達と共に貴様を鍛える事を依頼された」
次いで、目を布で覆った短髪の男が名乗る。
「同じく太四老、遊庵だ。いーい反応速度だ。鍛え甲斐がありそうだし、久々に張り切るぜ」
二刀流の男が続く。
「太四老、アキラです。ま、あの程度の不意打ちは防げて安心しました。でなきゃ鍛える前に死んでもらうところでしたから」
最後に、柄にも刃の付いた日本刀を携えた男が怠そうに言う。
「……ほたる。別に太四老とかじゃないけど、あんた強いって聞いて……少しは期待してるからさ、出来るだけ頑張ってよ」
更に圧力を強める四人を前に、俺も一切の加減を止めてオーラを全身から放つ。
ブワァッッ!!!
ぶつかり爆ぜる闘気の衝撃に、俺も彼らも心の底から笑いが止まらない。今更ながら鞘を取り出し納刀すると、思い切り身を屈めつつ、遅まきながら名を名乗る。
「姓は兵藤、名は一誠。リアス・グレモリーの兵士を務めるものだ。期待に添えるよう、力の限りを尽くしてみせる。なので是非とも――ご教授願う」
啖呵の直後、全速で奔らせた居合の太刀を前に刀を握りしめながら心底楽しそうに笑う四人のサムライ。
容易く防がれた一刀の返礼として迫り来る炎を切り裂きながら、これから始まる
戦闘の様子を知っているのは神によってそれを観測できたサーゼクスとアザゼル、ミカエル、そしてアジュカくらいです。
こうも容易くアジュカが王の事を話したのは、イッセーがその気になれば幾らでも調べられる立ち位置にいるからです。
加えて、いつか王の駒の事実関係が表沙汰になった時の衝撃の大きさを和らげる為、冥界でも英雄視されつつあるイッセーが王のプロモーションを使うことで少しでもいい印象を与えておきたい思惑もあります。
古い上役としては色んな意味で危険すぎる存在ですが、本人が大衆への被害を望まない以上、大パニック必至の王の駒とレーティングゲームの裏を早々明かすことはないと踏んだゼクラムの判断で不干渉を貫いてます。